第589話 14歳(秋)…CHAPTER6―暗殺者
夢の世界へと舞い戻ったおれたちがまずやることは、NPCロシャに時間を経過させてもらい次の六章へと移ることだった。
NPCロシャのウィンドウに表示されたままの【三年経過させる】をタッチするだけという、誰がやっても変わらない単純作業。
しかしおれにはミーネがやるべき仕事のように思え、そこでどうぞどうぞとうやうやしく促してみせた。
「うん」
ミーネは一つ頷き、おれたちに見守られながら、今度こそ【三年経過させる】をタッチした。
『ほぉーい、ほい! ほほほいほ――い!』
そして開始されるNPCロシャの踊り。
ちょっと雰囲気台無しですねコレ……。
やがて悩ましい時間が終わり、NPCロシャが言う。
『これで三年が経過した。舞台はサフィアス王国の王都ノイエから移り、別の国にあるバーラトという都市から再開される』
おっと、今回は時間が進むだけでなく舞台も変更になるのか。
「ってことは、おれたちが見守るのはノイエから離れたアヴァンテとイリスってことになるのかな? それとも勇者としての活動のためにサフィアスを離れたカルスか?」
「どうなんでしょう?」
「そんなの考えていてもわからないわ。まずは行動よ」
そう言いつつ、ミーネはNPCロシャのウィンドウにタッチしてクエストリストを表示させる。
《 CHAPTER 6 》
☆【冒険者ギルドへ仕事を探しに行こう】
「あら、まずお仕事を探すみたいね」
「そのようだな。よし、じゃあまずは向かってみるか」
「うん」
「あいさ」
「はい、まいりましょう」
まずは町へ、そして冒険者ギルドへ。
そう方針を決めて【拠点】から出ると、そこは開けた穀倉地。
最初の王都ノイエ近郊とはずいぶん違う景色となっており、少し離れた場所には市壁の無い都市があった。
「ここは知らない景色だわ」
辺りを見回しながらミーネが言う。
シアも同じように周囲を観察しながらぶつぶつと呟いている。
「ふむふむふーむ、これは一旦リセットして作り直した……、いや、もしかして浮島を移動した……?」
「ありえる話だが確かめようがない。考察はそれくらいにして、そろそろ移動するぞ」
「むぅ、仕方ないですね」
こうしておれたちは都市バーラトへと向かう。
「まずは冒険者ギルドへ行かないといけないけど、場所がわからないわ。やっぱり町の人に教えてもらうのかしら?」
「おそらくそうだろうな。まずは住民に話しかけて情報を集めるところからだろう」
町に到着したのち、おれたちは王都ノイエでやったように片っ端から見かける市民の話を聞いていった。
話はたわいもない世間話が多かったが、中には時事的な話題も。
それはサフィアス王国に勇者が現れた話や、それにより影響力を強めたサフィアス王国が周辺諸国や星芒六カ国へ強気の姿勢に出ているといった話の他、ポーション不足がいよいよ深刻化しているという話であった。
本来であれば助かる者が助からなかったという話が日常的に聞かれるようになり、偽物を売りつける詐欺が横行するわ、ポーションを狙った強盗が多発するわ、治安の悪化に一役買っているという有様らしい。
そういったポーションを巡るいざこざの被害者は、当然ながら錬金術ギルドを憎み、その数が増え続けていった結果、錬金術ギルドそのものが『悪』と一般に共通認識されるまでになっていた。
それは魔王の誕生に怯える人々が、そのストレスをぶつける対象を求めた結果とも言える。
そのため錬金術ギルドはより警備を強め、お偉いさんともなれば常に護衛を側に置いているらしい。
そしてこの都市の錬金術ギルドの支店長なのだが、これがおれたちも知るデブ――グリースらしかった。
「グリースってノイエで支店長やってたふとっちょさんでしたよね?」
「ああ。イリスのポーションを巡る騒動からどうなっていたかわからなくなっていたけど……、うん、このまま話を聞いていこう」
少し興味が湧き、引き続き話を聞いて回ったところ、グリースはこの都市に左遷されてきたことが判明した。
きっかけは刻死病治療用のポーションを魔力活性用のポーションにすり替えてイリスを殺そうとしたことだ。
要は勇者の妹を殺そうとして国に睨まれてしまったのである。
錬金術ギルドの権力は強まっていたが、それでも勇者というブランドには敵わず、この勇者の妹を殺害しようとしたという事実は、サフィアス王国が錬金術ギルドに対して強く出るきっかけとなったのだ。
サフィアス王国内で立場の悪くなった錬金術ギルドは、そのきっかけとなったグリースをこの都市に左遷したということらしい。
△◆▽
ひたすら市民に話しかけ、ようやく冒険者ギルドの場所が判明したのでおれたちはさっそく向かった。
冒険者ギルドに到着したおれたちはすぐに掲示板にある依頼を確認してみたが、どういうことか、そこに星印のついた依頼は無く、どの依頼を受けたらよいのかわからず途方に暮れることになった。
「試しにどれか受けてみる?」
「そうだなぁ……、受けることで何か起きるかもしれないしな」
「ではどれを受けましょうか?」
などと、おれ、ミーネ、アレサで話し合っていたところ、一人メニューウィンドウを確認していたシアが言う。
「ちょっと待ちません? クエストには仕事を探しに行こうとありますが、受けろ、とは指示されていません」
「ふむ……」
この夢の世界において、シアの判断はわりと的を射ている。
「そうだな。急いでいるわけでもないし、少し様子を見て、それから判断しようか」
ひとまず待ち合わせのテーブルについて待機していたところ、やがて一人の男がギルドに現れた。
ぱっと見、冒険者ではないようだ。
判断した理由は、男が組織の所属を示すような、統一感のある装備で身を固めていたからである。
男はまず受付に向かい、何か話をしてからふり返って大きな声でこの場にいる冒険者たちに呼びかけてきた。
「すまないが、少し聞いてくれるか」
どうやらイベントのようだ。
「仕事を引き受けてくれる者を捜している。仕事内容は臨時の警備員。とある人物の身辺警護だ。期間は一日と短いが、報酬は一般的な護衛仕事の五倍出る」
報酬が五倍ということで、NPC冒険者たちはざわめいた。
男は即席の手配師として短期労働してくれる冒険者を集めに来たらしい。
「定員の上限は無い。腕に自信のある者は名乗り出てくれ」
話に興味を持ったNPC冒険者たちが手配師の元に集まっていく。
「たぶんあれがやるべき仕事なんでしょうね。では行きましょう」
「うーん……」
「あれ、どうしたんですか?」
「いや、名乗り出たくはないな、と……」
「べつに馬鹿正直に名乗らなくてもいいですよ!」
シアに引っぱられ、おれは手配師のところに連れて行かれる。
すると『臨時警備員の仕事を受ける』というウィンドウが現れた。
「じゃあ、ピタっと」
さっそくミーネがタッチ。
すると手配師が言う。
「よし、ではこれから仕事場に向かう。付いてきてくれ」
こうしておれたちは冒険者ギルドから、まだ見ぬ短期労働の現場へと案内されることになった。
△◆▽
おれたちが連れてこられたのは、富裕層の住む地区にあるお屋敷だった。
まずは屋敷の前で待機させられ、少し待ったところ別の手配師によって集められた臨時の護衛人がここに加わり、全体で五十人ほどの集団になった。
どうやら手配師として人を集めた男たちは、もともとこの屋敷の警備を務めていた警備員らしい。
やがて、屋敷の扉が開き、おれたちの前に警備員を連れた見覚えのあるデブが現れる。
左遷されてきたというグリースだ。
グリースは集まった荒くれ者たちを見回して満足そうに頷く。
「うむ、これだけ居れば大丈夫だろう。では詳しい説明をして、さっそく仕事を始めさせろ」
「ハッ、かしこまりました」
グリースはそれだけ言って警備員に後を任すと、すぐに屋敷の中へ戻って行った。
それを見送ったのち、警備員はおれたちに話し始めた。
「では詳しい説明をしよう。まず最初に、私はこの屋敷の警備全般を任される警備主任である。そして、今屋敷へと戻られた方が我々の雇い主であるグリース殿だ。錬金術ギルド、バーラト支店の支店長を務めておられる。このところ錬金術ギルドへの風当たりは強く、そこで我々が警護にあたっていたのだが、つい先日のことだ、グリース殿への殺害予告があった」
なるほど、それで警備を強化するために人を集めたわけか。
「こういった予告はときどきあり、これまでは我々のみで対処していたのだが……、今回、こうして人を集めたのは、その殺害予告をした者がそこそこ名の知れた暗殺者であったためである。諸君もその名を耳にしたことがあるかもしれないな」
ん?
暗殺者……?
「暗殺者の名はガーリィ・スラック。主に錬金術ギルドの関係者の暗殺を得意とする正体不明の暗殺者である」
おっと、そうきたか。
「……アヴァンテじゃない……!」
「……これはどうすればいいんでしょうね……」
ミーネとシアがひそひそと囁き合う。
「無責任な者たちは悪しき者を罰す正義の暗殺者などと言うが、まあ、事実はどうあれ、我々は依頼主であるグリース殿の身の安全を第一とし、この暗殺者からお守りせねばならない」
うーん、アヴァンテったら必殺仕事人を開業したの?
まあそれは冗談としても、グリースはイリスを殺そうとした因縁の相手であり、そしてアヴァンテの今の境遇を作るきっかけとなった人物だ。
これは殺す理由として充分なのではないか……。
おれたちの役割はただ臨時の警備員として事件が起きるのを見ているだけでいいのかどうか、ちょっと判断がつかない。
そこでクエストを確認してみる。
《 CHAPTER 6 》
★【冒険者ギルドへ仕事を探しに行こう】(達成!)
☆【グリースの警護をしよう】
ダメだ、確認しても判断がつかない。
ひとまず護衛として働いていれば状況は動くか……?
そう考えていたところ、アレサが小声で呼びかけてきた。
「……猊下、猊下……!」
「……どうしました……?」
「……あちらを……!」
そうアレサがそっと指で示した方向。
そこには臨時警備員に紛れる、成長したアヴァンテの姿があった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/21
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/24
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/07/12




