第577話 14歳(秋)…CHAPTER2―ラヴィアン
夜をぶっ飛ばしての朝。
暗かった森がふわぁっと明るくなっていく様子はおれからしても妙なものであったが、アヴァンテがこれを天変地異と認識することはなく、単純に夜を過ごし朝を迎えただけ、といった感じで、その様子を見るとやはり彼もNPCなのだな、と改めて認識することになった。
一緒に都市へ戻る途中、アヴァンテは食べられる木の実や野草、果実をちょいちょい採取したり、ガラス質の石で自作した投げナイフで小鳥を仕留めたりと何気にサバイバル能力が高いところを見せてくれた。
都市に到着してからは、アヴァンテについて下町へと移動する。
そして辿り着いたのは下町は下町でも、スラム街一歩手前くらいの地域だった。
ボロボロの板を並べただけ、といった感じの建物がみっちりと建ち並び、通りは雑多、がらくたが散乱しているという有様だ。
アヴァンテの家はそんな半スラム街にあり、他の家々と同じように板を貼り合わせただけの掘っ立て小屋。
部屋は一部屋のみで、奥に石を並べた石竈、手作り感たっぷりの棚やテーブルがあり、紛れるようにぼろいベッドが一つある。
そんな家の中で、イスに腰掛けテーブルに伏している女性がいた。
いや、まだ少女と言った方が正確だろうか?
「……?」
彼女は物音に気づき、ぼんやりとこちらを見た。
継ぎ接ぎだらけのボロを着て、顔は煤け、頭もちょいぼさぼさという状態であるが、それでも将来は美人さんになると容易に想像できるくらい整った美しい顔立ちをしていた。
そんな将来の美人さんは、イスを倒す勢いで立ち上がり、そのままこちらへ駆けよってアヴァンテに抱きついた。
「どこに行っていたの! もう、こんな朝帰りして! カルスはまた森へ行ったかのかもしれないって捜しにいってくれたのよ!」
抱きつかれたアヴァンテは凄く困った顔をしている。
この人がアヴァンテの言っていたお姉さん――ラヴィアンか。
「あー、ごめん。うん、森に行ってたんだけど、暗くなったから野宿してた」
「一人で!? もう、そんな危ないことして!」
「だからごめんて。それにお客さんがいるから。森でゴブリンに追っかけられてたところを助けてくれた人たち」
「ふえぇ!? アヴァンテあなた! そんな危ないことに!?」
「いや俺は大丈夫だから、まずあっち、あっち」
「あ」
アヴァンテが強引に促したことで、ようやくラヴィアンの意識がおれたちに向く。
「あなた方が弟を助けてくれたのですね。本当にありがとうございます。私はラヴィアン。この子の姉です」
かしこまってラヴィアンは感謝を述べる。
「あの、お礼はどうすれば……」
「いえ、お礼はいりませんよ。これからアヴァンテには世話になりますしね」
これにラヴィアンはきょとんと。
「アヴァンテ、どういうことかお姉ちゃんに説明してくれる?」
「え……」
口調がやや怒気を帯びているためだろう、アヴァンテは気まずそうな顔になる。
「それは……、えっとさ、この人たち、昨日冒険者になったばかりでまだ手探り状態だから、ちょっと面倒みてやろうって話になった」
「……」
それを聞いたラヴィアンは眉間を揉み揉みして言う。
「あなた、カルスが居なかったらろくに冒険者の仕事もできないくせに何を言っているの? 自分を追いかけてくるゴブリンから助けてくれた人たちに、一体何を教えるっていうの!」
「で、でも昨日冒険者になった奴よりは知識があるぜ! そのぶんくらいは役に立つよ!」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「何もずっと先輩面しようってわけじゃないんだからさ。あ、あとこれお土産」
と、アヴァンテが渡したものは途中で仕留めた小鳥、それから野草、果実だ。
「あらありがとう。嬉しいわ。今日は少し豪勢ね」
お土産に気をよくしたラヴィアンは、それら食材を大事そうに抱えてテーブルに並べる。
思いっきり誤魔化されちゃってるが……、まあ姉弟仲は良いのだろう。
見ていると思わずNPCということを忘れそうなくらいだ。
こうしてアヴァンテがなんとかお姉ちゃんの追及を誤魔化したところ、このボロ屋に客がやってきた。
アヴァンテを捜しに行ったというカルスである。
「よお」
アヴァンテが軽く手を上げて挨拶すると――
「何が『よお』だ、何が!」
カルスの攻撃――軽やかな跳び蹴りを放った!
アヴァンテに命中!
クリティカル!
「な、何しやがる!?」
「何しやがるじゃない! まったく、ラヴィ姉さんを心配させて! イリスも自分のせいでお前が居なくなったらどうしようとメソメソしっぱなしだぞ!」
「う……」
おや、最初に見たときよりカルスの言葉遣いが荒いな。
これがカルスの地なのかな?
「カルス、ありがとうね。この子を捜しにいってくれて」
「あ、うん、いいんだ」
微笑むラヴィアンに、カルスはちょっと照れ気味に答える。
「この子、あなたの言った通り森へ行っていたみたいなの。それでゴブリンに追っかけられて、そこをこちらの方々に助けてもらったみたい」
「まったく……。すみません、友人を助けて頂き、ありがとうございます」
「ああいや、いいんだ。これから少し世話にもなることだし」
「世話……?」
カルスがアヴァンテを見る。
ラヴィアンは困り顔でため息をついた。
△◆▽
「まったくお前は、身の程知らずと言うか、馬鹿と言うか……」
「どっちも悪口かよ!」
カルスは契約の内容を聞いて盛大に呆れ、それからおれたちに謝ってきた。
「確かに僕らは駆けだしの冒険者よりは知っていることも多いでしょう。しかしあなた方が期待するほどではありませんよ?」
「大丈夫、必要が無くなったとわかれば、自分たちで活動するようになるから。何も誰かが損をするという話でもないし、そう心苦しく思う必要はないよ。ちょっとの間、一緒に活動する仲間が増えた、くらいに考えてもらえれば」
君たちと一緒に行動しないといけない理由があるもんで、とは言えないため、それっぽいことを言って誤魔化す。
自由すぎるNPCってのも考え物だなー、と思っていたところ、おれの様子からそれを察したのかシアがぼそぼそ囁いてきた。
「……返答はそれこそ選択形式でもいいですよね。例えば――……」
と、シアが言ってきた選択肢。
(A)よければ君たちがどのような活動をしているか教えてくれないか? それを聞いて改めて判断することにしよう。
(B)泣き言は聞かぬ。もはや契約は為された。我々の期待を裏切らぬことを期待している。
(C)そんなことはない。君たちは立派な冒険者であり、我々が学ぶことは多い。よろしく頼む。
(D)ヒャッハー! 地獄へ堕ちろ! 俺様はこの世界の王だ!
「……みたいな感じでどうでしょう……?」
「……D選んだらお仕置き部屋へ直行じゃねえか……」
こいつの無駄な発想はなんなのか?
一方、おれとシアのひそひそ話など気にもせず、カルスはほっと安堵してアヴァンテと話していた。
「この人たちが良い人でよかった。お前を利用して何か悪いことをやらせようとか、そういうことを考える人たちだったらどうなっていたことか」
「おいおい、俺だってそこまで馬鹿じゃねえぞ」
「どうだか。お前はなんだかんだで世話焼きのお人好しだから、うっかり悪い奴に騙されないか、いつも心配しているんだ」
「くっ……、いちいちうるせえな。お前は俺の兄貴か!」
「兄ではないが友人だ。と言うかな、お前が何かやらかすたびにラヴィ姉さんとイリスが悲しみ、怒り、僕も一緒に怒りたいところだが収拾が付かなくなるからって間に入って板挟みだ! 少しは僕の身にもなれ!」
「へいへい、機会があったら代わってやるよ!」
「何だその言い方は!」
「うおい! おま、やんのかコラ!」
何やらカルスとアヴァンテの取っ組み合いが始まったが、ラヴィアンはそれを「あらあら」とにこやかに眺めている。
いつものことらしい。
仲の良いことだ、と思いつつミーネを見る。
「ん? なになに?」
「ああいや、もしおまえが男だったら、あんな感じになってたんじゃないかなって思ってな……」
「私がカルスで、あなたがアヴァンテね」
「逆だボケがーッ!」
「んきゃー!?」
不届きなことを言いやがるミーネの顔面にアイアンクローをプレゼントしてやる。
「今でも大して変わらないじゃないですか……」
「ふふ、仲良しですね」
狭いボロ屋でカルスとアヴァンテが、そしておれとミーネが取っ組み合い。
このタッグ戦のような状況はそれからしばし続いた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/09
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/05
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/19
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/23




