表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
613/820

第604話 14歳(秋)…シャーロットの統一理論(前編)

ご心配をお掛けしました。

昨日の夕方に無事退院できました。

なんとか更新に間に合った、よかった……。


今回は2話同時更新、こちらは1/2です。


「とは言うものの、まずどこから説明を始めたらよいものか……。そうじゃのう、では婿殿に尋ねよう。婿殿は導名についてどこまで知っておる?」

「導名について? うーん、シャロが立てた仮説以上のことはほとんど知らないな……」

「わしの仮説? はて? そんなもの公表したかの?」

「いや、シャロが言ったことをリィが覚えていて、それが母さんに伝わっていたんだよ、口伝みたいに。それを聞いたんだ」


 確か三歳くらいのときだったかな?


「なるほどのう……、しかしそう言われても覚えておらん。わしはどんなことを言っておったんじゃ?」

「えっと、導名ってのは神へと至るための試練、もしくは儀式、みたいな話だった」

「ほう、ほぼ正解じゃな。なかなかやるのう、昔のわし」


 うむうむ、とシャロが自画自賛。

 一方、おれはきょとんとすることに。


「え、これで正解なの……?」

「正解じゃよ。しかしそう聞いただけではピンとこんじゃろうし、これはまた後で説明するとして……、他に何か知っておるか?」

「あとは基本的なことだけかな。導名ってのは自分で決められる自分専用の名前で、他人が名乗ったりすることはできない。アヴァンテはこれを利用したんだよね? あ、そうだ。クェルアークって導名なのに家名として使えているのはどういうこと?」

「それは――、ふむ、答えることはできるんじゃが……、これも今の婿殿では回答の意味を把握しきれんじゃろう。まあ先に答えだけ言っておくと、単純じゃ。一族だからじゃよ」


 一族だから――。

 まあ、うん、そんな感じか。


「ふふ、やはりわかっておらんようじゃな。これもあとで改めて説明するかのう。では他には?」

「えっと、導名を得るためには多くの人に影響を与えないといけない。これはその影響を与えた人が『誰なのか』を知ってもらうために名前も一緒に、だよね?」

「そうそう、そうなんじゃ。わしはそのあたりをしくじった。忌まわしい名と共に、人々に影響を与えねばならなかったのじゃ」

「夢の世界で知ったんだけど、今のおれって導名の進捗が18パーセントくらいらしいよ」


 そう報告してみたところ、シャロは「ほう」と驚いた。


「それは凄いことじゃぞ。さすが――、いや、よく頑張ったのう」


 シャロが言うには、そこらの国の王程度では1パーセントも得られない数値らしい。


「王様でそんなものなのか……」

「こう聞くと、18パーセントって少ないようでなかなか凄まじい数値ですね」

「ああ」


 シアに言われ、おれは素直に頷く。


「では婿殿、ちょうどいいので話を前倒しするが、その18パーセントという数値、いったい誰が決めたのか、そう考えたりはせんかったか?」

「あ、それは能力値の方で思ったな。おれの能力値って普通ばっかりだったんだけど、これって何に対しての『普通』なんだろうって」

「ほうほう、そちらでか。同じことじゃから話は早いぞ。それらを定めているもとのは何か? これはな、摂理じゃ」

「摂理……、要は法則?」

「たぶん婿殿が思い描いたのは、自然の摂理とかそっちの方じゃろうな。しかしわしが言っておるのは神学の方――神からの配慮じゃよ」

「神からの、か」


 つまりは神々が――


「しかし婿殿が知る神々が決めているわけではないぞ」

「あれ?」


 おれが考えたことを先読みしたようにシャロが言う。


「ここでわしが言う『神』はちょいちょい姿を現す下級神のことではないんじゃ。それらを内包する存在――これはひとまず便宜的に中級神と呼ぶことにしよう。――さて、どこから説明すれば良いかと考えておったが、ではまず、この中級神とはなんなのか、それを理解してもらうところから始めることにしよう。おそらくこの流れが一番わかりやすいからの。もどかしいかもしれんが、この幼女の長話につきあっておくれ」


 シャロはそう冗談めかし、いきなり話を切り替えた。


    △◆▽


「まずはわしらが暮らしていた元の世界、その昔々の大昔のことを想像してみよう。端的に言えば古代、それこそ文明なんてものが存在しないような大昔の話じゃ」


 えらく話題が飛んだように思えたが、シャロはおれが理解しやすいようにと流れを考えてくれたのだ、そこに突っ込むのは無粋というものである。


「その時代の人は当然ながら無知。世界はわからないことだらけじゃった。そして『わからない』ということは恐ろしいもの。そこで人々はわからないものに名前をつけて説明しようとした。その最たるものが自然現象じゃ。途方もなく大きく、とてつもない力を持つもの、人々はそれをなんと定義したと思う?」

「神?」

「そう、あまりにも大きな自然現象を、人は神と定義した。そして世界は神に支配されているのだと考えた。要は自然崇拝というやつの始まりじゃな。これは自然物・自然現象を崇拝の対象とする、もしくはそれらを神格化した信仰の総称じゃ。この自然崇拝は世界各地に普遍的に見られる。やがて人々はより神を理解するため、神話を作り出した。そして神話が形成される段階に至ったところで、同時に神が住まう世界というものも誕生する。つまりは神の国じゃ」


 純粋な神が住まう国というだけではなく、天国、地獄などもこれに含まれるとシャロは言う。


「そして、こちらの世界の人々も似たようなものじゃった。自然を神と崇め、神格化し、そして神の国があると考えた」


 これを覚えておいて欲しい、そうシャロは言い――


「さて、ここで話を移すが、こっちの世界には魔素というものが一般にも理解されるほど普通にあるじゃろ?」

「え?」


 シャロはまた話を切り替えた。

 さすがにちょっと戸惑う。


「あ、ああ。うん、それはまあ」

「じゃが、あるとは知っておっても、それがいったいなんなのか、それについてはさっぱりではないか? 魔素とはいったい何なのか? わしの予想では世界の位置が元の世界に比べ大神に近い……、婿殿はカバラにおけるセフィロトの木について詳しかったりせんか?」

「い、いや、名前くらいは知ってるけど……」

「そうか。ではこれを説明するとなるとまた別の説明から始めねばならんので……、まあ流出する神力が下り下って超薄まったものと考えてもらえばよいわ」

「魔素は神の力なの?」

「大神の、じゃな。ほれ、魔力を煮詰めると神撃じゃろ? それをもっともっと遡ると大神の神力に辿り着く。まあわしはそこを利用して攻撃をしかけておったんじゃが」


 そう言ってシャロは苦笑、そして話を戻す。


「で、この魔素なんじゃが、これがどれほど人に影響を及ぼしておるか、それを気にかける者はあまりおらん。いや、おらんくなったと言うべきかの」

「と言うことは、昔はいたの?」

「おったな。それが大問題を引き起こしたわけじゃが……、これもあとで説明する。ともかく魔素は存在し、さまざまなものに影響を及ぼしておる。それは人とて例外ではない。いや、むしろ人こそが最も影響を受けていると言うべきか。それは魔術を使えるとかそういう話ではない。もっと深い、その精神にまで影響しておるという話じゃ」

「精神?」

「そう、精神。いや、ここはあえて意識と言おう。こうして今ある顕在意識だけではなく、さらに深い意識――潜在意識、そして原始意識にいたるまで影響は及んでおる。そして、こういう話は聞いたことはないかのう。人の意識の深奥は、他者と繋がっておるという話を」

「確か……、なんだっけ? 聞いたことある」

「集合的無意識ってやつですねー」


 おれがど忘れしていたところ、シアがさらっと答えた。

 これにシャロは頷き、話を続ける。


「そう、集合的無意識じゃ。まあ本当に有るのか無いのか、そこは怪しい話なのじゃが、この世界に限定すれば『有る』と断言できる。そしてその集合的無意識も魔素の影響を受けておるんじゃ」

「――」


 一瞬、シャロが何を言いたいのか、言おうとしているのか、それが閃きとなって脳裏にちらついた。


「さて、ではここで話を大昔、自然を神と信奉し、神の国を思い描いた人々の話に戻ろうか」


 ここで話が戻る。

 いや、繋がったのだ。

 人の精神に魔素が影響した結果として存在する集合的無意識と、人々が思い描いた神の国、この二つの話が。


「神の国は集合的無意識なのか」


 シャロが何か言いだす前におれは思いついたことを告げる。

 するとシャロは満足げに微笑んだ。


「その通り。この世界には集合的無意識がある。何故ならそれが神の国――神域だからじゃ。神々が住まう神域とは、神の国を思い描いた人々によって実現された全人類規模の超魔術儀式の成果というわけじゃ。ひとまずこの儀式は便宜的に……、そうじゃな、『リヴァイアサン』とでも呼ぼうか」

「あ、ホッブズですか?」

「んお!? シアは詳しいのう。まあそこからとったんじゃが……、いかんか?」

「ああいえ、ちょっと気になっただけですので。すいません、話の腰を折ってしまって」

「いやいや、良いなら話を続けるぞ。ひとまず神域がどのように誕生したかを理解してもらったからな、次はこの神域がどのような特性を持つかを説明しよう」

「「……?」」


 神域の特性なんて言われても、さっぱりピンとこずおれとシアは困惑することになった。


    △◆▽


「まあまずは聞いておくれ。この神域なんじゃがな、魔術儀式『リヴァイアサン』によって誕生したものじゃから、元の世界で知られる集合的無意識とは違い、接続された人々を蓄積するという変わった特性を得ていたんじゃ」

「人々を蓄積……?」

「そうじゃ。よくわからんか? まあこの説明だけではイメージしきれんじゃろうな。ではこう考えてみるといい。この世界にいる人々は、特殊な無線通信によって常時その状態が巨大なクラウドストレージにバックアップされているのだ、と」

「あー、なんとなくわかった」


 漠然とながらイメージできておれが納得する一方、シアはすぐに質問をする。


「シャロさんシャロさん、では神域が誕生して以降の人々は全員神域にいるんですか? 神域ってのはあの世みたいなもの?」

「いや、シアよ、そのイメージは少し違うぞ。ほぼそうとも言えるが、厳密には違う。ネットワークに自我が存在しておるわけではなく、純粋なデータとして保存されておるんじゃ。生まれてから死ぬまで、その記憶、思考、技能、その個人の実体験がそのまま蓄積される。すべて、すべて、本人すら覚えていないようなことまでも、すべてじゃ。これまで存在した人々すべて――、あまりにも巨大すぎるビッグデータ、それが神域にはある」

「ビッグデータ……、それってただ蓄積されているだけなんですか? ビッグデータは活用されてなんぼですよね? シャロさんがそう例えたってことは、何かあるのでは?」

「ふふ、あるぞ。神域はただの記録媒体ではない。なにしろ人々の意識じゃからの。進化――、いや、進歩するんじゃ。ではここで、まずわかりやすく個人で考えてみよう」


 そうシャロは言い、自分の頭をとんとんと指でつつく。


「人は生きる上で様々なことを記憶するじゃろう? しかしどんなことをどれだけ覚えているかは、普段意識することはない。じゃが無意識下で記憶は整理され、必要な時に取り出される」

「え、じゃあ神域でもそれが起きていると……?」

「うむ。神域――集合的無意識は、自らを構成する人々の情報に対してこれを行うんじゃ。あまりにも莫大なサンプルパターン。これらに関連性が見いだされ、その規則性によっての分類が行われる。能力値は平均が導き出され、それが優劣を判断する基準となるわけじゃ」

「あー、じゃあおれの『普通』ってのは、そのデータベースから判断されてのもので……、そうか、最初の摂理ってのはそういう話か。神域ってのがシャロの言う中級神なんだな」

「そういうことじゃ。ついでに説明すると、神域というデータベースでは個人をわかりやすくカテゴライズするための、タグのようなものが用いられておる。そのタグを世間ではなんと言うと思う?」


 ちょっと意地悪い顔でシャロが尋ねて来た。

 おれとシアはそれぞれ考え、顔を見合わせ、それからシャロに首を傾げてみせる。

 シャロはにんまり笑って答えた。


「称号じゃよ」


 あ、とおれとシアが声を上げる。

 理解が一気すぎて頭の中でなかなか言葉にならない。


「ふふ、そしてじゃ、神域の特性はこれだけではないぞ。神域は情報を吸い上げるだけではなく、提供もしてくれる。ただ、この提供を受けられるのはこの神域にかろうじてアクセスする能力を持った者だけに限られるのじゃがな」

「アクセスする能力?」

「コルフィーの鑑定眼じゃよ」

「ああ、あれってそういうものなのか!」

「そういうものなんじゃな。目を通し、脳を通じ、意識を介して神域に辿り着いた情報は、そちらで照会され、判断され、そしてフィードバックされる。とは言え、何でもかんでもわかるわけではないぞ。個人差などの影響もあるしの。ああそう、この情報は基本的には文字で現れるようじゃが、人によっては声であったり、図解であったりするらしい。他にもメロディが流れたり、エフェクトが見える者もおるようじゃ。これはおそらく神域からの情報を脳が頑張って処理した結果、共感覚のような現象が起きたのではないかと思っておる」


 所詮、わしらは脳の作る幻想の世界を生きておるわけじゃからな、とシャロは言う。


「共感覚か……」


 それは特定の刺激に対し、通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも同時に生じさせる特殊な知覚現象。

 例えば文字や音に色を、形に味を感じたりするようだ。


「じゃあご主人さまの能力もそれなんですか? あとアレサさんが嘘本当を見抜くのってどういう理屈でしょう?」

「婿殿の『目』は大神から与えられたものじゃからここに含めるのはやめた方がいいじゃろうな。どういうものなのかはちょっとわからん。じゃがアレサについては簡単じゃ。相手も神域に繋がっておるわけじゃろ?」

「あ、そういうことですか。相手が本当の事を言っているのか、それとも嘘を言っているのか、その人ならわかっていますからね。でもそれが真実かどうかの判断はできない、と」

「納得してもらえたかの? では話を神域の特性に戻そう。情報の蓄積、分類、そして開示ときたが、さらにもう一つ、適性のある者に記録された能力の情報を与え、再現させることもできる」

「どういうことでしょう……?」

「ふむ、わかりにくいか。ではアレサ――聖女を例にしよう。聖女が持つ真偽を見抜く能力なんじゃが、あれは先天的なものではない。聖女と認められたところで、善神がその裁量によって神域にある真偽を見抜く能力――その情報を送り込み、聖女の身体で再現させたものなんじゃ」

「再現か……」


 なんとなく理解したところ、シアが自分なりの解釈を言う。


「神域はゲームとかでよくある『スキル』、これの保管庫でもあるってことでいいですか? で、神さまはこれを人に与えることができる」

「そうじゃな、それでよいぞ」

「これって神さまから貰わないと駄目なんですか?」

「いや、そうでもない。神域と繋がっておるわけじゃから、なんらかのきっかけによって得られる場合もある。例えば……、ほれ、婿殿が話してくれた、ベルガミアの武闘祭。リビラとシャンセルが試合をしたとき、シャンセルが急に身体強化を体得したのはおそらくこれじゃろう。命すら危うい状況で意識が超越性を得た結果、神域から今自分が必要とするスキルをダウンロードした――、そんな感じかの」


 もし事実だったなら、シャンセル、何気にすげえな……。


「シャロさん、ってことはつまり、この世界では危機になったら急にパワーアップってのもありえるってわけですか?」

「まあもとの世界よりはある話じゃろうな」

「そいつはロマンですね。こういうスキルの習得って全部が神域関係してのものなんですか?」

「うーむ、そこを正確に答えることはできんな。普通に体得する場合がほとんどと思うんじゃが……。しかし意識は神域に繋がっておるわけで……、何らかの影響を及ぼしておるのかもしれん」


 さすがにそのあたりは判断がつかないか。

 まず調べようもない話だからな。


「神域ってのは本当に色々なことに影響してるんだな」

「そうじゃな。この世界で人の身に起きる、元の世界からすればゲーム的と思われることのほとんどは神域が関係するんじゃ」


※脱字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/04

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/04/23

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/11/01


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ