第597話 14歳(秋)…シャーロット・レイヴァース
「なんじゃ!? なんじゃなんじゃ!?」
いきなり悲鳴を浴びせかけられることになったシャロ様はびっくり。
驚いてあたふたしていたが――
「ん? んんん――ッ!?」
そこで、ちょっと焦点が合わなくて文字が読めない、みたいな感じでシャロ様が首を伸ばす。
見ているのはおれ――、ではなく、おれの頭の上だ。
「ロ――、ロシャ!?」
「シャロ!」
「あうち!」
ロシャはおれの頭をぞりっと蹴っ飛ばし、シャロ様に飛びついた。
「シャロ、シャロー……」
「お、おぉ……、本当にロシャなんじゃな……」
「そんな珍妙なのがそう居るかよ」
唖然とするシャロ様にリィが呆れたように言う。
しかし呆れながらもリィは嬉しそうに微笑んでおり、そんなリィを見てシャロ様はさらに驚いた。
「リィ!? ちょっ、どういうことじゃ!? なんでお主らがここに居るんじゃ!? 何がどうなった!?」
おおぉ、シャロ様が混乱しておられる……。
「まあひとまず落ち着けよ。説明するから。つか生きてたんだな」
「うむ、この様な姿――リッチに化けることになったがの」
あ、やっぱシャロ様はリッチ化していたのか。
ついお亡くなりになっていたのかと思ってしまった。
「生きていると言っていいものかは疑問じゃが、往生するわけにもいかん理由があっての、こうして無様を曝しておるわけじゃ。儂もお主のように若返ることができたらよかったんじゃがな」
やれやれといった様子でシャロ様は言い、それからリィに尋ねる。
「元気でやっておるか?」
「ああ、今は元気にやってるよ」
「ふむ……、そのようじゃな。ん? そう言えば今はいつじゃ?」
「師匠が墓に籠もってから三百年くらいってとこだな」
「ほうほう……、ほう? ちょっと待て。三百年? ということはあれか、魔王が現れたからここに来たのか? なるほど、お主が夢の世界に行くことになるとはのう……」
「いや、まだ魔王は現れてねえよ。ちょっと前倒しで来たんだ。あと夢の世界に行ったのは私じゃなくて、ここにいる金銀赤黒の四人だ」
「ほうほう、まだ幼いにもかかわ……、ん?」
シャロ様がミーネを見て固まる。
見つめられたミーネは、何だろうとこてんと首をかしげた。
「私がどうかした?」
「い、いや、お主によく似た者を知っておってな……」
「イリスでしょ?」
「何故それ――、あ、夢の世界へ行ったのじゃな。そしてお主は……、ああ! クェルアーク家の! そうか、そういうことか!」
シャロ様はすぐにミーネが何者であるかを見抜いた。
それはまさに『見抜いた』のだろう。
確かシャロ様もおれの炯眼やコルフィーの鑑定眼に類する能力を持っていたと、初めてロシャに会った時に聞いた。
「ミネヴィア・クェルアークよ。初めまして」
ミーネがスカートを摘み、ちょこんと膝を曲げて挨拶する。
「うむうむ。……うむ? いやちょっと待て。では夢の世界は色々ときつかったのではないか?」
「頑張ったわ」
「頑張ったって……」
シャロ様はぽかんとしたが、すぐに頷く。
「あれを受け入れられるくらい、健やかに育ったのじゃな」
「ちょっと違うんだけど……、そうね。育ってるのね」
「そうかそうか」
そう頷くシャロ様は感慨深そうである。
「そして他の三人がミネヴィアと共に夢の世界を見てきた者か。赤い髪をしたお主は……、そうか、聖女なのじゃな」
「は、はい。アレグレッサと申します」
アレサは硬い表情でそう名乗った。
シャロ様を前に緊張しているようだ。
「そしてそちらの銀の髪をしたお主は……、ほう、アーレグの出か」
「はい。知ったのは夢の世界でなんですけど、そうみたいですね」
「ふむ? 事情ありじゃったか。すまぬ」
「いえいえー」
そして最後にシャロ様はおれを見た。
「目覚めたとき、お主が一番側におったの。ここに通じる扉を開いたのはお主か?」
「はい。ぼくです」
「そうか。もしかして、名は名乗りたくないのではないか?」
「そうですね、なるべくなら」
「そうか」
「はい」
「名乗りたくないか」
「名乗りたくないですね」
それで通じる。
わかり合える。
おれにとってはシャロ様が、シャロ様にとってはおれが、抱える問題を理解しあえる唯一の相手。
おれとシャロ様は見つめ合っていたが――
「いやなんか言えよ」
リィに無粋な突っ込みを受けた。
しかしシャロ様はこれに鷹揚な態度で返す。
「何としてでも名前を変えたかった者同士、何も言わずともわかりあえるのじゃよ。のう?」
「はい。わかりあえるのです」
「え、えぇ……」
なんかリィにおののかれた。
「いやでも、話さないとわからないこともあるだろ? こいつは私が拾って育てた娘の子供で、レイヴァースを家名にしてるんだ。それはべつにいいよな?」
「ああ、まったくかまわんよ。しかし、お主が子育てか」
「ほとんど勝手に育った娘だけどな」
「ふふ、儂はその娘に感謝せねばならんな。そして、その娘を育てたお主にも感謝せねばならん。リィよ、ありがとうな」
「え……、いや、べ、べつに……」
リィがさらにおののいた。
いや、照れているのか。
珍しいものを見た。
「シャーロット様はずっとこちらにいたんですか?」
「そうじゃな。この霊廟を拵えて、そのあとリッチとなり、それからは夢の世界の構築に勤しんでおった。まあ猶予は三百年ほどあったからの、ゆっくりやっておったわ」
「夢の世界の構築ですか……。あの、一つ気になることがあるのですが……」
「なんじゃ? いいぞ、一つと言わず、いくらでも質問してくれてかまわんよ」
「ありがとうございます。気になったのは夢の世界にいた人たちのなかで、すごく自然に喋る人物が居たことなんです。さらに言うならイリスを始めとした人物たち。あれって現実を反映していたんですよね? いったいどうやって?」
「ふむ、なるほどの。そこが気になったか。わかるぞ。お主ならではじゃな」
おれならでは。
NPCという概念を知っている者、ということなのだろう。
「答えても良いのじゃが……、うーむ、説明するためにまず知ってもらわねばならんことが多いのう。そしてそれは、あまり知られすぎるのも良くないことなんじゃ。他の者には悪いがしばし外して……、いや、わざわざこんな辛気くさい場所で聞かせる必要も無いの。ひとまずお主らを外へ送り届け、ひと休みしたところでゆっくりと説明した方がいいじゃろうな」
「外へ送り届けて……?」
「うむ。空間に穴を開けて外に繋いでやるぞ。今すぐ上へ行きたいなら、もうすぐにでも送ってやれる」
「空間魔術ですか……!」
「そうそう、各地にある精霊門に通じる穴も作ってやれるぞ。その方が手っとり早いかもしれんな」
え、そんなことも出来るの……!?
「ではシャーロット様はその気になればどこへでも行けたんですね」
「そうじゃな。しかし、ほれ、この姿じゃろ? さすがに人前に出るわけにもいかんし、作業が終わってからも結局は籠もりきり、眠りっぱなしじゃったわ」
「このままここに居ないといけないんですか?」
「いや、夢の世界が役目を終えたようじゃからな、もう儂がここにおる必要は無くなったよ」
「必要というのは?」
「儂はこの霊廟――夢の世界へと誘う魔導装置の重要な部品だったんじゃよ」
「ではあなたは、魔王のことを伝えるためにずっとここで誰かが訪れるのを待っていたわけですか……」
「そういうことじゃな。ふふ、そう哀れむような目をせんでもよい。ひとまず最低限の構築は終わっても、さらに凝るとなれば作業に終わりは無かったからの。とは言え、見てきたからわかるじゃろうが、物語はおおむね悲劇なのでな、こう、儂としても鬱屈してくる。こうなると外に飛びだして憂さ晴らしでもしてやりたい気分になったが、それはさすがに不味いと思っての、別の方法で気分をすっきりさせておったよ」
「何をしていたんですか?」
「うむ、まあ大したことではないぞ。ちょっとな――」
と、シャロ様はこともなげに言う。
「大神に攻撃をしかけておった」
「ああ、そうなんですか」
……。
ん?
おかしい。
うん、何かおかしなことを聞いた。
理解することを、頭が拒否するようなことをだ。
「あ、あの、シャーロット様、確認させてもらいたいことがあるんですけど……、いいですか?」
「うむ、かまわんぞ」
「大神と言うのは……?」
「おや? お主なら通じると思ったが……。では少し説明するかの。大神とはこの世界でちょくちょく湧いて出る神々よりもずっとずっと格の高い神じゃ。この世界の神々を下級神と呼ぶなら、上級神と言ったところかのう。上級神は下級神や中級神とは違う、発生した段階から神だった正真正銘の神じゃ。数は少なく、始まりの大神と終わりの大神、この二柱だけしかおらん。儂が言っておるのは始まりの大神――創世神の方じゃな。この大神は他にも天空神、それから世界を作ったあとは暇しとるから暇神とも呼ばれる。で、儂はそいつに八つ当たりしておった」
『…………』
この説明に、おれたちは愕然とする者、きょとんとする者の二つにわかれた。
愕然としていたのは、おれ、シア、リィ、ロシャである。
おれが暇神に『わたしに攻撃してくる何者かを捜し出してほしい』と依頼されていることを知っているからだ。
「し、師匠、ちょい待った。師匠が凄いのは知ってるけど、いくらなんでもそんなことできねえだろ。な?」
「まあ無理じゃったんじゃが……、それをずっと企んではおったんじゃよ。大神には個人的に色々と思うところがあっての。ほれ、お主に手伝ってもらった、神々の恩恵を利用するあれ、実はの、大神に届く攻撃ができんものかと考えてのものじゃったんじゃ」
「てめえ人に何てことさせてくれてんの!?」
三百年ごしの大暴露には、さすがのリィも愕然とした。
そして暴露したシャロ様はというと……。
「ははは、すまんな、あはははは!」
めっちゃ笑ってる!
「いや笑ってんじゃねえよ! そんなん洒落になんねーだろ!?」
一般の感覚は神に弓引くなどとんでもない話。
シャロ様はその神々の神に弓引いたんだから、リィが取り乱すのも無理はない。
他に、ミーネやティアウルはぴんと来ないらしくぽかんとしているが、アレサとヴィルジオは表情を引きつらせて固まってしまっていた。
「まあリィよ、落ち着け。お主に手伝ってもらったものでは、それは不可能だったんじゃから。お主がそう慌てることはないぞ」
「そ、そうなのか……?」
「うむ、あれでは無理じゃった」
そこでふと気になる。
「あの、シャーロット様、もしかしてなんですけど……」
「うん?」
「神の恩恵を利用する魔道具、それを使用するための言葉って……、大神に向けてのものだったんですか?」
「ああ、あれか。そうそう、ようわかったの」
あー、そういうことか。
簒奪の腕輪を使用するために言う必要があった『すべての親を殺せ。すべての親となるものを殺せ』という言葉。
シャロ様にしては物騒だな、と思っていたが、これは物騒に感じるよう偽装されたもので、実際――真意は『親すべて、親になる者すべて』という意味ではなく『あらゆるものの親、親となる存在』――つまり暇神への呪詛だったのだ。
ここでおれは一縷の望みを託して〈炯眼〉でシャロ様を確認する。
《シャーロット・レイヴァース》
【称号】〈暇神にちょっと仇なす者〉
おーう……。
もう忘れてたのに。
ついさっきまで、そんな依頼をされてたことなんて忘れていたのに。
まさかシャロ様が敵対者とは……!
「……ご主人さまー、どーしますー……?」
「……どうするって……」
見つかればいいなーとは思っていたが、まさかそれがシャロ様だったなんてどうすりゃいいんだ。
「……名前を変えられるんですよ……?」
「……そうだが……! いや、そこは導名でなんとかする……!」
「……なら体を治してください……」
「……そ、そっちも自分でなんとかするから……!」
「……ええぇ、じゃあほっとくんですか……?」
「……ほ、ほっとく……!」
夢の世界を構築する作業はさぞ大変だったことだろう。
それでストレスが溜まって、その解消のためにシャロ様は暇神に攻撃をした。
きっとそれは真実。
けれど、それがすべてじゃないはずだ。
おれにはそれがわかる。
おれだけにはわかる。
「はて、どうしたんじゃ?」
おれが戸惑う様子をシャロ様はきょとんと眺めていたが――
「シャロ、シャロ、ちょっと」
しがみつくロシャがシャロ様の耳元でひそひそ説明、これによりシャロ様は納得がいったように頷いた。
「ああなるほど。構わんよ」
すでに諦めていたようにシャロ様は言う。
やはり――、やはりか。
そう思いつつおれは言う。
「あなたが構わなくても、ぼくが構うんです」
だからセーフ!
問題無し!
むしろおれもシャロ様に協力して、いっちょあのアホ神に攻撃をしかけてやるべきか。
そんなことを思ったとき――
『――それは困りますね――』
おれの頭の中に忌々しい声が響いた。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/21




