第583話 14歳(秋)…CHAPTER4―ラヴィアンの選択
錬金術ギルドを後にしたおれたちは、カルスとアヴァンテの二人を見送ってから【拠点】に帰還し、時間を経過させる。
そして迎えた翌日の朝。
まずカルスの家に向かったところ、先に来ていたのか、それとも時間経過でぶっ飛ばした間にそういうやり取りがあったことになっていたのか、アヴァンテとその姉のラヴィアンがすでに訪れていた。
これでイリスの病が治るという期待から、カルス、アヴァンテ、ラヴィアンの表情は明るく、すっかり感情移入しているミーネは少し浮かれ、アレサは微笑んでいる。
そんな中にあって、おれはその雰囲気に合わせた作り笑顔を浮かべていた。
嫌な予感しかしないからである。
しかしシアの方はそう気にしていない様子だ。
「……おまえ平気そうだけど、無事にすむと思ってる……?」
「……いえ、ぜんぜん。あんまり嫌な予感がするもんで、わたし頑張ってゲームとして見ることにしました。たぶん、そうしておいた方がいいと思うので……」
「……まあそりゃそうだろうが……」
「……あ、違いますよ。鬱展開が嫌だからって無感動になっておくってわけではないです……」
「……うん……?」
どういうことかわからずにいると、シアは視線をミーネとアレサに向けた。
「……一人くらいは完全にゲームとして見ている役が必要だと思ったんですよ。感情移入の深さからすると、ミーネさん、アレサさん、ご主人さまって順番でしょうね。たぶんミーネさんは引っぱられてしまうと思います……」
引っぱられるというのは、おそらく感情移入しすぎてしまうということだろう。
しかしそれは仕方ない話でもあるのだ。
シャロ様とてこの世界にクェルアーク家の者がやってくるとまでは想像せず、さらにはイリスによく似た多感な時期のお嬢さんであるなどと、そんなことはまったくの想定外、この先の展開次第でどれだけ心を乱されるかなんてことは配慮されていない。
「……ミーネさんが『むきゃーッ!』ってなったとき、落ち着かせられるのはご主人さまだけのような気がします。で、わたしはそのご主人さまが引っぱられ過ぎないよう、ゲームを眺めているだけの立ち位置にいようってことです……」
こいつ、そんなこと考えてたのか。
「……じゃあこれまでゲームのセオリーを確かめるような行動をしようとしていたのもそのためか……?」
「……いえ、それは純然たる趣味です……」
「……おい……」
感心したところでコイツは……。
まあ素直に白状したことは評価しよう。
やがてそろそろポーションを受け取りに向かうことになり、カルス、アヴァンテ、そしておれたちは錬金術ギルドへと出発した。
△◆▽
錬金術ギルドに到着すると、受付でリッジレーから預かったというポーションを渡された。
リッジレーは徹夜で調合を行ったようで、くたびれ果ててもう帰宅してしまったらしい。
「なんだよ、礼くらい言おうと思ったのに」
「それはまた改めてにしよう。まずはこれをイリスに届けないと」
カルスがポーションを受けとり、おれたちはイリスとラヴィアンが待つ家へととんぼ返りする。
「ただいま。イリス、これがそのポーションだよ」
帰宅したカルスはそのまま寝室に向かい、ラヴィアンに付き添われベッドで横になっていたイリスにポーションを見せる。
「わあ、それがそうなの?」
イリスが上半身を起こし、早くちょうだいと両手を伸ばす。
カルスはすぐに瓶を渡そうとしたが、それをアヴァンテが止めた。
「ちょい待ち」
「ん、どうした?」
「一応、ちょっとだけ毒味するわ」
「毒味ってお前……」
カルスは呆れたように言うが、アヴァンテは構わずポーションを取り上げて少しだけ口に含む。
一同はじっとアヴァンテを見守ることに。
「……。特になんともねえな」
「つまり大丈夫ということだな?」
「みたいだな」
そう苦笑し、アヴァンテはイリスにポーションの入った瓶を渡す。
受けとったイリスは瓶をじっと見つめ、それから皆を見回した。
「兄さん、アヴ兄さん、そしてみなさんも、ありがとう」
イリスは感謝を述べ、それからポーションをぐっと飲み干した。
「どうだ?」
「何か変わったような感じはあるかい?」
さっそく兄二人に尋ねられ、イリスは困った様に微笑む。
「そんなにすぐにはわからない――」
と、イリスは言いかけ――
「かっ……!?」
胸を押さえ――、いや、お守りを握り込んでベッドに倒れ込んだ。
「イリス!?」
「イリスどうした!」
「イリスちゃん! 苦しいの!? 答えられる!?」
カルス、アヴァンテ、ラヴィアンが呼びかけるも、イリスはそれに応える余裕すらないらしくベッドで悶えるばかりだ。
「これは……、治る過程なのか……?」
「んなわけあるか! どう見ても容態が悪化してんだろ!?」
「そ、そんな……、どうして……」
「どうしてって、そんなのあのおっさんが騙しやがったんだよ! クソが! ぶっ殺してやる!」
そう叫び、アヴァンテが踵を返そうとしたとき、大慌てでこの家に飛び込んで来た者がいた。
錬金術士のクーファだ。
「た、辿り着けた! ポーションは!? の、飲ませ、飲ませてしまいましたか!」
懸命に走ってきたのだろう、クーファは呼吸が乱れており、それでも無理矢理にそう叫んだ。
「飲ませたよ! 悪化したじゃねえか、何が先輩は信用できるだ! ふざけんなよてめえ!」
「先輩じゃないんです! ギルドが駄目でした! 血だらけの先輩が僕の家の前で倒れてて! 意識を取りもどした先輩が言うには夜明け頃にギルドで襲われて連れ出され、ポーションは奪われたと!」
「はああ!? そこまでかよ、そこまで腐ってやがるのかよ!」
アヴァンテは吐き捨て、それから自分の贈ったお守りを握りしめて苦しみ続けているイリスを見る。
「奪われたなら持ってんだろう! 取り返してくる!」
「私も行くわ!」
即座に言ったのはミーネだ。
「僕も行きます! ラヴィ姉さん、すみませんがイリスの側にいて励ましていてもらえますか!」
「ええ、わかったわ!」
いきり立つアヴァンテが先導するようにして、おれたちは再び錬金術ギルドへと向かった。
△◆▽
錬金術ギルドへ到着してみると、すでに一悶着が始まっていた。
職員が遠巻きに眺めるなか、ズタボロ姿のリッジレーが警備員に取り囲まれた状態で支店長のデブ――グリースに食って掛かっていたのである。
「せ、先輩!? どうしてここに!? 安静にしていないと!」
「いい、大丈夫だ、お前んところにあった適当な素材で適当になんとかした!」
クーファが慌てて駆け寄るも、リッジレーはその手を払いのけてグリースに怒鳴る。
「グリース! てめえが指示したんだな!」
「だからね、リッジレー君、それは言いがかりだよ。君はこのギルドにポーションを盗みに入った賊に襲われたのだ」
「黙れクソデブ! 俺の作った刻死病用のポーションをとっとと出せ!」
「そうだ! てめえが妙なもんとすり替えたせいでイリスが危うくなってんだよ!」
「――ッ」
リッジレーの言葉にアヴァンテが続くと、それを聞いたグリースはわずかに戸惑いを見せた。
野郎、マジかよ。
あの戸惑い、言葉にするなら『まだ生きているのか?』だ。
それが示唆するものは、グリースはイリスを殺そうとすり替えるポーションをわざわざ選んだということである。
「ふ、ふん。自分のポーションを出せなどと、よくわからないことを。襲われたことで錯乱しているのだな。私への暴言については、今日のところは大目に見てやろう。もう帰りたまえ。頭を冷やし、明日、改めて出直すのだ。君が錬金術士として働き続けたいのならば」
「ああ!?」
そのグリースの言葉は、さらにリッジレーの神経を逆撫でた。
「誰がこんなところで働くかボケ! 尽きたぜ、いい加減愛想が尽きた! もともと愛想を尽かしていたが、これで完全にだ! 錬金術士として働き続けたければ、だぁ? ギルドに認めてもらう必要なんてねえんだよ!」
「脱退するというのかね? それは認められないな。錬金術ギルドは世に出回るポーションに対して責任を負う。信用ならないポーションを作り出すもぐりの錬金術士を認めるわけにはいかないのだ」
そう言いながらグリースは顎で警備員にやれと指示。
リッジレーは警備員に抗おうとするも、抵抗らしい抵抗もできず取り押さえられた。
「おっさん!」
これを見てアヴァンテがリッジレーを助けようとしたが、他の警備員にあっさり捕らえられてしまう。
「てめっ、離せこら、いてーだろ!」
「――ッ」
瞬間、カルスが柄に手をかけたが、残る警備員たちも同様に柄に手をかけたため膠着状態に陥った。
剣を抜いて、とことんまでやってしまうか、カルスは険しい表情で動きを止めている。
そんな一触即発めいた状況のなか、ミーネは正面の虚空――メニューウィンドウを見つめ続けながら言った。
「ねえ、これって見守ってなきゃいけないの?」
その口調は固く、少し震えている。
感情を抑えつけて、なんとか絞り出したような問いかけだった。
イリスを助けるために何か行動を起こせとは、メインクエストに出ていなかったのだろう。
「ここはひとまず見守ろう」
「でも――」
ミーネはさらに訴えようとするが、そこでシアが言う。
「見守ってそれでダメだったならそれでいいじゃないですか。やり直した次でぶっ壊してやればいいんですよ。でも、ここでぶっ壊してダメだった場合、わたしたちはまたこのイベントを見守らなくちゃいけなくなっちゃいます」
やり直しの地点がイリスに薬を与える前だったら――。
どんな顔をしてそれを見守ればいいのか、おれにはわからない。
ミーネは理解したのだろうか、少し黙り込み、それから吐き捨てるように言う。
「これは冒険の書なんかじゃない」
そう、これは冒険の書のようなロールプレイングではない。
プレイヤーの発想を受け入れる柔軟さなど存在しないこの夢の世界はテレビゲームのようなレールプレイング。
決められた道筋を辿っていくことしか許されないのだ。
場は膠着状態となってしまったが、そこで状況を変えようとしたのだろう、グリースが言う。
「ふむ、つまりリッジレー君たちは刻死病を患う者を助けたいわけだな? ふむふむ、ならば君たちは運がいい。実はね、私はその病に効果のある特別なポーションを一つ持っている」
ぬけぬけと、グリースはポーションを見せる。
おそらくはあれがリッジレーの作ったポーションだ。
「ふざけたこと言ってねえでとっとと返せ!」
「何を馬鹿なことを。これは私がとある伝手で買い取ったものだ。本当に効果があるかこれから検証する予定のものなのだよ。まあ、どうしてもと言うなら、譲ってやらんこともないぞ」
そして提示される法外な値段。
月収レベルで話し合っていたのが、年収レベルまで跳ね上がった。
あまりに馬鹿げている。
そんなもの、また材料を購入できるだけの金額を貯め、リッジレーに作ってもらった方がましだ。
しかし、それは時間があればの話である。
「大変高価なポーションであるが――」
と、グリースが何か言いかけたその時だった。
「お取り込み中のところ申し訳ない。そちらの刻死病に効果があるというポーションはその金額で売って頂けるので?」
いつの間にか、この建物に訪れていた男性がそう言った。
男性は背後に三名の屈強な男たちを連れており、その誰もが良く訓練された、専門の護衛人といった雰囲気を纏っていた。
「は? このポーションをだと……?」
「ええ、その金額で売って頂けるのですね? これまでの物よりも効果の高いポーションを」
「う、売ってやらんこともないが、即金でなければならんぞ」
「ふむ、予定よりも高く付きましたが、まあいいでしょう。では」
男はカウンターに近づき、腰のポーチからそのポーチよりも大きな革袋を次々に引っぱりだして置いた。
「魔導袋……」
グリースがあんぐりして言う。
「代金はこれでいいと思うのですが、念のため確認を」
「あ、ああ……。おい、確認しろ」
集まっていた職員で代金の確認。
結果、足りていることがはっきりした。
「ではそのポーションを頂きましょうか」
「う、うむ……」
グリースは不服そうな顔である。
しかし、屈強な護衛を従え、魔導袋を所持する相手に対して変にごねるのは愚策と悟ったのだろう、大人しくポーションを渡した。
すると――
「はい、これは君たちの物ですよ」
男は買ったポーションをそのままカルスに渡した。
「え?」
「は?」
これにはカルスもアヴァンテも唖然とするしかなく、もちろんおれたちも、そしてこの場にいた誰もが驚いた。
「ど、どういうことでしょうか? 何故、これを僕らに?」
「そういう契約だからです。しかしここまで予想された通りになっているとは、いささか驚きましたね。頭もなかなか良いようだ」
そう言いつつ、男は建物の外へと向かう。
騒動に決着がついたことで警備員から解放されたカルスとアヴァンテはその男を追い、おれたちもそれに続いたところ――
「刻死病に効果のあるポーションを購入し、ちゃんと妹さんに飲ませるのを見届ける。それが、彼女が奴隷として私の商品となる条件だったのです」
建物の前には、また別の屈強な護衛たちに付き添われたラヴィアンの姿があった。
「姉さん……?」
「ラヴィ姉さん……?」
アヴァンテとカルスは状況を理解しきれず、ただ唖然として呟いた。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/16
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/31




