第605話 14歳(秋)…シャーロットの統一理論(後編)
今回は2話同時更新、こちらは2/2です。
「さて、神域についてだいぶ理解を深めたと思うが、ではここでその神域に住む神々について考えてみようか。婿殿はこの世界の神々が元は人であったと知っておるか?」
「うん、前に食神から聞いた」
「お、おう、あの神か。いくら下級神とは言え、脅すとはさすがのわしもびっくりじゃったぞ。まあともかく、知っておるなら話は早いのでさらに尋ねよう。神域に至った最初の者――最初の神はなんだったと思う?」
「最初の神……?」
はて、なんだろう?
話は大昔、生きるのがとても大変な時代だから、生活に根ざした神になるのだろうか?
「うーん、狩猟の神とか?」
「なるほど、そう考えたか。じゃが残念、そうではない。そして質問しておいての答えが推測で悪いんじゃが、わずかに残った記録からすると最初の神は歌の神であったらしい」
「歌……?」
「シャロさん、それって歌手とかよりも、シャーマンとしての性格が強いんじゃないですか?」
「おおシアよ、その通りじゃ。声というのは共同体にはとても重要なもの。言葉でより重要性を増し、そして歌はさらに特別なものとなった。紡がれる言葉、奏でられるメロディは聴く者の精神に容易く作用する。そしてその歌い手が、神域の情報を伝えることもできるとなれば、もうそれは神の使いじゃ。その者は信仰を束ねる存在になった。ヒミコのようなものじゃな。ヒミコはわかるじゃろ?」
「ああ、わかる」
古代日本に居たとされる巫女にして女王卑弥呼。
邪馬台国がどこにあったかは別として、それはわかる。
「そしてじゃ、その歌い手が影響力を持ったのはわかったが、どうして神に、神域に至れたのか? これを理解するためには少し考えてもらいたい。とても普通ではない技術や特技を持つ者を、向こうの世界では『神』とか言ったりしたじゃろ?」
「あったね。何でもかんでも神だったような気がするけど」
「はは、ずいぶんと『神』という言葉も安くなったと思ったか? じゃがな、違うんじゃよ。そういった風潮は、実はまったく正常なことなんじゃ。凄いものは神じゃ。大昔、自分たちには出来ない技術や特技を持った者を理解するために人々は神を当てはめた。つまりは神懸かり。特別な存在として認識されたわけじゃ。そしてその者が凄かったという逸話は後世においては神話に組み込まれる。では、こちらの世界では?」
「本当に神となる……? でもそんな簡単に?」
「いやいや、簡単ではないぞ。簡単なことではない。何しろ神域にまで影響を及ぼすほど人々に認知されねばならんのじゃからな!」
「――」
それは――、ああ、そうか。
そういうことか。
「人々に広く知られ、影響を及ぼした者は神域において特別な存在として記録されるようになる。そのとき、その者だけを指すタグが用いられることになる。煩雑に存在するタグとは違う、その者に強く結びついた特別なタグじゃ。ふふ、もうわかったじゃろう?」
そう言ってシャロは笑い、そして告げる。
「それこそが導名じゃ」
△◆▽
「あー……、あぁ、あー……」
導名とは何なのか?
ようやく理解できる段階にきたのはよかったが、おれは途端に語彙力が無くなってしまってただ唸るばかりになってしまった。
「これでわしの仮説が一応は正解だったとはっきりと理解できたのではないか? 導名とは? 神へと至るための試練、もしくは儀式である。まさにまさに。導名とは神へと至るための活動なのじゃよ」
「マジか……」
導名がどういうものであるか、実はおれはもう知っていたということになる。
だが、わかっていなかったのだ。
大ごとすぎて仮説を真に受けてなかった、それだけなのだ。
「神々は人々の意識の向こうにおる。神域という精神世界には『神の座』と呼ばれるその神専用の異次元世界が存在し、基本、神々はそこで暮らしておるんじゃ。じゃから神の声は届く。神に声は届く。あ、そう言えば婿殿は聖都で神子猊下などと呼ばれておるじゃろ?」
「あ、ああ」
「その神子というのはなんじゃと思う?」
「なんだっけ、ずっと昔に聞いたような……、確かすごい力を持って生まれてくる者で、ゆくゆくは神になるとかなんとか」
「まあ一般的な認識はそんなものじゃな。実はわしも神子と呼ばれていたんじゃぞ。しかしぶっちゃけるとの、神子なんてものは実体のない話なんじゃよ。ただ神へと至ったであろう者、その功績から遡って特別扱いしたい歴史家がもっともらしい名称をつけただけじゃ」
「あー、偉人の逸話が創作されるようなものか」
「うむ、そういうことじゃ。で、導名を得た者はの、まず夢を介して神域へと訪れることになる。仮初めの座を与えられての。しかしそれではまだ神というわけではないんじゃ。神になるためにはまず死なねばならんのでの」
「え、死なないといけないの? 肉体を捨てて魂だけにならないと神になれないとかそういうこと?」
「いや、魂は関係ない。神域は意識の世界じゃからな。単純に区切りが必要ということなんじゃと思う。まあ人はいずれ死ぬ。じゃからその時……、いや、今際の際か? まあともかく、そこで神として神域に留まるか、そのまま消えるかを選ぶことができる。じゃから導名を得ても、神にならなかった者もおったじゃろうな、アヴァンテのようにの」
「そっか、アヴァンテにもその資格があったわけか」
「アヴァンテが神になっておったら……、なんじゃろうな? まあ何かの神になっておったんじゃろう。もしかしたら勇者の神なんてものが誕生しておったかもしれん」
「勇者の神って……、そうやって神はどんどん増えていくのか?」
「そうでもないな。時代によって神に流行り廃りがあり、新たな神が生まれ、廃れた神は世界に還る。しかしその廃れた神も、また時代によっては復活する。そのとき、また神も。神は代替わりもするんじゃ」
「はー……」
そういうものなのか。
「ではアヴァンテの名が出たところで、改めて婿殿の疑問に答えることにしようかの。何故『クェルアーク』という導名を家名として使えるのか? 一族だからじゃよ。神域が、人々の意識が、一族ならその名を使っても何もおかしいことではないと判定するからじゃ」
「あー……」
「そして、無関係の者が使えない理由は、神域が不適切と判断するからじゃ。そして神域に誰もが繋がっておるわけじゃから――」
「使おうとしても、不適切という判断がその精神に影響して使うに使えない、ってことか」
「うむ、そういうことじゃ」
「そっかー……」
「うあー……、ご主人さまー、わたしなんか色々すっきりしすぎて気分が妙な感じになってきたんですけどー……」
「おれも同じだ」
人が何かに気づいた際、閃きを得た際には脳が活性化されるらしく、それはアハ体験と呼ばれるのだが……、このアハ体験もすぎると体に悪かったりするのだろうか?
「じゃあ導名を得たシャロは神になる資格があるってこと?」
「うむ、あるぞ。なるかどうかは決めておらん。半分死んだような状態で保留しておったが、これでさらにお預けじゃな。あ、そうそう、前に婿殿は夢の国にいた登場人物――NPCのことを尋ねたじゃろ?」
「あ、ああ」
「あれは神域にある記録を利用しておったんじゃよ。要は本人の記憶を用いたAI、これが組み込まれたNPCだったというわけじゃな」
「じゃあ、あの夢の国は神域の情報を活用して作られていたってことか……」
「ん? 夢の国を? いったい何の話――、あ! すまんすまん、説明しておらなんだ。あの夢の国は神域にあるわしの座じゃ!」
「「は?」」
おれとシアの声が重なる。
「え、どゆこと?」
「あの霊廟はの、わしを介して神域にあるわしの座に意識を飛ばすための装置だったんじゃ。あの霊廟で仮想世界を構築しておると思っておったか? いやいや、さすがにそんなことはできんぞ。都合良くいじれる場所を与えられていたんでの、じゃあこれを使うことにしようと考えて、ああなったというわけじゃ」
「「ええぇ……」」
シアと一緒になって唖然とする。
おれたち、えらいところに飛ばされていたんだな……。
じゃあ霊廟を鑑定しようとして意識をもっていかれたのは、接続先がその能力の大元だったからってとこか。
「残った記録で再現……、ご主人さまが霊廟でやった幽霊実験ってそれにわりと近いかもしれませんね」
「近いっちゃ近いか」
おれのはどいつもこいつも奇行ばかり起こす幽霊ばかりだったが。
「では一緒にもう少し神についての話をするかの。……婿殿、どうしてそんな嫌そうな顔をするんじゃ?」
「神にはあまりいい想い出がないもんで……」
「ま、まあ気持ちはわからんでもないが……、すごい台詞じゃの」
こほん、とシャロは咳払いして喉の調子を整え、それから話を再開する。
「神は神域あっての神。そして神域は集合的無意識。ぶっちゃけると神という存在はの、国民投票で選ばれた元首みたいなものじゃ。神域の力を使う裁量を与えられるものの、好き勝手することはできん。そして、一神だけが圧倒的な影響力を持つこともできん。勝手に何かやった場合、それは他の神々の領分を侵害したことになり、神域はこれを是正させるべく侵害された神々に働きかける。これが強制力というものじゃ」
「コルフィーを巡る事件のとき、パンツ神が言っていたのはそういうことだったのか……」
「婿殿は装衣の神に辛辣じゃのう……。まあそれは置いておいて、何を言われたんじゃ?」
「神の力でもって救うことは許さんとか、おれという存在が悪神の邪魔になっているからとか、そんなことを」
「なるほどのう。ヴァンツ殿の心配もわかるぞ。婿殿の力は大神の分体の欠片、神域とは別のものではあるが、それでもこの世界で暮らす婿殿の意識は神域と繋がっておるわけじゃから、なんの影響も無いとは言えん。なるべくなら気をつけた方がよいじゃろう」
そう言い、シャロは一つ深呼吸する。
「ふぅ、長くなったが、ではいよいよ、ようやく、この長話のきっかけとなった最初の最初、悪神の目的に移ろうかのう」
△◆▽
あ、そうか。
この一連の話は、シャロが悪神の目的に心当たりがあると言ったのがきっかけになったんだった。
色々ありすぎて、すっかり頭から吹っ飛んでいた。
「婿殿によって悪神は魔王を誕生させておることがわかった。しかしこれ、はっきり言って無茶苦茶じゃと思わんか? もう明らかにやりたい放題じゃ。今話した強制力で潰されてもおかしくないとは思わんか?」
「確かに……。強制力ってのがよくわかってなかったってこともあるけど、他の神はそれができない理由があるのかなって思ってた」
「うむ。他の神が手出しできん理由が強制力じゃな。悪神により有利な状況になってしまう可能性がある」
「シャロさん、わかりません。それじゃあ悪神のやっていることは、正当ってことになるじゃないですか」
「これが困ったことに正当なんじゃよ……」
「え、正当なんですか?」
「魔王の誕生とその討伐、この出来事はの、その時代の歪みを正し文明を進歩させるきっかけになっておるんじゃ」
「きっかけか……」
人の進歩、文明の発展。
それを促す役割を担う悪神だからそこは正当化されるのか。
「うむ、魔王という存在は、その時代を象徴する歪みから発生する可能性が高いからのう……」
「歪みですか……。じゃあ今はどうなんでしょう?」
「今か。婿殿の話を聞いた感じからすると……、あれじゃな、魔王討伐という名目のために積みあげられる犠牲、これではないかと思う。実際、シャフリーンはそれじゃったろ?」
魔王討伐を願うあまり魔王が誕生する。
本末転倒?
いや、ただ皮肉なだけか。
「なるほどー。でもそこはご主人さまがごそっと何とかしてしまったんで、一安心じゃないですか? 今も聖女さんと勇者さんたちが頑張ってくれていますからね」
「少なくとも何の役にも立たん研究に利用され、苦しめられる者が居なくなるのはよいことじゃな。これはわしの失敗、その尻ぬぐいを婿殿がしてくれたことになるのう」
「失敗……?」
「魔王を倒すために必要な要素、それを伝えなかったという過ちじゃよ。伝えておれば、そんな研究が盛んになることもなかったはずじゃ」
「それは……、うーん、確かにそうかもしれないけど、それを信じて座して待てるかどうかは別問題だと思うよ。結局、効果があるかどうかもわからず、ただ『対策をしている』という状態に安心したいだけの話なんだから」
ティアウルの事件がまさにこれだった。
「でもこうやって人を使う実験が多いのって、やっぱり魔術とか魔法が強力なせいなのかな?」
「そうじゃろうな。なにしろ人は神域に繋がっておる。この時代の者はそこまで理解してやっておるわけではないのじゃが……、なんとなくは感じておるのかもしれんの」
「この時代ってことは、昔はいた……って、あれ? なんか同じ質問をすでにしたような……?」
「それは魔素のことを話したときじゃな。ああそう、そのときに言った、魔素がどれほど人に影響しておるかを知っておった者がどんな大問題を引き起こしたかについて、ここで話そう。簡単に言うと、そ奴らは人々が長い年月をかけ、ゆっくりと構築していった神域を自らの手で作り出そうとしたんじゃ」
「あれ、それって……」
「そう、それが世界樹計画じゃ。そうじゃのう、神域が『リヴァイアサン』じゃから、こちらは合わせて『ベヒーモス』とでも呼ぶかの? それとも世界樹の方に合わせて『ニーズヘッグ』の方がよいか?」
「ベヒーモスの別名、バハムートはどうでしょう!」
「いや、それは強くて恰好よさそうじゃから駄目じゃ。それではリヴァイアサンの方が格下に思えてしまうのでな」
「なるほど……、じゃあベヒーモスにしますか」
「うむ、では世界樹計画は『ベヒーモス』で」
シャロとシアが頷き合う。
物凄く大事な名称が適当に決まった。
「世界樹計画は都合のいい神域を作ってしまおうっていう計画だったわけか。楽園を作るみたいな話だと思ってたけど……、そうか、それもある意味で楽園なのか」
「そうじゃな。そして、それを計画した古き魔導師たちは重要なことを見落としておった。いや、さすがの魔導王でもそこはわからんかったのか……」
「どういうこと?」
「神域は意識の世界。じゃがな、魔導師たちは、神域を魂の向かう場所だと勘違いしておったんじゃ」
「あ、そういやそのあたりの区別がついてるような話は見つからなかったな」
「結果として、神域を目指した計画は、似通ってはいるものの、まったく別のものに変化することになった。楽園を、と望む者は貪欲に魔素と魂を呑み込み続ける魔導災害に変貌してしまったんじゃよ。そしてその爪痕は、今も瘴気領域として残っておる」
やれやれ、とシャロは首を振る。
「悪神の目的、わしはこの世界樹計画の成就なのではないかと思っておる。いつの間にか発生した神域ではない、人々がその努力の果てにたどり着く境地、それを望んでおるのではないかと。さらに言えばそれは……」
と、そこでシャロは顔をしかめ、唸るように言う。
「中級神の誕生じゃろうな。これは神域の例えで出したものとは違う、本当の中級神。世界の終わりに誕生する、その世界から孵る神じゃ」
「……?」
よくわからずシアを見る。
「その世界が良いものであったか、悪いものであったかは別として、最終的な結果として誕生する存在ですよ。中級神は中級神で世界を作り出せるんで、要は……、あれですね、創世神はチェーン店の創業者で、中級神は新しい店舗を任される支店長ってところです。その店舗でさらに中級神が育って、さらに店舗を持つ。そして世界は増えていくってわけです。……あれ、わかりにくかったですか?」
「いや、ちょっと話がでかすぎてな……」
そしてそのでかい規模の話を、妙にわかりやすい例えで説明されると、それはそれで混乱するのだ。
なんとなくはわかるが、ぶっちゃけピンとこないのである。
「でも悪神の目的がその中級神だとすると……、魔王を誕生させているのはその一環ということになるのか。ろくでもないことを……」
「まったくじゃの。世界が熟すのを待たず、無理矢理そんなことをすればどんなことになるかわかったものではない。そしてそんなあやふやなもののために、世界を終わらせるなどと……」
「え、世界が終わるの?」
「終わるぞ。大食らいの『ベヒーモス』がすべてを喰らい、結果として集合的無意識たる神域も人々ごと呑み込まれる。そこからどうなるかはもう想像もできんが……、出来たところで意味は無いからの。第一に、そんなことにはさせん。そうじゃろう?」
「そりゃそうだけど……、いくら悪神だからってそこまでやっていいもんなのか? 強制力は仕事しないの?」
「悪神が率先してやっておれば働くじゃろう。しかし現状から考えるに、悪神は手助け――魔王誕生だけに留めておるのかもしれん」
「え、それって黒幕がいるってこと?」
「どうじゃろうなぁ……、ただ魔術儀式『ベヒーモス』に携わった魔導師たちの望み、それを誰かが再開しようとしたときのことを考えて準備だけしておるのかもしれん。ここは推測しきれんところじゃ」
シャロは深々とため息をつき、そして意識を切り替えたのか明るい声で言う。
「さて、話はひとまずこれくらいじゃな」
これで終わり、か。
まあこれ以上はここで話し合ってもわからないことばかりだ。
何か思いつくにしても、頭の中でこのことが整理できてからになるだろう。
ひとまず説明しまくってくれたシャロに礼を言う。
「想像以上に凄い話を聞くことになったよ、ありがとう」
「本当ですねー、シャロさん、お疲れさまでした」
おれとシアが礼を言うと、シャロはにっこり笑う。
「いやいや、わしの方こそ感謝せねばな。気づいたとしても、誰にも言えん話じゃった。つい張りきってたくさん話してしまったのじゃ」
シャロは微笑み、そして締めくくるように言う。
「わしが知り得た、この世界の仕組み。実はこれ、ほとんどのことは簡単な一言で片付くんじゃよ。これがまた実に単純。即ち、魔素があるからじゃ、とな」
得意げなシャロを見て、おれは思う。
さすがシャロ様、と改めて。
幼女になっても、婚活魔人と化しても、シャロ様の凄さはまったく失われてはいないのだ。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/04
※誤字と脱字、文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/05
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/19




