第579話 14歳(秋)…CHAPTER3―お勧めの仕事は
ひと休みしたあと、おれはカルスとアヴァンテ、この二人と一緒に仕事をする取り決めをした翌日の朝までNPCロシャに時間を経過させてもらうことにした。
『お、時間を経過させるのか? よし、じゃあ何時間経過させるか選んでくれ。……十二時間だな。ではしばし待て』
冒険者登録の時に試したこの時間経過。
実はちょっとした問題があった。
『むむぅ……! ほいほい! ほーいほい! ほぉぉ――――い!』
時間を経過させている約一分間、何故かNPCロシャは掛け声をかけながらくねくねと軽快に踊るのである。
シアが『ロード画面ストレス軽減マスコットの舞』と名付けやがったこの踊りは、ロシャの愛くるしい姿と相まって実に微笑ましいものなのだが、実際にロシャを知っているおれたちは何とも言えない気持ちになってこの一分が過ぎ去るのを待つことになる。
ミーネは現実のロシャもこの踊りをするのだろうか、と疑問に思ったようだが、その疑問はそのまま胸に秘めておいてくれと強くお願いしてあった。
『よし、時間経過が終わったぞ』
やがて悩ましい一分間が終わり、さっそくおれたちは【拠点】の外へ出て冒険者ギルドへと向かった。
しかしいざ到着してみてもまだカルスとアヴァンテの姿は無く、そこでしばし待ったところ――
「おはようございます。すみません、お待たせしてしまいましたね」
「ういー」
カルスがアヴァンテを引っぱって現れた。
「おいこら、ういーじゃない。お前がぐずぐずしてたから遅れたんだぞ。曲がりなりにも教える側のお前がそれでどうする」
「いやー、そういうのはお前が担当だしー。俺は仕事をする上で役立ちそうな細々とした小技のようなものをだな……」
そんなことを言うアヴァンテはまだ眠そうである。
カルスはため息をつき、アヴァンテの分まで詫びてきた。
苦労してるな。
なんか親近感が湧くわ。
それからおれたちは一緒になって良さげな依頼を探し始めたが、その中でアヴァンテがさりげなく早朝に仕事を探すメリットを教えてくれた。
「冒険者ギルドに持ちこまれた依頼ってのは、整理されて翌日の朝に貼り出される。だから割の良い依頼を見つけたいなら、朝に探すのがいいんだ。能力や力量を求められる難しい仕事は残るから、実力のある奴は昼からのこのこやってきても問題ないんだけどな。うらやましい話だぜ」
そう言って、アヴァンテはカルスを見やる。
「あーあ、カルスがもっと強かったらなー」
「いやおまっ、強くなってるだろ!? オークくらいなら楽に倒せるようになったぞ!?」
「オークじゃなぁ……」
「お、お前……、はぐれオークに遭遇して腰抜かしてた奴がよくもそんなこと言えるな……。そのせいで僕が死に物狂いで倒すことになったんだぞ」
「今思えばあれが一番儲かったよな。もっと居ればいいのに……」
「そうだな……、じゃなくて! 僕は僕なりに努力してるんだ!」
「いやそれは知ってるけどさ、もっとほら、これくらいの依頼を受けられるようになってもらえないかなって。明後日くらいに」
「お前ホント言いたい放題だな……」
ちょいちょい、とアヴァンテが指さし、カルスを呆れさせた依頼は『ワイバーン討伐』だ。
ワイバーン。
飛んで火を吐くでっかいトカゲである。
四肢があって背に翼がある竜とは違い、ワイバーンは前足がそのまま翼と一体化した翼腕だ。
空を飛び、火を吐く肉食動物というのはなかなか悪夢的な存在であり、そんなワイバーンを討伐するという依頼、当然ながら報酬は良いはずなのだが……、未だに貨幣価値がわからないのでいまいち判断がつかない。
ひとまず内容だけ確認してみる。
「ふむ、条件付きの依頼なのか……」
なんでもワイバーンが住みついた森、その周辺は錬金術ギルドが所有する薬草の群生地であるため、ワイバーンの吐く炎に対しては細心の注意を払ってもらいたいらしい。
もし延焼させた場合は錬金術ギルドが罰金を課すとのこと。
面倒くせえ……。
「下っ端錬金術士の中にはここへ薬草取りにいかされて帰ってこなかった奴もいるらしいぜ」
「そんなに貴重な薬草なのか?」
「どうだろ。ほら、今はポーションの価値が馬鹿みたいに上がってるから、その原料となるわけだし、金を取りにいっているようなもんなんだよ」
「ああ、そういう関係でか……」
納得していると、さらにカルスが補足する。
「本来であれば、薬草の群生地を取り戻すべく、規模の大きい作戦を展開させるべきなのでしょうが……、この報酬では。錬金術ギルドは出費がかさむことを嫌っているようですね。だいたい十人ほどの熟練冒険者を雇い、時間をかけてワイバーンをおびき出して討伐、とてもこの金額では収まりません。そして個人、またはパーティで達成できる優秀な冒険者からすれば話にならない低報酬という……」
なるほどなぁ……。
うーん、でも困った。
依頼書にメインクエストであることを示す星印が付いちゃってるんですよね!
「……ご主人さまー、どうしますー? わたしたちなら朝飯前なんですけどー……」
シアはひそひそ囁き、それにミーネが続く。
「……あなたがびりびりーってして、私たちがえいって仕留めればそれで終わるものね……」
「……しかし、そもそも私たちではこの依頼は受けられません。これはちゃんとランクを上げなければならないのでしょうか……?」
それはちょっと面倒な話である。
それとも、このランクになるまでカルスとアヴァンテに付きあう必要があるということだろうか?
「……これって夢の世界に来たのがワイバーンを倒せない人たちだった場合はどうすれば――、あ、さすがにそれはありませんか。ここに来られるのは、迷宮を抜けて来た猛者のはずですからね。でもそうなるとワイバーンってのがちょっと中途半端なような……、ん?」
と、そこでシアが何か気づいたように顔をあげる。
「……ご主人さま、これたぶん固定敵、中ボスですよ……」
「……中ボス……?」
「……このワイバーンの討伐が話を進行させるきっかけになるんじゃないかなーと。あと、もしかしたらDPSチェックをかねているのかもしれませんね。あ、DPSチェックってわかります……?」
「……なんとなくは……」
DPS。
これは『おれって一秒間にこれだけのダメージを敵に与えられるんだぜ!』(Damage per second)を略したものだ。
そしてDPSチェックとは、主にMMORPGのボス戦などに見られる『このタイミングまでに我々が設定したダメージを与えられなかった貴様らはクソ! 死ぬがよい!』という開発者の悪意である。
このチェックをクリアできないと、回避不能の全滅確定攻撃があったりしてやられてしまうというわけだ。
「……チェック自体は知ってるが、それ戦闘中の演出だろ……?」
「……まあそうなんですけど、それに似た様な感じってことですよ。要はこれから先、話を進めるために必要な戦闘力を持っているかここでチェックするってわけです……」
ああ、そういうことか。
有り得ない話、というわけでもないな。
「……なかなか冴えてるじゃないか、よしよし……」
「……あざーっす……」
シアを撫でる。
そしたらミーネとアレサに不審がられた。
「……どういうこと……?」
「……DPSチェックというのは……?」
「……ああ、それはですね、冒険の書に導入しようかってご主人さまと相談していた戦闘を盛り上げるための仕組みなんです……」
と、シアはしれっと誤魔化しながらDPSチェックの説明をする。
そんなおれたちがひそひそしている間にも、カルスとアヴァンテ、二人は二人で話し合っていた。
「いやお前な……、それ泥棒だぞ……」
「だからなんだよ、ろくに取りにも行けず、枯れるのを待つだけになってるんだ。なら活用した方がいいだろ?」
アヴァンテは薬草の群生地へ行って、こっそり薬草をかっぱらってこようと相談を持ちかけていた。
なるほど……、フラグだな。
これなら依頼を受けられなくても、ワイバーンに遭遇してなし崩し的に依頼を達成できる。
実力的に無理な場合は、アヴァンテの提案を先延ばしにして何かしらの対策を立てればいいというわけか。
△◆▽
結論から言うと、カルスはアヴァンテに押し切られた。
まあおれたちもアヴァンテに賛同したからというのもあるが。
「いいのかなぁ……。何とか薬草を採取できたとしても、もし錬金術ギルドにばれたら没収どころか罰金、下手すれば奴隷商に売り飛ばされるぞ」
「大丈夫だよ、心配すんなって。見張りなんて居やしないんだから。それに多少の悪事に手を染めても金がいるだろ」
「……。そうだな、お前は僕たちのために危ない橋を渡ろうとしてくれるんだからな。だがこの人たちまで巻き込むのが……」
カルスは申し訳なさそうに言う。
「すみません。最初の仕事が密採になってしまって」
「いや、いいんだ。無事にすめばいいな。君たちに何かあれば留守番をしている二人が悲しむ。そういえばカルス、ご両親は?」
アヴァンテの方はもう亡くなったと聞いたが、カルスの方はまだ不明だったのでちょっと尋ねてみた。
「母はまだ領地で暮らしていた頃に亡くなりました。父は居るには居るのですが……、どこで何をしているのやら。ときどき家に戻って来ても、母が帰ってきていないか確認だけしてまたどこかへ行ってしまいます」
「うん……? ちょっとよくわからない……」
「父の中では母は亡くなっておらず、居なくなってしまったことになっているんです。初めは諭そうともしましたが……、結局は暴れるだけでどうにもなりませんでした」
カルスはため息をつき、話を続ける。
「裕福な暮らしとは言えませんでしたが、母が亡くなるまではまだよかったんです。父も厳しいとは言え、まだまともでした。母が亡くなってからしばらくすると、父は母がこの生活に嫌気が差して出て行ったのだと信じるようになり、家が豊かになれば戻ってきてくれると考えるようになっていました。それから父はお金欲しさにあれこれ怪しい仕事を始め、詐欺に遭うわ、訴えられるわ、ガーラック家はみるみる落ちぶれていきました」
「お、おう……」
大変だなおい。
しかしミーネのご先祖にもなるわけで、しょうがねえクソ親父だな、と言うに言えない。
「領地のほとんど、そして屋敷を失い、王都に越してきた僕たちに残ったのはこの剣だけです。父も、この剣だけは売り払おうとはしませんでした。初代から伝わってきた家宝の剣です」
あれ、それってミーネんちの家宝魔剣か?
「今は厳しい状況ですが……、いずれは冒険者として活躍を重ね、ゆくゆくは家の復興を目指したいと思っています」
「おう、強くなってくれよ。そして魔王なんか倒したりして、そんでもって俺に楽をさせてくれ」
「……」
カルスが嫌そうな顔でアヴァンテを睨む。
「いやほら、あれあれ、パーティ仲間だろ? 早くイリスの奴を元気にさせて戦力に加えよう」
そのアヴァンテの言葉に、ミーネが首を傾げながら尋ねる。
「戦力に? 大丈夫なの?」
「前にあいつの調子がいいとき、町の外へ連れて行ったんだ。そのとき俺とカルスでちょっと訓練がてら試合をしてみたんだけど、あいつその攻防を全部覚えてたんだよ。目がいいし、それを覚えておける頭もある。元気になったらたぶん俺より強いんじゃないか?」
「お前と比べてもな……。だがまあ確かに、僕の妹だ、剣に優れていても何もおかしくない」
「そうそう、お前ら兄妹は戦闘、でもって俺と姉さんはその支援だ。俺が細々したことをやって、姉さんは料理。完璧だな」
「完璧かなぁ……」
「完璧だよ。あ、よければあんたらも加えてやってもいいぜ。もうすでにパーティ名も考えてあるんだ」
「パーティ名?」
「ああ、クェルアークってんだ」
「――ッ」
これにミーネがピクッと反応するが、アヴァンテは気づかなかったのか、気づくようにはなっていないのか、そのまま話を続ける。
「意味は――……、えーっと、カルス、なんだったっけ?」
「クー・ウェルア・ア・アーク。昔の言葉だ。まずクーが――」
そのカルスの説明はかつてミーネに聞いたものと同じだった。
『取る・狩る』『悪いもの』『の』『剣』。
即ち、破邪の剣である。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/13




