第576話 14歳(秋)…CHAPTER2―アヴァンテ
毎朝の恒例となっているアレサの健康診断、そしてその終わりに行われる儀式めいた『撫で撫でギュッ』なのだが、今朝はどういうわけか撫でる回数が増加し、抱きしめる力が強かった。
強化月間か何かだろうか?
ともかく、しっかり眠って体調を整えたおれたちは、軽めの朝食(ミーネは大盛り)をとってからさっそく夢の世界へとダイブする。
最初の時は真っ暗なチュートリアル空間で目覚めたが、今回は【拠点】にあるベッドの上で目覚めることになった。
夢の世界での覚醒は意識の混濁も無く、すっきり爽快。
なんだか妙な話である。
「ねえねえ、まずはどうする? さっそく冒険者証を貰いに行く?」
「そうだな。つかここから出たらギルドだし」
「あ、そっか、裏手で扉を呼びだしたんだったわね」
とりあえず【拠点】からギルドの裏手に出て、そのまま正面に回って建物へ入り、さっそく受付のおっさんに『話しかける』。
「おう、あんたたちか。冒険者証は用意できてるぜ」
すんなりと冒険者証をゲット。
これでおれたちは冒険者だ。
冒険者証の収納がてらクエストの確認をしてみたところ、章が切り替わってメインクエストが更新されていた。
《 CHAPTER 2 》
☆【冒険者の仕事をしてみよう】
きっと冒険者になるところまでが一章だったのだろう。
「次はお仕事だって。何する? 何する?」
「内容はなんでもいいんですかね?」
「どうだろう。ひとまずどんな仕事があるか見てみるか」
こうしておれたちは掲示板前にたむろすることになったが、そこでアレサがふと気づいたように言う。
「猊下、依頼の中に星印の付いているものがあります。昨日――ではなく、三時間前に見たときには付いているものはありませんでした。もしかするとメインクエストに関係するのではないでしょうか?」
「んん?」
確かにアレサの言うとおり、星印のついた依頼が幾つかある。
「じゃあこの星印の依頼を受けたらいいの? でもどれを? 全部かしら?」
「いえ、たぶん違いますね」
そう否定したのはシアで、珍しく真面目な顔をして掲示板にある星付き依頼を見比べていた。
「違うってどういうことだ?」
「たぶんこれ、この仕事に意味があるんじゃなくて、仕事のために向かう場所が重要なんじゃないですかね」
「場所が……?」
改めて確認してみると、星付き依頼は目的地がすべて森だった。
「森……、あ、なるほど」
「んー? どういうこと?」
「ミーネさん、覚えてませんか? 勇者さんと魔王さんの会話。森に行こうとか、行かないとか話していたじゃないですか。たぶん、わたしたちが向かうとそこに二人がいて、なんだかんだで関わることになるんだと思います」
「あー、そういうこと。ならメインクエストに『森へ行きましょう』って載せればいいのに」
「シャロさんとしては、いくつか依頼を受けてもらって、この世界に慣れてもらおうと考えていたのかもしれませんね。わたしたちはこうやって物語を進めていくことに慣れているので要所だけ追えますが、普通の人はそうはいきませんから」
「ちょっとシャロ様に悪い気がしてきた……」
「そこは仕方ありませんよ。ひとまず森へ向かってみましょう」
「そうね。行きましょう」
「待て待て。せめて薬草採取の依頼だけでも受けていくから」
こうしておれたちは何かイベントが発生すると思われる森へと向かうことになった。
△◆▽
向かうべき森は都市のすぐ側にあった。
これにちょっと戸惑ったのは、現実の都市、その近郊の状態を知っているミーネである。
「なんか森が凄く近いわ! 昔はこうだったのかしら?」
「たぶん移動の手間を省くための配慮だな。あとは実際の位置だとこの浮島じゃ足りなくなるとか、そんな感じだと思う」
「あー、なるほどー」
ミーネの疑問を解消しつつ、二十分ほど歩いて目的の森へと到着。
「それで……、どうすればいいの?」
「何か起きるはずだと思うんだが……、まあ薬草を探しながら様子を見よう」
とは言ってみたが、肝心の薬草はさっぱり見つけられなかった。
あんまり見つからないので森の奥へ奥へと向かってみたが、それでも薬草は見つからない。
ポーションの材料になる薬草どころか、ちょっとした民間療法に使う植物すらも見あたらないってのはどういうことだ。
「びっくりするほど無いな!」
「んー、バグですかねー」
「……虫? 食べられちゃったってこと?」
「おっと、なんと説明したらいいですかね。えっと……」
シアは余計なことを言い、ミーネにバグとは何なのか、誤魔化しと言う名の説明をすることになっていた。
「猊下、もしかしたらポーション不足という状況を反映しているのではないでしょうか? 薬草は高値で買い取られますし、もう取り尽くされてしまっているという」
「ありえますね」
じゃあこの薬草採取の依頼はどうやって達成すればいいのだろう。
そもそも達成することを想定してないのかな?
「もう日が陰り始めてしまいましたし、一度町へ戻りますか?」
「ああ、それならこの場で【拠点】に戻って、翌朝まで時間を経過させればいいと思いますよ」
そう言ったところ、アレサは「あ」と声を上げて納得する。
つい現実に即した判断をしてしまうのは、この夢の世界がリアル過ぎる弊害とも言えるだろう。
と、そのとき――
「――――」
森の奥から微かに人の声が聞こえてきた。
耳を澄ましてみると、どうやら助けを求めているようである。
「お、イベントっぽいな。シア、ちょっと先に行って確認を頼む」
「あいさっ」
ミーネにうまくバグについての説明ができずにいたシアは、これ幸いと悲鳴の聞こえてくる方角へすっ飛んでいった。
△◆▽
おれたちもシアを追ってさらに森の奥へと向かったが、辿り着いたときにはもうすでに事態は収束していた。
シアの横には地面にへたり込んだアヴァンテがおり、二人の側にはゴブリンの死体が五つ。
「いやー、助かったぜ。あんがとな」
狩りに来たものの獲物が見つからず、逆にゴブリンに見つかって自分が獲物になってしまった、とアヴァンテは事情を説明してくる。
将来の魔王なのに……、この頃はゴブリンにも敵わんのか……。
「俺ってあんまり戦いに向いてなくてさ、いつもは戦う役の奴が一緒なんだけど、今日はちょっと付きあってくれなかったんだよ」
そう喋るアヴァンテは実に自然、おれたちが話しかけた内容にも普通に対応してくるという、いったいどうやってこんなことを実現しているのか想像もつかないほど特殊なNPCだった。
ミーネがひたすら町の紹介をさせて、最後に衛兵を呼びやがったNPCとは大違いである。
それからおれたちはアヴァンテの頼みもあり、彼を連れて都市に戻ることになったのだが、少し戻ったところで日暮れになってしまった。
「こりゃここで野宿するしかないな。準備するから休んでてくれよ」
そう言ってアヴァンテは野営の支度を始める。
とは言っても薪となる落ち木を集め、焚き火をおこすくらいだ。
それなりの経験が必要な作業だが、アヴァンテはてきぱきとそつなくこなしていた。
「野宿するの?」
「たぶんそういう流れだと思う。つきあおう」
やがて日が暮れ、おれたちは焚き火を囲んでアヴァンテの話を聞くことになった。
冒険者としてちまちま仕事をしながら貧乏暮らしをしていること。
両親は他界しており、ラヴィアンという姉と二人暮らしなこと。
姉の話はカルスの日記に出てこなかったな……。
「姉貴はすげえ美人だから、いいとこの金持ちに見初められたら俺もこんな苦労しなくてすむのになー」
アヴァンテは楽して暮らしたいようだが、現状では夢のまた夢。
せせこましく働き続ける日々だと言う。
「生活のためだとしても、無理をするのはよくないと思うぞ?」
「まあな。つか、生活のためだけだったら楽なんだけどなー」
「うん?」
「さっき言った戦う役の奴、名前はカルスっていうんだけど、そいつは没落しすぎて下町に越してきた貴族の長男なんだ。そいつにはイリスって妹がいてさ、そのイリスが病気で特別なポーションが必要なんだよ。それでまとまった金がいるってわけ」
は?
カルスに妹がいるなんて初耳なんだが。
「じゃ、じゃあ君は友人の資金繰りにつきあっているってわけか」
「まあな。お人好しな話だけど、しゃあねえよ。カルスやイリスとは仲が悪いってわけじゃねえし、姉ちゃんはめちゃくちゃ心配してるし」
アヴァンテは面倒そうに言うが、こうして行動していることからしてかなり親身になっているのだろう。
「それで、あんたらはなんでこんなとこに?」
「薬草を探しに来たんだ」
「薬草……? いや、無いよ? 無い無い。もうとっくに取り尽くされてあるもんか。つか知らなかったのか?」
「実は最近この都市に来て、冒険者にも今日なったばかりなんだ」
「え、ってことは俺よりもランクが下なのか。でもゴブリン程度なら一人であっという間に片付けちまうし……、もしかして傭兵からの鞍替えか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「あれ、最近多いらしいから、てっきりそうかと思った」
「そうなのか?」
「ああ、傭兵は冒険者ギルドがやってくれる手続きを自分でやらないといけない。まあギルドを通さないぶん儲かるんだけど、依頼主との直接交渉だからな、面倒だし、舐められないだけの実力が必要になる。例えば俺が傭兵だったら、いいように使われたあげく、銅貨投げつけられてお終いってわけだ。だから個人や少人数の傭兵団とかは冒険者に流れたんだよ。今残ってるのは規模の大きい傭兵団、あとは犯罪歴とかあって冒険者になれない奴とかだな」
現代も確かにその傾向がある。
どうやら冒険者と傭兵の住み分けは、この辺りから始まったらしい。
なるほどな、と思うと同時、勇者大会でミーネがぺろっと三番目の魔王の名前を暴露してしまったときのことを思い出す。
確かアヴァンテは傭兵だった。
いずれは冒険者を辞めざるを得ない状況に陥るということなのだろうか?
おれがそんなことを考えていると、アヴァンテはちょっと迷うような感じで言ってくる。
「なあ、もしよければさ、あんたたちが慣れるまで冒険者のことを色々と教えてやろうか? どんな仕事が得だとか、損だとかさ。まあちょっとは情報料をもらうことになるけど、さんざん働いてお駄賃程度の報酬を受け取ることになるよりはましだと思うぜ」
ちょろまかしフラグである。
しかし、なんであれアヴァンテ、そしてカルスと関われる方がおれたちにとっては都合が良い。
「そうだな、しばらくはそうしようか。よろしく頼むよ」
するとアヴァンテは怪訝な顔に。
あれ、断るところだったか?
「あんたら……、なんか危なっかしいな。こういうのって大概は利用するための方便だぜ? あくどい奴なら変な契約結ばせて、最終的には奴隷として売り払われるのがオチだ。知り合ったのが俺でついてたな。俺ならそんな酷いことはしないから」
自分も利用しようと考えているのに、わざわざそれを指摘する。
悪びれた感じだが、根は素直なのだろう。
なるほど、こういうところが『小悪党』なのか。
きっとこのイベントはアヴァンテに関わると同時に、彼がどんな少年だったのかを知るためのものなのだろう。
でも……ここで一晩語り明かすのか?
そう考えながらしばらく話をしていたところ、囲んでいた焚き火に『朝まで時間を経過させる』というウィンドウが出現した。
シャロ様ありがとう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/07
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/24




