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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第591話 14歳(秋)…CHAPTER6―剣魔イリス

「ねえイリス、その右目は……?」


 皆の疑問を代表するようにミーネが尋ねたところ、イリスは嬉しそうな表情を浮かべつつ、そっと冷光を湛える右目に手を添えながら答えた。


「これはアヴ兄さんのお守りよ」


 お守りというのは……、首飾りにしていたあの珠か?


「このお守りはね、本当にわたしを守ってくれていたのよ。このお守りを肌身離さず身につけていたおかげで、わたしの病は進行が抑えられていたの」


 病の進行を抑え、それでいて目の代わりになる?

 訳がわからないでいるとアヴァンテが口を開いた。


「イリスは眼孔にちょうどよく収まりそうだと、これなら本当に肌身離さず持っていられるからと、あの珠を義眼の代わりにしたんだ。けどな、そもそもあれは()()()()()()()()


 それは古の魔導師によって作りだされた魔導補装具の一つだったとアヴァンテは言う。

 補装具とは義肢や義眼、杖や車椅子など、失われた体の一部、あるいはその機能を補完する品の総称だが、魔導補装具は使用者の魔力により体の一部として機能するようになる魔道具であるらしい。


「まあそれだけなら、目が戻ってよかったなって話だったんだよ」

「違うのか?」

「違う。魔導補装具は医療具じゃないんだ。それを知る奴らが悪魔の卵と呼んでいた、人を兵器に変える魔導器なんだ」

「人を兵器に……?」

「そうだ。大昔がどんな世の中だったのかは知らねえが、その頃の魔導師は今の魔導師よりもずっと凄くて強くて頭のイカれた連中だったらしい。そいつらは自分の子飼い――兵を魔導器で強化した。その内の一つがイリスに渡しちまった義眼だ」

「その悪魔の卵とやらのせいで、イリスはああなのか?」

「そういうことだ。ああいった魔導補装具はそいつの欠けた部分を補うと同時に、その魔力循環経絡をより戦闘に特化したものに作り替える。するとそいつは強力な魔術や魔技を使えるようになる。だがまあ、それだけならまだいいんだ。問題は、使用者の心にまで影響を及ぼして好戦的な人間に変化させちまうってことだ」

「イリスの変貌はそのためか」

「ああ、すっかりイキっちまいやがって。これが先祖返りならまだ大人しかったんだろうが……」

「ん? 先祖返り?」

「悪魔の卵は使用者の子孫にまで影響を及ぼす。その能力、好戦的な傾向、そして不安定な心までも」


 え、遺伝までするの……!?


「あんた、剣魔って聞いたことねえか?」


 剣魔……、確か戦闘狂を指す言葉だ。

 戦うこと、強くなること、それをアイデンティティにしている異端者である。

 この言葉を特に意識したのは迷宮都市エミルスでの出来事でだった。

 シャフリーンの実母である『魔刃』ネルカがそうだったと、実父であるベルラットが言っていた。


「一般的には戦いが好きな奴ら、戦い無しじゃ生きられないような奴らを指す言葉だが……、中にいるんだ、先祖が卵の使用者だったって奴が。先祖返りでその影響がでちまった奴が。心が不安定なせいで、戦いや強くなることに依存するしかない奴が」


 つまりイリスは、そんな遺伝までするヤバい代物の使用者になってしまったということか。

 しかし当のイリスは話を聞いても特に気にした様子は無い。

 その代わりにこてんと首を傾げて言う。


「アヴ兄さん、なんだか賢くなってる?」

「多少はな」


 アヴァンテは苦笑して、それから言う。


「右目が戻ってよかったよかったと喜んでいた昔の自分をぶん殴ってやりたいよ。なんだか最近乱暴な気分になるってお前が言うのに、特に気にしなかった自分の尻を蹴り飛ばしてやりたいよ。あの時もっとちゃんと気にかけていたら、ここまでのことにはならなかったはずだ。お前が居なくなってから、俺は必死になってその義眼のことを調べた。メルナルディアの研究機関に行き、それから古き民と呼ばれる奴らに頼みこんでようやく俺がお前に何を渡してしまったのかを知った。まったく、カルスに知れたらぶっ殺されかねないな。まあもしそうなったら、お前が目を潰さなきゃこんなことになってねえ、って文句を言ってやるけどよ」


 アヴァンテはそこまで言うと深々とため息をつき、表情を改めてイリスに告げる。


「イリス、その目を捨てろとは言わない。だが、もうこんなことはやめるんだ。お前はその目の影響でそんなことになってるが、もともとのお前が消えて無くなったわけじゃない。昔のお前はまだお前の中に眠っている。戻ることはできるんだ。だから――」

「そういうわけにはいかないわ」


 イリスはアヴァンテの言葉を遮って言う。


「このお仕事をやめちゃったら、アヴ兄さんを養えないじゃない」

「お前が冒険者ギルド経由で送ってくる金には手を付けてないぞ」

「あれ、そうなの? せっかくいっぱいあるのに……。でも、それだけじゃないから。このお仕事はとても大切なのよ。わたしのような人を、わたしのために身売りまでしてくれた姉さんのような人を増やさないために必要なことなの」


 イリスは言いながら、下げていた剣を胸の高さに持ってくると、剣の腹にそっと指を滑らせる。


「これは誰かがやらないといけないこと。わたしが殺す人たちは、殺されるだけの理由がある人たち。誰かのためになって、お金も手に入って、剣を振るう機会も得られる。良いことばかりなのに、どうしてやめないといけないの?」


 そう微笑むイリスの顔は、ミーネとそっくりなはずなのにもう似ているようには見えなかった。


「わたしはこれからも剣を振るうわ。弱き者たちのため、虐げられる哀れな者たちのため」


 イリスはまるで歌うように告げる。


「邪なる者どもよ、恐れよ、我を。我は剣。虐げられし人々の恨みを乗せて疾く走る一振りの剣――ガーリィ・スラックである」


 剣を掲げ、そう宣言するイリスをアヴァンテはひどく悲しげな表情で見つめることになった。

 おれがアヴァンテに感じた悲壮感は、自分の過失によって大切な妹分を失ってしまった者の、そして取り戻そうとしている者の気配だったらしい。

 うん、おれにもセレスがいるからな、もしアヴァンテの立場だったらと想像するだけで胃が痛くなる。

 ともかく、これはどうしたらいいのか、おれはクエストを確認しようとしたのだが――


「私にやらせて」


 すでに確認していたのだろう、手前の虚空を睨みながらミーネが前に出た。

 その言葉は囁くような声であったが、強い決意を感じさせる。

 どうしたのかとおれもクエストを確認してみたが――


《 CHAPTER 6 》

 ★【冒険者ギルドへ仕事を探しに行こう】(達成!)

 ★【グリースの警護をしよう】(達成!)

 ☆【イリスを正気に戻そう】


 はて、ミーネの様子が変わるほどの内容では無い。


「なあミー――」

「大丈夫、やりすぎたりはしないわ。そんな気分じゃないし。ちょっとね、イリスに聞いてみたいことがあるの」


 その背に話しかけても、ミーネはふり返りもせずイリスに顔を向けたままである。


「ご主人さま、どうします?」

「ここは……、任せてみようか」


 そうシアに答えたところ――


「ありがとう」


 ミーネが小さな声で礼を言ってきた。

 ふむ、本当に様子が違うな、どうしたのだろうか?

 これが実戦なら説得もしようと思うが、ここは夢の世界だ、まずはミーネの気がすむようにやらせることにした。


「あら、わたしと戦うつもりですか? 良いですね。今回はなんの手応えもなくて、少しがっかりしていたところでした。でも、一人でいいんですか?」

「充分よ」

「そうですか」


 そう微笑み、イリスはまだミーネと離れているのに剣を振るう。


「……あら?」


 イリスは不思議そうに首を傾げ、さらにもう一度剣を振る。

 やはり何も起きない。

 ミーネはイリスが何かしようとするのを、腰の左、下げた剣に左手を添えたまま眺めている。


「あ、もしかして、あなたが何かしているんですか?」

「ええ。私がいる限り、あなたの魔術は発動しないわ。そして私がいる限り、あなたをここから逃しはしない」


 そう告げ、ミーネが右手でパチンと指を鳴らす。

 と、部屋を呑み込もうと広がりつつあった炎が掻き消された。


「魔術は私の方が上よ。来なさい。剣で」


 そしてミーネは剣を抜いた。


    △◆▽


 魔術士としての能力が上なら、魔術で勝負すればいいところをミーネは敢えて剣で挑んだ。

 それだけの自信があるのかと思いきや――


「どうしました! 一人で充分と言ったわりには防ぐので手一杯じゃないですか!」


 そうイリスに言わせるほど、ミーネが押された展開になる。

 これはイリスが暗殺者として対人に特化、人相手の戦いに慣れていることが大きいようだ。

 けれど、押されつつもミーネは毅然としたもの。


「ねえ、これがあなたの自慢の剣なの?」

「言うじゃないですか!」


 確かにミーネは防戦一方だが……、もしかして攻撃するつもりがないだけなのか?


「少しくらい攻撃してくれてもいいんですよ!」

「そう? じゃあ……、行くわ」


 と、そこでこれまで防ぐだけに留めていたミーネが、イリスの振りおろしに下から剣を合わせ、結果、イリスの剣を弾き返した。

 これにより、両者共に剣が頭上へと上がる。

 二人は鏡合わせのような状態になり、お互い、そこから剣を振りおろせば一撃を加えることができる状況に。

 そこでミーネは告げた。


「避けてね」


 ミーネは一歩。

 速く、深く踏み込み、上段からの切り下ろし。


「――ッ」


 これをイリスは無理矢理に身を捻って横に避けた。

 剣を振りおろしたミーネは無防備となったが、躱したイリスは体勢が崩れ反撃どころではなく、そこで一度、両者は少し距離を置いて構え直すことになった。

 が、これまで激しい攻撃をしかけていたイリスがここで攻撃を控える。

 いや、攻められないのか?

 先ほどの攻撃、ミーネはわざわざ言葉をかけた。

 それは剣を振るうに余計な行動であり、そのわずかな間はイリスにとって攻撃の機会にもなり得た。

 けれどイリスは攻撃よりも回避を選択した。

 避けろと言われたからだろうか?

 つい言われた通り反応してしまったのかもしれないが……、実際はミーネに気圧されたのではないだろうか?

 おれたちはこの世界で死んでもやり直しがきく。

 だからミーネは攻めた?

 いや、ミーネなら現実でも行っただろう。

 その気迫がイリスを退かせた。

 確かにイリスは暗殺者として対人慣れしているかもしれない。

 しかしミーネは、おれの側に居てくれようとするせいで修羅場慣れしているのだ。


「どうしたの? もう来ないの? 虐げられた人たちの恨みを乗せた剣ってのはその程度なの?」

「そんなことない!」


 ミーネの挑発にイリスは攻撃に出るが、おれにもわかるくらい攻める勢いが落ちていた。

 先ほどのミーネの空振りは、あれでイリスの慢心を斬っていたのだ。

 ここは攻めどき――、そうおれには思われたが、ミーネは再び守りに入る。

 今度はイリスに語りかけながら。


「ねえ、ずいぶんと軽いんだけど。もしかして、その虐げられた人たちの恨みなんてもともと乗ってなかったんじゃないの?」


 ミーネは挑発を続けるが……、もしかしたらそれは挑発なんかじゃなく、単純に思ったことを尋ねているだけなのかもしれない。


「本当はただ剣を振り回したいだけで、そこにちょうどいい理由をつけていただけじゃないの?」

「うるさいわ!」


 イリスの攻撃はずいぶん雑、ただ叩きつけるだけのようなものになっていたが、ミーネはそれを丁寧に受けている。


「イリス、あなたを馬鹿にしているわけじゃないの。私にはわからないのよ。その剣でいったいどうしたいの? 斬って斬って、それでどうなりたいの? ただただ斬れる剣でありたいの? 剣が剣だけで、いったい何ができるっていうの?」


 配分など考えず、闇雲な攻撃を続けるイリスは息を切らせ始めていたが、それでも攻撃を止めようとしない。


「ねえイリス、私はあなたがどうして剣を握ったのか、そこにすごく共感できたんだけど、あなたはそれを忘れてしまったの?」

「忘れてなんかないわ! わたしは、昔のわたしのような弱い人たちの――」

「そんなわけないでしょう!」


 そこでミーネが怒鳴りつけ、イリスがビクッと身を引いた。


「弱者のため? 虐げられる人たちのため? それは立派なことかもしれないわ。でも、そんなことじゃなかったでしょう? そんな建前を用意して剣を振るあなたが蔑ろにしているもの、それこそあなたが剣である理由だったのに、いったいどこに忘れてきたの!」


 一歩イリスが退くと、ミーネが一歩詰める。


「今のあなたがその剣を振るうたび、あなたが一番大切にしようとしていた人が傷ついていくことがわからないの!? あなたが離れたらアヴァンテは一人ぼっちになってしまうって、どうしてそれがわからなかったの!」


 強く叱咤しながら、ミーネはイリスの剣を激しく打つ。

 その勢いに負け、イリスは剣を取り落とした。

 そんなイリスめがけ――


「あなたが側にいなくてどうするのよ!」


 ミーネは剣をほっぽり出して拳を叩き込んだ。

 って、そこで殴るのかよ……!

 まさかここで拳が来るとは予想出来なかったようで、イリスはミーネのパンチをもろに顔面に喰らってひっくり返ることに。


「……!?」


 そして仰向けに倒れたあとも、イリスは何が起きたのか理解しきれていないようでぽかんと困惑することになっていた。

 そんなイリスを見下ろしながらミーネは言う。


「困らせるのはいいの。怒らせてもいいわ。でも悲しませたら駄目よ。泣かせては駄目」


 ミーネはそれだけ言うと、拾った剣を鞘に収めてこちらに戻って来た。

 そしておれにもたれ掛かる。


「はあ、ちょっと疲れたわ……」

「お疲れ。よくやった」


 イリスはもうミーネに挑むようなことはせず、床にへたり込んだ状態で茫然としたままでいたが――。

 ふっと。

 イリスの右目に灯っていた冷光がそこで消える。

 これは……、ひとまず落ち着いたということでいいのか?

 おれはミーネを左腕で抱き留めながら、右手でクエストを確認してみる。


《 CHAPTER 6 》

 ★【冒険者ギルドへ仕事を探しに行こう】(達成!)

 ★【グリースの警護をしよう】(達成!)

 ★【イリスを止めよう】(達成!)

 ☆【アヴァンテとイリスを見守ろう】


 これでよかったらしい。

 ミーネは本当に頑張ってくれたのだ。

 別の誰かだったら、これはもう力尽くで押さえ込むしかなかったんじゃないだろうか?

 正気に戻ったらしいイリスは放心するばかりで、そんなイリスにアヴァンテが近づいて行く。


「イリス、大丈夫か?」

「アヴ兄さん……、わたし、たくさん人を殺しちゃった……」

「そうだな。あとでお説教だ。だが今は――」


 アヴァンテはしゃがんでイリスを抱擁する。


「やっと迎えにこられた。ごめんな、俺はカルスみたいに頼りにならないからさ、二年もかかっちまったよ」

「そ……、うん……」


 これで一段落か。

 そう思った矢先――


「……グリース殿ぉー……!」

「……ご無事ですか、グリース殿ー……!」


 警備員たちの呼びかけが聞こえてきた。

 グリースはまだなんとか生きているようだが……、これってどう収めるんだろう?


「イリス、ちょっとこれ嗅いでみろ」

「へ?」


 警備員たちがこちらに来ることを知ると、アヴァンテは小瓶を取りだして蓋を開け、イリスの鼻先に近付けた。


「これはなに? 甘い香り――……」


 そこまで言いかけ、イリスはくてんと力を失ってアヴァンテにしなだれかかる

 アヴァンテは意識を失ったイリスを抱きあげると、こちらにやって来た。


「何をしたんだ?」

「眠らせた。捕まえるために用意していたんだ。悪いんだけど、ちょっとイリスを頼みたい」

「あ、ああ。シア、おんぶしてやって」

「はーい」


 アヴァンテはシアにイリスを背負わせると、それからおれに紙切れを握らせてきた。


「ひとまずここに記された場所で待っていてくれ。あとで俺も行くから。あと、ごめんな。先に謝っておく」

「へ?」


 アヴァンテは言うやいなや、おれの胸を押すように蹴っ飛ばした。


「とわっ!?」


 こんな不意打ちにおれが抗えるわけもなく、開かれたままだった扉から勢いよく廊下へと転がり出ることに。

 くっ、ちょっとHPバーが削れたぞ……!

 と、そこに警備員たちがやってきて、おれを放置で部屋の中へ。

 彼らが目撃したものは、イリスの剣を手にしたアヴァンテ。

 それを見計らいアヴァンテはグリースにとどめを刺した。


「貴様、何を!? そうか、お前が暗殺者か……!」


 アヴァンテは不敵に笑い、そして告げる。


「そうだ、俺がガーリィ・スラックだ!」


 高らかに宣言したのち、アヴァンテは窓をぶち破って外へと飛びだした。


【おまけ】

「(イリスさんってリアルで『くっ、右目が疼く……!』とかやっていたんでしょうか……)」



※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/07


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[良い点] シリアスが台無しの「オマケ」を敢えて入れる作者様(笑)
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