第602話 14歳(秋)…シャロのいる日常
長い長い、おれが生まれてから現在に至るまでの話をシャロに聞かせるため、屋敷に帰還したその日はいつもの就寝時間よりもかなり早めに第一和室へ籠もることになった。
おさらいと言うわけではないのだろうが、普段一緒に眠る面々もこの話を聞きたがり、すでにあとは眠るばかりという準備万端の状態で集まっている。
まあセレスは話の途中で寝ちゃうだろうけど。
「では婿殿、聞かせておくれ、これまで婿殿がどんな冒険をしてきたのかを」
興味津々な様子でシャロが言う。
とは言えこの場は皆が居るので、話は生まれてからが始まり。
生まれる前については、後日折を見てである。
導名についての詳しいこともそのときに尋ねよう。
「それじゃあ、まずは物心ついたあたりから――」
実際は生まれた直後から覚えているが、それはちょっと普通ではないのでおれが目標を得たときの話から。
母さんが読み聞かせてくれた、シャロが主人公の絵本。
そこで導名を得ようという目標ができたというエピソードであったが――
「うぉぉ……、ぬぉぉ……」
シャロが照れすぎて悶えてしまった。
ひとまずシャロが落ち着くのを待ち、話は雷撃が使えるようになってからのスパルタ教育、クロアの誕生、ミーネの襲来、シアの引き取り、セレスの誕生、冒険の書の製作、と続いていく。
ただ、話のなかで気になったことをシャロだけでなく皆も結構聞いてくるため、進み具合はいまいち。
まあ急ぐこともないし、明日に持ち越してもなんの問題もないのだ。
ひとまず冒険者になるため王都へ旅立つあたりくらいを目指し、おれはゆっくりと話を続けた。
△◆▽
翌日、目が覚めてみるとちょっと喉がイガイガした。
寝る前に喋りすぎたせいだろう。
ふと隣を見ると、掛け布団を蹴っ飛ばしてのダイナミックな寝相を披露しているシャロがいる。
冷える季節だから厚着させておいてよかった。
いや、そのせいで布団を吹っ飛ばしたのかな?
「猊下、おはようございます」
「あ、おはようございます」
幸せそうに眠り続けるシャロを眺めていたところ、アレサが目覚めて挨拶をしてきた。
「シャロさんはまだぐっすりお休みのようですね」
「ええ、せっかく気持ちよさそうに眠っているので、このまま好きに寝かせておきましょう」
「そうですね」
おれとアレサは微笑み合い、それから眠るシャロを拝む。
これまでは広場にあるシャロ様像に祈りを捧げていたが、今日からはシャロがここに居るので移動する手間が省ける。
しかしおれとアレサが祈り始めたところで――
「……んお? 何か妙な気配が……、って何じゃお主ら!?」
シャロは目覚め、自分を拝むおれとアレサを見て驚いた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
「え、あ、お、おはよう……。それで、何をしておったんじゃ?」
「ああ、これまで広場の像にお参りに行くのが毎朝の日課になっていたんだけど、シャロがここに居るんだからシャロに祈っていたんだ」
「え、えぇ……」
おや、シャロに呆れられてしまった。
「では祈りの続きを」
「そうですね、続きを」
「いやいやいや、おかしいじゃろ!? わしに祈りを捧げても御利益なんぞありゃせんぞ!? なんだか訳がわからなくなるから祈るのはやめてくれ、わしからのお願いじゃ!」
「む、シャロが嫌がるならダメだな。アレサさん、明日からは元通り広場の像に祈りに行くことにしましょう」
「はい、それがよろしいですね」
「いやそういうことでなくてな……」
シャロは困ったように言う。
「それでは猊下、朝の診断を」
「はい。お願いします」
そしてこれも毎朝の日課、アレサはおれをぺたぺた触診。
「何をしておるんじゃ?」
「これは毎朝の健康診断です」
「そ、そうなのか……」
シャロが見守るなか診断は続き、最後に撫で撫で撫でからのギュゥ。
「むっ、それわしもわしも」
「かしこまりました」
アレサがシャロを撫で撫でギュッとする。
「うむ。よし。――でなくて! そうでなくて! わしが婿殿にやりたいんじゃよ!」
「あ、そうなの? じゃあどうぞ」
「うむ、ではやるぞ」
シャロが撫で撫でギュゥー。
「うむ、では今度は婿殿がわしにやっておくれ」
「え? あー、それじゃあ……」
おれはシャロを撫で撫でギュッとする。
「では猊下、次は私を」
「あれ、そういう流れ?」
おれはアレサも撫で撫でギュッとする。
「完璧ですね」
「完璧じゃな」
アレサとシャロは頷き合う。
と、そこでシアがもそっと体を起こした。
「んもー、この朝っぱらからもぉー……、胃もたれしますよー……」
うんざりしたようにシアは言った。
△◆▽
やってきた翌日からシャロは屋敷をちょこちょこと動き回って見かける者に話しかけ、親睦を深めることに努めた。
その様子はとても楽しげで、だからだろう、シャロの見てないところでリィとロシャがおれに深く感謝していることを伝えてきた。
本当はシャロにくっついていたいところだろうに、二人(?)はシャロが早く屋敷に馴染もうとしているのを邪魔できないと、今はそっと見守るだけにとどめているようだ。
そしてシャロに話しかけられる屋敷の皆は、相手が大魔導師シャーロットということもあり、色々と聞いてみたいことがあってついつい長話になりがちだ。
おかげでメイドたちの仕事が滞り気味になったりもしたが、ここはシャロが皆に受け入れられることを優先して目を瞑る。
このことはティアナ校長にもお願いしておいた。
そんななか、シャロにやたら話を聞きたがるのは母さんである。
部屋に引っ張り込んでの長話だ。
シャロもいずれ義母になる相手と意識しているので邪険にはできず、何時間にもわたる魔導学談義を続けることになり……、それを救出するのはおれの役目になりつつあった。
そしてなかには旧交を温める場面も――。
「あははは! シャーロット、なんだいその姿は! ずいぶん可愛らしい姿になったものだね!」
「そんなに笑うことなかろう……」
ジェミナの体を借りたエイリシェに大笑いされるシャロは渋い顔。
「ああごめんごめん。しかし、まさか君までこの屋敷の一員になるとはね。それどころか彼の嫁って……、ぶはははは!」
「ぐぬぬぬ……」
言われっぱなしであったが、それでもエイリシェの声にはどこか「よかったな」とシャロを労う響きがあり、それもあって雰囲気自体は穏やかである。
こうして積極的に皆と会話をしようとする一方、時間が空くとシャロはおれの側にいる。
ぴとっとくっついてくる。
「これからはわしがおる。頼っておくれ。わしは婿殿のために何かできることが喜びなんじゃからな」
仕事部屋で机に向かってきたところに現れ、ちょこんとおれの膝の上に座ったシャロが言う。
どうしたものか……。
できることなら思う存分に構いたいところであるが、うかつに構うと結婚を迫られるので腰が引けるのだ。
悲しい。
ここにシャロ様がいるのに……!
これがヤマアラシのジレンマ――、ではないな、なんだろう、例えるなら『猫大好きだけど猫アレルギー持ち!』のジレンマか。
「婿殿? 何を神妙な顔をして考えておるんじゃ?」
「最後のひと撫では、切ない……」
「何の話じゃ!?」
別にどうということではない。
ただおれの中で『子猫拾ってきたけどアレルギー持ちで、飼うことにしたけど構うことができず邪険にするようになったけどやっぱり好きで、その猫が成長して年老い、もう息を引き取りそうになったところで意を決してひと撫でしたところ猫はそれをずっと待っていたように「にゃん」と小さく鳴く』という物語が展開されていただけである。
「そうか……、婿殿は紙一重か……」
説明したらシャロに不名誉な納得をされた。
そして、おれとシャロがそんな会話を続ける一方で、部屋の隅、角っこには三名のお嬢さん――金銀赤が集まっていた。
三人は前に屋敷で流行ったケモミミを装着してこちらの様子を窺っていたが、そこで聞こえよがしに話し始める。
「これまでわたしはご主人さまの相談役として頑張っていると自負していました。しかし、シャロさんの登場でその立場が危ういものとなっています。わたしはご主人さまに必要とされなくなってしまうのでしょうか?」
「そんなことないわよ」
「そうですよシアさん、猊下はまだまだシアさんを頼りにするはずですよ」
と、そこで三人はちらりとおれの方を見やった。
その様子はまるで昔話。
動物たちが内緒話をしているところを目撃してしまったような……、いや、どちらかというとこれ怪談話の方が近いような気がする。
「これまで私はあの子の剣となるよう頑張ってきたわ。どんな敵だって倒せるようにってね。でもシャロの登場でその立場が危うくなってきたような気がするの。シャロったら滅茶苦茶強いし。次から私は置いてかれちゃったりするのかしら?」
「いやいやー、そんなことはありませんよー」
「そうですよミーネさん、猊下はミーネさんを頼りにしていますからね、そんなことはしませんよ」
と、そこで話を止め、また三人は揃っておれをちらりと見やる。
「これまでわたくしアレグレッサは、猊下をお守りする従聖女という大任を全うすべく努力してまいりました。しかし、しかし、シャーロット様という聖女の中の聖女が猊下のお側に控える今、わたくしという存在は猊下に必要とされなくなってしまったのではないでしょうか? シャーロット様にあまりに劣るわたくしを、これからも猊下はお側に置いてくださるのでしょうか?」
「あらあら、アレサさん、それは杞憂ですよ」
「そうよ。最初はアレサが側にいることに戸惑っていたけど、今はもうアレサがいないと落ち着かないと思うわ」
そして三人はちらっと――、いや、今度はガン見だ。
めっちゃ見てる。
ケモミミ生やしてめっちゃ見てる。
「い、いや、みんな? シャロが来たからってみんなを蔑ろにしたりはしないよ? ホントだよ?」
「「「…………」」」
三人はしばしおれをガン見し続けたが、やがて顔を見合わせて頷き合い、そそくさと部屋を出ていった。
アレサが居るから本心だと理解してくれたと思うが……。
「ふふ、婿殿は愛されておるのう」
「それはありがたいことなんですが……」
あの妙な緊張感を漂わせるのはやめてもらいたいところだ。
そして翌日。
今度は偽ウサとニャンとワンが同じことを始めた。
△◆▽
シャロはまず屋敷の皆に受け入れられることを優先し、落ち着いてきたところで外部とコンタクトを取ろうと考えているようだった。
まあすでに竜皇国で盛大に竜皇を叩きのめしたので、他の五カ国にも話は伝わっているかもしれないが。
そして六カ国に公表してからも、各国の政に口を出すようなことをするつもりはなく、基本はこの屋敷で過ごし、何か問題が起こったときはちょっと手助けするというおれと同じスタンスで行くようだ。
あとこのザナーサリー王国であるが――
「あぁぁぁ――ッ!? シャァァーロット様ぁぁん! お初にお目にかかりますぅ、わたくし、ミリメリアと申しますぅぅ――――ッ!」
「なんじゃ!? なんじゃー!? は、離せ! 唐突にわしを抱えてどこへ連れて行こうと言うんじゃ! 新手の人攫いか!?」
おれがメイド好きと知ったシャロは「わしもメイドになる!」と奮起してティアナ校長を愕然とさせたが、メイド服に着替えて準備万端となったまさにその日、運悪くミリー姉さんに遭遇することになった。
ミリー姉さんはセレスに会いに来ただけだったが、メイド姿のシャロを見て発狂、いったい誰なのかという話になる。
ざっと説明することになり、これによってザナーサリー国王も今日中にシャロの存在を知ることになるだろう。
まあそれはそれとして、問題は発狂したミリー姉さんである。
シャロを右脇に、セレスを左脇に抱えて連れ去ろうとしているのだ。
「婿殿! 攫われる! わし攫われるー!」
めっちゃ助けを求められた。
ってかシャロならなんとでもなりそうな気がするんだが……。
これはあれかな、これまでエンカウントしたことのない種類の敵だから、びっくりしてしまっているのかな。
「姉さん姉さん、シャロが嫌がってるから……」
「ど、どうして!? 私はただお城へお越し頂こうとしただけで……!」
「そんな脇に抱えて連れていこうとしたら焦りますって……」
「駄目ですか!? でもセレスちゃんは喜んでいますよ!?」
「ミリーねえさまとお城! シャロちゃんといっしょ!」
まあセレスはきゃっきゃしてるけども……。
「レイヴァース卿、貴方にはわからないのですか!? シャロちゃんはシャーロット様なんですよ!? 偉大なのにこんなに可愛らしくって、それ即ち尊いということなんです! これはもうお城へ来て頂かないわけにはいきません! でもっていっぱい撫で撫でして、一緒にお風呂に入ったり眠ったりしなければならないということなんです!」
「何を言っているのかよくわからないんですが、構い過ぎでシャロが泣いたり笑ったり出来なくなりそうなんでやめてあげてください。ひとまず落ち着いてくださいよ」
「落ち着いてなどいられません! こんな可愛いメイドさんが二人なんてそんなの人類の夢ですよ!?」
「まあそれはわかりますけど、とにかく落ち着いてください」
おれは何とかミリー姉さんを落ち着かせようとするが、どう頑張っても無理だった。
メイド姿で仲良くきゃっきゃしていたシャロとセレスの姿を目撃したことで、ミリー姉さんの理性の箍は完全に外れてしまったのだ。
もはや誰の声も届かない。
おれはミリー姉さんの後ろに控えていたシャフリーンを見る。
シャフリーンは頷き――
「ていっ」
「あう!」
速やかにミリー姉さんを昏倒させた。
そしてシャフリーンはミリー姉さんごとがっちりとシャロとセレスを抱きかかえて支え、それから解放してやる。
「ふう、えらい目に遭ったわい……」
「シャーロット様、大変申し訳ありませんでした」
「ああいや、気にせんでくれ。突然すぎてびっくりしただけじゃからの。わし、ここに来てからびっくりすることが多いのう……」
やれやれと言うシャロに対し、セレスはちょっと残念がる。
「シャロちゃん、お城いかないのー?」
「う、うむ、まあそのうちじゃな。もうしばらくはこの屋敷におりたいんじゃよ」
「そうなの? じゃあセレスもがまんするね!」
「そうかそうか、セレスは良い子じゃのう」
すでにセレスはシャロにずいぶん懐いており、日常的にこうやって仲良くする光景を見ることになっていた。
「これは……、ミリメリア様の発作が頻発しそうですね。レイヴァース卿、どういたします、ミリメリア様は他国に捨て――預けてきますか?」
ミリー姉さんを抱えたままシャフリーンが言う。
「そこまではしなくても……。今度来るときはクェルアーク家に寄ってアル兄さんに同行をお願いしてもらえれば」
「ああなるほど、さすがです。では次からそのようにいたします」
シャロのことは遊びに来たミーネの姉と、仕事に来た下の兄、セヴラナとヴィグレンによって伝わっている。
婚約者がシャロに粗相しているとなれば、アル兄さんも血相変えて動くだろう。
「ところでレイヴァース卿、シャーロット様はどうして貴方のことを婿殿と呼ぶのでしょうか?」
ふとシャフリーンが尋ねてくる。
面倒なのでそのあたりは説明していなかったが、聞けば普通は気になるか。
「それはじゃな! いずれわしは婿殿と結婚するからじゃ!」
「け、結婚……!?」
あ、珍しくシャフリーンがわかりやすく驚いた。
「シャロちゃんごしゅじんさまとけっこんするの? セレスのおねえちゃんになるの? じゃあシャロねえさま?」
「いずれは、の話じゃからな! シャロちゃんでかまわんぞ!」
「うん、じゃあシャロちゃん!」
きゃーっとセレスがシャロに抱きつく。
やっぱり同じくらいの子ってのは違うんだろうな。
そんな様子を微笑ましく眺めていると――
「……ミリメリア様、起きてください。目覚めるのです。さあ、覚醒の時ですよ、ミリメリア様……」
シャフリーンが抱えているミリー姉さんの耳元でひそひそ囁きながらゆさゆさ揺すっていた。
※誤字脱字、文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/04
※さらに文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/14
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/25




