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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第594話 14歳(秋)…CHAPTER7―破邪の剣

 魔王カルスを討伐せよ――。

 これまで促すようであったクエストが、ここにきて明確な指示になる。

 倒さなければならないのであれば、ここは覚悟の決め所か。

 しかし倒すにしても、アヴァンテはあんまり強くないみたいだし、イリスにやらせるのは気がひける。

 なんとかおれたちでカルスを――


「……?」


 倒して、いいのか?

 ミーネがアヴァンテを斬りつけたとき、お仕置き部屋でシャロ様は『魔王を倒すのはお主らの仕事ではない』と言った。

 おれたちの役目は飽くまで魔王の誕生と討伐を見守ること、だと。

 しかしクエストは【魔王カルスを討伐せよ】である。

 ここはアヴァンテとイリスに任せろということなのか?

 気にはなるところではあったが、もうカルスとイリスが剣を抜いて対峙している以上、悠長に考えている時間は無かった。

 イリスが挑むことを決めたことにより、うちのお嬢さん方も臨戦態勢に移る。

 この面子ならどんな相手でもそうそう負けることはない。

 そう断言したいところだが、魔王だけは話が別。

 それは魔王という存在、その強さは戦闘力とはまったく別のところにあるからだ。

 いや、それは強さと言うよりも『やっかいさ』なのだろう。

 エミルスの迷宮最下層。

 シャフリーンが魔王化したとき、まだ完全に魔王へ転じていなかったにもかかわらず、まともに戦うことすらできなくなった。

 それは魔王となりつつあったシャフリーンの能力が、こちらの意識を読み取っての行動阻害であったからだ。

 もともとシャフリーンは近くにいる者の意識を感じ取ることができるという特別な能力を持ち、これを活用しての先の先を得意としていた。これが魔王化により『他者の行動を強制的にキャンセルさせる』というさらに特別な能力へと変化した。

 半魔王化だったシャフリーンですらそんな能力を得たのだ、完全に魔王と化したカルスとなれば相当なものだろう。


「まずはおれが牽制する」


 カルスの能力を知らなければ、戦いにすらならない可能性が高い。

 そこでおれは雷撃で牽制して、カルスがどんな反応を示すのか確かめることにした。

 しかし――


「ぬあっ!?」


 雷撃を放とうとした瞬間に、逆におれが攻撃を受けた。

 どんな攻撃であったのか。

 それはまったくわからず、突然のダメージにおれは踏鞴を踏む。

 HPバーがちょびっと削れた。


「猊下!?」

「ちょ、どうしたの!?」


 アレサとミーネが聞いてきたが、答えるに答えられない。

 攻撃しようとしたところで反撃された?


「あなたは優しい人だ。僕はもう魔王だというのに、まだ手加減をしてくれる。しかし、それが自らを救うことにもなった。きっとあなたは生きていても良い人なんだろう。けれど――」


 驚くばかりのおれにカルスは少し気まずそうな、そして寂しげな感じで語りかけてくる。

 それが隙と思ったか――


「ふっ!」


 シアが仕掛けた。

 一足飛び、瞬間的にカルスへと襲い掛かる。

 しかし――


「どぅわぁー!?」


 シアが弾き飛ばされて宙を舞う。

 なんとか空中で身を捻って無事着地したが、もうそれ以上の攻撃は無理と判断したか、シアはその場にとどまった。

 このシアに一瞬遅れ、イリスは剣で、ミーネは魔弾でカルスに攻撃をしようとしたが、こちらもまた結果は同じ。


「きゃっ!」

「んにゃ!?」


 謎の反撃を受けてイリスは押し返され、ミーネはすっ転がった。


「ちょ!? どういうこと? けっこう削れたんだけど!」


 削れた――、HPのことか。

 ん?

 けっこう?


「シア! おまえどれだけ削れた!」

「ごりっと!」


 おれはちょびっと、ミーネはけっこう、シアはごりっと。

 同じダメージを受けて一番HPの減るおれが、カルスの攻撃を喰らって軽傷ですんだのはどういうことだ?

 カルスは……、そうだ、攻撃しようとして失敗したおれを見て「優しい」と言った。

 自分に対して手加減をしていると。

 だが正確には『手加減』ではなく、牽制だ。

 そもそもおれの能力は基本が非殺傷。

 殺せないおれが軽傷ですみ、殺しにいったシアが重傷となる。

 これはつまり――


「害意の反射か!」


 それがカルスの能力であるとおれは推測した。

 するとカルスは少し目を見開き、苦笑して言う。


「凄いな、あなたは。これまで誰も気づけなかったことに、もう辿り着いてしまった」


 どうやら当たりらしい。


「なるほど。傷つけようとすれば、その度合いに応じた不可避の反撃を相手に加える。それが魔王としての力か」

「はあ!? そんなのどうすればいいのよ!?」


 ミーネが怒ったように言う。

 確かにその通りだ。

 こんなもの、どうすればいい?

 そう戸惑っていたところ、カルスは首を振って言った。


「近い。でもそれでは正しくない」

「まだ何かあるのか?」

「何か、と言うほどじゃない。この力は、僕に対してだけ効果を及ぼすものではないんだ」

「……?」


 どういうことかよくわからないでいると、カルスは親切なことにさらに説明をしてくれる。

 絶対者である余裕だろうか。


「この力は僕の力が及ぶ範囲――魔王としての領土すべてに適用される。この領内において他者に向けた悪意は自分へと跳ね返る。それだけ、それだけの能力だ。けれど、これが僕の望みを叶える力、これこそが僕の破邪の剣(クェルアーク)


 悪意ある者の排除。

 先にカルスが言った清浄な世界とはこういうことか。


「滅びよ、邪なる者たちよ。王も貴族も平民も、大人も子供も老人も、分け隔て無く。滅びるべき者たちよ、疾く滅びるがいい」


 そして、カルスはおれたちへと襲いかかった。


    △◆▽


「倒そうとは考えるな! とにかく身を守れ!」


 言われなくてもわかるだろうが、おれは皆にそう叫んだ。

 シア、ミーネ、イリスがカルスの攻撃を受ける役となり、アレサはいざという時の盾としておれとさがってきたアヴァンテの前に立つ。

 カルスの攻撃は軽やかなものだった。

 その剣さばきは流麗で、見栄えがするよう組まれた型を丁寧に実践しているようにも思えたが――


「んが!?」


 最初にその一撃を鎌で防ぐことになったシアは、とてつもない衝撃を受けたように大きく後退することになった。


「やばっ、やばいです! 駄目! 避けて! 絶対!」


 すぐさまシアがそう叫ぶ。

 そうだ、魔王のやっかいさはその能力だけではなかった。

 膨大な魔素による強化。

 単純な戦闘力も跳ね上がる。

 シャフリーンの時に確認していたのに、能力のことばかりに気を取られて注意するのを怠ってしまった。

 つまりカルスの剣はもはや腕力や技術から逸脱した域で、繰り出す攻撃すべてが膨大な魔力に支えられた魔技と化しているのだ。

 こうなるとシアが叫んだ通り躱すのが最善。

 けれど、それを実行できるかどうかは別問題なのである。


「くあっ!?」


 カルスの攻撃を避けきれず、剣で受けることになったミーネが盛大に吹っ飛んだ。

 それを――


「おいしょー!」


 まずい、と判断してすでに移動していたシアがキャッチして事なきを得る。


「ありがとう! でも避けきれないんだけど!」

「そこをなんとか頑張りましょう!」


 カルスの剣は無理なく軽やかに振るわれるが故に、体勢を崩すということがない。

 そのため攻撃が絶え間なく繰り返される。

 そんなもの躱しきれない場面が訪れるのは当然で、回避だけではどうにもならないと判断したシアとミーネはカルスの攻撃を魔技で迎撃することでしのごうとする。

 が、カルスの剣に秘められた威力は相当らしく、相殺しきれずダメージを受けているようであった。

 反撃できるならやりようもあるが……、やろうとすればやられる。

 殺そうとすると殺される。

 シャフリーンのときも思ったが、魔王ってのは無茶苦茶だ。

 その力の及ぶ範囲内において他者を圧倒する。

 けれど、シャフリーンの魔王化は阻止することができた。

 それは何故だ?

 それは――


「なんとか説得できたから……、か」


 おれの言葉を聞いて、シャフリーンが能力を使うのをやめてくれたから。

 だから止められた、だから助けられた。

 直感が告げる。

 今、おれの脳裏にぼんやりとあるもの、おそらくこれがシャロ様が伝えたかった魔王を倒すための『何か』であると。

 魔王の『力』はどうにもならない。

 それはもはやその場――領域を支配する法のようなもの。

 だが、魔素の穴――魔導的な現象と化してしまった魔王であれどその姿は、その意識はそのままそこに残っている。

 魔王はただ魔導災害であるだけではない。

 意志の疎通ができるのだ。

 魔王とは――、いや、魔王になってしまった者とは?

 それは打ち拉がれた者だ。

 絶望した者だ。


「ああ、そうか――」


 ここでおれはシャロ様の言葉の意味を理解する。

 何故、おれたちは見守る役なのか?

 何故、おれたちが魔王を倒してはいけないのか?

 単純な話だ。

 おれたちでは()()()()()()()からである。

 それはいったい何故なのか?

 おれたちではカルスの絶望に寄り添うことができないからだ。

 魔王とは、ただ一人きりで生まれた者が、それを嘆いてなるものではない。

 大切なものを失い、その悲しみと憎しみ、絶望から発生する。

 魔王を討つのに必要なもの。

 それは武器でも魔法でも道具でもない。

 魔王へと至った者の心に届く声を持った『人』だ。

 ただ一人きり、奈落へ落ちた者のその場所まで辿り着ける者だ。

 おまえは一人ではないと、理解する者がここにいると、それを伝えることのできる者だ。

 エミルス迷宮最下層、おれがシャフリーンを助けられたのは、偶然にもそのとき『声』を手に入れ、その資格を得ていたからだった。

 であれば、この状況においてその資格を持つのは?

 おそらく――、アヴァンテ。

 アヴァンテの声はカルスに届くだろうか?

 届く、はずだ。

 もしカルスが心を失っていたら、きっとイリスの右目を気にしたりはしなかった。

 魔王になってしまったとしても、カルスはまだ心を持っている。

 いや、だからこそ魔王なのか。

 傷つき、未だ血を流し続ける心こそが、魔王として有り続けるために必要な核であるが故に。

 おれたちの役目とは、アヴァンテの言葉によってカルスに変化が訪れるまでアヴァンテを守ることなのだろう。

 アヴァンテがカルスを倒す瞬間まで、守り続けることなのだろう。

 シャロ様の言葉とクエストの指示はこういうことか。


「みんな、なんとかそのまましのいでくれ! とにかく身を守ることに専念だ! あとアヴァンテ、カルスに何か言ってやれ! 言うだけなら反撃くらわないからな!」

「お、そうだな!」


 おれはそれとなくアヴァンテに喋るよう促した。


「てめえカルス、会ったばっかの頃みたいにすかした野郎になりやがってこの野郎! それが恰好いいとでも思ってんのか!?」


 ち、違う、アヴァンテ!

 悪口じゃなくてさ!


「それが姉さんに会ったらころっと態度変えやがって! てめえが姉さんを好きなことなんて俺もイリスもわかってたんだよ!」

「……」


 カルスは黙ったままで攻撃をしかけている。

 ただ、ちょっと表情が引きつっているような気が……。


「お前に関わったのは実は姉さんのためだった! 姉さんは美人だったからな、あんなところに住んでたらろくなことにならねえ、だから貴族のお前を関わらせることで都合良く後ろ盾にしようと考えてたんだよ!」


 アヴァンテ!?

 この状況でそれを言うのかおまえ……!


「それがまさか自分で悪い虫を呼び込むことになるなんて思いもしなかったぜ! お前が兄貴になるとか冗談じゃねえと思ったぜ! 思ったけどよ、ちくしょう、お前はいい奴だった! ずっと一緒にいてお前のことをずっと見てたから断言する! お前はいい奴だ! だからてめえが兄貴になるならそれもいいかなって思った! てめえなら姉さんを任せてもいいかなって思ったんだよ俺は!」


 ああ、なんだ。

 結局のところ、この二人はやっぱり親友だったのだ。


「だから俺は、お前以上にお前を知ってる! お前が魔王になるなんてのは相当なことがあったんだろう!? 姉さんは何故死んだ! お前は何を全部引き受けた! 何の板挟みで苦しんだ! いつまでも黙りこくってんじゃねえよ!」


 そしてアヴァンテは大振りのナイフを構えた。

 ん?

 アヴァンテ!?


「目を覚ませ馬鹿野郎ッ!」


 喋っているうちに感極まってしまったのか、それとも錯乱したのか、アヴァンテがカルスに無茶な突撃をしかけた。

 これはまずい。

 それじゃあどうにも――。

 一旦リスタートか、そうおれは思った。

 だが。

 ドッ――、と。

 皆を苦しめた『破邪の剣(クェルアーク)』の自動反撃はアヴァンテに襲い掛かることはなく、結果、アヴァンテのナイフはカルスの胸を深々と貫くことになった。


「は、はあ!?」


 これに一番驚いたのは、向かって行ったアヴァンテだ。

 アヴァンテがカルスの胸に突き刺さったナイフから手を離すと、カルスは姿勢を保ち続けられず地面に膝を突く。

 放たれていた圧力は消え去り、今のカルスはまるでもうあとは死を迎えるばかりの青年のようであった。

 アヴァンテは慌ててしゃがみ込み、カルスの肩を抱いて支えてやる。


「な、なんで何もしなかった!」

「僕の破邪の剣(クェルアーク)は、僕自身とて例外ではなく作用する……」

「んなわけあるか! さんざん攻撃してやがったくせに!」


 カルスの言ったことは、果たして真実か、それとも、アヴァンテを斬ることができなかったための言い逃れか。

 どちらにしても、もうそんなことは重要ではない。


「まさか斬られに向かってくる馬鹿がいるとはな……」


 カルスが言う。

 それがアヴァンテに『破邪の剣(クェルアーク)』が作用しなかった理由か。

 アヴァンテは斬られるつもりで突撃した。

 カルスを害しようという意志は無く、自分を斬らせることで目を覚まさせようとしたのだ。

 いや、アヴァンテはカルスが自分を斬らないと信じていたのかもしれない。

 しかしそうなると――


「どうして避けなかった!」


 そう、カルスは棒立ちでいる必要などなかった。

 このアヴァンテの言葉に、カルスは苦々しい笑みを浮かべて言う。


「お前に再会しただけで、僕は魔王でなくなってしまったからだ……」


 魔王と化した者は魔術的な現象となる。

 この現象を破壊することは困難であるが、もし人に戻せたならばどうなるのだろうか?

 絶望によって魔王と化した者が――、魔導災害と化してしまった者が我に返ったとして、それからも生き続けたいと思うだろうか?

 そういうこと。

 つまりはそういうことで、人に戻された魔王は己の死を望むのだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/15

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/12


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