第566話 14歳(秋)…万魔信奉会
広間に設置されていた撮影機はおれたちが回収したため、リッチたちは現場の状況を知る術を失っていた。
しかし広間には鉄巨人が六体、さらに人骨竜と千刃球が加わって暴れているわけで、これならおれたちにぶつける戦力としては充分、見切りを付けた死人たちも一緒に始末される――、そうリッチたちは考えていたのだろう。
「ど、どういうことだ!? まさか、奴らが守護者たちを倒してしまったというのか!?」
目論見が外れ、そう取り乱したのはガフロフトだ。
誰も彼も似た様な乾物具合で、おまけにフードを被っているため判別しにくい奴らだが、ガフロフトだけは纏うローブの刺繍が紫色だったと覚えていたのでなんとか判断できた。
ちなみに他のリッチたちは白、赤、青、緑、黄の五色である。
「ご主人さまー、あの色分けってあれですかね。『我はこの色を』『では我はこの色で』『いや待て、その色は我が使いたい……!』とか相談して決めたんですかね?」
「なんじゃないか? 案外、髪の色がそうだったからそれにしたという線もあるが」
「お、なるほど」
などと、シアとどうでもいい話をする余裕があるのは予定がずれて動揺したリッチたちがぼそぼそと話し合っているからである。
「あのガキどもが……、まさか」
「ロールシャッハが同行しているくらいだ、その可能性も考えておくべきではなかったのか?」
「撮影機と投影機の再設置は後回しだ。あいつらをどうする?」
「どうするってそりゃ始末するだろう」
「まいったな、わかっていればもう少しましな登場をしたものを……」
リッチたちの相談はまだ続きそうだ。
「ロシャさん、もう攻撃しちゃっていいですかね?」
「すまないが少し待ってくれるか。確認したいことがあるのでな」
そうロシャが言うため、おれたちはリッチたちの話がまとまるのをしばし待った。
やがてリッチたちは「うん」と頷き合い、いそいそと横一列に並ぶ。
「ふっふっふ、思ったよりやるではないか。こうなれば致し方ない、我々が直々に相手をしてやろう! 我は万魔信奉会の会長を務める紫の賢者ガフロフトである!」
「我は白の賢者ノービス!」
「我は赤の賢者ベルツ!」
「我は青の賢者キャロー!」
「我は緑の賢者カーラ!」
「我は黄の賢者ルボナ!」
そしてリッチたちは声を揃えて言う。
『我ら万魔信奉会! 真にシャーロット様を信奉する信徒である!』
あ?
「ざっけんなッ!」
咄嗟におれは叫んでいた。
「何が真に信奉する信徒だボケめ! おまえらにシャロ様の何がわかる! その名の意味を理解できない奴がほざくな! つかシャロ様を真に信奉する信徒はおれだ!」
「むぅ……、なんと無礼な小僧であるか!」
「自分が真の信奉者であると……? 片腹痛いわ!」
「シャーロット様にお会いしたことも、お言葉を賜ることも無かった貴様が、真の信奉者などと、どの口で言うか!」
「ぐっ……」
確かにおれはシャロ様に会ったことも話したことも無い。
でもおれが一番シャロ様の気持ちを理解できる。
間違いなくおれが。
でも、それをこいつらに理解させることができない……!
「くそ! おれが一番……、一番なのに……!」
悔しいやら腹立たしいやら、もどかしいやら悲しいやら、おれが頭を抱えて悶えているとシアが呆れたように言う。
「ちょっとー、ご主人さまー、いったいなんの戦いを始めてるんですか、なんの」
「だっておれが一番だもん……!」
「あーはいはい、それはわかりましたから。でもだからって張り合ったって仕方ないじゃないですか。ご主人さまにはそうと信じられるだけの根拠があるんですから、いちいち動揺なんてせずどんと構えていればいいんですよ」
シアの言うことはもっともだが、シャロ様に会ったことも話したことも無いだろうとか、こう寄って集って言われるとひどく癪に障るのだ。
するとそこでロシャが言う。
「まあ確かに君ほどシャロの気持ちを理解できる者はおらんだろう。それは私が認めよう。君はどこかの、周囲に迷惑ばかりかけてシャロが直々に叱りつけることになったアホどもとは違うよ」
「ロシャさん……!」
ロシャはおれの言い分を認めてくれたが、となると面白くないのはリッチたちだ。
「ふん、使い魔ごときが偉そうに! 貴様などに我らの価値が計れるものか!」
「その点、アルフレッド様は違った! 我らが真の信奉者であるとお認めになられ、我らならばとこの霊廟の守護を命ぜられたのだ!」
「ああ!? しゃらくさいわアホめらが! そんなもの、お前らが都合良くここに居ただけの話に決まっているだろう! まあ実際のところ、それはシャロが決めること! で、居るのか、シャロは!」
と、ここで核心的なことをロシャが問う。
「シャーロット様がどこにおわすか、それは我らごとき凡夫に理解できるはずもない! しかし――、いらっしゃるとも! 我らは感じるのだ! この霊廟のどこかにシャーロット様は眠っておられると!」
「なに……?」
その言い方――。
つまりこいつらはシャロ様を確認できていないということか?
「我らは長き時を、この霊廟――シャーロット様の懐にて過ごしてきた。その結果、今や我らはシャーロット様と一体化を果たし、それはつまりシャーロット様を体現する存在へ昇華したと言えるだろう!」
何言っているんだこいつら……?
「わからんか? わからんだろうな、貴様らのような下賤な者どもでは到底! わかりやすく言ってやろう! シャーロット様を求めて来たのならば、もう貴様らは目的を達成しているのだ。つまり、今や我々こそがシャーロッ――、シャ、シャ……、シャーロッチなのだ!」
……チ?
一瞬、何を言っているんだと困惑したが、すぐに疑問は氷解した。
きっと奴は自分たちこそがシャーロットだと言いたかったのだ。
しかし『シャーロット』は導名。
シャロ様以外には名乗ることが出来ず、それでも無理矢理使おうとして『ト』が『チ』になったのだろう。
それとも無理とわかっていて、強引に『チ』をいれたのか?
リッチの『チ』だからかな?
「シャーロッチ……、なんだかパチもんシールみたいですね、ご主人さまっち」
「ほほう、いいぞシアっち、あの頭の可哀想な乾物どもをもっと煽っておやりなさい」
おれとシアがニマニマしていると、アレサがぼそっと言う。
「げ、猊下っち……」
「はい?」
呼ばれたので反応してみたところ、アレサはあたふた慌てて縮こまってしまう。
「す、すみません、ちょっと言ってみたかったもので……!」
ああ、このおふざけに参加してみたかったのか。
するとこれにティアウルとヴィルジオも乗っかる。
「じゃあ、あたいは……あんちゃんっち?」
「妾は主殿っちか」
「えー、私それ参加できないー」
ミーネがなんか不満がった。
そんなおれたちのおちょくりが気に障ったのだろう、ガフロフトがぷるぷる震えながら怒鳴ってきた。
「ば、馬鹿にするか! もう許さん! 同志たちよ、やるぞ!」
ガフロフトが言い、他のリッチ五体が散開。
乾物のくせになかなか動きが素早く、リッチたちはおれたちを包囲する。
「貴様らはそこそこやるようだが、それでも我ら偉大なるリッチには敵わないのだ。今からそれを証明してやろう!」
ふはははー、と笑いながら、ガフロフトを始めとしたリッチたちが万歳した。
すると奴らの体から立ち上っていた黒いオーラが燃えあがるように大きくなり、おれたちへと襲いかかる。
「これぞ我らの奥義よ!」
「その名も終わらぬ世界!」
「ふははは、そのまま死人になるがいい!」
ごばーっと放たれた黒いオーラがおれたちに纏わり……付かない。
真っ黒い煙はおれたちを取り巻くものの、謎の斥力に弾かれて接触することが出来ないのである。
おれはその様子が何かに似ていると思い、やがてそれが墨流しであることに気づいた。
墨流しとは墨汁を垂らして黒く染まった水面を、松脂など油を付けた針でつんと突くことによって墨の膜に穴を開けて模様を作る伝統芸術である。
この状況においては、奴らの黒いオーラが墨であり、おれたちがそれを弾く油というわけだ。
恩恵の無いシア、ティアウル、ヴィルジオもちゃんとオーラを弾いているのでそこはほっとしたが……、どういうわけだろう、おれが一番恩恵持ってるのに、一番オーラとの距離が近いんですよね。
みんなは透明な玉の中にいて弾いているような感じなのに、おれは体の輪郭まで迫られており、なんだか透明な大気圧潜水服を着込んでいるような感じなのだ。解せぬ。
ともかくリッチたちが意気揚々と繰り出してきた奥義とやらは、おれたちに何の影響も及ぼすことはなかった。
『あっれぇぇ――――ッ!?』
完全に想定外と、リッチたちはびっくり仰天。
そこでロシャが鼻で笑うように言った。
「はん! お前らごときが束になったところで、恩恵持ちを死人に落とすことなんぞできるわけがなかろう!」
「恩恵だと……!? おのれ……!」
正確には全員ではないのだが、わざわざそれを教えてやる義理などあるわけがない。
こうして一番の懸念材料が無くなった今、おれたちがやるべきことはリッチたちをボコることであった。




