第600話 14歳(秋)…惨劇再び
「なんとなく……、なんとなくなんじゃがな。ドラの奴が婿殿たちをここへ向かわせないよう三年も続く宴を催して足止めしようとしたように思えたんじゃが、まさかのう、そんなことはあるまい?」
「「……」」
そこでティアウルとミーネはまずいと察したのだろう、黙り込むことになったのだが……、やはりもう遅い。
二人は申し訳なさそうな顔でヴィルジオを見る。
するとヴィルジオは観念したように口を開いた。
「主殿はシャロ殿がリッチとなって霊廟に籠もっているのではないかと仮説を立てていた。それを知った父上は恐慌をきたしてしまったのだ。さすがに妾もどうかと思ったが……、もう正気ではなかったのでな。そのあたりを加味して、どうか手心を加えてやってほしい」
「よかろう」
シャロは頷き、小さな腕を振り上げると虚空に拳を叩き込んだ。
と、響き渡る甲高い破砕音。
それは薄く固い金属板が粉々に砕かれるような音で、と同時に、シャロの前には精霊門と同じ空間の歪みが出現していた。
空間へ干渉する余波は、空気を振動させてあんな金属音になるのか。
「では行くぞ」
そう言ってシャロは歪みに歩み入る。
続くのを少し戸惑っていたところ、ロシャがおれの頭に飛び乗って言った。
「大丈夫、精霊門と同じだよ」
「わ、わかりました」
意を決して歪みに飛び込む。
するとおれは竜皇国の精霊門から飛びだすことになった。
精霊門はもう慣れ親しんだものだったが、門から門へ、という認識に馴染んでいたため、別の場所から門へ直結というシャロの空間魔術にはちょっと戸惑いを覚えることになった。
突如としておれたちが精霊門から帰還したため、管理している者たちは驚いたようだったが、シャロはそんなことおかまいなしにずんずんと歩いて行き、やがて外へと出る。
正面に王宮が見える広場のど真ん中に出たところで、シャロは大きく「すぅ~」と息を吸い、そして叫んだ。
『くぉぉらぁぁぁ――ッ! クソトカゲッ! ちょぉぉっとこっちこんくあぁぁぁ――――――ッ!!』
単純な大声ではない。
魔法? 魔術?
ともかく声はこの広場どころか、もっと広範囲、それこそこの首都全域に響き渡ったんじゃないかと思うほど伝わっていった。
そして静寂。
が――。
チュドーンッ、と。
王宮の上部、斜め上へとビームのごとき閃光が走り、それによって巻きあがった粉塵を突き破って白い竜が姿を現した。
竜皇ドラスヴォートである。
『はぃぃぃ――――ッ! ただいまぁぁぁ――――――ッ!』
竜皇は凄い勢いでこっちに向かってきてズドーンッと広場に下り立つと元気良く(?)言う。
『ドラスヴォート、仰せにより、ただいま罷り越しましたーッ!』
後ろ足と尻尾で体勢を維持して直立不動。
と、そこで竜皇はおやっと周囲を見回す。
『シャーロットさんに呼ばれたような気がしたが……、気のせいか? いかんな、目覚めていても症状が出るようになってしまうとは……』
気のせいか、と竜皇がほっとしたそこで――
「何をぶつぶつ言っておるか馬鹿者が! わしはここじゃ!」
『ひぁっ!?』
ビクッとした拍子に竜皇がひっくり返る。
ズシーン、と音を響かせて倒れたのち、竜皇はいそいそと体勢を立て直してこちらを改めて確認した。
『シャ、シャーロットさん……? いない……?』
「おるわ、馬鹿め!」
怒鳴り、シャロは拳を自分の前に振りおろす。
するとどうだ。
『ぐへぇ!』
竜皇が地面に叩き伏せられ、広場の石畳を陥没させてちょっと埋まる。
それは超巨大なハンマーによって叩き潰されたようであった。
「え、なにあれ……!?」
「空間魔術の応用。シャロはあれが得意なのだ」
頭の上に乗っているロシャが教えてくれる。
「大魔術ってやつですか……!?」
「え? いや、そんな大げさなものではないな。真面目に攻撃するのが面倒なときにとりあえずやる程度のものだ。君にとってはハリセンのようなものだよ」
「えぇ……」
ちょっと規格外すぎますね!
これまで強いお嬢さんを見てきたが、シャロはそのお嬢さん方を過去にする桁外れの規格外っぷりである。
さすがシャロ様!
「これで見上げんでもよくなったの。ちょうど良いわ。で、これでわかったじゃろう、わしがシャーロットじゃ!」
『え? ええっ!? えぇぇぇぇ――――――ッ!?』
半ば地面に埋没した竜皇は、おれたちの正面にいる幼女がシャロだとようやく理解したのだろう、激しい動揺を見せた。
『シャーロットさん!? 幼い!? どういうこと!?』
「それはお主には関係ない! それよりお主、ここにおる者たちを霊廟に向かわせまいと妙な工作をしようとしたらしいの! なんでも三年ばかり続く宴を催そうとしたとかなんとか!」
『そっ、それは……! ち、違うんです違うんです!』
「なんじゃ、理由があるなら言ってみい! それが納得のいくものであるなら、わしは大人しく怒りを収めよう。じゃが、もしわしがまだこの世に留まっておるかもしれんとの仮説におののき、保身に走ってのものじゃった場合はお主、わかっておるじゃろうな?」
『あばばばばば……』
地面に埋まった竜皇が震えるせいで、こっちまで振動が来て地震みたいなことになっている。
もう竜皇は恐怖のあまり弁解どころではなくなっているな。
まだシャロが何もしていないのに、精神的なダメージで瀕死だ。
「なんじゃ、何も言うことはないのか」
『いやっ、あ、ある、えっと……、その、実はそうしないと、と、ととっ、と――』
恐かったから。
ただ恐かったから。
それがすべてであるため、竜皇は何も言えなくなった。
すると――
『いやだぁぁぁぁ――――――――ッ!!』
竜皇は埋まった状態から跳ね上がり、そのまま翼を羽ばたかせて希望の明後日に向かって物凄い勢いで飛んで逃げた。
が――
「はぁー……」
シャロは深々とため息をつき、小さくなっていく竜皇にその小さな手の平を伸ばす。
そしてぎゅっと。
握り拳を作った瞬間、竜皇の尻尾が何かに掴まれてしまったようにびんっと真っ直ぐに伸び、それ以上進めなくなって空中に固定される。
『あぁぁぁ――――――ッ! いやぁぁぁ――――――ッ!』
「お仕置きじゃ」
くんっ、とシャロが腕を引くと、連動して離れていた竜皇がこっちまで引っぱり戻される。
そしてぶんっとシャロが腕を振れば、竜皇は為す術も無く広場に叩きつけられることになった。
何度も何度も、ズドーン、ズドーン、と竜皇は地面に叩きつけられ、あられもない悲鳴を上げ続ける。
『ひぃぃ――ッ! 誰かぁ――――ッ!』
「ヴィルジオに免じ、お主で城を叩き壊すのは勘弁してやろう!」
竜皇は助けを求めるが……、誰も来ない。
この明らかな異変、誰も気づいていないというわけはないだろう。
にも関わらず、本当に誰も来ない。
あ、いやっ、遠くからアロヴがこちらめがけて飛んで来た!
『陛下ー! いったいどう――、どう!?』
でもって引き返した!
アロヴの奴、うちの屋敷に近づいた小鳥みたいに急カーブして去ってったぞ!?
「アロヴでもダメなのか……!」
「言い伝えられた惨劇が再び起きているのだ。この国の者ではどうにもならんよ。妾ですら少し身がすくんでおる」
「いやこれを見て身がすくむ程度ですむ人の方が珍しいと思うんだけど……」
遙か昔の古代竜ほどではないが、竜は強者として認識されている。
その代表のような竜皇が、手も足もでずビターンビターンされている状況など、普通の人からすれば恐怖――、いや、衝撃的すぎて理解を拒否するかもしれない。
とにかく無茶苦茶なのだ。
なのだが――、この無茶苦茶なシャロでも魔王カルスは倒せなかった。
そしておそらく、シャフリーンが魔王化していてもシャロは敵わなかっただろう。
そう考えると、魔王というもののやっかいさがよくわかる。
などとおれがよそ事を考えている間にもお仕置きは続き――
『やめて! ちっぽもげちゃう、ゆるちて!』
もう竜皇の精神は限界だ!
さすがに気の毒になってきたので、そろそろおれはシャロを止めることにする。
「シャロ、そのくらいでな? シャロ?」
後ろから話しかけてみたのだが――
「まだまだ行くぞー! まだまだじゃー!」
シャロはまったく聞いていない。
どうしようと思っていると、ロシャが言う。
「頭に血が上りすぎているな。よし、ちょっと攻撃だ」
「え、いいんですか?」
「かまわん。軽くな」
「そうですか、では軽く……」
このままでは竜皇がシャロと逆、中身が幼くなってしまうような気がしたため、心苦しさを感じつつもおれはシャロに弱雷撃を放つ。
パチンとな。
「あたたっ」
パチチッと弱い電撃が走り、軽い痛みを受けたことでシャロは竜皇を手放した。
どすーん、とおれたちの前に竜皇は落下。
『ごめんごめん、ゆるちて! もうちないから!』
竜皇はまだ謝り続けているが……、まあそっとしておこう。
「んお? 今のはなんじゃ?」
「ごめん、ちょっとやりすぎかなって止めた」
「ああ、婿どのか」
シャロはおれを見たあと、ぐてーんとうつ伏せになっている竜皇を見る。
「ふむ、ではこれくらいにしてやるかの」
『ゆるち――、んな!?』
それは竜皇にとっては信じられない事態だったのだろう、ほとんど幼児退行していたのに、その驚きによって正気に戻った。
「なんじゃ、もっとやってほしいのか?」
『いえいえいえ、どうかご勘弁を!』
「婿殿に感謝するんじゃな」
『そ、それはもう。さすがは我を救いたもう勇――、ん? むこどの……? あの、シャーロットさん、婿殿というのは?』
「婿殿は婿殿じゃ。いずれ結婚するんじゃ」
『けっ……、けけ、け? 貴方が!? 結婚!?』
「なんじゃー! 文句あるのかー!」
『め、滅相もない。――お、おめでとうございます!』
「よーしよーし、そうじゃろう、めでたいじゃろう」
いかん、これでは外堀が……!
「い、いや、あの、本当に結婚というわけではなくてですね……」
「う、ダメなのか?」
つい今し方まで巨大な竜をぼこぼこにしていたのに、シャロがとたんにしょぼくれてしまう。
「まあ知り合ったばかりじゃしな……、これからお互いに理解を深めていけばよいか。いや、わしは婿殿大好きじゃから、あとは婿殿にわしを大好きになってもらえばいいだけじゃな!」
シャロはそう一人で納得し、今度は上機嫌になっておれの腕にしがみつく。
その様子を竜皇は目玉が落ちそうなくらい目を見開いて眺めることになったのだが――
『貴方が神か……』
のそっと起きあがり、うやうやしく伏せた。
『す、すぐに貴方様を讃える神殿を用意いたします! どうかお待ちください!』
「いらないからやめて……!」
△◆▽
竜皇がおれを竜皇国の神として祭りあげようとするのを必死で説得してやめさせたのち、おれたちはささやかな晩餐会に招かれた。
竜皇はもっと大々的、国を挙げてのお祭りをおれのために行おうと言いだしたが、全力で阻止した結果、しぶしぶ晩餐会にまで抑えてくれたのだ。
竜皇とおれたち、長いテーブルを囲んでの食事会。
話題は主にシャロのことで、そのなかでシャロは自分が若返って生きていることを知らせるのは一部に留めることにすると告げた。
ひとまずの予定では星芒六カ国、それから冒険者ギルド、あとはおれの関係者くらいだ。
まあ派手に竜皇をお仕置きしたことだし、噂話は勝手に広まっていくのではないかと思われる。
「なるほどなるほど、そうですか。シャーロットさんが生きているとなれば大騒ぎになりますからね、それが良いでしょう」
そう言う竜皇は憑きものが落ちたように穏やかである。
そんな竜皇に、おれは今晩はこのままこの城で過ごし、翌日にはシャロを連れてザナーサリーへ帰還することを伝えた。
するとその夜、おれは竜皇に招かれ、執務室へ訪問することになった。
「友よ、よく来てくれた。実は折り入って頼みがあってな」
穏やかな表情で竜皇は言う。
おれを神と崇めようとする竜皇を説得するうち、気づけばおれと竜皇はマブダチということになっていた。
もう訳がわからないが、神にされるよりはマシだ。
「頼みというのは?」
「ああ、それはだな。えっと、あれだ、君が望むものはなんでも与える。だから……、シャーロットさんがまた怒ったときは助けてほしい……!」
「……」
落ち着きはしたものの、やっぱり恐いものは恐いのか。
まあなんとなくわかってたけども。
「そこまで苦手に思う必要はないと思いますよ? 昔と違って幼くなったことで心が落ち着いたと思いますし」
「知らんのか? 幼子というものはな、興味本位でトカゲの尻尾を引きちぎるものなのだ」
「は、はあ……」
竜人の代表が自分をトカゲに例えるのはどうなのか。
「ともかく、これから何か俺に対してシャーロットさんがイラッとした時は、それを宥めてもらいたいのだ。そしてそのためにも、俺は君との関係を強めたいと思っている。そこでだな、どうだろう、娘を嫁になど?」
「……」
おれは額を押さえた。
「ヴィルジオにはちゃんと説明しましたか?」
「まだだ。しかし君なら娘も嫌とは言わんだろう。どうだろうか? ちょっと歳はいっているが、君が歳を食ってもそう外見は変わらないから長い目で見ればお得な感じがするぞ。妻も君なら問題無い、むしろお願いするべきだと言っておってな」
「ヴィルジオに聞かれたらただじゃすみませんよ……」
この人、自殺願望でもあるのか?
そう思ったとき――。
ドカーンッと。
吹っ飛んじゃったよ、部屋の扉が。
そして部屋に入ってくるのは、頭にロシャを乗っけたシャロだ。
それに続いて他の面々、金銀赤、それからティアウルと、額を押さえたヴィルジオも入ってくる。
「おい。おいおいおい。ドラ、お主な、わしが嫁にしてくれと頼んでおる相手に自分の娘を嫁がせようとするとは、なかなか肝の据わったことをするようになったのう。さては貴様、天才か?」
「ち、違う違う、邪魔しようとかそういうのじゃない。ただこうした方が国のためにいいって言われたから!」
「ああ? 誰にじゃ!」
「ランダーヴ……」
「あのクソ蛇まだ生きておったのか!」
忌々しそうにシャロが言う。
あの宮宰、ヴィルジオも蛇と罵っていたが、シャロもなのか。
「え、シャロってあの人に何か因縁があるの?」
「因縁も何も、このアホがあやつに唆されてわしに喧嘩を売ったんじゃ! 結果、このアホは以前のどアホよりはマシになった! 要はわしはこいつの更生のために利用されたんじゃ!」
「えぇ……」
あの爺さん、好々爺っぽい顔してとんでもねえな……。
なんか親近感が湧くのは、うちのジジイに雰囲気が似てるからか。
「おいドラ! ちょっとランダーヴ連れてこい!」
「そ、それが、ランダーヴは俺にやることを伝えたあと、日頃の疲れを癒すためにしばらく秘湯で過ごすって出掛けたから……」
「あ、あやつ……!」
シャロが怒りでぷるぷるしている。
その様子を見ていたティアウルが額を押さえっぱなしのヴィルジオに尋ねる。
「なあなあ、ねえちゃんのとうちゃん、シャロにどんな喧嘩売ったんだー?」
「む? 実は妾もよくは知らんのだ」
「あれ? 王金とかの産出国ってことを背景に高圧的な態度をとったとかそんな話じゃありませんでしたっけ?」
「うむ、そうなのだが……、実はその真偽、ちょっと怪しい」
「そうなの? じゃあなんだったのかしら?」
皆はひそひそと囁き合う
それはおれもちょっと気になるところ。
するとシャロは吐き捨てるように言った。
「こやつはわしの前の名前を連呼してぷぷって笑ったんじゃ!」
今明かされる真実。
普通の人にはわからない。
けれど、おれたちにはよくわかる。
『あー……』
大いなる納得が訪れ、おれたちは声を揃えることになった。
※現在入院中のためコメント返しが出来ない状態です。
検査に行って即日入院だったため、何の用意もできず……。
ガラケーしか持っていないのが痛い。
一週間ほどで退院予定ですので、ひとまず形になっている603話まで更新予約しておきます。
最終チェックをしていない状態ですが、どうかご容赦を。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/25




