第568話 14歳(秋)…性なる生なる聖なるかな
まずは一体――。
そう思った矢先に復活しやがった黄リッチのルボナ。
「そ、そんな……!」
やりましたっ、とつい今し方まで喜んでいたアレサは愕然としておれから離れる。
「完全に浄化できてはいなかったのでしょうか……」
「いえ、と言うよりも――」
そうおれが言いかけたとき、リィが叫んだ。
「おい、ここは一旦退くぞ!」
退く――、か。
さすがにマジで不滅というわけではないだろうが、対策を立てなければ倒せない相手となれば一旦退くのも有りだろう。
しかし退くにしても、あの罠だらけの通路を戦いながら引き返すというのは容易な話ではない。
リィには何か考えがあるのだろうか、そう思った矢先――
「ふっ、逃げるか……、まあよいわ!」
「何度挑もうと結果は同じ! 無駄なことよ!」
黄と白のリッチが余裕たっぷりに言った。
奴ら、追ってくるつもりはないのか?
すると撤退を叫んでいたリィがその発言を受けて言う。
「おいおい、死人たちには始末しろ始末しろと命令していたくせに、自分たちはすんなり見逃すってのか? ずいぶん勝手な話じゃねえか」
そのリィの口ぶりは、何やらいちゃもんをつけるようにややねちっこいものである。
「面倒だからか? それともここから離れたくない? もしくは、迷宮ではぐれたら困ることでもあるのか?」
『……ッ』
含みのあるリィの言葉に、リッチたちはわずかだが動揺を見せた。
それを確認してリィは叫ぶ。
「撤退は中止だ! こいつらは揃ってると復活する! そういうふうに作られている! エルトリアにあった復元する柱みたいなもんだ!」
復元する柱?
ああ、外輪山に構築されていた魔法陣の核となっていた柱か。
生憎とおれは仮面に乗っ取られて跳んだり跳ねたりしていたので見ることのできなかった代物だな。
「たぶん黒い靄が漂っている場所なら、そいつを吸収して復活できるってことなんだろうよ! だからこいつらは散り散りになる危険性のある通路へは出て行けず、分断される心配のないこの迷宮の奥で侵入者を待ちかまえていたんだ!」
それは黄リッチが復活する様子を見ての推測だったのだろう。
先の撤退宣言はリッチたちの反応を確認するためのブラフか。
リィの推測はある程度の信憑性を持つものであったが――
「ふ、ふん! だが、それがわかったからなんだと言うのだ! 我らは絶対に通路へは出ぬ! つまり、我々は不滅であり続けることができるのだ!」
青リッチがわざわざ認めてくれた。
……。
バカなのかな?
まあバカだからこんなことやっているのだろうが、それでもバカなりに考えた結果が自分たちの特性を最大に生かせる『戦術的引き籠もり』だったというわけか。
確かに引き籠もっていられると現状では倒すのが困難だ。
それでも広間で倒そうとするなら、まず奴らの体から垂れ流されている黒いオーラを何とかしなければならないわけだが……。
さてどうするか、そう考えていたとき――
「猊下!」
アレサが鋭く叫んだ。
「どうしまし――、どあ!?」
はっと顔を向けたおれは驚いた。
んなもん驚くに決まってる。
何しろ――
「なんで下着姿になってるんです!?」
そう、アレサは法衣と薄着を脱ぎ捨てての下着姿、ブラとパンツだけになってバッチコイと身構えていたのである。
おれは思わず叫んだ。
「リィさん、混乱を解除する魔法とかありませんか! アレサに、アレサにお願いします!」
「猊下!? ち、違います! 私は正気です!」
「みんなそう言うんです!」
「いえそんな酔っぱらった方が自分は酔っぱらっていないと言い張るような話ではなく、本当に正気なんです!」
くっ、どのリッチだ、アレサにメダパニぶっ放した奴は!
そこで紫リッチ――ガフロフトが愕然として言う。
「ち……、痴女! シャーロット様が居なくなり、聖都は落ちぶれたようだな。まさかこのような痴女を抱えるようになるとは……」
「痴女ではありません! 聖女です!」
アレサは否定するが、リッチたちはさらに言う。
「今は痴女が聖女を担うのか……」
「聖都はどうなってしまったのか……」
「もはや性都と呼ぶべきでは……」
「違います! おかしなことを言わないでください!」
憤慨するアレサは身振り手振りするのでお胸が揺れる。
なかなか立派なものをお持ちである。
普段アレサはゆったりした法衣を身につけているためにわかりにくいが、毎朝ギュッとされるおれはなんとなくわか――
「おるぁ!」
「ぐぉ! ちょっ、シアおまえ!?」
いつの間にか忍び寄ってきていたシアにケツを蹴られた!
やめて、八つ当たりは!
おれを蹴っ飛ばしたシアはそれからアレサに言う。
「ちょっとアレサさん! 何をやってるんですか、何を! お色気でアンデッドを悩殺するのが聖都のやり方なんですか!?」
「シアさんまで!? ち、違います! これは――法衣を身につけていては猊下の雷撃を防いでしまうので脱いだだけです!」
おれの雷撃……?
「猊下、精霊たちに力を与えるあの雷撃を私に! 霊的なものを活性化させるなら、人にだって効果はあるはずです!」
アレサは真剣だ。
下着姿でぷるんぷるんさせているけど大真面目だ。
いや、真剣で大真面目だったからこそ下着姿になる必要があったのだろうが、なら前もって説明しておいてほしかった。
確かにアレサの宿した光は黒いオーラを掻き消し、リッチを活動停止まで追い込んだ。
現状、唯一リッチに対抗できる正の光。
ならばこの出力を上げ、この広間ごとリッチたちをまとめて浄化してしまおうというのがアレサの考えなのだろう。
しかし本当に〈真夏の夜のお食事会〉でアレサが活性化するのかどうかは謎、ぶっつけ本番で試してみるしかない。
つかもうアレサ脱いじゃってるんだから、やるしかない。
「わ、わかりました。じゃあアレサさん、行きますよ!」
「はい! 来てください! 加減はいりません! 全力で来てください! 受けとめてみせます!」
アレサは本気だ。
おれはその本気に応えるべく、めいっぱいの雷撃――〈真夏の夜のお食事会〉を叩き込む。
バチコーンッと爆音を響かせ、雷がアレサを撃った。
「ぐうっ……!」
バチバチと帯電するアレサは苦しそうに身をよじるが――
「か、感じます……! 猊下のお力を……! はぁぁぁ――――ッ!」
ばっ、と万歳するように勢いよく両手を挙げた。
瞬間――。
カッ、とアレサの体から放たれたのは鮮烈な光。
先ほどとはまた違う、強烈な後光のごとき光である。
ぶっちゃけ半信半疑なところもあったが、〈真夏の夜のお食事会〉はちゃんと効果があったようだ。
いくらなんでもあれで思い込み――プラシーボ効果ってことはあるまい。
もしそうなら、アレサが下着姿になる必要も、おれがシアにケツを蹴られることもなかったということになってしまう。
「ぐぉぉ……!」
「な、なんということだ……!」
アレサの放つ光は広間を覆い尽くし、漂っていた黒いオーラを速やかに消滅させてゆく。
「こ、これはまずい……、一旦退くのだ……!」
「遠くへ……! 迷宮に……!」
リッチたちは苦しみながらも迷宮への扉へと向かって行くが――
「行かせると思うか馬鹿どもが!」
そこにはロシャがスタンバイしており、念力でもってリッチたちをアレサの近くまでぶっ飛ばした。
「うががが……!」
「あばばば……!」
「うごごご……!」
リッチたちは倒れて悶え苦しみ、その様子は炙られるスルメさながらである。
「あ、ありえん、あってはならん、こ、この我らがかような痴女に破れるなどと……!」
「聖・女・で・す!」
強い口調で反論するアレサ。
でも下着姿でXの字になって神々しい光を放つ姿を見てしまうと……。
いや、アレサは乾物どもを退治すべく、恥を忍んで最終手段にでてくれたのだ。
そんなアレサを痴女だの何だのと言うのはあまりにも不義理。
これまでいったいアレサの何を見てきたのかという話になる。
いくら下着姿だからと、その姿や行動をそのままに捉えてしまうのは俗物的、あってはならぬことであり、まずは仲間のため身を挺し戦っているというアレサの高潔さを念頭に置いて刮目せねばならないのだ。
おそらくそれは、女性の裸を題材とした芸術作品に対する視点に近いものがあるだろう。
いや、もしかしたらそのものなのかもしれない。
例えば裸婦画。
確かにそこにはエロスが存在する。
だがその内には『人体の美しさ』への信仰があり、ひいては生命というものへの賛美がある。
さらに言うならば、その生命を生む女性は崇拝に値する神秘的な存在であり、この意識は『昔はヤンチャだったけどすっかり改心したんだよ、おれ』的な宗教が零落させてしまうまで地母神として太古より人々に根付いていたものだ。
つまり半裸で光ってるアレサはその崇拝される対象そのもの――まさに聖女であり、決して痴女ではないのである。
おれは深く感じ入りながらアレサの姿を見守っていたが――
「おるぁ!」
「またなの!?」
シアにケツを蹴られた!
つか衝撃でうっかり棒やタマが飛んでったら大惨事なんだぞ!
「まったく、なにガン見してやがるんですか」
シアはそう言うと、おれの後ろから両手で目隠しをしてきた。
いやべつに目隠しくらいかまわないんだけど、ちょっとシアの手に力がこもってて痛い……!
「あの、シアさん、ちょっと痛いんですけど! そんなに圧迫すると目の周りに痣ができて、おれパンダみたいになっちゃうんですけど!」
あ、ちょっと力が弱まった。
でも目隠しはやめてくれないようだ。
結局、おれはその後の状況を音で判断するしかなくなった。
リッチたちのうめき声はそれからもしばし続いたが、やがては小さくなっていき、終いには聞こえなくなる。
「アレサ、やったわね!」
「すげーな、ねえちゃん! これからも裸で戦えばいいんじゃないのか!」
「い、いえ、それはちょっと……」
ティアウルの無茶ぶりに戸惑うアレサの声。
「うむ、見事だ。ひとまず服を着ねばな。そのままではシアがいつまでも主殿を独り占めだ」
「あ、はい。猊下、もう少しお待ちください」
それから少し待たされ、おれはようやく解放される。
アレサはいつもの法衣姿に戻っていたが、内心やはり恥ずかしかったらしく照れ照れしていた。
「お見苦しいものをお見せしました……」
「いえ、そんなことはありませんよ。アレサさんは神々しく、まさに聖女の名にふさわしい姿でした。よく覚悟を決めてくれましたね。素肌をさらすのは恥ずかしかったでしょう」
「確かに少し恥ずかしくはありました。ですが……、女性ばかりですし、リッチたちは滅する運命でしたから」
ぶ、ぶち殺すから見られても平気だったってこと……?
……。
謝ろう。
「ぼ、ぼくが問題でしたね。すみません、不躾に見てしまって。でも雷撃を撃ち込むには――」
「ああいえ、猊下は特別ですから。そこはまったくかまいませんよ」
ふふっとアレサは笑うが、そこでヴィルジオが言った。
「おぬしらー、それくらいにしておけー、妾ですらはらはらするぞー。やるならせめて霊廟を出てからになー」
「はい……?」
「はあ……」
ヴィルジオの言葉に、おれとアレサは顔を見合わせることになった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/05




