第572話 14歳(秋)…シャロ様のありがたいチュートリアル3
『まずはメニューウィンドウと言ってもらいたい』
うお、マジか。
驚きつつも言われた通り「メニューウィンドウ」と告げたところ、フォン、という小さな音と共にウィンドウが浮かび上がった。
「ん? みんな自分の前に何か現れてる?」
「はーい、現れてますよー」
「これも自分のしか見えないみたいね」
「そのようですね。私もちゃんと現れていますので」
そう確認し合ったあと、改めてウィンドウを眺める。
ウィンドウは左端に項目が並び、それ以外の広い範囲は空白だ。
項目は上から【行動目標】【所持品】【装備】【特技】【状態確認】【拠点】の六つ。
そしてウィンドウの上部にでかでかと表示されているもの――。
【セクロス・(ヴィロック)・ウォシュレット・レイヴァース】
おれは倒れた。
「げ、猊下!?」
「ちょっ、どうしたの!?」
朝礼中に貧血起こしちゃった人みたいに倒れたおれをアレサとミーネは心配してくれたが、シアはすぐに看破して言う。
「名前が出てるのが効いたんじゃないですかー?」
「「あー……」」
これにアレサとミーネはすんなり納得した。
『さて、半透明な板が出てきたじゃろう? ではそこにある項目を上から順に説明してゆくぞ。まず【行動目標】、これは先ほど見せたものじゃな。次の【所持品】はお主らが夢の世界で手に入れた物を確認できる。【装備】も似た様なものじゃが、現在はお主らにとっての装備がそのまま登録されておる。優秀な装備を身につけておった場合は夢の世界にある武器や防具を使う必要はないじゃろうな。【特技】はお主らが身につけている能力について。そして【状態確認】は自分の詳細な情報を知ることができるんじゃ。最後にある【拠点】は、お主らが集まってひと休みできる特別な場所で、現実へはそこから戻ることができる。要は目を覚ますということじゃな。この説明の間はまだ使えんので、それはあとから確かめてもらうことになる。では、まずは【所持品】の項目に触れてみるといい』
不意打ちで精神攻撃を受けることになったおれだが、なんとか立ち上がって【所持品】の項目をタッチする。
すると空白に『何も所持していません』と表示された。
『所持品は無しと出たじゃろうが、そこにはお主らが手に入れた品を仕舞っておくことが出来る。具体的には、その板に触れさせることで、じゃな。儂の作った魔導袋は知っておるか? あれと同じようなものと考えてもらえればいい。なかには収納できぬ物もあるが、だいたいの物は収納しておけるぞ。取り出したい場合はその品――品名に触れることで取り出せる。それから、収納した品は現実に帰還してもそのまま記録されておるのでそこは心配せんでもよいぞ』
「ふむふむ……」
ミーネが頷き、おれの手を取って自分の正面に持って行く。
「あれ、『それを収納するなんてとんでもない』って出たわ」
「当たり前だ……!」
「あうっ」
とりあえずミーネの頭にはチョップを。
まったく、しれっととんでもねえことしやがって。
『さて、では他の項目に話を進めるぞ。【装備】【特技】【状態確認】、この三つも【所持品】と同じく、触れることで情報が現れる。なかなか興味深いはずじゃ、しばらく確認してみるといい。もう充分となったら隅にある【次へ】の項目を選択してくれ』
シャロ様がそう言うと、項目の一番下に【次へ】という項目が追加された。
せっかく時間を設けてくれたのだ、色々と確認してみようと、まずおれは【装備】の項目をタッチする。
まあおれの装備品なんてどれも普通の代物である。
特別は縫牙と簒奪のバックルくらいか。
〈縫牙〉――セクロスの力が宿った特別な短剣。
その内にはセクロスの力が宿っている。
【詳細……】
なにこの哲学的な説明。
あと名前表示しないでくれる?
いちいち心がギュンッってなるから。
まああの短剣はこんなものだろうと、詳細は後回しにして次に【特技】を見る。
〈厳霊〉【詳細……】
〈炯眼(劣化)〉【詳細……】
〈廻甦(劣化)〉【詳細……】
〈仮面召喚〉【詳細……】
〈冥き神の猛威〉【詳細……】
「おおぅ……!?」
コルフィーの『鑑定眼』では出てこない能力も当然のように表示されていて少し驚いた。
試しに〈厳霊〉の詳細を確認してみる。
〈厳霊〉――変異を起こした神力・雷の神通力【詳細……】
第一派生〈雷花〉【詳細……】
第二派生〈針仕事の向こう側〉【詳細……】
第三派生〈魔女の滅多打ち〉【詳細……】
第四派生〈精霊流しの羅針盤〉【詳細……】
第五派生〈野良なオバケの隠れんぼ〉【詳細……】
〈星幽界の天文図〉【詳細……】
第六派生〈精霊の煮込み鍋〉【詳細……】
第七派生〈真夏の夜のお食事会〉【詳細……】
特殊派生〈黒雷〉【詳細……】
なんだ……、これ……。
思わず呆気にとられていると、ふとミーネの独り言が聞こえた。
「あれ、私って四属性の魔術が使えるってだけじゃないの……? まだ未確定で……、それで『四属――』? ふむふむ、まずは熟練が大前提で、そこから先は私次第……」
ミーネは自分の能力について確認しているようだったが、その呟きではっきりした。
この情報はおれたちの意識から引き出されているものじゃない。
どこかにアクセスして引っぱってきているものだ。
自分すらも知り得ない情報が平然と表示されているというのはなかなか摩訶不思議な話であるが、ひとまずおれは各能力の詳細確認は後回しにして次の【状態確認】を選択する。
この【状態確認】はいわゆる『ステータス画面』だ。
力とか速さとか、そういった身体能力の程度はゲームにおいて数値で表現されているものだが、ここでは漠然とした『普通』という言葉で表されていた。
いつもなら「普通かよ!」と突っ込んで終わりだが、今は違う。
これ、いったい何に対しての『普通』なんだ?
何を参照して『普通』と判断されているんだ?
さらにこの【状態確認】には称号、経歴、健康状態、人間関係などなど、無駄に多くの項目が並び、中には趣味趣向・嗜好なんてものまである。
いくらなんでも詳しすぎだろう。
それこそ世界の始まりから終わりまでのすべてが記録されているというアカシックレコードにアクセスしての……、いや、そこまで大げさではなく、この場合は自分のすべてが記録されているというアガスティアの葉の方が近いだろうか? ともかく、シャロ様はそんな例えをしなければならないような、とんでもないところにこの夢の世界をアクセスさせているらしい。
そしてその夢の世界に人の意識を放り込むための装置があの霊廟だとするなら、そんな人智を越えた代物だ、鑑定しようとして意識を持っていかれてしまうのも納得である。
ちょっとこれ以上は確認するのが恐くなってきたが……。
それでも、なにしろ自分の情報だ、興味を惹かれないわけがなく、おれはおっかなびっくりで確認を続けることにした。
が、称号は恐すぎてちょっと見られない。
経歴はとてもではないが振り返れない。
健康状態は……、たぶん知っておくべきことだろうが、まだちょっと覚悟が決まらない。
そこで、まずは試しと人間関係を選んでみる。
そしたら知っている人たちに対しての好感度が『仲良くしたい』とか『ちょっと苦手』とか、実に漠然とした表現で表されていた。
なんか意中の相手なんて項目まであるな……。
「ご主人さまご主人さま、ちょっとちょっと」
と、そこでシアがおれを呼んだ。
「なんだ?」
「新事実ですよ、新事実。わたしわたし、なんかメルナルディアの北でひっそり暮らしている『アーレグ』、または『アーレゲント』って少数民族だったらしいです。古き民とも呼ばれてるんですって」
「少数民族……? どんな民族なんだ?」
「基本大人しく暮らしてるみたいですけど、なかには叡智を授ける賢者だったり、人を癒し生命力も与える聖者が現れたりしたらしいですよ。なんか凄いですね。ってか吸血鬼として恐れられたりもしていたようです」
「賢者や聖者はどうかと思うが……、吸血鬼はなんとなく納得だな」
「ちょっ、納得ってどーゆーことですか」
シアがぶーぶー言う。
「いやだって、吸血鬼つったら、見た目がすげえ見目麗しい感じで、おまけに化け物みたいに強いってイメージあるだろ?」
「ワン・モワ・タイム、プリーズ!」
「んお!? あ、ああ、吸血鬼つったら、見た目がすげえ化け物で、やたら強いってイメージあるだろ?」
「さっきとちがぁーう!」
シアは「まったく、まったく」とぷりぷりしながらステータスの確認作業に戻った。
そして――
「え」
ぴたっと動きを止める。
「どうした?」
「あ、いや、ちょっと驚く内容があっただけですので、ええ……」
知られたくない内容なのだろう、自分以外には見えないのに、それでもシアは操作して見ていた項目を変えたようだ。
「聞かない方がいいか?」
「んー……、はい、今は。いずれ、お話ししますから」
「わかった」
そう告げ、ひとまずシアとの会話を終える。
まあ……、種族についての情報まであったわけだからな。
誰の子供であるか、そういった情報も当然あるはずだ。
これはシアの心の整理がつくのを待つべきところか……。
そう思い、ふと見たらそのシアが倒れてぴくぴくしていた。
「シア!? お、おい、大丈夫か!」
「だ、だだっ、大丈夫ですよ! 大丈夫ですからちょっとそっとしておいてもらえますか! お願いですから!」
「お、おう」
確かに大丈夫そうではあったので、おれは自分のステータス確認を再開しようとしたのだが……、何故かアレサも倒れ込んでいた。
「ア、アレサさん!? どうしたんですか!?」
「い、いえ! 何でもありませんので! た、ただちょっと立っているのに疲れただけです! お気になさらず!」
「は、はあ」
二人とも大丈夫とか何でもないとか言うわりには、なんか「あばばば」とか「むぎゅぅ」とか呻いて悶えているんだが……。
「ミーネは大丈夫か?」
「え? 何が? よくわからないけど、そんなことより凄いわよ。私のニルニルってまだ覚醒状態じゃないの。なんかこの子、地味だなって思ってたけど秘密があったのよ。なんでもね、私がもっと成長したら真の姿になるんですって!」
「おまえさん、まだ強くなるのか……」
「なるわ!」
頼もしいやら、恐ろしいやら。
皆がそれぞれ自分のステータス確認に集中(?)している間に、おれは後回しにしていた詳細の確認にはいる。
まず優先したのはこの体の状態だ。
『神通力・神撃による過剰負荷――慢性的な肉体の損傷・劣化。
下級神の恩恵による保護により損傷・劣化の軽減が継続中。
神通力〈廻甦(劣化)〉による損傷・劣化の復元処置が継続中』
まあ、これは予想通りというか何というか。
もう明日くらいに死ぬ、とかでなくてよかった。
そうひとまず安堵したおれの目にふと止まったもの――。
『導名――達成率18%(現在時間経過により数値上昇傾向)』
!?!??!?!??!?!
「うお、お、お……」
これまで便宜的に名声値と呼んでいたもの。
これはまさにそれだった。
数値的にはまだ低い。
低いが――、おれのやってきたこと、その成果は確かに出ていた。
「どしたのー?」
ミーネがおれの異変に気づいて尋ねてくる。
深い――、あまりにも深い感動に包まれていたおれは、答えるよりも先にミーネを抱きしめていた。
「導名の達成率が十八パーセント! おれの頑張りには意味があったんだ! まだ数値的には低いが、確かに成果は出ていた!」
「ふわぁ! やったじゃない!」
「ああ、やった!」
ミーネと抱き合ったままぴょんぴょんして喜びを分かち合う。
それからおれはシアとアレサにも抱きつこうとしたが、二人には物凄い勢いでごろごろ転がって逃げられた。
「あれっ、なんで逃げるん……!?」
△◆▽
ステータスの確認は下手すると何時間もかかりそうだったため、ひとまずこれくらいで切りあげてチュートリアルを進めることにした。
これによって、困惑したり、喜んだり、倒れたり、悶えたり、おれたちの様々な反応を見守っていたシャロ様が再び喋り始めた。
『ふむ、もう良いか? 知っているようで知らなかった自分のことが確認できたことじゃろう。ではそろそろ、この暗い場所とはおさらばするとしようか』
シャロ様がそう言ったところ、ぱっと視界が切り替わる。
おれたちが居たのは、そこそこの広さに家具が配置された丸太小屋っぽい家屋の中だった。
『ここがお主らにとっての拠点となる。項目にある【拠点】に触れると扉が現れ、この場所に来ることができるのじゃ。ちなみに扉の場所は記録されるので、出る場所は入ってきた場所と同じになるぞ。基本どこでも呼び出せる扉じゃが、戦闘中や状況が進行している状態では呼び出せないので、そこは注意してもらいたい』
ふむ、状況の進行ってのはイベント中ってことかな?
『さて、説明はここまでじゃな。なるべく理解できるようにと説明したつもりじゃが、やはり説明しきれていないこともあるじゃろう。すまぬがそのあたりは、実際に体験して試行錯誤してほしい。では、また後で会おう。願わくば、すべての秘密を知ったその先での』
シャロ様は少し複雑そうな笑みを浮かべたまま、ふっと姿を消した。
これでチュートリアルは終了か。
おれがふっと息を抜くなか、ミーネは真っ先に拠点の出入り口に近づいて行ってガッとドアを開けた。
そして――
「ふわぁ――――ッ!?」
奇声を上げながら飛びだした。
何事かとおれたちも後を追うと、そこには自然の景色が広がっていた。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/14




