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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第580話 14歳(秋)…CHAPTER3―ワイバーン

 薬草くすねに森の奥。

 ワイバーンが住みついた薬草の群生地とやらはこの森のさらに奥にあるらしい。


「この先に小さな泉があって、薬草はそこに生えてるんだ。で、問題のワイバーンもそこに住みついてるってわけ。まあだからってワイバーンもずーっと泉に居座ってるわけじゃないからな、腹が減ったら餌を探しにどっか飛んでいく。要はそこが狙い目ってわけだ。まずは居るか居ないかの確認をする必要があるけどな」

「じゃあさっそく確認しましょ。これはシアがいいかしら?」


 アヴァンテの説明を聞いてミーネが言う。

 その判断はおれからしても適切だ。

 まあ実際だったら「先に突っ込んでワイバーン始末しておいてくれる?」みたいな感じになるのだろうが。


「わたしですか? まあいいですけど。ではちょろっと――」

「ちょい待った。あんたこういうの慣れてんの?」


 シアは承諾したものの、そこでアヴァンテが止めた。


「ええ、多少は」


 森で活動する術は父さんから学んだからな。

 もっと言えばシアよりもおれの方がこれに関しては慣れているが、もしワイバーンに遭遇した場合は仕留めきれず、皆が来るまでビリビリさせて待ち続けることになるのでシアの方がいい。


「そっか。じゃあ――、あ、いや、そもそも正確な場所を知らないんだよな? 小さな泉だから、向かう途中で逸れたらそのまま迷子になっちまうぞ? まああれだ、ここは俺に任せておけ」

「アヴァンテ、お前はちゃんと場所を把握してるのか?」

「まあな。じゃ、行ってくる。そっちはゆっくり追ってきてくれ」


 そう言い残し、アヴァンテはさらに森の奥へ。

 ひょいひょいと迷い無く向かっている様子からして、訪れたことがあるのは一度や二度ではないのだろう。


「あいつ……、臨時収入ってこれのことだったのか……」


 ため息まじりにカルスが言う。

 それからおれたちはアヴァンテの後を追ったのだが――


「……あぁぁ――……」


 森の奥からアヴァンテの悲鳴っぽい声が聞こえた。

 まあ何て言うか……、うん、知ってた。

 おれとシアはもちろんのこと、日頃から冒険の書に慣れ親しんでいるミーネとアレサも物語における予定調和というものを把握しているため動揺は無い。

 むしろ、これで何事もなく薬草を採取できていたら、逆に『何も起きなかった!?』と驚くことになっていただろう。


「あいつ、見つかったのか!?」


 一方、カルスはこれに大慌て。

 その様子を見ていると、ちょっとこっちが冷血な感じがしてきてしまうのだが、どうしようもないのだ、先が予測できてしまうのは。

 これが冒険の書にまったく触れたことのない者であったなら、もっと現実に即した反応を示すことになり、緊迫感もあったのだろうか?

 もしシャロ様がそれを想定していたのならば、思いっきりぶち壊してしまっているわけで、なんだか申し訳ない気分になってくる。


「……強制戦闘っぽいな……」

「……んですねー……」

「……まずはあなたがびりびりね……」

「……では私は――、何をしたらよいのでしょう……?」


 あわあわと取り乱すカルスの横で、おれたちは冷静にワイバーン戦の段取りを話し合う。

 まあおれが痺れさせて、シアとミーネが仕留めるだけなんだけど。

 ひとまずおれたちはアヴァンテを救出すべく森の奥へと急いだ。

 すると少し進んだところで――


「あああぁぁぁ――――ッ!」


 叫びながら走ってくるアヴァンテの姿を確認。

 いや、アヴァンテだけではなく、後ろにもう一人男性がいる。

 そんな二人を追いかけているのがワイバーン。

 ぱっと見た感じの印象は五、六メートルといったところだが、首や尻尾が長いので実際の全長は十メートルくらいあるだろう。

 そんなワイバーン、わりと大人しい感じで、激しく鳴いたりも、勢い余って木にぶつかったりもせず、翼を畳んだ状態で逃げるアヴァンテと男性をテッテッテッと足早に追跡しているだけだ。

 絵面的には地味である。

 しかしあれは完全にアヴァンテと男性を『活きの良い餌』と認識しての捕食行動。

 イメージ的には空を飛んで「あんぎゃー!」とか叫びながら火を吐き、無駄な森林火災を引き起こしそうなワイバーンであるが、その認識は誤りであり、全力を尽くさなければならない『敵』でもない限り大暴れはしない。

 本来、野生動物の狩りとは無駄なく静かに行うもの。

 ワイバーンとてその例に漏れないのである。


「お前ら逃げろぉぉ――――ッ! 俺の後ろの奴が喰われているうちにぃぃ――――ッ!」

「そんなこと言わないでくださいよぉぉ――――ッ!」


 まあ大暴れしないとは言え、ワイバーンは完全に捕食にきているわけで、狙われているアヴァンテや男性からすればなんの気休めにもならない話だ。


「あー、んじゃおれが雷撃で麻痺させるから、あとは頼む」

「ええ、任せて!」

「突撃しまーす」

「ええ!? 戦うつもりなんですか!? で、では僕も!」


 突撃するミーネとシアに驚くも、カルスは二人を追う。

 おれはタイミングを計っての〈雷花〉。

 パチンとな。

 ワイバーンの目の前で赤い雷撃が爆ぜる。


「アンギャー!」


 雷撃によりワイバーンが怯み、その隙にミーネとシアが迫った。

 二人はワイバーンの正面で二手にわかれ、それぞれが左右の翼腕を根本から断ち斬り、そのまま両足も切断する。

 四肢を無くしたワイバーンはつんのめって転んだように、ずざーっと滑り込み。そこで遅れて突撃したカルスが跳躍、落下の勢いを切っ先に乗せ、滑ってくるワイバーンの額に剣を突き刺した。


「クギャッ」


 そのカルスの一撃がとどめとなり、ワイバーンは昇天。

 ミーネとシアによってお膳立てがされていたとは言え、ワイバーンの頭蓋骨を正確に貫くというのはなかなか凄いことだ。

 剣の性能もあるだろうが、きっちり力が集中する角度を狙えたのはカルスの才能、さすがはミーネのご先祖様ということだろうか。


「ざっとこんなものね!」

「ちょいやり過ぎな気もしますが」

「え、え……? えぇ……」


 当然のようなミーネとシアだが、カルスは戸惑っている。

 咄嗟にできることをやった結果、ワイバーンを仕留めてしまったことに驚きを隠せないようだ。


「お前ら嘘だろ!? え、そんな強かったの!?」


 ワイバーン討伐を果たしたことにはアヴァンテも驚く。


「ああぁぁ……、た、助かったぁ……」


 そして見知らぬ男性は、へなへなとその場にへたり込んだ。


    △◆▽


「私は錬金術ギルド所属の錬金術士です。名前はクーファと言います。上から新人の仕事だと言われ、ここに薬草を採りにきていたんです。そしたらちょうど戻ったワイバーンに見つかり……」


 必死で逃げていたところ、様子を窺いにいったアヴァンテと鉢合わせ、一緒に逃げることになった、ということらしい。


「でも結果的にはよかったですね。まさかワイバーンを倒せる冒険者の方たちだったとは。いやー、本当にありがとうございます。貴方がたは命の恩人です」

「勝手に助かっただけだろ……。まあいいや、それよりこれだよ、このワイバーン。これ依頼達成ってことでいいだろ。ちょっと俺、冒険者ギルドへ行って回収頼んでくるわ」

「あ、では私もご一緒させてください。一人で戻るのは心細いので……」

「いやお前……、まあいいけど。あ、ちなみに俺が薬草取りに来てたのは内緒な?」

「はは、それはもちろん」


 アヴァンテとクーファはそんなことを話ながら移動を始める。

 このワイバーン、どうやらイベント進行に関係するらしく【所持品】には放り込めなかった。

 おれたちはここで、アヴァンテが回収班を連れてくるまでお留守番をする必要があるようだ。


「これで何とかなるかな……。なってくれたら……」


 ワイバーンの死体をじっと見つめながら、カルスは呟いている。

 ワイバーン討伐の報酬でイリスが必要とするポーションが買える。

 それにワイバーン自体も肉は食料、皮、爪、牙、骨、腱などは武器・防具・道具などの材料に使用されるためまとまったお金になる。

 カルスたちが今のように質素に暮らすなら、一年くらいは持つだろう。


「……」

「ご主人さま、どうしました?」


 ワイバーンの死体をずっと眺めているカルスを、またおれもじっと眺めていたからだろう、シアが尋ねて来た。


「なんとなく、な。これで四人の生活が安定して、お金がある間に生活基盤を整えて、裕福でなくても仲良く暮らしていけるようになれば……、なんてことを思ったわけだ」

「……。そうですね」


 シアは余計なことは言わず、おれに同意して頷いた。

 シアもなんとなく感じているのだろう。

 このワイバーン討伐は、降って湧いた幸運ではなく、ここからすべてが崩れていく先触れなのだろうという予感を。

 カルスとアヴァンテが殺し合うという変えられない結末。

 日記には一度もでてこなかったイリスとラヴィアン。

 物語は、きっとここから下っていくのだ。


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