第581話 14歳(秋)…CHAPTER3―新人錬金術士クーファ
アヴァンテとクーファが居なくなって少ししたところ、ワイバーンの死体の前に『時間を経過させる』というウィンドウが出現した。
「あら、じゃあぴとっと」
さっそくミーネがウィンドウをタッチ。
森の中なので状況の変化はよくわからなかったが、確かに時間が経過したことになったのだろう、やがて微かに人の声が聞こえ、少し待つとアヴァンテが冒険者ギルドの職員たちを引き連れて現れた。
職員は十人ほどで、各自が道具を背負っていたり、二メートルほどの棒を担いでいたりする。
「うお!? 本当にワイバーン仕留めてるじゃねーか!」
「だから本当だって何度も言っただろ……」
ワイバーンを見て驚く職員、呆れるアヴァンテ。
職員たちはしげしげとワイバーンを観察したのち、さっそく作業に取りかかる。
森の奥ということもあり、荷馬車を引いた馬は連れてこられず森の入口で待機させてあるらしい。
つまりそこまでは人力でワイバーンを運ぶ必要があるということであり、しかし、このでかいのをそのままというのは現実的ではなく、そこでワイバーンはこの場で切り分けて運ぶようだ。
手際よく切り分けられた部位はギルド職員が二人一組となり、持ってきた棒に吊したカゴに乗せて運んで行く。
えっさえっさと肉を運んで行く様子は、まるきり時代劇の駕籠である。
やがて切り分けられた部位すべてが荷車に積まれ、おれたちは王都に凱旋した。
冒険者ギルドの前には人だかりが出来ており、それはギルド職員や冒険者、他にも話を聞きつけてワイバーンを一目見ようと集まった近隣住人たちだった。
ワイバーンは切り分けられてお肉の山と化していたが、頭部はそのままであったため、集まった人々はそれを見て大いに満足しておれたちを――、いや、カルスを称えた。
「え、え、ええぇ!?」
自分がまるきり英雄扱いをされることにカルスは戸惑いっぱなしで少し気の毒にすらなってくるが、相方のアヴァンテはそれを満足げににやにやして眺めるばかりであった。
「アヴァンテ! お前どんな説明したんだ!?」
「え? お前がワイバーンを一撃で仕留めたって説明したけど?」
「僕がたまたまとどめを刺せただけだろう……!?」
この騒ぎの発端となったのは、アヴァンテの吹聴であったらしい。
「まあいいじゃねえか、せっかくの機会だろ? これで一躍有名になれる。ギルドの待遇も変わって、割りのいい依頼も受けやすくなる。いいことじゃねえか」
「お前……」
悪びれずに言うアヴァンテにカルスはがっくりと肩を落とし、それからおれたちに謝ってきた。
「すみません。手柄の横取りになってしまって……」
「まあいいさ、気にするな」
「そうそう、とどめを刺したのはあなたなんだから、胸を張っていればいいのよ」
おれとミーネがそう言うと、カルスはさらに恐縮してしまう。
そんなカルスの気苦労など知らず、アヴァンテはさっそく報酬の話を始めていた。
「じゃあまず討伐報酬を貰おうか。ワイバーンの――」
「それは認められんな」
と、唐突にアヴァンテの言葉を遮る声。
見やると、そこには屈強な男たちが人垣を押しのけて作った道を悠然とやってくる丸々としたデブがいた。
デブは上等な衣服を身につけており、これ見よがしに装飾品で自らを飾っている。
その姿を見たおれの脳裏に浮かんだのはゴテゴテにデコレーションされたトラック――デコトラであった。
たぶんどーんと背徳的に突きだした腹がトラックのフロントのようだからだと思う。
「はあ? 誰だよてめえ」
アヴァンテが言うと、デコトラは不愉快そうに顔をしかめた。
「口の利き方に気をつけよ。私はサフィアス王国における錬金術ギルド総責任者にして、首都ノイエ支店長を務めるグリースである」
そうデコトラ――グリースが名乗ると、ざわついていた人々が黙り込んで場が静まり返ってしまう。
この時代、ポーションの価格高騰により錬金術ギルドは富み、そしてその供給を管理する責任者は相当な権力者に化けていた。
「依頼が達成されたと聞き、こうしてわざわざ足を運んで来てみたが……、どうやら認識の誤りがあったようだな。確かにワイバーンを討伐したのは見事、その功績は認めよう。だが、報酬を支払うことはできない」
「は、はあ? なんでだよ、今更払わないとか、そんな横暴があってたまるか!」
アヴァンテが食って掛かると、グリースはやれやれとため息をついて言う。
「正式に依頼を受けていたならば払った」
「……!?」
グリースの言葉にアヴァンテは愕然とする。
そっちが勝手に倒した、というのがグリースの言い分なのだ。
しかしこういう場合、報酬は支払われるもの。
冒険者ギルドの職員はそこを説明しようとするが――
「ではまず、何故ワイバーンが住みついた森に、それも泉の近くに居たのか納得のゆく説明をしてもらおうではないか。よもや、誰も近寄れなくなっていることをいいことに、薬草をかすめ取りにいったわけではあるまいな?」
グリースはこちらの痛いところを突いてきた。
報酬の未払いは不当だと、そう出るところに出ても負けるのはこちら――、グリースはそれをわかって報酬を踏み倒そうとしているのだ。
「もし、もしだ、このご時世、貴重なポーションの原料となる薬草をかすめ取るクズの肩を持つと言うのであれば……、冒険者ギルドだからと特別に供給していたポーションはこの日限り、止めるより他無いということになるが……、どうなのだ?」
この発言に、冒険者ギルドの職員たちは顔をしかめた。
余計なことをすれば、話はこのサフィアス王国で活動するすべての冒険者たちに不利益をもたらすことになる、そうする、とグリースは言うのである。
ギルド職員が黙らされてしまったことで場に沈黙が落ちることになったが、そこでアヴァンテが口を開いた。
「あー、はいはい、わかったよ。報酬をくれなんて言わねーよ。そんなの貰わなくても、ワイバーンを売った――」
「何故、錬金術ギルドのものを貴様が売る?」
一瞬、その言葉の意味を誰もが理解できなかった。
おれすらも、だ。
まさかそこまでやるなどと想像もしていなかったから。
「ワイバーンは錬金術ギルドの管轄地に住みついた。ならばそれは錬金術ギルドのものに決まっているだろう?」
「お、おま――ッ」
飛び掛かろうとするアヴァンテ。
が、それをカルスが羽交い締めにして止める。
「な、なんで止めんだよ!」
「駄目だ。殺されるぞ」
アヴァンテは頭に血が上っていたが、カルスは冷静だった。
グリースの護衛たちは瞬間的に剣の柄に手をかけており、下手すればアヴァンテは斬り捨てられていただろう。
「ふん」
グリースは鼻を鳴らし、もう用はないとばかりに踵を返す。
ついさっきまでお祭り騒ぎだった冒険者ギルドは、邪悪なデブのせいですっかりお通夜状態になってしまった。
△◆▽
「すみません、無駄働きをさせてしまいました……」
ひとまず冒険者ギルドの待機所で休憩をとることにしたところ、まずカルスがおれたちに謝ってきた。
一番悔しいはずなのに、良くできた少年である。
「いや、今回は勉強になったということにしておこう。こちらはそこまで切羽詰まっているわけでもない。次は上手くいくといいな」
悔しいが、おれにはそう答えることくらいしかできない。
そして悔しさを感じると同時に、そう感じてしまう状況に困惑もしていた。
これが現実であれば、と思うのだが、また別に、現実でないならおれはそこまで深刻に考える必要などないのでは、とも思うのだ。
所詮はNPCたちが織りなすイベントであると割り切ってしまえれば楽なのだが……、しかし、特殊NPCの存在に触れた今ではそれもなかなか難しいのである。
これからどういうスタンスでいたらいいのか、おれがそんなことを考えていたところ、ふて腐れていたアヴァンテが言う。
「薬草かすめに行ったのは悪かったけどよ、でも邪魔なワイバーン片付けたんだから、それくらいくれたっていいじゃねえか。くっそー、あのヘマした錬金術士は見捨てて、薬草集めてた方がよかったぜ。人助けなんてなんの役にも立ちゃしねえ。あくどい奴がまるまると太れる世の中なんて滅びちまえ」
アヴァンテが言うと笑えない……。
この状況で話が弾むわけもなく、おれたちはうだうだと時間を過ごすことになっていたが――
「あのー、こんにちはー……」
そこに客が現れた。
アヴァンテが見捨てた方がよかった、と言った新人錬金術士のクーファである。
「あ、みなさん。よかった。ちょっとお邪魔しますよ」
クーファはすぐにおれたちの所へやってくると、どすっとテーブルに革袋を置いた。
「グリース支店長の話は聞きました。さすがに呆れましたよ。まさかそこまでがめつい人が存在するとは……。それでですね、だからというわけではないのですが、どうぞこちらを受けとってください。命を助けてもらったお礼です。さすがに全財産ではありませんが、有り金全部持ってきました」
「「!?」」
これにびっくりしたのはカルスとアヴァンテだ。
「い、いいんですか?」
「もちろん。本当はもっと渡せればいいんですが……、まだ新人なもので給金も少なくて……」
「んだよー、本当はもっとがっぽりもらってんじゃねえの?」
「ははは、だったらよかったんですけどねー……」
朗らかな笑顔が、喋っている途中で暗くなっていく。
錬金術ギルドは儲かってはいるが、内情、それはそれで大変らしい。
この人もワイバーンの巣に薬草取りに行かされてたしな。
「富んでいるのはごく一握り、供給を指示できるグリース支店長のような人たちだけなんです。今のギルドは腐敗の極み。これをどうにかしたいと思う者たちもいて、私もその一人ではあるのですが……、まずどうすべきか、それすらもわからないのが実状です」
クーファは深々とため息をつく。
「もし私がギルド長のような偉い立場にあったら、すぐにでも人々に愛されるギルドに変えていこうと思うんですけどね」
「はあ? ちげーだろ」
と、そこでアヴァンテがつっかかっていく。
「もしギルド長だったらーじゃねえだろ。お前がなれ、ギルド長に! んでもってポーション安く売れ!」
「あなたとんでもない無茶言いだしますね!?」
あまりの無茶ぶりにクーファが仰天するが、結果としてそれで場の雰囲気がやわらいだ。
それを見計らい、アヴァンテが言う。
「あーっと……、まあなんだ、ありがとな」
「え、あ、いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
アヴァンテとクーファは微笑み合い、そんな二人を眺めるカルスも笑みを浮かべている。
この時代、いろいろとアレな錬金術ギルドだが、きっとクーファのような人物が変えていってくれたのだろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/16




