第584話 14歳(秋)…CHAPTER4―取り残される者
茫然とするアヴァンテとカルスであったが、やがてはラヴィアンが身売りしてイリスのポーション代を工面したことを理解した。
「ね、姉さん何やってんだよ!?」
「ラヴィ姉さん、それはさすがに……!」
二人は動揺するも、当のラヴィアンは落ち着いたものだ。
「イリスちゃん、もう朦朧としてしまって、とても持ち直せるようには見えなかったの。時間が無かったのよ」
「イリス助けるために姉さんが居なくなってどうすんだよ!」
「そうだよ、こんなのイリスに何て説明すればいいのか!」
「二人とも大げさね」
慌てふためく二人にラヴィアンは微笑みかける。
「何も今生の別れというわけではないのよ? 私はなかなか美人みたいだし、きっとお金持ちの人が買ってくれて、良い暮らしが出来るようになるわ。そしたら貴方たちにお小遣いをあげることができるかも」
「んなもんわかるもんか! 奴隷なんて! せいぜいオモチャにされて壊されて終わりだろ!」
そうアヴァンテが言うと、奴隷商が苦情混じりに言う。
「私は奴隷法にのっとった商いをする真っ当な奴隷商ですので、君が想像するような相手にお姉さんを売ったりはしませんよ」
「どーだか!」
到底受け入れられないとアヴァンテは反発するが、すでにラヴィアンと奴隷商の間で契約が為されている以上どうにもならない。
「今は言い争っている場合じゃないわ。イリスちゃんにポーションを届けないと」
しかしそのポーションを手にしているカルスは動けない。
妹を救いたいと願うのは当然だが、シアの勘が当たっていたとして、カルスがラヴィアンに好意を寄せているなら、弟のアヴァンテとはまた違う苦悩をカルスは抱えているのだ。
「死んでしまったら終わりなのよ!」
「――ッ」
動けないカルスにラヴィアンがぴしゃりと言う。
「さあ、急がないと」
「はい……」
ラヴィアンに手を引かれ、ようやくカルスが動き出す。
これによりおれたちはイリスの元へと急ぐことになり、それにはポーションの制作者であるリッジレー、おまけのクーファ、それから奴隷商とその護衛たちも同行した。
△◆▽
家に戻ってみると、飛びだす前は苦しそうにしていたイリスはぐったりとベッドで横になり、朦朧とした状態で浅い呼吸を繰り返すばかりとなっていた。
「イリスちゃん、ごめんね、一人にして。もう大丈夫だから」
ラヴィアンがイリスを抱きおこし、カルスがポーションを口に運んでやるが……、イリスはそれを飲むこともできない。
「イリスちゃん、頑張って飲んで……!」
「イリス、頼む、飲んでくれ……!」
アヴァンテはその様子を見守っていたが――
「埒があかねえ、貸せ!」
カルスからポーションを引ったくると一気に口に含む。
そして虚ろなイリスに口移しで強引に飲ませた。
「んっ……、こほっ、こほっ……」
「なんとか飲んだな……」
強引だったのでイリスは少し咽せたが、ひとまずポーションを飲むことが出来た。
「アヴァンテ、あなた……」
「お前……」
「し、仕方ねえだろ」
ラヴィアンとカルスは呆れたような顔をするも、それ以上アヴァンテを責めたりするようなことはなかった。
イリスは少し咽せたあと容態が落ち着き、苦痛に耐えて体力を消耗したこともあってかそのまま静かに眠りについた。
「呼吸は安定、表情も柔らかい。ひとまず効果はあったようだな」
イリスの状態を確認してリッジレーが言うと、それを聞いた奴隷商は満足そうに頷いた。
「よかったですね。それではラヴィアンさん、契約通り一緒に来てもらいますよ。別れの挨拶もあるでしょうし、私は外で待っています」
そう告げて奴隷商は退室し、残ったラヴィアンは自分を見つめる弟とその友人に微笑みかける。
「姉さん……」
「ラヴィ姉さん……」
アヴァンテとカルスは何を言ったらいいのかわからない様子だ。
ラヴィアンはそんな二人を一緒に抱き寄せる。
「そんな顔をしないの。しょっちゅうは無理だけど、ときどきなら会いに来てもいいって言ってもらえたし。少し離れて暮らすことになっただけよ。だからそんな悲しそうな顔をしないで」
アヴァンテとカルスを抱擁したあと、ラヴィアンは奴隷商の待つ玄関へと向かおうとする。
そこでリッジレーが言った。
「すまねえ。俺がもっと警戒していれば、あんたが身売りするようなことにはならなかった」
「いえ、謝らないでください。あなたは何も悪くないのですから」
そう言い、ラヴィアンは退室。
アヴァンテとカルスはそのあとをふらふらと追い、部屋には眠るイリス、おれたち、そしてリッジレーとクーファが残った。
「……ったく、なんでこう善良な奴ばかりが損をするのかね。おいクーファ、お前はまだギルドに残るつもりか?」
「残るつもりって……、先輩、本当にギルドを抜けるんですか?」
「愛想が尽きたんでな。俺はこのまま姿を消すよ」
「それからどうするんです?」
「ギルドをぶっ潰してやりたいところだが、それじゃあポーションを必要とする奴らに迷惑がかかる。だから……、そうだな、ポーションばかりが必要とされる現状を変えるために何かするさ。そうすりゃベルガミアみたいにポーションに依存した社会から脱却できる」
「また漠然とした……」
呆れるクーファに、リッジレーは再び問う。
「で、お前はどうするんだ?」
「僕は残ります。残ってギルドを変えます」
「そうか……。わかった、頑張れよ」
錬金術ギルドを変える、か。
もし実在する人物だったのなら、このクーファこそが錬金術ギルドを生まれかわらせた立役者となったという可能性もあるのだろう。
△◆▽
ラヴィアンとの別れを終えたあと、カルスとアヴァンテはイリスの容態を側で見守り続けた。
おれたちはひとまず【拠点】に帰還したのだが……、ちょっと空気が重い。
一番の原因はミーネが納得のいかない表情で黙り込んでいることだが、そのミーネが【待機】でさっさと翌朝まで時間を経過させた。
「イリスがちゃんと治ってるか確認しにいきましょう」
「少し休んだほうがいいんじゃないか?」
「この状況で休んでなんかいられないわ」
一つの結末、一区切りまで見届けない限り、どうしようもなく気になって落ち着けないというのがミーネの心境、それは救いを求めて物語を先に進めるしかない状態だ。
ミーネに急かされるようにおれたちは【拠点】を離れ、一夜明けてのカルスの家へとお邪魔する。
イリスはカルスとアヴァンテに見守られながら眠り続けていたが、おれたちが訪れて少ししたところで目を覚ました。
「あれ……、兄さん? アヴ兄さんも……?」
ぼんやりとした目でカルスとアヴァンテを眺め、イリスはゆっくりと体を起こす。
「私、ポーションを飲んで……、それからどうしたの?」
『……』
このイリスの発言に、すぐに答えられる者はいなかった。
違うポーションを飲んで苦しみ始めた辺りから、イリスは記憶が飛んでいるのだ。
苦しんでいる間に何があったのか、それを知らないのである。
「なんだか調子がいいみたい。体がすごく楽で、ちょっと駆けだしてみたくなるくらいよ。きっとポーションが効いたのね。あ、ラヴィ姉さんは? わたし、元気になったって伝えないと」
「……」
そのイリスの言葉に、カルスは苦い表情。
これから伝えなければならない事実は、妹をどれだけ悲しませるだろうかという苦悩の表れである。
「兄さんどうしたの? ねえ、どうしたの?」
「実は――」
とカルスが言おうとしたとき――
「そうだな。伝えてやんないとな」
アヴァンテはそう告げ、そのまま立ち上がって部屋を出ていった。
カルスはそれを見守ったものの、はっとして言う。
「あいつまさか……!?」
アヴァンテはラヴィアンに会いに行った――。
もしかしたら奪い返しに行ったのかもしれない。
カルスもそう考えたのか、慌ててアヴァンテを追う。
するとミーネもそれに続いた。
「アヴァンテを捜さないと!」
おそらく、すでにミーネはクエストを確認していたのだろう。
《 CHAPTER 4 》
★【イリスに必要なポーションを買いに行こう】(達成!)
☆【アヴァンテを捜そう】
どうやらおれたちはアヴァンテを追わねばならないらしい。
「あ、あの……、どうしたんですか?」
「すまない、詳しくはアヴァンテを連れ帰ってからだ」
おれはそうイリスに告げ、皆でまずはカルスを追った。
△◆▽
カルスに追いつき一緒になってアヴァンテを捜し回っていたところ、おれたちは人だかりに遭遇することになった。
そしてその人だかりの中心にアヴァンテはいた。
アヴァンテは二人の兵士に腕を掴まれて藻掻いており、立派な鎧を身につけた騎士がそれを近くで眺めている。
どういう状況だ?
「あの紋章……、近衛騎士?」
カルスがちょっとびっくりして言う。
近衛ってことは、まあ国王の身辺警護とかする騎士なのだろう。
しかしエリート騎士さまがどうしてアヴァンテを?
ひとまず助けに入ろうとしたが、その前に騎士の側にいた冒険者ギルドの職員がこちらを指さして言った。
「ああ、あの少年がカルスです」
それを聞いて、騎士の周囲にいた兵がこちらにやってきて言う。
「君がカルスか。こちらへ来てもらおう」
「え、あ、あの、これはいったい……? アヴァンテが何かしたんですか?」
「彼は君の友人ということで、今君がどこにいるか尋ねたのだが、なかなか答えてもらえず困っていたのだ」
「僕に用があるのですか?」
「そうだ。来てもらおう」
「わかりました」
カルスは大人しく従い、兵に連れられて騎士の前へと。
騎士はカルスをまじまじと眺め、それから尋ねる。
「君がカルス・ガーラックだね?」
「は、はい」
「聞くところによると、君はワイバーンを仕留めたそうだが?」
「確かに仕留めはしましたが、それは僕だけの力で成し遂げたことではありません。僕がたまたまとどめを刺しただけなのです」
「ふむ、そうか。まあいい」
そう言いながら、騎士は兵士に合図を送る。
それによって兵士たちが馬車から運び出してきた物は、複雑な幾何学模様が刻まれた額縁に納まった分厚い水晶板であった。
見覚えがある。
あれは冒険者訓練校の『称号判定の儀』で使われた、称号を確認するための魔道具だ。
「これに触れてみなさい」
「わかりました」
カルスは水晶板に触れる。
水晶板はぼんやりと光り、文字を映しだした。
カルスの称号は〈勇者の卵〉だ。
映し出されたその称号に騎士は目を見開き、そして声を上げる。
「お、おお……、おお! 勇者! この国に勇者の称号を持つ者が現れた!」
その言葉に、周りの兵士たち、そして集まっていた人々がどよめき、やがてそれは歓声に変わった。
しかしその中にあって、当のカルス、そしてアヴァンテは唖然とするばかりだ。
「若き勇者よ、実は君のことを少し調べさせてもらった。君が城に来て国のため勇者として働くなら、不自由の無い暮らしを約束し、没落した家の復興も約束すると陛下は仰せだ。病に伏せる妹にも楽をさせてやることができるぞ」
「…………」
その言葉にカルスは考え込み、そして言う。
「恩人がいます。その人は僕の妹にポーションを買い与えるため、奴隷商に身売りしました。それを無かったことにしてもらえるなら、僕は勇者としてこの国のために尽くします」
「奴隷商に、か。ふむ、奴隷法があるのでな、無かったことには出来ないが……、ではこうしよう。その奴隷、ひとまずは国が買い置くので、君の働きに応じて与えられる褒賞で買い戻すというのは」
「……。わかりました。それでお願いします。それと――」
と、カルスはアヴァンテを見る。
「彼を一緒に連れて行くことはできませんか? その恩人の弟なんです」
「ふむ……、そうだな、では君もこの魔道具に触れてみたまえ」
兵に連れられてアヴァンテが水晶板に触れる。
そして現れた称号は〈小悪党〉であった。
周囲は微妙な雰囲気に包まれる。
「ふぅー……、勇者殿、残念だが期待には添えないようだ。勇者殿の友人であるにしても、称号がこれではな。とても城に招くことはできない。いやそもそも、貴方は勇者なのだ、このような称号を持つ者と付きあうのはよろしくないな」
「……」
カルスは考える。
粘ればいけるかどうか。
しかし、そこでアヴァンテが言った。
「おいおい、なんだよ、俺だけ置き去りにすんのかよ! カルス、なんとか連れて行ってもらえるようにしてくれよな! そしたら俺は遊んで暮らせるんだぜ!」
「アヴァンテお前!?」
カルスは驚いてアヴァンテに詰め寄る。
「ど、どういうつもりだ!?」
「どういうつもりもなにも、こんな機会もうねえだろ!? ここでなんとか城に潜り込めればあとは安泰だ!」
「お前、ふざけるのはやめろ!」
「ふざけてなんかねえよ! こっちは必死なんだ!」
カルスとアヴァンテの口論。
見ている大多数には、勇者であるカルスに悪友が寄生しようとなりふり構わずわめいているようにしか見えないだろう。
だが真実は、友のお荷物とならないよう身を退こうとする少年の意地である。
「勇者殿、諦めよ。その者は勇者殿の友に相応しくないのだ」
「ち、ちが――」
「余計なことは言うなよ勇者様!」
叫び、アヴァンテが唐突にカルスの顔を殴りつける。
不意打ちだったため、カルスはもろに喰らって尻もちをついた。
途端、兵がアヴァンテを取り押さえる。
「この者、どうしますか!」
「本来であればこの場で処罰するところだが……、ここは勇者殿に免じて見逃そう」
そう告げ、騎士は小さな革袋をアヴァンテの前に放る。
「それを持って疾く失せよ。これ以上、我々をわずらわせるならその時は斬って捨てる」
「……へ、そーですかい、そーですかい、わかりましたよ」
解放されたアヴァンテは足元の革袋を拾い、おれたちの方へととぼとぼと歩いてきた。
「……昨日今日で一人になっちまったぜ、びっくりだ……」
苦笑混じりに言い、アヴァンテは野次馬が避けたことで開けた道を抜けてこの場から立ち去った。
「では勇者殿、妹君を迎えに向かうことにしよう。その後、奴隷商の元へ立ち寄り――」
「……」
騎士の話を聞きながら、カルスは立ち去るアヴァンテを見送ることしかできずにいた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/06
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/17




