第603話 14歳(秋)…静かな屋敷で
星芒六カ国、エルトリア王国、冒険者ギルド。
シャロがひとまずお忍びで挨拶に向かおうと考えているのはこれらの国と組織。
このことをシャロが夕食時のお喋りのなかでさらっと発表したところ、その翌日、屋敷から人がごそっと居なくなった。
シャロが出向くのは何も明日、明後日という話ではなかったが、いずれ『大魔導師シャーロットが訪問する』という事実を伝えるのは早ければ早いほどよいと訪問先の関係者が報告に向かったからである。
セントラフロ聖教国はアレサ。
ベルガミア王国はシャンセルとリビラ。
メルナルディア王国へはパイシェ。
そしてザッファーナ皇国はヴィルジオが。
ザッファーナはすでにシャロの訪問を受けたようなものだが、お忍びとは言え正式にとなると話は別らしく、親父さんの反応を想像しながらやれやれといった顔でヴィルジオは母国へと報告に向かった。
これで残るはヴァイロ共和国とエクステラ森林連邦の二国。
このうちヴァイロ共和国は作業に来たレザンド大親方が報告することになったが、エクステラ森林連邦は直接的な関係者が居ない。
居ないのだが、間接的な関係者は居る。
リィだ。
連邦に参加することになったルーの森出身ということもあり、無関係とは言えないのである。
そこで母さんはリィに「伝えてあげたら?」と言ったが、リィは面倒くさがって腰を上げようとはしなかった。
ところがここでクロアが気を利かせ、上手いことリィを誘ってその気にさせてくれ、これにより、森林連邦への報告者はリィとクロアということになった。
二人は向こうでちょっと遊んでくるつもりのようだ。
「クロアちゃんはすごいですねぇ……」
「そうだな。森林連邦はクロアを讃えた方がいい」
「いやそういうことでなく……、まあいいです」
なんだかシアにため息をつかれた。
こうして屋敷から六カ国に報告へ向かったのが七名。
さらに世界樹計画(劣化)の舞台となったエルトリア王国へはリオとアエリスが、冒険者ギルドへはロシャが向かったため、ここに三名(?)加わっての九名となる。
そしてさらにさらに、ここに一名、ミーネが加わる。
これは皆とは別、シャロがクェルアーク伯爵領にこっそり精霊門を作ってくれることになったための報告である。
ミーネはこれを大いに喜び、朝食をとったあと王都の屋敷にすっ飛んでいった。
ついでに魔王のことも爺さんとアル兄さんに話すつもりらしく、帰宅(?)するのは夕方、もしくは明日になるだろう。
こういった経緯により、屋敷に居るのはクロアを除いた家族、それからシャロ、サリス、ティアウル、ジェミナ、そしてティアナ校長とデヴァスという状況になっていた。
この状況に、気合いを入れ直したのがサリスである。
「みなさんは二、三日は戻らないでしょう! その間は私たちで屋敷の仕事をこなさなければなりません! 頑張りましょう!」
そう告げるサリスの前にはティアウルとジェミナの二人がいる。
「わかったぞ! がんばるぞ!」
「うん! ジェミ、がんばる!」
うーむ、これはサリスが倒れるかもしれんな……。
いや、ティアウルとジェミナが頼りにならないとかそういう話ではなく、単純に許容量をオーバーすると思うからだ。
そこに現れる四つの人影――。
「大丈夫ですよー、わたしも働きますからねー」
「及ばずながら私も頑張りますよ!」
「セレスもー!」
「わしもやるぞ!」
これはサリスが過労で寝込むかもしれんな……。
いや、シアやコルフィーはまあいいんだが、セレスとシャロが張りきるとちょっとあれだ、仕事を増やしちゃうような気がするのである。
そこに現れるたくさんの影――。
「ここは一肌脱いでやるぜ、あたしたちに任せろ!」
そう代表で言ったのは妖精のピネ。
周りにいる妖精たちや、集まったクマ兄弟を始めとするぬいぐるみ軍団、そして着ぐるみピエロが頷く。
うん、ダメだな。
これサリスが過労死するな。
いや、この妖怪軍団が役立たずと言いたいわけではないのだ。
なんとなく、なんとなくなのだが、みんながこの機会に頑張ろうとした結果、どういうわけか歯車が噛みあわず、余計な騒動をそこかしこで勃発させてサリスの負担が爆発的に増大するような予感がしたのである。
おれは家主としての独断で、三日間はメイド仕事を完全にお休みさせ、家事などは出来る者が分担でやることにした。
△◆▽
人が減り、のこのこ遊びに来る者も、仕事のために訪れる者も居ない静かな午後。
のほほんとした時間が流れるなか、おれは特に何かしようという気にはなれず、そこで先延ばしにしていた『どうしておれが転生することになったのか』という説明をシャロに聞かせることにした。
おれは仕事部屋にシアとシャロを呼び、さっそく事情を説明しようとしたのだが――
「なるほど、わしと婿殿はほぼ同じ時代に生きておったわけじゃな」
ちょっと想定外。
向こうの世界の話に花が咲いてしまって説明がなかなか進まない。
とは言え、シャロが楽しそうなので無駄話だから中断、というわけにもいかなかった。
きっと、これはシャロがずっとしたかった『たわいもないお喋り』なのだから。
「シャロがあっちを去ることになったのは、おれより少しだけ前の話みたいだけど……、それで三百年以上も差がでるのってどういうことなんだ?」
これまで感覚的にシャロはおれと同じ時代にいたと考えてしまっていたが、こっちで三百年以上経過していることを考えるとそれはおかしい話だ。
「おそらく時間の幅が伸び縮みしておるのではないかの、互いに。向こうの一分がこちらの一時間という状態もあれば、あっちの一時間がこっちの一分ということもある。しかし干渉があると、そこで過去については固定されるんじゃと思う。わしがこちらに送られたことで最初の固定があり、そこから先はまた伸び縮みじゃ」
「それでこっちが三百年以上伸びてるところに、おれが来たってことか」
「うむ。まあ今のはわしの当てずっぽうじゃがな!」
「「え」」
あははー、と笑うシャロ。
真面目に聞いていたおれとシアは唖然とすることに。
「すべては大神の匙加減。気にしても仕方ない。シアは何か知っておったりせんか?」
「いやー、わたし下っ端なのでそのあたりのことはさっぱりです」
「大神の分体が下っ端というのも妙な話じゃな……」
一応、おおまかにアホな死神のせいでおっ死んで暇神のところへ連れて行かれ、そして転生することになったという経緯は説明してある。
シアの中身については、またシャロを驚かせることになってしまった。
「それで婿殿、ジャパン出身ということじゃが、婿殿はサムライじゃったのか? それともニンジャか?」
「「――ッ!?」」
突然の質問におれとシアは愕然とする。
くっ、日本に対する偏見はシャロにまで及んでいるのか……!
「い、いや、シャロ、よく聞いてくれ、おれの時代にはサムライもニンジャも居ないんだ……」
「そ、そうですよ、観光客相手のなんちゃってニンジャはいますが、その程度の話なんです」
「ふむ、なるほど。そういうことになっておるのか。しかし、一般には確認されておらん神もちゃんとおって、別の世界もあった。ならサムライとニンジャだっておってもおかしくないじゃろう?」
「「……ッ!?」」
ど、どうしたら、これはどうしたら……!
おれとシアは戸惑いながら顔を見合わせる。
しかし――
「ふ、ふふ、ははは!」
急にシャロが笑いだし、そして言う。
「すまんすまん、冗談じゃ! わしはあの国のサブカルチャーに明るいのでの、ちゃんとわかっておるよ。からかっただけじゃ」
「「え、ええぇ……」」
外国人が誤解する日本というものを前提にした冗談。
無駄に高度なことを……。
シャロは少し笑ったあと、表情を穏やかなものに変えてしみじみと頷いた。
「こっちの者に言っても絶対に通じない冗談じゃ。ふふ、こんなくだらないことでも、心は安らぐものなのじゃな……」
そう言ってシャロはちょっとしんみり。
おれは見守ろうかと思ったが、シアは違ったようで、空気を変えようと質問をぶつける。
「シャロさんってあの国のサブカルに詳しかったんですか? もしかしてオタク?」
「ん? おお、どうじゃろうな。最初は仕事のために必要な要素じゃったから触れることになったが……、そのうちはまってしまったからのう」
「仕事? どんなお仕事をしていたんですか?」
「夢を介してあの星の中心、銀月へ到達することを至上命令とする魔導結社の構成員をやっておった」
……。
え、なにそれ?
いや、前にルーの森でリィに少しだけ聞いたか。
おれはシャロの話に困惑することになったが――
「あー、シャロさんってそっち方面の人だったんですねー」
一方、シアはあっけらかんとしたものだ。
「あれ? おまえ知ってるの?」
「え? ええ、わたし知識だけはあるんで。あ、でもなんで教えなかったとか言われても困りますよ。ご主人さまとは関係の無い話なんですから、わざわざ話そうとは思いません」
「そりゃそうだが……。でもルーの森でリィから星の覇権を奪い合う争いがなんとかって聞いたとき――、あ、おまえいなかったか」
クロアとセレスを見てもらっていたんだな。
それで聞く機会を失っていたのか。
「確かに婿殿からすればまったく関係のない話じゃろうな。星の覇権とは言っても、それは世界征服とかそういう話ではない。精神的、思想的なことなんじゃ。そして戦いは夢を介して到達する霊的な場で行われる。まあ夢の中みたいなものじゃな。色々なことができるぞ。それこそこっちの世界以上のこともの。そして、その無茶をイメージするためにはそういった発想に馴染んでおかねばならん。そうなるとの、婿殿の暮らしていた国のサブカルチャーはちょうどいいんじゃ。わしのスタイルは……、簡単に言えば高火力武闘派魔法少女じゃったの」
「ま、魔法少女……?」
それでロシャがああなのか?
唖然としていると、どうしたのか、シャロがちょっとむっとする。
「むぅ、始めたのは十歳前からじゃから、少女でいいんじゃ。やられたのも十代半ばじゃったからな、ぎりぎり大丈夫じゃろ」
「あ、いや、少女の部分が気になったんじゃなくて、それでロシャはあの姿だったのかなって……」
「ああ! そうか、すまんすまん、勘違いで剣呑になってしまったの。そう、わしが最初にこのスタイルでいこうと考えたので、それに合わせてロシャは可愛らしい姿になってもらったんじゃ」
「やっぱりか。ってかあっちにそんな世界があったんだ」
「秘匿された戦いじゃからな。戦いの舞台は夢の中じゃし、現実ではせいぜい相手を捜し出して暗殺するくらいじゃ」
「ご主人さま、ネットの大人数参加型対戦ゲームと考えたらいいと思いますよ。基本はゲーム内での戦いですが、たまーに現実で殺そうとする事件ってあるじゃないですか」
「あー、なるほど……」
困ったことにシアの例えはわかりやすかった。
「それぞれ主義主張のある結社がチームを結成していて、それでバトルロイヤルするようなものですね。一般参加枠はありません。まず魂の強さが関係する……、ん?」
シアがふと何かを思いついたように首を傾げる。
「どうした?」
「あ、いえ、べつになんでもないです。ええ、本当に」
あたふたするシア。
これ、おれに都合の悪いことを思いついたんじゃないか?
「何を思いついた?」
「いや大したことじゃないですから」
「シア、言おうか」
「う……、お、怒らないでくださいね?」
「それは聞いてからだ」
「うぅ、じ、実はですね、魂がすっぽ抜けちゃったご主人さまの体に持ってた魂を放り込んだって説明したじゃないですか」
「ああ、それが?」
「慌てていたんで、それまで集めた魂をまとめて放り込んでしまったんですよ。純粋な魂なんで、ご主人さまの体に入ったところで一つになったわけで、まあそれはいいんですが……」
「シアよ、それ何人分じゃ?」
「何百くらい……」
「うおおぅ……」
シャロがおののく。
「向こうの婿殿は強制参加じゃろうな!」
「ちょっ、おいシア!?」
「ごめんなさーい! だって焦ってたんですー!」
「向こうのおれどうなってんの!?」
「わかりません……、きっと頑張ってるんじゃないですか、ほら、そこはご主人さまですしー」
「わからねえのかよ……」
くっ、これに関しては、こっちのおれではどうにも出来ない。
なら……、あれだ、せめて応援だけでもしよう。
向こうのおれ、頑張って!
「まあ婿殿、そう心配することもないじゃろう。そんな何百人分なんて濃度の魂じゃ、そうそうやられるようなことはあるまい。むしろやりたい放題で戦場を荒らしておるかもしれんぞ?」
「いやいや、好き好んで物騒なことに関わりたいとは思わないって」
「?」
「あれ!? すっごい不思議そうな顔された!」
きょとーんとしてしまったシャロに驚いたところ、シアがやれやれといった様子で言ってくる。
「シャロさんはご主人さまの戦歴を一気に聞いたわけですからね、それで実は『温厚な平和主義者なんだ』なんて言っても、とても信じられませんよ」
おっと、こいつは大変な誤解である。
「違う。シャロ、違うんだ。おれはただやるしかなかったからやっただけで、望んであれこれやったわけじゃないんだ。なんだか英雄扱いもされているけど、それだって死神の鎌の欠片が宿っているからなんとかなっただけの話で、実はたいしたことはないんだ」
そう弁解したところ――
「いや、婿殿、それは違うぞ」
シャロは表情を改めてきっぱりと言った。
「婿殿と同じ状況にあったとしても、婿殿と同じことを出来る者なんぞおるものか。大神の欠片は道具にすぎん。偉業は婿殿の意志で為されたもの。そこは自信を持ち、誇るべきじゃ」
「そ、そう……?」
なんかおれが訂正したいところと違う部分について注意されることになってしまったが……、シャロは真面目に言ってくれている、ここは軌道修正を諦めよう。
「うむ、そうじゃぞ。わしの婿殿は婿殿が思う以上に凄いんじゃ。これまでの功績だけではない。例えばほれ、魔王というものが、悪神の手によるものであると完全にはっきりさせ、悪神に目的があると仮説を立てるに至った発想、これもわしは凄いと思う。実際、その辺りのことをわしはさっぱり思いつけなんだしの!」
「んー、でもおれはそこだけで、シャロはそれ以外のことを色々と考えていたんだろ? この世界のことを」
「それはまあの」
ちょっと誇らしそうにシャロはむふーっと。
「そのうち機会を見て聞かせてくれる?」
「うん? そのうちなんて言わず、これからでも話すぞ? あ、いや、これから聞いてもらった方がよいかもしれんな」
「聞いた方がいい?」
「そうじゃ。実はさっき婿殿の話を聞いて、悪神の目的について心当たりが生まれたんじゃよ。ただそれを説明するにあたり、婿殿には色々と前知識があった方が良い。時間はあることじゃしな、いっそこの場でまとめて話してしまおうと思う」
そう言い、シャロは笑う。
「わしが知り得た、この世界の仕組みをの」
※誤字と脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/04




