第590話 14歳(秋)…CHAPTER6―傭兵
三年が経過した舞台でのアヴァンテは身長がぐっと伸び、痩身ではあれど体つきもしっかりした青年に成長していた。
「アヴァンテ一人? イリスはどうしたのかしら?」
「少し話をしたいところだが……、ひとまず仕事の説明が終わってからにしよう。クエストの指示はふとっちょの護衛だしな」
おれたちはアヴァンテを気にしながらも、警備主任の説明を聞く。
「今回、募集に応じてくれた君たちには、この屋敷の周辺を警備してもらうことになる。敷地内に関しては通常通り我々が行う。ここで注意してもらいたいのは、敷地内へ無闇に立ち入った場合、我々は君たちであろうと即座に捕縛するということである」
ふむ、これは臨時雇いの荒くれ者どもに屋敷をうろつかれたくないという思惑もあるのだろうが、この中に件の暗殺者が紛れていることも考慮しての対応なのだろう。
どのような理由があろうと、敷地に入ること罷り成らぬ。
厳しく通達したにもかからわず、それでもなお入ってこようとするならばそれなりの理由がある、というわけだ。
これは悪くないやり方だと思う。
実際、臨時警備員としてそこにいるアヴァンテも、これでこの後から屋敷に近寄りにくくなったわけだからな。
「殺害予告は今日の夜。君たちはこれから明日の朝まで、徹夜で屋敷周辺の警備を行ってもらうことになる」
暗殺者の襲撃に備えての徹夜仕事。
ろくなものではないが、それでも一般的な報酬の五倍というのは魅力的らしく、不平を唱えたり、立ち去る者は居ない。
いや、そのためのNPCなんだからそりゃそうか。
「では、まずこれから君たちが見張りと巡回を行うことになる区域を案内する。付いてこい」
ここで屋敷周辺を散歩することになり、おれたちはこれ幸いとアヴァンテに近づいた。
「あれ、あんたたち……」
おれたちに気づき、アヴァンテはきょとんとする。
それは偶然の再会にびっくりしたという感じで、何か企んでいるところを知り合いに見つかった、という雰囲気ではなかった。
「前は色々と世話になった。つか世話になりっぱなしで別れることになっちまって悪かったな。あんたたちは冒険者を続けているのか?」
「ああ。そっちもか?」
「いや、俺の方はちょっと問題があってな、今はしがない傭兵稼業だ」
「問題って?」
「ほら、俺ってサフィアスの王子の婚約者になりかけたイリスを王都から連れだしちまったわけだろ? もうそこまで警戒する必要もないとは思うんだが……、まあ念のためな」
冒険者ギルドで仕事をすれば記録が残る。
アヴァンテという冒険者がどこにいるか、調べようと思えば調べることができてしまうのだ。
それなら偽名で登録し直すという手もあるが、それでも特徴が伝えられて調べられたら見つかる危険性は高くなる。
本当に見つかりたくないのなら、冒険者ギルドは利用しない方が得策なのだろう。
そんなことを考えていると、ミーネがおれの脇を肘でぐいぐい押してきた。
「えっと……、イリスは元気か?」
「ああ、元気にやってるよ。ちょっと元気すぎて手に負えないくらいだ。今は別行動だけど、もしかしたらあとで会えるかもな」
王都ノイエの郊外で別れたあと、アヴァンテとイリスは方々を転々とすることになったらしい。
イリスは隻眼になってしまったがそれでもアヴァンテよりは強く、前までのカルスの立場に納まったとのこと。
「カルスのやっていたことを、今はイリスが、か」
「ああ」
アヴァンテはそう頷き、表情を陰らせて言う。
「カルスは……、あの時は滅茶苦茶やりやがってと腹を立てたんだが、あいつがイリスにあんなことするなんてよっぽどだ。イリスも怒っていたが、恨んでいるような様子はなかったよ。誰が悪いつったらあいつらの親父だしな。親が居なくて苦労するってのは俺にもよくわかるが、居るせいで苦労するってのはわからない。あいつはあいつでつらい思いをしたはずだ。俺たちが恨んでいるんじゃないかって、そう考えているかもしれない。それが少し心配だけど……、まあそのあたりは姉さんがなんとかしてるだろうし、国の後押しを受けて勇者として頑張っているみたいだから、そんなの俺の杞憂なんだろうな」
離ればなれになった友のことを話すアヴァンテは少しくたびれたようで、悲壮感が漂っている。
「しかし、あんたらと一緒にあのデブの護衛をすることになるとは思わなかったよ。あんたらも募集で来てみたら驚いたくちか?」
「ああ、おまけに君までいたからな」
「それは俺だって同じだよ」
「こっちはまだいいが、君はこのままあいつの護衛を受けるのか?」
「俺? そりゃ思うところが無いってわけじゃないけど、いまさらどうにかしてやろうとは思わないよ。……あれ、もしかして俺がその暗殺者なんじゃないかって思ってる? はは、俺はそんな大それたことできやしねえよ」
そう話すアヴァンテにおかしな様子は無い。
とは言えこれで判断してしまうのは軽率、そこでおれはなるべくアヴァンテの側にいることにした。
このアヴァンテと雑談しながらの散歩は、再び屋敷の前に戻って来たところで終了。
再び警備主任が話し始める。
「それでは警備のための班分けをする。班は五人ずつ。常に行動を共にするように」
ふむ、これは互いに見張らせるための仕組みだな。
おれたちは四人、なのでもう一人はアヴァンテを誘ってみようと思ったのだが――
「なあ、ちょうどいいから俺をそっちに入れてくれないか? あんたらは知り合いだし、頼りになるからな」
「あ、ああ。わかった」
先にアヴァンテの方から申し出てきて、ちょっと戸惑った。
△◆▽
臨時の警備兵としてグリースの屋敷周辺に立っての警戒、それから巡回を交代で行う。
やがて日が暮れ、町は夜闇に覆われた。
しかし屋敷周辺は篝火が焚かれ、不審者の接近を見逃すまいと警備が続けられている。
そしてこれが何度目になるだろうか、おれたちはたいまつを持たされ、決められたルートの警邏に出た。
「なかなか来ないわね、暗殺者」
もうしばらくすると夜明け。
本当に襲撃があるのかという話になり、そこでアヴァンテが言う。
「普段から厳重な警備、そこに臨時の警備がたくさん。これは暗殺者だってなかなか厳しいんじゃないか? あんたらならどうする?」
この質問にミーネは「うーん」と考え、それから答える。
「地上はこうやって警備する人がいて邪魔だから、穴を掘って地下から行くのがいいかも。もっと手っとり早いのは――」
と、ミーネが言いかけたところ。
異変は起きた。
どっかーん、と。
篝火で照らしきれない夜空から飛来した何かが屋敷の天井をぶち破ったのである。
建物の破壊音によって臨時警備の者たちは屋敷に注目することになったが、そこでさらに異変が起きる。
屋敷の一部が爆発。
窓どころか壁まで吹き飛び、続いて火の手が。
この炎が明かりとなり、屋敷周辺が明るく照らし出される。
もうしばらくで夜明け、そう油断していた臨時警備の者たちはこの事態にまずは混乱――
「な、なんだ!?」
「襲撃か!」
「お、おいどうするこれ!」
揃って慌てふためくことになったが、それでもひとまず雇い主のいる屋敷へと向かっていく。
そんな状況のなかで――
「悪い。先に行く」
アヴァンテは屋敷を取り囲む壁を駆け上がり、一足先に向こう側へと行ってしまった。
意外と身体能力が高いんだな。
「私たちも行きましょう!」
すぐさまミーネが魔弾で屋敷の塀をぶち破った。
敷地に入ってみると、すでにアヴァンテは窓を破って屋敷へと侵入するところ。
おれたちもすぐにそれを追い、やがて辿り着いたのは炎に包まれつつある二階の一室だった。
アヴァンテは部屋に入ったところで立ち止まっており、その視線の先には血を流しながら仰向けで倒れているグリースの姿が。
「……うぅ、だ、誰か……、誰かポーションを……」
グリースはまだ生きており、助けを求めていた。
そして――。
その傍らにいる何者かは、グリースの喉元に剣を突き付けつつ苦しむ彼を見下ろしていた。
その人物は動きやすそうな革製の防具を身につけ、フードと口当てで顔を隠している。
「え、あれがガーリィ・スラックなの……?」
ミーネがぽつりと言う。
ならアヴァンテは関係なかったのか?
そうおれが考えたとき、アヴァンテが叫んだ。
「イリス!」
え、とおれたちが驚くなか、その人物はそっとこちらに顔を向けて応えた。
「あら、アヴ兄さん、どうしてこんなところに? それにみなさんも……。お久しぶりです。お元気でしたか?」
嬉しそうなイリスの声。
おれたちとの再会を喜んでいるようであったが、その可愛らしい声音はこの状況にまったく相応しくない。
「た、助けてくれ……、早くこの娘を――」
「挨拶の邪魔をしないでください」
「ぐあ……!」
グリースが助けを求めようとしたのが――、いや、話に割り込んできたのが気に入らなかったのか、イリスは彼の肩に剣を突き刺す。
そして優しく言う。
「痛いですか? つらいですか? ポーションがあれば助かるのに、残念ですね。あなたはポーションを求めながら死なないといけませんからね。そうあるべき、と望む人たちは多いんですよ?」
「イリス、やめろ。死なせるんじゃない」
そのアヴァンテの呼びかけに、イリスは再びこちらを見やる。
「アヴ兄さん、駄目よ、これは大事なお仕事なの。それにわたしはもうイリスじゃないのよ」
と、イリスはフードと口当てをずらした。
「何もできないイリス・ガーラックは死んだわ」
現れたのは、少し成長したイリスの顔。
金の髪、そして霞色の両目。
「今のわたしはね、ガーリィ・スラックなの」
カルスによって潰されたはずのイリスの右目は、その眼孔におさまり静かな冷光を湛えていた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/24




