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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第578話 14歳(秋)…CHAPTER2―イリス

 タッグ戦を行ったあと、おれたちはアヴァンテの心配をしているカルスの妹――イリスに会いに行くことになった。

 カルスの住む家も下町にあるが、アヴァンテが暮らす場所よりもマシな地区にあり、家もちょっと立派である。

 アヴァンテの家は礎石を用いない、柱を直接土中に埋め込んでの掘っ立て小屋だったが、カルスの家はちゃんと土台と骨組みがあり、壁も板ではなく土壁、簡素ではあれどしっかりとした家だった。

 そんなカルスの家まで来たところ、すっと玄関ドアが開き、扉の枠にもたれ掛かりながらよろっと少女が現れた。

 少女はくすんだ白いネグリジェを身につけ、首に2センチほどの曇った珠が結ばれた紐――首飾りをかけている。


「「イリス!」」


 この少女――イリスの登場にカルスとアヴァンテは声を揃えて驚き、すぐに側に寄っていって支えてやろうとする。


「イリス、寝てなきゃ駄目じゃないか」

「けふっ、だ、だってアヴ兄さんの声が聞こえたから……」

「ああほら、俺はここに居るから。無事だから」


 妹を気遣う兄と、その悪友。

 それは心温まる光景だったのだが……、おれたちはそんな三人の様子をぽかーんと間抜けな面して眺めることになっていた。

 あまりに予想外なことがあって思考が停止してしまったのである。

 イリスは兄のカルスと同じく綺麗な金の髪をしており、その瞳は葵のような灰色がかった明るい紫である。

 アヴァンテの姉であるラヴィアンも美少女であったが、イリスもまた美少女。

 だが、おれたちは何も美少女だから驚いていたわけではない。

 驚いたのはイリスの顔が、そして弱々しいながらその声も、うちのミーネそっくりだったからである。


「ね、ねえ、あの子……、私に似てない?」

「似てるって言うか……」

「姉妹……、いえ、これはもう双子の姉妹って感じですねー」

「世の中には自分にそっくりな人が何人か居ると聞いたことがありますが、これはまた……」


 みんなでぽかんとしながら呟き合う。

 もちろん、ミーネとイリスは完全に同じというわけではない。

 イリスはミーネよりぽやんとした感じの顔つき――、いや、寝起きのミーネもそんな感じだな。

 となると他の違いは……、ミーネよりやせ細っていることかな?

 そのせいでイリスは纏う雰囲気がか弱いように感じられる。


「な、なんでこんな私そっくりな子が居るのかしら……?」

「いやいやミーネさんや、あの子がおまえに似てるんじゃなくて、おまえがあの子に似てるんだからな?」

「へ……? 私があの子に? ん? あ、ああ!」


 やや戸惑ったものの、すぐに理解してミーネの表情が晴れる。

 そう、ミーネはそこにいるカルスの血筋。

 つまり遺伝子の悪戯によるイリスのそっくりさん、先祖返りがミーネなのである。

 そう考えると、カルスもアル兄さんにやや似ているような感じがする。

 と、そこでシアがこっそり囁いた。


「……ご主人さま、いま自分が訳のわからないことをミーネさんに言ったって気づいてます……?」

「……?」

「……私たちはタイムスリップしてきたわけじゃないんですよ……?」

「――ッ」


 シアが何を言いたいのか理解し、おれは少し混乱することになった。

 そうだ、ミーネがイリスに似るわけがないのだ。

 あのイリスはシャロ様がイリス役として用意したNPC。

 だから似てしまう方がおかしいのである。

 にもかかわらずミーネとイリスは似ている――、いや、あまりにも似すぎている。

 たまたま瓜二つになってしまった、なんてことが有り得るのだろうか?


「……わたし、すっごく気になるんですけど……、これ、答えとか用意されてないんでしょうね……」

「……んだなー……」


 イリスそっくりなお嬢さんがやって来るなんてシャロ様は考えなかっただろうし、そこを疑問に思う奴が現れるなんてなおさら想定外。

 非常に気になるところではあるが、これはいくら考えようと答えの出ない問題、考えるだけ無駄なのである。

 そうおれが気持ちを切り替えたところ、ミーネがさらに疑問をぶつけてきた。


「こんなに似てるのに、カルスとアヴァンテは私を見ても気にしないのね。なんでかしら?」

「たぶん、その判断ができるほど自由じゃないんだろうな」


 カルスやアヴァンテ、ラヴィアン、そしておそらくイリスも、もう自律行動していると錯覚するほど自然に会話できるが、それでもやはりNPCなのである。

 それからカルスとアヴァンテがイリスを支えて家に入り、おれたちもそれに続いた。

 カルスの家は暖炉キッチンとダイニングとリビングが一緒くたになった部屋の他に、もう一室、奥に寝室があった。

 イリスはそこに連れられて行き、そっとベッドに寝かされる。


「ふう、ありがとう」


 寝かされて少し楽になったのか、イリスは微笑み、それから首飾りの珠を両手でぎゅっと包みこんだ。


「なあイリス、お守りだって贈った俺が言うのもなんなんだけど、それ露天で小鳥三羽と交換したガラクタだからな?」

「でもちゃんと効果はあるのよ? これを持ってると、少し楽になるの。それにアヴ兄さんの贈り物だもの」


 これにアヴァンテは苦い表情。

 思い込み――プラシーボ効果であっても、効果があるならまあそれはそれでいいのではないかとおれは思う。

 そう言えばステータスの【特技】で確認したところ、おれの〈真夏の夜のお食事会〉は人には効果がないようだった。

 つまりリッチたちを昇天させたアレサのアレはプラシーボ効果だったのである。

 プラシーボ効果、凄い……!

 いや、凄いのはアレサか。


「それで、そちらの人たちは?」


 イリスがおれたちを気にし、それによって少しの間一緒に仕事をすることになったとカルスが説明した。

 それを聞いたイリスはちょっと胡散臭そうに言う。


「え、アヴ兄さんが指導……?」

「びっくりするくらい信用ねえな、俺って」

「だってアヴ兄さんだし……」


 くふっ、とカルスが顔を背けて笑う。

 アヴァンテは渋い顔したあと、何を思ったか、巾着型にした布きれで包んであった果実を出して食べ始めた。


「え、なにそれ……!」

「お土産のつもりだったがもうやらん」

「あ、そんな……! ごめんごめん、アヴ兄さんもちゃんと頼りになるのはわかってるから」

「いまいち釈然としねえ……。まったく、ほれ、あとは食べろ」

「やたっ」


 あ、今の反応は凄くミーネっぽかった。


    △◆▽


 小動物のように果実を食べ終えたイリスは、それからうとうとし始めたのでそのまま寝かせ、カルスとアヴァンテ、そしておれたちは寝室から居間へと移動した。

 するとアヴァンテは用事があると言いだし、おれたちを残してカルスの家を後にしてしまう。


「それでは、ここからの話は僕が受け持ちます」

「いいの?」

「はい。たぶんあいつはラヴィ姉さんの料理の手伝いに行ったので。あとで僕たちのところにもお裾分けしてくれると思います」


 そう言ってカルスは柔らかい微笑みを浮かべる。


「あいつは……、まああんなですが、本当は凄く良い奴なんです。僕もイリスも、あいつに、あとラヴィ姉さんに凄く助けられているんですよ。僕が没落した貴族ということはあいつから聞きましたか?」

「ああ、それくらいは」

「そうですか。僕の家は武勲で成り上がったガーラック男爵家。しかし没落してこの通りです。下町にやってきた没落貴族なんてものは、庶民からすれば関わり合いになりたくない異物です。でもあいつ……、あいつはまあ遠慮無くずかずかと踏みこんできて、ずいぶん振り回されましたね。そして僕らは世話になりっぱなしというわけです。自分たちも生活が楽というわけでもないのに、イリスを気遣ってくれて……」


 申し訳なさげにカルスは言う。


「あいつは無茶をするんで、僕が抑えにならなければ駄目だと思ってはいるのですが……、それもなかなか。あいつに何かあれば僕はラヴィ姉さんとイリスに殺されてしまいます。あいつを助けてくれて、本当にありがとうございました」


 カルスは深く感謝していることを告げ、改めて礼を述べた。

 さっきまではアヴァンテが一緒だったから言うに言えなかった感じかな?

 戻らないアヴァンテを捜し回ったのは、イリスやラヴィアンが心配しているからというのも事実だろうが、まずカルス本人が必死だったのだろう。


「ねえねえ、話は変わるんだけど、イリスってどういう病気なの?」


 そこで話をぶった切ってミーネが尋ねた。

 どうかと思うが、ミーネはミーネで、自分のそっくりさんが病に伏せっているのが気がかりだったのだろう。


「イリスの病は刻死病と言う、自分の魔力がうまく制御できないために起きるもののようです。多かれ少なかれ、魔力は誰もが宿しているものですが、それは自然に制御でき、安定しているものなんです。しかしイリスはそれが出来ない。制御が出来ないのか、制御出来ないほど魔力が高いのか、それともその両方か。ともかく、このままでは……」

「危ないの?」

「はい。ここに越してくる前、治療師に見てもらったのですが、このままでは魔力の暴走が起きると」

「起きるとどうなるの?」

「非常に苦しむことになると。そして暴走した魔力は魔術的な効果を及ぼし、苦しみの中にあるその人の望みを叶えることになるだろうと」

「どういうこと?」


 どうなるか想像できずミーネが尋ねるも、カルスは答えない。

 おれは何となく予想がついて遠回しに尋ねる。


「楽になりたいって望みか?」

「……はい」

「治療は専用の、特別なポーションを頼るしかないってわけか」

「そうですね。今ではずいぶん値が上がってしまいました」


 ああそうか、ここで()()が絡んでくるのか。

 これはちょっと流れ的によろしくないな……。


「アヴァンテはこんなポーションの値上がりがいつまでも続くわけは無いと言っていますが、値下がりを待つのも……。診断してもらった時に、もう何年も持たないと言われたもので」

「できれば今すぐにでも、か」

「はい」


 なるほど、それがアヴァンテが無茶をする理由で、なおさらカルスはアヴァンテを心配してしまうわけか。


    △◆▽


 それからおれたちは明日の朝、冒険者ギルドで待ち合わせて一緒に仕事をする約束を交わして別れた。

 カルスの家を後にしたおれたちは、冒険者ギルドまで行ってから【拠点】へと帰還。

 時間経過をする前に少しばかり休憩をとる。


「お仕事してお金が入ったらイリスに食べ物を買ってあげましょう!」


 休憩中、ミーネがそんなことを言いだした。


「あんまり露骨に与えると不審がられかねないからな。いや不審がるかどうかはわからんが、まずは少しずつな」

「はーい。たくさんお金が貯まったらその特別なポーションも買ってあげたいわね」

「そうだな」


 心情的にはおれもミーネと同じである。

 それが可能かどうかは別として。

 まずそもそも、イリスの病は治るものなのか?

 場合によっては、シナリオの都合でどう頑張っても治らないという状況もありえる。

 要は死ぬための登場人物というわけだ。

 それは……、ちょっと嫌だな。

 ミーネにそっくりだから余計に。


「アレサさん、イリスの病って実際にあるものなんですか?」

「はい。今でこそ完治させられるポーションは比較的安価に提供されているようですが……」

「今でこそ……、ですか」


 カルスの日記にイリスの名が一度も出てきていない事実がなおさら気を重くさせるな。


「なあなあ、古き民さんや、何か気づいたことはありませんかね?」

「そうですね。カルスくんはラヴィお姉ちゃんが好きで、イリスちゃんはアヴァンテくんが好きだと思います」

「誰が恋愛相関図について聞いた!」

「だってー、気になるじゃないですかー。それにそういうことを把握しておくと、登場人物のちょっとした仕草や行動が味わい深いものに変わるんですよ?」


 ああもう、役に立たん古き民め!

 残念な古き民にがっかりしていたとろ――


「あ、章が切り替わってるわ」


 そうミーネが気づいて教えてくれた。


《 CHAPTER 3 》

 ☆【カルスとアヴァンテを見守ろう】


 どうやらカルスとアヴァンテに会い、一緒に仕事をする約束を交わすまでが二章だったようだ。


※イリスは声もミーネにそっくりである、と少しだけ加筆しました。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/11

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/12

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/12/29


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