第582話 14歳(秋)…CHAPTER4―酔いどれ錬金術士リッジレー
カルスとアヴァンテに謝礼金を渡したクーファは、それから少し話をしたあと冒険者ギルドを後にした。
その後、カルスは冒険者ギルドに預けてあったお金をおろし、テーブルに戻ると受け取ったお金、それからこれまでこつこつ貯めてきた貯金で合計がいくらになったかをアヴァンテと一緒に確認する。
お金の計算をする二人は真剣な表情で、祈るような心境でいることがなんとなく察せられ、見守るおれたちも少し緊張を覚えた。
やがて、計算がもう終わるとなったところでアヴァンテが言う。
「足りた? 足りたんじゃね、これ」
「ぎりぎり……、足りた。はぁー」
カルスは深々と息を吐いて肩の力を抜き、それを聞いたアヴァンテはテーブルにぐったりと伏せた。
目標金額の達成は実にめでたい。
しかし二人は大げさに喜んだりはせず、ようやくなんとかなったという安堵に胸をなでおろして放心するばかりだった。
そんな二人を眺めて素直に喜んでいるのはミーネとアレサだ。
「よかったわね」
「ええ、本当に」
そんな微笑む二人とは別に、この展開をすんなり喜べないひねくれ者がおれとシアだった。
《 CHAPTER 4 》
☆【イリスに必要なポーションを買いに行こう】
状況は章が切り替わり、最初のクエストはポーションの購入を促すものになっている。
「……ちゃんと買えるんですかね……?」
「……さて……」
このまま何事もなくポーションを買えたなら御の字なのだが……。
それからおれたちはカルスとアヴァンテが放心状態から我に返るのを待ち、揃って錬金術ギルドへと向かった。
わざわざ錬金術ギルドまで向かうのは、特定の病気・症状に特化したポーションはギルドでしか販売されていないためである。
△◆▽
到着した錬金術ギルドは儲かっている割にはそこまで立派というわけでもなかった。まあ特に儲かり始めたのはここ数年の話だろうから、建物の改築までは行われていない方が自然か。
だがそれでも警備だけは厳重である。
薬屋さんにしては警備員がやけに多いのは、ポーションの価格が高騰しているため、強盗、泥棒に対処しようとした結果だろう。
建物に入ると、内部は正面に受付、右手にはポーションや調合に使う各種材料の販売所があった。
販売カウンターの向こうは小さな引き出しでみっちりな薬草棚の他、たくさんのツボが並んだ棚、そして値札のついたポーションが陳列されている棚が見え、雰囲気はまるきり漢方薬専門店である。
そんな販売所にカルスとアヴァンテが近づいて行くと、販売員が面倒くさそうに言った。
「なんだお前ら、また来たのか。何度頼まれても分割は無理だぞ」
二人はこれまで何度も足を運んでいたらしく、販売員とは顔見知りになっているらしい。
しかしそれはお得意さんではなく邪魔者として。
販売員は今日も同じだろうと二人が何かを言う前に牽制してきたが、アヴァンテはこれに得意げな様子で返した。
「ちげえよ。今日はちゃんと買いに来たんだ」
「は?」
販売員がぽかんとするなか、アヴァンテは「おら、見せてやんな」といった強気の姿勢で顎でしゃくってカルスを促す。
カルスは苦笑を浮かべつつ、カウンターにお金の入った革袋をどすっと置いた。
「これで、刻死病治療用のポーションをお願いします」
「あ、ああ……」
販売員は唖然としつつも革袋からお金を出して数え始める。
しかしその途中、どうしたのだろうか、片手で顔を覆い、深々とため息をついてから途中まで数えたお金を革袋に戻した。
「これじゃあ足らない」
販売員は革袋を押し返して言った。
「は、はあ!? ふざけんな、あるだろ! 最後までちゃんと数えろよ!」
アヴァンテがすぐさま食って掛かると、販売員はうんざりしたように答える。
「値が上がったんだ。だからこれじゃあ足りなくなった」
販売員が親指でポーションが並ぶ後ろの棚を指す。
おれにはどのポーションが目当ての品で、どれくらい金額が足らないかもよくわからなかったが、カルスとアヴァンテにはすぐわかったのだろう、愕然とした表情になる。
「そんな……」
「おいおい、なに勝手に上げてんだよ!」
「俺に言うな。俺が決めたわけじゃないんだ」
そう言う販売員もやりきれないといった表情だ。
「前の値段で売ってもらうわけにはいきませんか?」
「そ、そうだよ。損にはならないだろ!」
「そういうわけにはいかない。正直、売ってやりたいとは思うがその責任取らされるのは俺だからな」
「そこを何とか頼むって言ってんだよ!」
「気の毒とは思うが俺は俺で家庭があるんだ! このご時世、ギルドに睨まれた錬金術士なんて路頭に迷うしかないんだよ!」
アヴァンテが怒鳴れば販売員も怒鳴る。
すると、そこで関係の無いところからも怒声が飛んできた。
「うるせえ!」
のそっと販売所の奥にある部屋から現れた男性。
頭はぼさぼさでただ生やしているだけの無精髭、見るからに今起きたという胡乱な顔つきをしている。
「ったく、ギャーギャー騒ぎやがって、なんだってんだ……」
「酒臭っ! リッジレー! 君はまた保管されている酒精を飲んだな!?」
「ぐっ……、だ、だから怒鳴るな。これは新しいポーション開発の一環として、人体に悪影響がないかどうかの確認をした結果だ。献身的と褒めてもらいたいところだね。つか、何を揉めてんだ?」
「こいつら、金額が足りないのにそれでポーションを売れとうるさくてね」
「ふうん」
販売員が言うと、男性――リッジレーは興味なさげに唸り、それからおれたちの方を見る。
「よくわかんねえけど、本当にわざわざ買うほどの症状なのか? いいか坊主ども、ポーションなんぞに頼らなくても、人は怪我や病気が治るようになっているんだ。案外、そのポーションを買う金で良い食事をとって、ゆっくり休んでいれば回復するかもしれねえぞ?」
「それじゃ無理だから必死こいてそこのポーション買おうとしてるんだよ!」
「ああ?」
アヴァンテが指さした先にリッジレーが顔を向ける。
「刻死病か。やめとけ。無駄だ」
「はあ!? 無駄ってことはねえだろ! あんな高けえし! 適当なこと言って追い払おうと――」
「あれは効かなかったんだよ」
リッジレーはぴしゃりと言いきる。
それから顎を撫でてじょりじょりいわせ、ちょっと言い直した。
「効かないってのは言い過ぎか。効くには効くな。一時的に。で、お前らあれを定期的に買い続けられるだけの金はあるのか?」
そのリッジレーの言葉に、カルスとアヴァンテは黙り込んだ。
件のポーションは根本治療ではなく対症療法にしかならないのか。
リッジレーは落ちこむカルスとアヴァンテを眺めていたが、やがて頭をがりがり掻きながら尋ねた。
「誰が病気なんだ?」
「こいつの妹だよ」
「はい、僕の妹です」
「はあ? お前の身内じゃねえのか?」
「身内だよ」
それを聞いてリッジレーは鼻で笑う。
「は、なるほどね。じゃあ……、そうだな、ひとまずこいつは預かっておく」
そう言ってリッジレーはカウンターの革袋を手にとった。
「はあ!? 誰がやるかよ! 返せてめえ!」
「つってもこの金を貰わないことには、材料が買えねえんだよ」
「材料……?」
「昔な、ちゃんと効くやつを作ったことがあるんだ」
あっけらかんと言うリッジレーに、カルスとアヴァンテはぽかんとする。
「ちゃんと効く薬を作った……?」
「おいおい、おかしいじゃねえか。ならなんで大して効かない薬を売ってんだ?」
「治しちまったら儲からねえってもみ消された」
「「なっ」」
カルスとアヴァンテが愕然とするのも無理はないだろう。
根本治療となる特効薬を無かったことにして、対症療法――持続的に儲けられる薬を売り続ける……。
この時代の錬金術ギルドはあまりにも闇が深い。
「手元にありゃそれを売ってやったが、手持ちにねえからな。となると作るしかねえ」
「作ってくれるのか……!」
「ああ」
と、そこで成り行きを見守っていた販売員が声を荒げた。
「おい、リッジレー! そんな承認もされていない物を……!」
「ああ? 別にギルドで販売するわけじゃねえからいいだろ。俺が個人的に拵えてくれてやるだけだ。俺自身何度も飲んだからな。効かないことはあっても、毒にはなりゃしねえ。つーわけで材料売ってくれ」
「はあー……」
販売員は呆れ顔だが、リッジレーが勝手にやることならば規則には触れないらしく、指示される材料の計量を始める。
その作業を見守っていたところ、冒険者ギルドで別れたクーファが現れた。
「あ、みなさん、ポーションを買いにきたんですね。そして先輩はどうして販売所に?」
「居ちゃ悪いか?」
「悪くはないですよ。でもいつも奥の調合室で寝ているので……」
「ちょっと気が向いてな、こいつらにポーションを作ってやることにしたんだ」
「作ってやる……?」
事情を知らないクーファは困惑するばかりだったため、カルスとアヴァンテが事の成り行きを説明した。
「ああ、そんなことになっていましたか。でも先輩が作ってくれるなら期待できますね。先輩はこう見えて凄い人なんです」
「凄い人?」
「はい。先輩はギルドでも数少ない特級錬金術士なんですよ。新しい取り組みを模索している錬金術と限れば、もしかしたらただ一人かもしれませんね」
「新しい取り組み?」
「ギルドは伝統の製法によって製造されるポーションを絶対としていますが、先輩はそれでは足りないと考えているんです。新しい製法、新しいポーション、ただ伝統を守るだけではなく、より良くしようと頑張っている希有な人なんです」
そのクーファの紹介を聞いて、リッジレーは苦笑する。
「俺が目指すのはポーションだけの話じゃねえぜ。知ってるか、大昔、邪神以前の医療技術ってのは凄まじかったらしい。今よりもずっと優れたポーションでさえおまけ程度だ。その時代の医療はどんな病気も怪我も治したんだよ」
大げさに伝わっている可能性はあるが、ポーション一つとってもわかるように、現在よりも優れた医療技術があったことは確かだろう。
「手足を無くそうが、臓器を失おうが代用品で補えたって話だからな。この魔導補装具とか呼ばれる物は、患者の魔力によって動くばかりか、魔術まで使えるようにしたとかなんとか。これでも充分すげえんだが、さらには特別な人間――超人すら作りだしたって話だ。まあそこまで行くと医療の枠組みから外れるような気もするが、ともかく俺はその大昔の医療を目指すべきだと思っている。なのにギルドはたまたま残っていた製造法ばかり大事にしてるんだ。それじゃあいつまでたっても治らない病は治らないままだってのによ。まったく、どうしようもねえ」
盛大にため息をつくリッジレーに、クーファは苦笑いを浮かべながら言う。
「先輩はギルドのやり方を公然と否定するので立場が……、ええ、腕は本当にいいんですけど。昔はメルナルディア王国の王都支店に勤めていたくらいですから」
「べつに俺は偉くなりたいわけじゃねえからいいんだよ。むしろ今くらいの方がのびのびと研究できるからありがたいくらいだ。まあ銀の奴らと話が出来なくなったのは痛いが……」
リッジレーはため息をつき、それからカルスとアヴァンテに言う。
「いいか坊主ども。刻死病ってのは魔力循環の機能不全から起きる。この不全は生まれつき魔力が多いことが主な原因で、これまでの治療用ポーションは魔力循環を抑制する代物だった。魔道士がここ一番で飲んだりする魔力活性ポーションの逆だな。だが、抑制だけじゃ足りないんだ。治すためには一度完全に魔力循環を断つ必要がある」
「そ、そんなことをして大丈夫なんですか!?」
そう驚くカルスに対し、リッジレーは苦笑いを見せた。
「まあそういう反応になるわな。だがな、別に魔力や魔素なんて無くても生物は生きていけるんだ。なのにどれだけ説明しても理解しやがらねえ奴ばかりでよ。魔力の循環を断つなんてとんでもない、ってな。じゃあ何がとんでもないのかって聞くと、そういうものだからって言うばかりで根拠なんてありゃしねえ」
リッジレーの言うことは、おれからすれば当然の話だ。
しかしここは魔素・魔力ありきの世界、それが常識でありそれを断つなど生理的に受けつけないところがあるのだろう。
大げさに言うならそれは、いきなり「空気なんて無くても生きていける」なんて言われて信じられるかどうかという話だ。
「だから俺のポーションは魔力循環を一度断つ。こうすることによって、今度はその魔力量を前提とした循環が行われるようになる」
イメージとしては、心室細動――機能不全に陥った心臓に電気ショックを与えて強引に正常化させる手順がそれに近いか……?
まあこっちは止めてしまうのだが。
「刻死病ってのはよ、実はそこまで難病ってわけじゃないんだ。なのに無知蒙昧な金の亡者どもが不治の病のままにしちまってるんだよ」
「じゃあ、ちゃんと治るんだな?」
「治る。で、その治すためのポーションをこれから拵える。お前たちは……、まああれだ、明日また来い」
そう言ってリッジレーはおれたちをしっしっ、と手で払うが、そこでアヴァンテが言う。
「俺が残ってもいいか?」
「おっと、信用ねえな。まあそれも当然だろうが……、駄目だ。お前みたいなばっちいのを調合室に置いておけるか」
「じゃあここに居るから」
「お前がここに居るのをクソデブが見つけたら、どうして薄汚いガキがここにいるのかってわめき散らしてややこしいことになるんだよ。いいから帰れ」
「先輩は大丈夫ですよ。僕が保証しますから」
そうクーファが言うと、アヴァンテはしぶしぶ諦めた。
その様子を見たリッジレーは渋い顔で言う。
「なんでお前の方が信用あんの?」
「先輩も身だしなみを気をつけるようにすれば、少なくとも今よりは早く信用を得られると思いますよ」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/19
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/26




