第565話 14歳(秋)…死人たちとの別れ
死人たちとの共同戦線は予想以上の戦果を挙げ、広間には鉄巨人だった残骸、ちょっと前まで竜の形をしていた粉々の骨、そして金属粉と化した大量の剣、その成れの果てが散らばるばかりとなっている。
しかしこちら――死人たちも無事とはいかず、破壊されてしまった者たちの肉体からはすでに精霊が離れ、辺りをふよふよ漂う光となっていた。
広間の状態は一言で言うならば陰惨。
もともと動く死体であったにしろ、人の形をしたものがズタボロ、バラバラになって散らばっているのだからそれも当然、はっきり言ってとても競技など行えるような状態ではない。
しかし、言って焚きつけたからには後に引けない。
五体満足で生き残った(?)死人たちがまだ何十名かいるとなればなおさらだ。
奴らにはもう時間が無い。
おれがそうした。
あとどれだけの時間が残されているかはわからないが、いずれ体から精霊が抜けだしてしまう。
精霊たちでは運動会は行えず、そもそもそんなことをしようと思うかどうかもわからない。
そして動力源を失った完全な死体が運動会を始められるわけもない。
だからその前に競技を、せめて騎馬戦の決着くらいつけなければならない。
「じゃあ仕切り直すか」
幸い、ベリサクスは無事に生き残れた者の一人だ。
しかし――
「いや、もう充分だ」
ベリサクスは穏やかな表情で言う。
「おいおい、充分ってことはねえだろ」
「そんなことはない。充分だ。それに、もう競技を行うだけの時間は残されていないようだ。それは、なんとなく感じるのだよ。ならばその時間を君と語らうことに使いたい」
「語らうって……、何を?」
「まずはこの広間における試練を突破した君たちに、この先の話をしておこう。これより先に罠は無い。本来であればこの広間が最後の試練であったのだが、現在は万魔信奉会のリッチたちがいる。君たちにとってはそれが最後の試練となるだろう」
つまり、あのリッチどもさえなんとかすれば、あとはシャロ様が残した『何か』を授かるばかりというわけか。
「リッチたちは……、魔法を使うというのもやっかいだが、奴らの真の恐ろしさは人を死人に変えてしまえることだ。君たちはこれになんらかの対策を立てなければならない。今この段階で何の対処法も無いのであれば、ここで引き返して対策を練ることをお勧めする」
「あー、それなら大丈夫。もともと勝敗の如何に関わらず一度地上に戻るつもりだったから」
おれ、ミーネ、アレサ、リィは恩恵持ちだが、シア、ティアウル、ヴィルジオは持っていない。
シアは別格として、残るティアウルとヴィルジオも死人落としに耐えられそうではあるが、おれは念のため帰還するつもりでいた。
「ふふ、賢明だな。では最後に……、よければ聞かせてもらえないか、君たちのことを、君たちの名を」
「…………」
あ、あんまりよくねえ……。
だが、ここで突っぱねるのはあまりに空気が読めてない。
それくらいおれだってわかる。
わかるんだけどもぉぉ……!
「私はミネヴィアよ。ミネヴィア・クェルアーク」
と、おれが苦悩しているうちにミーネが名乗ってしまった。
「ミネヴィア・クェルアークか。……クェルアーク?」
「勇者の末裔よ」
それを聞いて、ベリサクスはハッとしたような顔になる。
「なるほど、そういうことか……」
「うん? なにか勘違いしてると思うわ」
「勘違い? 君が魔王を倒すべく、シャーロットの秘宝を手に入れに来たのではないのか?」
「だいたい合ってるけど、私が中心ではないの」
どういうことだ、と困惑するベリサクス。
「ではここからはわたくしが紹介をさせていただきます」
そこで紹介役を買って出たのはアレサだ。
「わたくしはアレグレッサ。セントラフロ聖教国の聖女です」
アレサはまず名乗り、それから皆の紹介を始める。
竜皇国の皇女――ヴィルジオ。
シャーロットの弟子――リーセリークォート。
シャーロットの精霊――ロールシャッハ。
「勇者の末裔にシャーロットの縁者……」
そうそうたるメンバーにベリサクスが唖然とするなか、アレサはちらっとおれの方を見た。
仕方ない……。
おれは小さく頷くしかなかった。
「そして、こちらにいらっしゃるお方が、神々より七つの祝福を授かりし神子猊下。史上初、瘴気獣の群れを浄化し精霊へと転じさせた精霊王にして、勇者の称号を持ちし者たちが傅く勇者王。すでに一度魔王の誕生を、そして邪神の誕生を阻止した英雄、導名なき覇者――セクロス・ウォシュレット・レイヴァース様です」
そうすらすらと告げるアレサの声はちょっと弾んでいる。
こんな名前じゃなきゃいくらでも呼ばせてあげるんですけどねー。
「この度、猊下はあなた方に敬意を表し、わたくしが名を呼ぶことを特別に許可してくださいました。猊下の御名はいずれ導名となるもの。みだりに口にしてはなりませんよ」
そうそう……じゃない!
違うよ!
アレサさん違う!
その名前を導名にしたいんじゃないよ!
愕然としてたらアレサはちらっとおれを見て目で謝罪。
ああ、こいつらがうっかり名前呼んだりしないように予防線をはってくれたってことか。
よかった。
「それから猊下の妹君であられるシア様、そしてご友人のティアウルさんです」
アレサは残る二名をさらっと紹介。
「……シアー、あたいたち適当だなー……」
「……寂しい話です。でもここは空気を読んで我慢しましょう……」
ティアウルとシアがぼそぼそ呟く。
まあ二人は特別説明すべきことも無いしな、これは仕方ない。
「そうか……、我々の、地の底で過ごした時間は無駄ではなかったのだな……。貴方が訪れたことで、我々の無為は意味を持った。貴方に関われ、貴方の記憶に残ること、それは誰からも忘れ去られた我々にとっての祝福だ」
満足――、とまではいかないが、ベリサクスは納得したような顔である。
「これから、我々はどうなるのだろうか?」
「精霊になる」
そう答えたのはロシャだ。
「いや、もうすでになっている。それを彼が強引に体へと定着させ、擬似的な『死人』の状態にしているのだ。その定着を促す効果が切れたとき、君たちはその体に留まっていられず抜けだすことになる。あのようにな」
そう言ってロシャが顔を向けたのは、広間をふよふよと好き勝手に飛び回っている精霊たちだ。
「精霊になった君たちの意識は、きっと赤子のような曖昧なものとなるだろう。長い時をへて世界に溶けて消えるか、意識を発達させて自我を獲得するか、それは私にもわからない。だが、どちらにしてもこの奈落の底に留まり続けるよりはマシだろう。君たちはもう自由で、どこへでも行けるのだ。だがしばらくは……、子が親を求めるように彼に寄り添い過ごすことになるだろうな」
「このうえさらに貴方の世話に……? 貴方はそれでもいいのか?」
「もう数え切れないくらい家にいるからな、これくらいは誤差だ。気にするな」
「そうか、君は精霊王だったな、そうか、そうか……」
ベリサクスの声が、眠りに落ちる時のように曖昧になっていく。
そして――
「ありがとう……」
一言告げ、床へと倒れ込む。
伏したベリサクスの体からはふわふわっと精霊が現れ、周囲をふよふよと漂い始めた。
するとそれが皮切りであったように、残る死人たちも倒れ伏し、次々に精霊が抜けだしてくる。
死体だらけの広間、そこに漂う小さな光の群れ。
陰惨ではあるが、それはまるであるべき状態であるかのように感じられ、そしてどこが幻想的でもあった。
やがて、広間を泳ぎ回っていた精霊たちがおれの周りに集まって来る。
このまま引き連れているのもあれなので、おれは〈精霊流しの羅針盤〉を使用して新人精霊たちをひとまず屋敷へと送り出した。
と、そこでリィが言う。
「よし、この惨状を放置ってのもあれだから、死体を焼くわ。みんなはちょっと来た通路に出ていてくれるか」
この提案に反対する者はおらず、おれたちはリィを残して一旦広間から通路へと出た。
このあと、リィによる火葬が済んだら少し休憩――、いや、妙な高揚感のせいで忘れているが、時間的にはもう深夜、ここは一旦眠った方がいいのかもしれない。
そして目覚めたら地上に引き返し、『死人落とし』が無効となるメンバーで再度この迷宮に潜る。
その時がシャロ様の霊廟に巣くう乾物どもとの戦いの時だ。
戦うのは正直面倒だが、不思議とそれを望む気持ちもあった。
それはやはり、死人たちに情が湧いたからだろうか?
やがて火葬が済んだらしく、リィが扉の外で待っていたおれたちを呼ぶ。
広場には灰、そして焼け残った骨。
その光景は、ちょっと一言では言い表せないものをおれの――、いや、おれたちの胸に去来させた。
「ほれ、これ忘れてただろ」
と、リィが渡してきたのは、ヴァズに貸していた留め具型の拡声魔道具だった。
「ちょっと前まで大騒ぎしていたのにね」
ぽつりとミーネが言う。
確かに、ほんの少し前までは猟奇的で悪趣味な運動会をしていた。
おれたちを全身全霊で歓迎してくれた陽気な死人たちと。
それを台無しにした乾物どもへは……、どういうわけなんだか、静かな怒りを覚えている。
たぶん、みんなも同じなのではないだろうか?
そんなことを考えていた――、その時だ。
突然、奥の扉が開いた。
そして現れたのは、立派なローブを身につけたリッチたち。
その数六体。
ガヤガヤと談笑しながらのご登場した様子は、なんだか『お偉いさん方の現場視察』といった雰囲気を醸しだしていた。
が、リッチたちは現れてすぐにはたと立ち止まり、辺りをきょろきょろと見回し始める。
そして――
『あっれーッ!?』
声を揃え、困惑の叫びを上げた。
どうやらリッチたち、おれたちも死人たちも綺麗に片付いたと思い込んでの登場だったようだ。
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2019/01/16
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2019/02/02
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2020/03/21
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2021/07/09




