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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』後編
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第570話 14歳(秋)…シャロ様のありがたいチュートリアル1

 何も見通せない闇の中――。

 まず気づいたのは自分が寝そべっていること。

 それから起きあがろうとしたところで、自分の体だけは闇から拒絶されるようにはっきりと浮かび上がっていることに気づく。

 妙な状態だと困惑しながら周りに気を配ると、シア、ミーネ、アレサの三人もおれと同じように寝そべっていたのだろう、不思議そうな顔をして起きあがろうとしているところだった。

 三人は現実とまったく同じ姿。

 それがあまりに正確すぎて、こんな怪しい闇の中にありながらここが本当に夢の中なのか疑いを持つほどだった。

 しかし――


「あれ、わたしたち着替える前の姿になってますね。あ、でもリィさんのベストやガントレットは無いんですか……」


 シアの冷静な指摘によって、おれは寝台で横になる前、眠りやすい恰好になっていたことを思い出す。

 なるほど、ならばここは確かに夢の中――なのか?


「それで……、まず何をすればいいのかしら?」


 起きあがったミーネが暗闇を見回して言う。


「何かする必要があるならこっちに来る前か、来てすぐに指示があるだろうから……、ちょっとこのまま待ってみよう」


 おれがそう答えたとき、その推測を肯定するかのように変化が起きた。

 立派なローブを身につけた品の良いお婆さんがふわっと暗闇から浮かび上がってきたのである。


「え?」


 まさか、と思う。

 と同時に、そうに違いない、とも思う。

 そして――


『よく来たのう。儂の名はシャーロット。こうして訪れたからにはとっくに承知しておるとは思うが、この迷宮の創造者であり、かつて――』

「うふぉあぁぁぁんあぁぁあぁぁ――――ッ!! シィャァァァロさぁぁぁまどうわぁぁぁぁぁ――――ッ!!」


 おれは興奮した。

 大興奮だ。

 こんなのするなと言う方が無理である。

 だってシャロ様だ。

 シャロ様なんだ。


「ちょっとご主人さま! うるさい! 話がちっとも聞こえないじゃないですか!」


 うひゃー、うひょー、と喜んでいたらシアに怒られた。

 だがそんなの関係ねえ!


「シャロ様ぁぁ――――ッ!! シャァァァロ様ぁぁんあぁぁんあんあぁぁぁ――――ッ!!」

「うわっ、駄目ですこれ、喜びのあまり錯乱しちゃってます」

「シア、ちょっと後ろから取り押さえて! 私は口を塞ぐから!」

「わかりました、それでいきましょう!」


 シアがすぐさまおれを羽交い締めにすると、ミーネは手で口を塞いできた。


「んもももぉんもぉぉ――――ッ! んもももんもぉぉ――――ッ!」

「あんまり効果なかったわ!」

「ああもう、困りましたねこれは! ア、アレサさんも何か!」

「で、では……、頭を撫でて落ち着かせますね!」

「いやそんなのは!?」

「もう何でもいいから落ち着かせてー!」


 訝しげなシアにかまわず、アレサはおれの頭を撫で撫でする。


「猊下、どうか落ち着いてください。いけません、そんなに騒いでいてはせっかくのシャーロット様のお言葉が聞き取れませんよ」

「んもももぉ――、ん? ももぉーん? もん……」

「落ち着いてきたわ! その調子よ!」

「えぇぇ!? それで落ち着くんですか!? 条件反射か何かですか!?」

「毎日していますから!」


 アレサは誇らしげにそう言った。


    △◆▽


 おれが正気に戻った頃には、もうシャロ様の話はひとまず終わりを迎えるところだった。

 普通、こっちがまったく話を聞いてないとなれば喋るのを中断するところである。

 それをしなかったのは、おそらくこのシャロ様が訪れた者たちのために残された記録映像だからだろう。

 そしてこの推測が正しかったこともすぐに判明する。


『さて、ここまでの説明じゃが……、もう一度聞くかね?』


 そうシャロ様が言ったあと、フォン、と小さな音をさせておれの手前に浮かび上がったもの、それは『はい』と『いいえ』が選択できるポップアップウインドウ――ホログラム・タッチスクリーンだった。


「シャロ様はこんなことも可能なのか……!」

「んー、まあ夢の中ですからねー」


 夢と言えばそれまでだが、それでも、こうしておれたちに共通の夢を提供し、さらにこんな未来的・ゲーム的なシステムまで構築しているという事実は驚嘆に値する。


「え、え、な、何これ?」

「これは……、『はい』に触れたらよいのでしょうか?」


 虚空を眺めながら戸惑うミーネとアレサ。

 どうやら二人にもウィンドウは現れているようだが、個別表示らしくおれからは見えなかった。


「ねえねえ、これどうしたらいいの? シャーロットは何も言わなくなっちゃったし」

「あー、えっとな、たぶんこのシャロ様は訪問者に夢の世界のことを説明するために用意された記録なんだと思う。ここはひとまず『はい』を選択してくれ。すまんな、騒がしくして」

「まったくよ。じゃあ『はい』と」

「では私も『はい』を」

「ご主人さま、これってわたしだけ『いいえ』にした場合どうなるんでしょうかね?」

「おまえ……」


 この娘さんはどうしてそういうことをしようとするかね。

 いやまあ気持ちはわからんでもないが。


「どうなるって……、そうだな。多数決的におまえも話を聞く、おまえだけ聞こえない、おまえだけ先の話が始まる、こんな感じじゃないか?」

「ふむ……、まあそんなところですか」

「ここは妙なことせずに大人しく『はい』にしとけ」

「そうですね、では『はい』と」


 おれたちが『はい』を選択すると、黙っていたシャロ様がまた喋り始めた。


『うむ、わかった。では最初から話すとしよう。儂の名はシャーロット。この迷宮の創造者であり、かつて三番目の魔王を倒した勇者たちの一人じゃ。今、お主らは暗闇の中におるじゃろうが、これはこの夢の世界についての説明を聞いてもらうための特別な場所なんじゃ。説明が終わる頃には明るい場所に案内するのでの、それまでしばし我慢してもらいたい』


 つまりチュートリアル空間というわけですね。

 OK、完璧に把握しました。


『そしてその説明なのじゃが、突然こんな場所に放り込まれて混乱しておるじゃろうし、そんな状態のお主らにまとめて説明してもなかなか理解できないと思う』


 あ、すみません。

 今はわりと落ち着いてます。


『そこで説明は段階を踏んで行うことにした。段階ごと、最後に理解できたかどうかの確認をとるので、それには浮かび上がった半透明な板にある『はい』と『いいえ』、これに触れて答えてもらいたい。この儂は説明のために残した記録じゃから、何度説明をすることになっても大丈夫、怒ったりせんから気軽に『はい』を選んでもらってかまわんぞ。――さて、ここまでの説明じゃが……、もう一度聞くかね?』


 と、そこで再びおれの前に『はい』と『いいえ』を選択ができるウィンドウが浮かび上がった。

 なるほど、最初の話はチュートリアルのチュートリアルだったのか。


「これはもう聞かなくていいんじゃない?」

「そうだな。次の説明を聞こう。じゃあ『いいえ』で」


 おれたちが『いいえ』を選択するとシャロ様はにっこり笑う。


『ほう、二回で理解できたか。なかなか柔軟な思考を持つ者たちが訪れたようじゃな。これはお主らが特別なのかのう。それとも、これくらいのことはすんなり理解できるくらい文明が発達したのか……。もしそうであれば儂としても嬉しいぞ』


 この台詞におれたちは驚いた。

 ミーネとアレサは記録映像がこちらのアクションに対し正確なリアクションを起こしたことに驚き、おれとシアはわざわざ説明回数に応じてのパターンが用意されていたことに驚いた。


「あれ、これ記録なんでしょ? なんで!?」

「もしかして少し意識をお持ちなのでは……!?」


 おれとシアとは違い、ミーネとアレサはちょっと混乱気味だ。


「いや、記録には違いないんだ。ただ、こちらの行動に対してそれぞれ個別の記録が用意されていたんだと思う。例えば説明が一回から三回までですめば、今みたいなことを喋るようにって」

「ふわー」

「なんと……」


 ミーネとアレサは改めてびっくり。


『ではまず、君たちが向かうことになる場所について説明しようか』


 そしてシャロ様による、本格的なチュートリアルが始まった。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/03/21


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