表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
602/820

第593話 14歳(秋)…CHAPTER7―死都ノイエ

 おれがウィンドウにタッチして少しすると、外からアヴァンテに呼びかけられた。


「おーい、着いたぜ」


 着いた?

 あ、もう王都に切り替わったのか。

 幌を上げて外へ出てみると、そこは納屋ではなく野外。

 馬車はサフィアス王国の王都ノイエ、その市門前に止まっていた。


「アヴ兄さん、帰ってきたね」

「ああ、まさかこんな里帰りになるとは思わなかったよ」


 ため息まじりにアヴァンテは言い、それから都市の様子を窺う。


「人の気配がしねえな……」


 アヴァンテの言う通り、都市は人の姿が無く静まり返っている。

 もう誰も残っていないのではないか、そんな予感をさせる様子であったが、異変はそれだけではない。王都周辺にはエミルスの迷宮最下層で見たような高濃度の魔素が漂っており、それはゆっくりと都市の中心部へと吸い込まれるように流れ込んでいた。さらに上空では雲が台風の目のように渦巻き、その中心部は漏斗のように地上へと伸びている。


「なんだか見ていると気が滅入る光景ですね。まさにいよいよって感じですけど」

「まあな」


 シアの軽口に応じながら、おれはクエストの確認をする。


《 CHAPTER 7 》

 ☆【魔王に会いに行こう】


 会いに行こうって……。

 相変わらず気軽な感じで促してくるクエストに苦笑する。

 魔王の居場所については、魔素の流れを追っていけば辿り着くことができるだろう。

 魔王は魔素を呑み込む穴。

 ならばこの流れの中心部に魔王は居る。

 そう考えていたところ、アヴァンテがおれたちに提案をしてきた。


「魔王なんてもんがいるんだ。いざという時、小回りが利くよう馬車でなく歩いて向かいたいんだが……、いいよな?」

「ああ、その方がいいな」

「あと、まずは町の様子を確認しながら城へ向かいたいんだ」

「城、か」

「ああ。城ならまだ誰か立てこもっているかもしれない。カルスと姉さんもそこにいるかもしれないし」

「わかった。そうしよう」


 方針が決まり、こうしておれたちは市門をくぐって都市内部へと足を踏み入れる。

 王都ノイエ。

 おれたちの活動が始まった場所、そして終わりを迎える場所。

 長い時間をかけたようでも、現実ではそれこそ一夜の夢。

 そしてそれも、もうすぐ終わりを迎える。


    △◆▽


 おれたちは町へ入り、そのまま城へと進み始めたが、やはり人の姿を見つけることはできなかった。

 この都市で魔王が誕生した、それはまあ事実として、ではどのような経緯でゴーストタウンと化したのだろう? 住民は急いで都市から逃げだしたのか、それとも何らかの手段で消し去られたのか、それを推測するのは現段階では難しそうだ。

 そんなことを考えながら進んでいたところ、ようやく前方に人影らしきものを見つけることができた。

 人影、確かに人影。

 見た感じは兵士のようである。

 問題は、その兵士が体のあちこちを破損した動く死体――ゾンビであることだ。


「あうあー、うー、あー……」


 ゾンビは呻きながらおれたちによろよろと近寄って来る。

 すると微かに、周囲からも同じような呻き声が聞こえてくるようになった。

 一匹見つけたら何十匹、ではないが、最初のゾンビを発見したのがきっかけだったようにぞくぞくとゾンビが集結し始め、周囲はゾンビだらけになってしまった。

 どっかの死人たちとは違い、決して素早い相手ではない。

 が、とにかく数が多くてこれでは進むのに邪魔である。


「これはやっていいのよね!」

「ああ、もう好きにやってくれ」


 王都はもはや死都と化した。

 ならばもう周りの被害など気にすることはない。


「よーし、じゃあ景気よくいくわよ!」

「魔術で吹き飛ばすんですか? ではわたしも一緒に! あ、アヴ兄さんは後ろにいてね! うっかり前に出ちゃダメだからね!」

「頼まれても出ねえよ……、なあ?」

「ああ、出ない」


 アヴァンテとは謎のシンパシーを感じる。

 そしてミーネとイリスは周囲の建物ごと集まってきたゾンビを魔術で一掃する。


「さあ、お城へ向かうわよ!」

「行きましょう!」


 嬉々としたミーネとイリスがゾンビを蹴散らして道を作り、おれたちは城を目指し走った。

 お嬢さん二人は見かけた端からゾンビをぶっ飛ばすため、つぶさに観察する余裕は与えられなかったが、それでもぱっと見でゾンビになっているのは兵士や騎士ばかりのように思われた。

 これは魔王誕生という異変に対処しようとした者たちがまず死んでいったということなのだろう。


    △◆▽


 やがて魔素の渦巻く城まで到着すると、ゾンビとの戦い(?)も終わりを迎えた。

 城の中にはゾンビはおらず、調度品が散乱したり、そこらに武器が転がっているくらいで思いのほか綺麗なものだ。


「おーい! 誰かいないかー!」


 アヴァンテが大声で人を呼ぶ。

 しかし城は静寂、応える声が聞こえてくることは無い。


「これは……、みんな逃げだした後か?」

「アヴ兄さん、どうする? 少し捜してみる?」

「そうだな。手分けして――、いや、下手にばらけない方がいいか」


 こうしておれたちは城内で生き残りを捜したが、どの場所、どの部屋ももぬけの殻。

 これはもう、城には誰も残っていないのではないか?

 そう感じ始めたおれたちが向かった先。

 中庭で。

 こちらに背を向け、佇む人影を見つけることができた。


「カルス……?」

「兄さん……? 兄さん!」


 それは確かに成長したカルスのようであった。

 しかしイリスが呼びかけても、カルスは中庭の片隅を眺めているだけで反応を示さない。


「おいカルス!」

「兄さん!」


 二人が足早に近寄りながら呼びかけると、カルスはようやく反応して肩越しにこちらを見やる。

 そして言った。


「そこで――止まれ」


 声こそ静かであったが、強い威圧感のある拒絶。

 これにアヴァンテとイリスは思わず足を止めることになった。


「な、なんだよ……。いや大変な状況なのはわかるけどさ。いやそれより姉さんはどこだ!? どこかに避難したのか!」


 アヴァンテが姉の安否を尋ねたところ、カルスは再び中庭の片隅に視線を戻して言う。


「ラヴィアンは死んだ」


 はっきりとカルスは告げた。

 アヴァンテはきょとんとしたあと、戸惑いながら言う。


「姉さんが死んだ……? お、おい、やめろよ。町をうろついている奴らと一緒になっちまったってのか? お前がついてたんだろ!?」

「アヴ兄さん、待って」


 詰め寄ろうとするアヴァンテをイリスは引き留め、それからカルスに質問をぶつけた。


「兄さん、魔王はどこにいるの?」


 このイリスの問いかけに、カルスは顔を空に向け、深い深呼吸をしてからつまらなそうに答えた。


「お前たちの目の前に」

「カ、カルス……? お前なに言ってんだ? 俺たちの目の前ってお前しかいねえじゃねえか。おいおい、お前は勇者だろ?」

「勇者、か」


 小さく鼻で笑い、カルスは続ける。


「勇者なんて称号に意味なんて無いんだ。それに僕は、本当は勇者になんてなりたくなかったんだよ」

「じゃあなんだよ、魔王になりたかったってのか?」

「ああそうだ。僕は魔王になりたかった。願ったよ、ずっと願った。願い続けて、僕はこうして魔王になった」


 そう語るカルスの口調は、何もかもに疲れ果てた落伍者のように乾ききっており、いよいよアヴァンテはカルスが変わり果ててしまったことを感じ取り始めたか、ここで怒鳴るように言った。


「カルス、もう一度聞く! 姉さんはどこだ!」

「死んだ。僕が殺した」

「ふざけんな! なんでだよ! なんでそんなことになるんだよ!」

「それを語る必要は無い」


 憮然と突っぱね、カルスは再び肩越しにこちらを見やる。

 と――


「――ッ」


 何かに驚いたような反応を示し、ようやくカルスはこちらにふり返った。


「イリス……、目が、ある……?」


 どうやらカルスは自分が潰した妹の右目が、何事もなかったかのように残っていることに驚いたようだ。


「これはアヴ兄さんのお守りよ。首にさげていたあの珠なの」

「あれが……?」


 カルスは唖然とすることになったが、それもわずかな間だけだ。

 すぐに表情を改め、小さくため息をつく。


「イリス、せっかく取り戻した目を大事にしたいなら、このままこの都市から立ち去るといい。アヴァンテ、そしてあなたたちもだ。昔のよしみ、ここは見逃そう」

「見逃す? おいおい、偉そうなことを言うようになったじゃねえか、さすが勇者様は違うな!」

「おい、言っただろう。僕は勇者ではない。魔王――魔素を総べる王だ。僕はここで一人、世界を望む姿に変える」

「世界を変えるだぁ? はあ、じゃあ王様よ、あんたはどんな世界にしようってんだ?」

「清浄な世界。僕が生きるべきと認めた正しき者が生き、死すべきと定めた邪なる者が死ぬ、そんな世界」

「じゃあなんで姉さんを殺した! 姉さんは邪な者だったってのか!?」

「あの人は邪な者ではなかった。ただ……、愚かだったな」


 これを聞き、アヴァンテががしがしと頭を掻きむしる。


「カルスよぉ、何を抱え込んでそうなったかは知らねえ。なんせ三年ばかり居なかったんでな」


 葛藤の末、アヴァンテはただカルスがおかしくなってしまったと判断するのではなく、親友がこうなってしまうだけの何かがあったのだと信じた。

 それは信頼からの覚悟だったのか、現実を認めたくないが故の拒絶だったのか、それはおれにはわからない。


「だがな、カルス。だからってここで言われるがまま、はいそうですかって立ち去るわけにはいかねえんだよ! ったく、妹が妹なら兄は兄で! 力ずくでも何があったか聞かせてもらう!」

「力ずく、か……」


 やれやれ、といった様子で首を振り、それからカルスはゆっくりと剣を抜くと、指し示すようにこちらへと向けた。


「出来るものならやってみるといい……!」

「……ッ」


 カルスから放たれる圧力――。

 それはシアが放つ威圧とはまた違う、何人たりとも自分に寄り添わせまいとする強い拒絶のようであった。


「アヴ兄さんはさがってて。兄さんはわたしたちが抑えるから」


 イリスがやる気になり……、これはこのまま戦う流れか?

 おれはそっとクエストの確認をしてみたが――


《 CHAPTER 7 》

 ★【魔王に会いに行こう】(達成!)

 ☆【魔王カルスを討伐せよ】


 そこに希望は無かった。

 あとはただ、決着だけが求められていた。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/13

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/12/26


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ