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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第599話 14歳(秋)…シャロと呼んで

「す、すまんのう。つい年甲斐もなく大泣きしてしまったわい」


 ちょっと照れ照れしながら謝るのは、ぶかぶかのローブにくるまってベッドにちょこんと座っている幼女化したシャロ様だ。

 結局、二十分くらい泣き続けただろうか。

 その間、見かねたロシャがすり寄ったり、ミーネとティアウルが撫でたりしたが、シャロ様はひたすら泣き続けた。


「ねえねえ、どうして小さくなっちゃったの?」


 もう話してもいいと思ったのだろう、ミーネが尋ねる。


「う、うむ、それはのう……」


 話して良いのか悪いのか、シャロ様は判断がつかなかったらしく困り顔でおれを見る。

 するとつられてミーネもおれを見る。


「何かしたの?」

「したと言うか、してもらったと言うか、実はおれとシャーロット様は一瞬だけ別の場所に飛ばされていたんだ」

「別の場所?」

「夢の世界で最初に説明を受けたような場所でな、そこでまあちょっと……」

「ちょっと?」


 どう説明したらよいものかとおれは困ることになったが、そこで何やらうんざりした様子のシアが言う。


「ご主人さまは大神からお仕事を任されていたんですよ。自分を攻撃してくる相手を見つけるっていう」

「大神に? へー、そうなんだ」


 ミーネの反応はあっけらかんとしたもの。

 こっちの神にちょいちょい会っていることもあり、その尺度で捉えたためと思われる。

 ティアウルもミーネと同じらしく「ふーん」といった感じだ。

 一方、アレサとヴィルジオは唖然としていた。


「あれ、でも攻撃してくる相手って……」

「そう、シャロさんですね。で、その仕事を達成したら何か願いを叶えてもらえることになっていたんです。それで色々とチャラってことにしたんでしょうね。まあその辺りのことは、いずれご主人さまが話してくれると思いますよ」

「くれる?」

「ま、まあいずれ、な」


 シアが勝手に言ってしまったが、そのあたりのことも前に話して聞かせると言った内容に含まれるので特に問題は無かった。


「神々でも師匠を若返らせるのは無理だと思ってたけど、大神までいけば話は別か。しかし攻撃してきた相手によくやってくれたな」

「若返らせるのではなく、やり直す機会を与えてやってくれとお願いしてくれたんじゃよ」

「ああ、なるほど」


 そうリィが納得するなか、ふとティアウルが言う。


「なあなあ、あんちゃん、もしかして体が悪いの忘れてたのかー?」

「い、いや、忘れていたわけじゃないんだけど……」

「ティアウルさん、駄目ですよ。ご主人さまですからね。シャロさんを助けられるならそんな機会は蹴っ飛ばしてしまうんです」

「あー、そだなー、あんちゃんだもんなー」


 ティアウルは諦めたように納得してくれた。

 すまん、心配してくれてるのに。


「大神に願いを叶えてもらう機会など、そうそう無いどころか有る方がおかしい話じゃ。それをわしのために使ってくれたお主は大恩人。すまぬ、そしてありがとう。本当にありがとう。この恩はどう返したものか……」

「いや、いいんですよ。まずぼくがシャーロット様に多大な恩を受けていたんですから。あなたが幸せになってくれたら、それでぼくも幸せなんです」

「なんじゃお主……、聖人か? 欲がないとかそういう段階ではないぞ。――いや、そうか、逆か。しかしこれは困ったのう……」


 シャロ様は考え込んでしまったが、やがて「うん」と大きく頷いて顔を上げる。


「よし、決めたぞ! これからわしはお主のために尽くそう! ――いや、それでも足りんな……、そうじゃ!」


 名案を閃いたようにシャロ様はぱっと顔を輝かせ、そして言う。


「わしがお主の嫁になろう!」

『は?』


 シャロ様以外の全員で声が揃った。


「幸せにするからの」

「い、いや、あの、シャーロット様、それは――」

「そんな堅苦しい呼び方はよしておくれ。シャロでいいんじゃ」

「ほわ!?」


 冗談で言っているわけではないとすぐに悟り、おれは慌ててシャロ様に考え直してもらおうとしたのだが話を遮られてしまう。

 むしろ踏みこまれた。


「いやそれは、あー、それではシャロ様で――」

「シャロ」

「ですが――」

「シャーロー! シャロ! シャロがいいんじゃー!」


 いいんじゃー、シャロがいいんじゃー、とジタバタするシャロ様。

 可愛い。

 いや、そうではなく……、うーん、シャロ様、肉体に精神が引っぱられて幼児化しちゃってるのか?

 これはこっちが折れないと話が進まないな。


「わ、わかりました。ではシャロと」

「うむ! あ、あと丁寧な口調もやめて普通に喋ってほしいのう。あれじゃ、大神に啖呵を切っておった時が素なんじゃろ?」

「あ、あれは勢いでついそうなっただけでして……」

「もっと気安く! 過去のわしのことは忘れるんじゃ! ここに居るのはただの小娘で、お主の嫁じゃぞ!」

「そ、それは……、あの、結婚はさすがにですね」


 ようやく結婚は遠慮したいと告げることができた。

 が、とたんにシャロ様がしょんぼりしてしまう。


「な、なんじゃ、わ、わしと結婚するのは嫌か? やはり見てくれは幼くなっても、ババアと結婚するのは駄目なのか?」

「ダ、ダメと言うか、そうではないんですよ。あなたはシャーロット様なんですから、恐れ多いと言うか、なんと言うか……」

「なに、干涸らびて良い出汁しかとれんような老いぼれじゃったんじゃから、そんなの気にせんでもよいわ」

「気にするなと言われても……、それにぼくは導名の方に集中したいので、まだ結婚なんて考えられない状態でして……」

「わかる。わかるぞその気持ち。わしもそんなことにかまけておられるか、そう思っておった。しかしじゃな、そんな事を言っておるといつまでたっても独り身で、最後は一人で寂しくくたばるだけじゃぞ?」


 実体験した人は手強いなぁ……!


「まあ恩人を追い詰めるわけにもいかんし……、ではせめてシャロと呼んで、気安く話すようにしてくれんか?」

「わ、わかりました……」

「むぅ」

「わ、わかった。わかったから」


 交渉術と言うか、相手に譲歩させるのうまいなシャロ様。


「な? 師匠ってけっこう無茶苦茶だろ?」


 遣り込められたおれにリィが言う。

 くっ、これには同意せざるを得ない……!


「よし、ではひとまず婚約者ということで我慢しておこうかの。これからは……、そうじゃな、婿殿と呼ぶことにしよう」

「あっれー!?」


 シャロ様ったら全然あきらめてない!

 これはちょっとおれでは対処しきれない。

 だ、誰か……。

 弱り切ったおれを見かねたか、そこでロシャが尋ねる。


「シャロ、本当に彼と結婚するつもりか?」

「もちろんじゃ! 可能なら今すぐにでもするぞ!」

「し、師匠、歳を考えろよ……」

「今のわしはぴちぴちじゃ! 何の問題もないわ!」


 ロシャやリィでも止められないか。

 ほ、他に誰か、とシアを見る。


「ひいっ」


 避けられた!


「ちょっ、なんで避けるの!?」

「こ、このわずかな時間でシャロさんを落とすとか……! もうこんなのわたしの手に負えるようなレベルじゃありません!」

「いやおまえちょっと待てよ」

「近寄らないでください! このたらし大魔人! それ以上近づいたら結婚しますよ!」

「何を言ってるんだお前は……!?」


 あーもー滅茶苦茶だよー……。


    △◆▽


 やがていつまでも地の底にいるのもあれということで、シャロの空間魔術でザッファーナ皇国の首都まで移動することになった。


「どうじゃ、婿殿、似合っておるか?」

「ああ、よく似合ってるよ」


 幼女化したシャロではそれまで身につけていたローブがでかすぎてしまうため、ひとまずシアが魔導袋に入れていたセレスの着替えを着用した。


「そうか! 似合うか、そうか!」


 シャロは嬉しそうに微笑み、ぴとっとおれにしがみつく。


「あれ? どうかした?」

「どうもせんぞ。ただくっつきたかっただけじゃ。ふふ、こうして人に抱きつくなど、いつぶりじゃろうな。いや、わしの方から抱きついたことなど無かったかもしれん。存外良いものじゃな。幸せな気分になるのは、やはり婿殿だからじゃろうな」


 そう言ってシャロはぐりぐり顔を押しつけてくる。


「はいはい、それくらいにしましょうねー」


 シアがシャロの襟首を掴んでひょいっと釣り上げ、おれから引きはがす。


「ぬお! 何をするか! わしを婿殿から引き離すでない!」

「いやそんなくっついてたら鬱陶しがられますよ。舞い上がりたくなる気持ちもわからなくもないですが、少し落ち着いてください。変にしつこくして、ご主人さまに嫌われたらどうするんですか」

「そんなもん泣くわ!」

「いやそういうことでなくて……」


 シアは困り顔になって、ひとまずシャロを下ろす。

 さすがにシアでも扱いかねるか……。


「シャロはあんちゃんに助けられて嬉しいからな、仕方ないな」

「お、話のわかるドワーフっ子ではないか」

「ティアウルだぞ」

「うむ、ティアウルか。すまぬな、色々とあってお主たちの話を聞くのを忘れておった。そっちのお主は……」

「ヴィルジオ・ザッファーナと申します、シャーロット様」

「ほう、ドラの娘なのじゃな。ふむ、そう畏まらんでもよいぞ。ここにおる者たちもまた、わしの恩人のようなものじゃからな」

「恩人、ですか?」

「婿殿がここまで来るのに協力してくれたんじゃろう? まあザッファーナの者となるとわしは畏怖の対象かもしれんが、誰彼かまわず叩きのめすようなことはせん。ヴィルジオ、お主も普段通りでわしに接してくれてかまわん。むしろその方が好ましいんじゃ」

「で、ではそのように。これからはシャロ殿と呼ばせてもらおう」

「うむ。お主とは仲良くやれそうじゃな」


 そう言ってシャロはにこにこ。


「では戻るとするかの。一応、ドラの奴にも挨拶せんとな」


 と、そこでティアウルが言う。


「ヴィルジオの父ちゃん、また三年宴するって言うかな?」

「どうかしら? 今度は早く帰ってもらいたいって、宴はないかもしれないわよ」

「ティ、ティア……! ミーネ……!」


 ヴィルジオは焦った様子でティアウルとミーネを止めようとする。

 しかし、もう遅かった。


「……どういうことじゃ?」


 にこにこ笑顔から一変、シャロ様の目が据わった。


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