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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第592話 14歳(秋)…CHAPTER6―誰が魔王か

 町の外に広がる穀倉地。

 そこに点在する納屋の一つがアヴァンテの指定した隠れ家だった。

 アヴァンテが罪を被り逃走したことによる騒ぎ、このどさくさに紛れることで、おれたちは夜が明け始めた頃にこの納屋へ避難することができた。


「ガーリィ・スラックって本当はイリスだったのね」

「そういうことなんだろうな」


 まだ目覚めないイリスはそのままに、おれたちはアヴァンテが来るのを納屋で待った。

 納屋の中には一頭の馬と小振りな幌馬車があり、おそらくこれにイリスを放り込んで町を離れるというのがアヴァンテの計画だったのだろう。


「アヴァンテが傭兵であり暗殺者でもあったってのは、つまりこういうことだったわけだ」


 なるほどなー、とは思う。

 しかしおれはこの事実をそれほど気にしていなかった。

 それよりも、もっと気になることがあったからである。


「シア、一応外を見張っておこうと思う。つきあってくれ」

「あいさ」


 ちょっと頭の中を整理したくなってシアを連れだそうとしたが――


「……」


 ミーネがしょぼんとしておれを見ていた。

 ダメだな、失敗だ。

 思いっきり気づかれている。


「シア、悪い。見張りは中止だ。ちょっと考えをまとめたいから話に付きあってくれ。そしてミーネ、これはおまえにとってあんまり楽しい話じゃないと思う。それでもいいか?」

「ええ、いいわ」

「……わかった」


 こうしておれは金銀赤を交えて思考の整理を行うことに。


「なんて言うかな、ミーネがイリスに似すぎていると思うんだ」


 まずおれはそう切り出す。


「ご先祖さまの妹だからでしょ?」

「まあそうなんだが……、姿や声だけの話じゃないんだ。剣の才能があること、魔術が使えること、戦闘を好む傾向、強さに対しての貪欲さ、そういうところだよ」

「そうね、似てるわね」

「でもご主人さま、違うところもいっぱいあると思いますよ?」

「もちろん違うところもある。大食いなところとか、興味のある事に対しては妙に才能を発揮するところとか、大食いなところとか、イリスには見られない特徴をミーネは持っている。大食いなところとか」

「猊下はミーネさんがイリスさんに似ていることが気がかりなのですか?」


 アレサに言われ、おれは頷いて答える。


「ええ、これだけ似ているミーネがイリスの直系でないことに違和感が生まれてしまったんですよ」

「あ」


 と、そこでアレサはおれが言わんとすることに気づいたのか、はっとした。


「ミーネの傾向はアヴァンテが話した『悪魔の卵』の使用者、その子孫に現れる傾向そのもの。こうなるとミーネがイリスに似ているって事実は、偶然ってだけでは片付けられなくなってくるんです」

「ちょっと待って。じゃあ、イリスが直系のご先祖さまってことになるの?」

「そうなると旦那さんはアヴァンテさんでしょうねー」

「ふぇ? 魔王が……? うん……?」


 ミーネが混乱してしまった。

 それも仕方のない話だ。

 なにしろ、これが真実だとしたら世界はずっと欺かれていたことになるのだから。


「ミーネがおかしいと感じるのはそう伝わっているからだ。あの『カルスの日記』がそう伝わるようにしてあったからだな。この良くできた偽りの記録は、いったい何を世間から隠し、歴史の底に埋もれさせようとしたのか? もしかしてそれは『勇者カルス』はカルスでないことを隠そうとしたためなんじゃないか?」

「じゃあ『勇者カルス』は誰なの?」

「アヴァンテだ」

「……?」


 ミーネは眉間にシワを寄せたまま固まってしまった。


「もちろん、ここからアヴァンテが魔王となり、イリスが身ごもった子をカルスが育てたということもありえる。確かに魔王の子であれば隠す必要があるだろうし、これも有り得る話だと思う。けれど、日記にあった『王都ノイエを離れていた』というカルスは、まさに今のアヴァンテに重なるんだよ。それから日記とは別、他の資料にあった勇者パーティにいた謎の剣士、これってイリスなんじゃないか?」

「猊下、では魔王は誰ということになるのですか?」

「残る重要人物は二人です」

「カルスさんとラヴィアンさんですか……」

「ええ、そのどちらかが魔王ということなのではないでしょうか」

「あなたはどっちだと思うの?」

「カルスじゃないかと思う」

「どうして?」

「王都から逃げ出すとき、止めに来たカルスが必死すぎた。今になって思えば、騎士の言っていたことも気になる」

「騎士? なんて言ってたっけ?」

「これ以上、この国に対する勇者の心証を悪くする必要はない、だから放って置け、だったかな。騎士としても、アヴァンテとイリスを逃がしたいような感じだった。これってラヴィアンに何かあったんじゃないか?」

「何かって?」

「それはわからんが……、もしラヴィアンが死んでいた場合、カルスは危ういと思うんだよ」

「どうして?」

「精神的な傾向が親父さんに似ていた場合、心の支えを無くしたカルスがどうなるかってことだよ。それに親友の姉を守れなかったことは相当な重荷になる」

「これはまずい感じがしますね……」

「ああ、だから気が重い。これが的外れだったとしても、そうなるとアヴァンテが魔王ってことだろ? どっちにしても気が重い。けどもう少しなんだろうな。もう少しですべてが明るみになる」


 しかし魔王を倒すための『何か』を教えてもらいに来て、まさかクェルアーク家の誕生秘話を体験することになるとは思わなかったな。


    △◆▽


 それからもおれたちはアヴァンテを待ち続けた。

 そろそろ外は明るくなり、人々が活動を始めた頃だろう。


「う、うーん……?」


 と、そこでようやくイリスが目を覚ました。

 イリスはぼんやりとおれたちを見回し、それから尋ねてくる。


「あの、アヴ兄さんは……?」

「アヴァンテはあなたを私たちに託して、自分がガーリィ・スラックってことにして逃げたわ」


 言いにくいことをミーネがずばっと言う。

 イリスはきょとんとしたあと、愕然とした顔になった。


「そ、そんな……!? 捜しにいかないと……!」

「待った待った。アヴァンテはあとで合流するって言っていたから、ここで待たないと。ここが隠れ家らしいし」

「そ、そうですか。ではここで待たないといけませんね」

「そうよ。ちゃんと待ってないといけないわ」


 意外なことにイリスはすんなり落ち着いた。

 それどころか、ミーネと一緒になってにこにこしている。

 その様子を見たシアがひそひそ言ってくる。


「……アヴァンテさんを信頼しているようですね……」

「……楽でいいけど、信じきっているのが少し気になる……」

「……それはまあ……」


 落ち着きはしたものの、イリスの精神はまだ不安定と思われた。

 これでもしアヴァンテに何かあったとしたら相当取り乱す――、いや、父親のように現実を受け入れない可能性もあるのでは……。


「……ミーネさんのご先祖って、精神的にアレですかね、ヤンデレ傾向……?」

「……ミーネにその傾向が無くてよかったよ……」


 そう言ったところ、シアはちょっと困り顔になる。


「……それはどうでしょうね……」

「……え……」


 シアが不穏なことを言ったそのとき、コトッ、と納屋入口から物音がした。

 瞬間的に身構えるが――


「お、みんなそろってるな。よかった」


 現れたのはアヴァンテだった。


「アヴ兄さん!」


 ぱあー、っと嬉しそうな顔をしてイリスが駆け寄って抱きつく。


「ごめんね、ごめんね、わたしがおかしくなっちゃったせいでアヴ兄さんにいっぱい迷惑かけることになっちゃって」

「まったくだ。おかげで天下のお尋ね者だぜ」


 うんざりしたようにアヴァンテは言うが、後悔をしているようには見えず、むしろ余裕すら感じられた。

 アヴァンテにとっては世間などどうでもよく、イリスが戻ればそれでよかったのだろう。


「アヴ兄さん、これからどうする? 名前を変えて二人で遠くに行く? 誰もわたしたちのことを知らないところに。お金ならまだ冒険者ギルドに預けていないぶんがけっこうあるし、しばらくは大丈夫だと思うから」


 やめて。

 その映画的なバッドエンド直行フラグはやめて。

 おれがしかめっ面になるなか、誘われたアヴァンテは首を振る。


「いや、その前にちょっと向かわないといけない所ができた」

「向かわないといけない……?」


 イリスが言うと、アヴァンテは頷く。


「本当は逃げ切るのにもっと時間がかかると思ってたんだ。そしたら都合のいいことに町が混乱するような知らせがもたらされてな」

「町が混乱って? どんな知らせがあったの?」


 イリスの問いに、アヴァンテは苦々しい表情で答えた。


「サフィアス王国の王都で魔王が誕生したらしい」

「そんな……!」


 驚くイリス。

 しかしおれたちの方は先ほど話していたこともあり、それほど驚くこともなかった。

 ただ、とうとう来たか、と思った。


「突然の知らせに町は混乱している。べつに魔王が攻めてくるってわけでもないのに恐慌状態だ。今ならすんなり町を離れられるから、俺としては好都合なんだけどな」


 そう言いながら、アヴァンテは幌馬車から荷物を引っぱりだした。

 自分とイリスのための着替え、そして変装セットである。


「これがあれば兄妹って言い張れるぜ」


 そう言ってアヴァンテが金髪のカツラを被ってみせる。

 いきなり金髪になったアヴァンテを見たイリスは――


「……、ぶふっ」


 吹いた。

 なんとか堪えようとしたが吹いた。


「似合わねーのはわかってるよ! ともかく、俺は変装する必要があるから。ついでにイリスも着替えろ。あんたらは先に馬車に乗っていてくれ。御者は俺がやるからさ」


 アヴァンテに言われ、おれたちは幌馬車に乗りこんだ。

 すると上に巻き上げられていた後部を覆うための幌がするすると降りてきて、そこにふわっとウィンドウが浮かび上がる。

 そこには『王都ノイエへ舞台を移す』とあった。


「一気に移動か、まあ楽でいいんだが」


 そう言えば『カルスの日記』の始まりは、魔王の誕生を知ったところからだった。

 日記にあった旅の記録が実はアヴァンテのものだとしたら、おそらくイリスと逃避行を続けている中で魔王の誕生を知ることになったのだろう。

 そうでなければ『魔王ガーリィ・スラック』に矛盾が生じる。

 サフィアス王国に魔王がいるのに、どうしてガーリィ・スラックがここにいるのか、というわけだ。

 現実ではここからシャロ様に助けを求めたりと紆余差曲 紆余曲折、長い旅になったようだが、この夢の世界ではそれが省かれる。

 いよいよ最後。

 おれは『王都ノイエへ舞台を移す』をタッチした。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/12

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとございます。

 2021/07/12


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