第569話 14歳(秋)…夢への誘い
なし崩し的ではあったものの、おれたちは死人たちの仇を討つことができた。
アレサの性なる――ではなく、聖なる波動によって浄化され尽くしたリッチたちはもはや形すら失い、ローブにくるまれた灰の小山と化している。
そんなリッチたちの成れの果て、その一つにミーネはてくてく近づいて行った。
「ふむふむふむ、ふーむ……」
ミーネは唸りながらしゃがみ込み、何の気まぐれかちょいっとローブを摘み上げる。
当然、わさーっと灰がこぼれ落ちた。
「ねえねえ、このローブどうする? 戦利品?」
「いやそれを持ち帰るのはちょっと……、そのままにしておこう」
「うむ、それがいいだろう。あの馬鹿どもが二百年近く身につけていたものだからな、馬鹿が感染するかもしれん」
「えぇー」
おれとロシャが「ばっちいから捨てなさい」と促すも、ミーネはちょっと不満そうである。
と、そこで灰の上にぽすっと皮のポーチが落ちた。
「あ、これ魔導袋じゃない? これも捨てていくの?」
「魔導袋だと……? 奴ら、よくそんな物を持っていたな……」
「アルフレッドに貰ったんじゃねえの?」
そうリィが告げると、有り得ると思ったのだろう、ロシャは「ああ」と納得したように唸った。
「アルフィーの奴か……。うむ、それは持って行っても良いだろう。そもそもシャロが作った物だしな」
「やたっ。これで魔導袋が二つ!」
「なんでおまえが貰うことになってんだ……」
まあ必要ならかまわないが……、それってきっと元の魔導袋はもう料理でいっぱいとかそういう話だろうな。
「ひとまず、ちょっと中身を確認してみてくれ。ろくでもない物は捨てていくから」
「うん! ……うん? あれ、何も入ってないみたいよ」
「何も入っていない? じゃあただ持っていただけなのか?」
「もしくはもう全部出しちまったんじゃねえか? ほら、骨と剣」
「あ、なるほど」
これがリィの推測通りで、もし人骨竜や千刃球の出番が無く終わっていたら、それはそれで面倒なことになっていただろう。
なにしろ骨一つ、剣一本をせっせと取り出すことになっていたのだ。
「しかしアルフィーめ、あんな連中を守護者に仕立て上げるなど、いったいどういうつもりなのか……」
むむぅ、とロシャが唸る。
シャロ様の弟についてはリィも詳しくは知らないらしいので、話を聞くならばロシャからである。
でも今はちょっと無理っぽい。
そこでおれは気になったことだけを話しておくことにした。
「ふと思ったんですけど、そのアルフレッドさんが父さんの会ったリッチなんじゃないですかね?」
「ん? いやそんな……、あー、そうか、三つ違いだからな、生きていても耄碌ジジイ……、なるほど、リッチにか……、ふむ……」
有り得ない話ではない、とロシャは頷く。
「となると……、まあアルフィーの奴がどういうつもりだったのかは知らんが、結果的には良いことをしたわけだな。それが無ければ君は生まれてこなかったのだから」
そうなのである。
そしてクロアとセレスも生まれてこなかったということになる。
これが想像通りであったなら……、もしどこかで会ったらお礼くらい言っておくべきだろうか?
あのとき助けてもらった子供の子供です、みたいな?
△◆▽
それからおれたちはリッチたちが出てきた大扉をくぐる。
扉の向こうは光源が無く再びの暗闇で、おれたちが灯す明かりによって螺旋階段が浮かび上がった。
念のため、再びフレーム型になったミーティアにアシストを受けるパーフェクト・ティアウルに罠のチェックをしてもらいながら、おれたちは下へ下へと潜っていく。
潜っていく……。
潜って……。
……。
「ね、ねえ、これどこまで続くの……?」
十分ほど経過したところで、ちょっと不安になったのかミーネが言う。
だがそれも仕方のない話だろう。
おそらくこの世界に、これほど長い階段は他に存在しない。
東京タワーで上り下りできる階段は六百段、これを下りるのにだいたい八分程度かかるらしい。もちろんこれをそのまま当てはめるわけにはいかないが、それでも漠然とどれくらいの深さまで潜っているかは把握できる。
「案外、リッチたちは広間の様子が把握できなくなってすぐ移動を開始したのかもな……」
「これだけの長さですからねー。帰りが憂鬱ですよこれー」
それからもおれたちは下り続け、さらに十分ほどしたところでようやく階段が終わった。
辿り着いた場所は地上から迷宮へ下りた地点にあったようなこぢんまりとした広場で、そこには生活感漂う簡素なイスやテーブル、ベッド、本棚などが設置され、他にも何に使うのかわからない雑多な品が納まった木箱などが乱雑に放置されていた。
「あいつらはここで生活してたわけか」
「みてーだな。何かいいもんとかねえか……?」
「リィよ、それは後回しだ。まずはほれ」
ロシャが首で促した先にあったのは閉ざされた両開きの扉。
ここが霊廟の最奥であるなら――、シャロ様の『秘宝』はあの扉の向こうにあるはずだ。
「じゃあ、開けるわね。ティアウル、罠は?」
「無いぞ! あ、あたいも一緒に開けるな!」
そう言ってミーネとティアウルが両開き扉のドア、その左右に取り付いて「せーの」で引く。
扉はすんなり開け放たれ、おれたちはやや緊張しながら内部へと進む。
内部は上の広間からすればかなり小さい空間で、せいぜいドームハウスといった程度の広さしかなく、そのためおれたちの灯す明かりによって室内の様子はすっかり照らし出されることになった。
「なんだか変わった場所ね」
「そうですね、見慣れない作りですし」
そうミーネとアレサが言うのも無理はない。
部屋の雰囲気はこの世界にとっての異質。
部屋はほぼ白で統一され、中央には太い円柱。
その柱を中心に花弁みたく放射状に四つ並んでいるのが透明なカバーに覆われたカプセル型の寝台である。
この部屋の様子はおれからすれば近代的――、いや、近未来的であり、この謎の寝台は映画エイリアンに出てくるコールドスリープ装置のようであった。
「まさか……!」
おれは慌てて寝台にとりつき、一つずつカバーごしに寝台を調べていく。
が、そこには誰も眠ってはいなかった。
「居ないじゃーん!」
「どうしたの?」
がっかりするおれに、ミーネが何事だと尋ねてくる。
「あー、なんて説明したらいいかな……、んーっと、クマが冬眠するみたいにな、ずっと眠ったままで生きていられる装置なんじゃないかって思ってな」
「そんなのあるの……!?」
「無い。無いけど……、シャロ様なら可能かもしれないって思ったんだよ」
「あんちゃん、じゃあシャーロットはどこにいるんだー?」
ティアウルが室内を見回しながら言う。
そうだ、シャロ様は……どこだ?
そう言えばあの乾物たちもシャロさまがここに居るなんて一言も言わなかった。
「ふむ、シャロは別の場所で眠っているということか?」
「え、じゃあ師匠んとこ行くには自力でその道を見つけださないといけないってこと? それは骨だぞ……」
確かに大変だ。
おれたちがこのまま探索するというのは現実的でなく、これはまた調査団にお願いして、今度は数年規模で調査を行ってもらうことになるだろう。
「んー、じゃあこの場所って何なんでしょう?」
「魔王を倒すための……何か? うーん……」
考えながら寝台を観察し、それから中央の柱に触れる。
すると――
「おお!?」
蛍光灯が灯るように部屋がふっと明るくなり、閉じていた寝台のカバーがするすると跳ね上げ式に開いていく。
おれが触れた柱には光の線が走り始め、それは複雑に組まれたブロックの継ぎ目を走るように次々に分岐し、最終的に柱全体へと及んだところで消えた。
そしたら今度は柱の表面に文章が浮かび上がった。
『魔王を倒さんと志す者たちよ、よくぞこの最深部まで到達した。
この部屋にあるこの寝台こそが、君たちが求めた魔王に対抗する術――それを伝えるべく用意した魔導装置である。
これから君たちは、この装置を使う四人を選出しなければならない。
選ばれた四人はこの寝台で眠り、夢の世界での冒険に旅立つのだ』
現れた文章を読み、おれはこの装置がなんなのか、漠然とながら理解しつつも――
「うっそだろおい……」
信じられず唖然とする。
これ、フルダイブ型バーチャル・リアリティ装置……?
「ご、ご主人さま……、これってもしかして……」
「なんじゃないか……?」
「え、二人はこれがどういうものかわかるの? 夢の世界って言われても、私にはよくわからないんだけど」
シアと一緒になって戸惑っていたところ、ミーネが尋ねてきた。
これをミーネに説明するとなると……
「冒険の書――みたいなもんだ」
「冒険の書みたいな……?」
「ああ、あれは状況を想像しながら進めていくが、これは夢の中で実際に冒険しながら進めていくもの――だと思う」
「……?」
ミーネはちょっとよくわからないといった顔。
だが――
「ねえ、もしかしてなんだけど、要はみんなで冒険の書のシナリオの世界に飛び込んで、そこで冒険するようなものってこと……?」
ちょっと恐る恐るといった感じで尋ねてくる。
「まあそんな感じだと思う」
「なにそれ凄い!」
一転してミーネは興奮、凄い凄いと連呼する。
確かに凄い話だ。
元の世界でもまだ空想の産物でしかなかったものをまさかファンタジー世界で用意するとは……、さすがシャロ様。
「つーことはさ、この霊廟ってのはその装置だったってことなのか?」
「なるほど。だが……、うーむ、確かに理解できぬ代物なのだろうが、鑑定しようとした者たちが意識をもっていかれるほどか?」
「四人が共通の夢を見るってんなら、当然意識に働きかけるものってことだろ? なら影響が出ちまうってのもなんとなくありそうな話じゃないか?」
「それもそうだが……」
と、リィとロシャが話している間に、ミーネはいそいそと寝台へ。
「うんしょ、うんしょ」
「ちょちょ、ミーネさん、何いきなり寝ようとしてるんですか!?」
その類い希なるフロンティア精神にはシアもびっくりだ。
しかし止めるシアにミーネはあっけらかんと言う。
「え、だってこれが目的だったんでしょ? ならほら、ね?」
「うんまあそうなんですけど、もうちょっと戸惑いましょうよ! なんでそんなすんなり受け入れてるんです!? いやほら、本当にこの装置大丈夫なのかなーとか!」
「シャロ様が拵えたものが危険であるはずがない!」
「ちょっとご主人さま、その局所的にポンコツ化するのやめてくださいよ! もー! ロシャさん、何か言ってやってください!」
手に負えねえ、とシアはロシャに助けを求めた。
「む? そうだな。ひとまず相談をすべきだろう」
「うん? 相談って何かすることある?」
「まずは……、誰がその夢の国へ行くかとか」
「そんなの決まってるようなものじゃない?」
まあ四人を選出となれば、金銀赤黒、この四名になるだろう。
「えー、あたいも行きたいぞー」
「駄目よティアウル。これは大事なお仕事なんだから。まずは私たちよ。だから次ね」
「うぅ……」
「ティアよ、ミーネは自分が遊びたいばかりだが、確かにその四人が行くべきだろう。ここは我慢だ。リィ殿もそれでよろしいか?」
「もちろん。何かあった場合にも、私が動ける方がいいだろうしな」
こうして装置を試す四人はおれ、シア、ミーネ、アレサということになった。
まずおれたちは大理石っぽい寝台の寝心地を改善すべく畳んだ毛布を敷いたりと快適性を高め、それから眠りやすいようにと寝間着に着替える。
やがてそれぞれ準備が整い、待機組に見守られるなか、寝間着姿になったおれ、シア、ミーネ、アレサの四名は寝台に寝そべった。
すると寝台のカバーが自動的に下り始め、最後にはかぽっとおれたちをパッケージ。
こう実際に閉じ込められるとちょっと不安も感じるが、皆が側で見守ってくれているのだ、余計な心配は無用だろう。
……。
ところで、寝台のカバーに顔をむにぃっと押しつけいてるティアウルはいったい何がしたいんだ?
気になって眠るどころじゃないんだが。
どうしたものかと思っていたところ、アホの子はヴィルジオがひっぺがしてくれたので、おれはようやく安心して目を瞑った。
さて、これで眠ればいいのだろうか、そう思った時、ふわぁっと体から意識を抜かれるような感じで思考が曖昧になり、まだ寝台に横たわって数分も経過しないうちにおれは眠りへと呑み込まれてゆく。
他の三人も同じだろうか?
その思考を最後に、おれの意識はそこでぷつんと途絶えて消えた。
舞台が変わるのでここまでを前編、次話からを後編とすることにしました。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/09/30




