第564話 14歳(秋)…死人たちとの共闘
「あれを片付けて続きを……? いや、しかし……」
死人たちを焚きつけるべくおれはベリサクスに共闘を呼びかけてみたが、当のベリサクスは歯切れの悪いことを言いながら逡巡するばかりだった。
まったく、狂気の運動会を続けようってこっちが誘ってんのに、気が狂うくらい待ち望んでいたおまえが怖じ気づいてどうするのか。
「何だ、続きをやりたくはないのか!」
「もちろんやりたいとも! だ、だが……、我々はあのリッチたちに逆らうことはできないのだ!」
「?」
あれ、おかしいな。
全力で逆らっている――正確にはおちょくっている――ように思えたから焚きつけようとしたのだが……、おれの気のせいだったのかな?
だが運動会を滅茶苦茶にされて恨み言の一つも言わず、おろおろするしかできないところを見ると本当に逆らえないのだろう。
「あんちゃん、早くしないとみんなやられちゃうぞ!」
そこでティアウルが「どうにかしないとー」と急かしてくる。
だいぶ死人たちに入れ込んでしまっているな。
確かにティアウルの言うとおり、ベリサクスを説得しようとしている間にも死人たちは次々と葬られてしまっている。
競技に参加しているときはあんなにも生き生き動いてやがったくせに、今はヘビに睨まれたカエル状態。リッチたちの『始末する』という決定――意志が死人たちを縛り付けているのだろう。
もはや全滅を待つばかりの死人たち。
本来なら好都合な話だってのに、まったく妙なことになりやがった。
「よし、じゃあひとまずおれたちだけで出来ることをやろう。ティアウルはまずあのトゲトゲした剣の塊をなんとかしてくれ。鉄巨人はシアとヴィルジオで。あとロシャさんもお願いできますか?」
「了解した」
シア、ヴィルジオ、ロシャの三名(?)に対し、鉄巨人は六体。
一人(?)あたり二体を受け持つようなことになるが、なんとか時間を稼いでもらう。
「私は!?」
「おまえはあの骨の竜だ。リィさんも一緒にお願いします」
「わかった」
「アレサさんは……、ぼくの近くにいてもらえますか?」
「かしこまりました!」
ひとまずメンバーを割り振り、それから戦いの流れを説明する。
まずはティアウルが頑張って千刃球を破壊。
最優先にした理由は、あれがごろごろ転がるだけで死人たちのミンチが簡単に出来上がってしまうからである。
あれが単一の存在であれば破壊は簡単――ティアウルがさっさと片付けてしまうところだが、面倒なことに無数の剣の集合体なので斧槍の一撃で決着、とはいかないのだ。
この、ティアウルが千刃球を破壊し尽くすまでの間、六体の鉄巨人はシア、ヴィルジオ、ロシャに引き付けてもらう。
ミーネとリィは人骨竜を完全破壊したところで、そのまま鉄巨人を引き付ける役に移行だ。
この戦いで鍵となるのはティアウルの振るうミーティアの金属特効。
どれだけ早く千刃球を、そして鉄巨人を破壊し尽くせるかにかかっている。
「じゃあ、頼む」
おれの言葉に、皆はそれぞれ返事をして飛びだした。
ティアウルは先ほどと同じ要領ですっ飛んでいき、シア、ヴィルジオは助走からの跳躍に『フライ』を合わせる。
自前の魔術・魔法で飛んでいったのはミーネ、ロシャ、そしてリィだ。
皆を見送ったあと、おれはベリサクスの所へ。
すると近くにいたヴァズもこちらへやって来た。
「本当に抵抗することができないみたいだな」
「ああ、そうなのだ……」
「……。もしも、だ」
死人たちはリッチの支配を受けている。
が、忠誠心は無い。
ならば――
「もしも、抗う方法があるとしたらどうする?」
「そんな方法があるのか……!?」
「可能かもしれないというだけの話だ。上手くいけば、あんたらはリッチの支配から解放されて、この状況をしのぎきることができるかもしれない。そしてさっきの続きを始められるかもしれない。だが、そこまでやれる可能性は低いだろうな」
「低いのか……」
「ああ、低い。だがこのままじゃ全滅だ。でもって迷宮にこびり付く幽霊としてまた退屈な時間を過ごすことになるだろう。だがこの提案を受けるなら、あんたらは幽霊とはまた別の存在となり、もうこの霊廟に縛られることなくどこへでも行けるようになる」
「何処へでも、だと……?」
「ああ、その自由だけは約束する」
「……」
ベリサクスは少し考え、それから鉄巨人や人骨竜、千刃球によって蹂躙される同朋を、そしてそいつらと戦っているうちの面々に視線を向けた。
ティアウルは千刃球を形成する剣を片っ端から鉄粉に変え、シアとヴィルジオは鉄巨人の注意を引き付けて死人たちに攻撃が向かないよう気を使いながら立ち回り、ロシャは念力でもって鉄巨人の攻撃を押さえ込んで死人たちを守っていた。
人骨竜を任せたミーネとリィのコンビは、リィが火の魔術で抉り取るように部位を消滅――灰に変えている。
だが、奴は骨の集合体。
欠けた部位は他の部分の骨が集まって直ちに修復される。
そんな戦いのさなかにあって、ミーネは棒立ちの集中状態。
どうやら『炎名冠者』を使用するつもりらしい。
が――
「あー! 駄目だわこれー!」
チュドーンッ、と。
発動失敗。
まあ余波で人骨竜がバラバラになり、再生に時間を取られたようなので無駄ではないか。
リィや死人たちも余波に巻き込まれて吹っ飛ばされていたが。
「我々を守ろうとしてくれるとは……」
「それだけあんたらの歓迎に心を打たれたんだよ」
「……そうか」
ベリサクスは目を瞑り、そして頷く。
「すでに見捨てられ、もう望みは絶たれている。可能性に懸けることになんの不都合があろうか」
「よし、ならあとは他の連中に確認だ。あーっと、ヴァズ、なんか適当に全員に確認してみてくれるか?」
「わかりました」
ヴァズが拡声魔道具を使い、混乱する同朋に呼びかける。
『みんな、こんな状態だが聞いてくれ! もはや我々は見限られ、壊されるのを待つばかりの動く死体となった! だが、侵入者の少年は我々に抗う機会をくれると言う! これを受け入れる者は――』
『うおおぉぉ――――――ッ!!』
まだヴァズが喋り終える前に、死人たちは咆吼で答えた。
それを受け、ベリサクスが言う。
「我々は何をすればいい?」
「何も。あとは――おれがやる」
まず使用するのは〈星幽界の天文図〉。
死人たちを、そして体を破壊され彷徨う幽霊と化した奴らをロックオン。
問題は次、黒雷が出てくるかどうかだが……、わりとあっさり出てきてくれた。
左腕にバチバチと。
「これからあんたらを精霊に変える」
「――は?」
「囚われた魂を精霊に変えて解放するんだ。そしたらあんたらは自分の体に取り憑け。その補助もしてやるから。上手く行けば今の状態とほとんど同じになるだろう。しばしの間だけだろうがな」
「かまわない。皆も同じ気持ちのはずだ」
「そうか。じゃあいくぞ。精霊になったら、あんたがこのことを他の連中に伝えるんだ。取り纏め役がいればなんとかなるだろ」
そして――。
おれは黒雷を解き放つ。
掲げた左腕から幾つもに枝分かれした黒雷はジグザグに、不規則に、しかし狙いを付けた死人や幽霊めがけ降りそそいだ。
黒雷に撃たれた死人たちはばたばたと倒れ、その体からほわほわっと小さな光が出現する。
それを見計らい、おれはさらに〈真夏の夜のお食事会〉で生まれたての精霊たちに活力を、そして〈精霊の煮込み鍋〉にて各自の体へと導いた。
もう体が破壊されちゃってた奴らは……、まああれだ、応援よろしく。
「さて、やれることはやったが……、どうだ」
呟いたすぐあと、倒れ伏したベリサクスがむくっと起きあがり、それに続くように他の死人たちも起きあがり始めた。
死人たちは茫然とした様子だったが、そこでベリサクスが叫んだ。
「聞け、皆の者! こちらの侵入――、いや、御仁のおかげで我々は万魔信奉会のアホどもの戒めから解き放たれた! 信じられないか? だが感じているだろう! 今こそ――、今こそ、今こそ! 奴らに反旗を翻す時である! 我々にどれほどの時間が残されているかはわからん! だが、悔いの無いように! これが我らの最後の舞台! 振り絞れ、すべての力を! すべてはこの最後の機会を与えてくれた御仁とその仲間たち、我らを看取ってくれる者たちのために!」
ベリサクスが剣を抜き、頭上に掲げてみせる。
死人たちは状況を呑み込み切れていないようだったが、それでもリッチたちのくびきから解き放たれ、望むままに戦えることを漠然とながら理解したのだろう、武器を持つ者はそれを構え、持たぬ者は素手にて構える。
そして始まる死人たちの猛攻。
先ほどまでとは違い、支配による金縛りから解き放たれた死人たちは、披露する機会のなかった戦闘力を存分に発揮する。
なかにはシアたちが引き付けていた鉄巨人を倒す者まで現れた。
ティアウルのような金属特効ではない、ただの武器での斬鉄技。
鉄巨人の足を破壊し、態勢を崩し倒れたところをさらに攻撃して鉄の破片へと変えていく。
「み、皆さん強いですね……」
目をぱちくりしながらアレサが言う。
確かに強い。
ベリサクスは自分たちはそこそこ強いと言っていたが、これは『そこそこ』なんてものではないと思う。
暇過ぎて修練を積みまくった結果なのだろう。
もはや達人級と言っても過言ではない一部の死人たちは競い合うように技を繰り出し、鉄巨人、人骨竜、千刃球を破壊してゆく。
つか、この広間に来た最初、一斉に襲いかかられていたらおれたちかなりマズかったんじゃね?
死人たちが暇しすぎておかしくなっていたのは、おれたちにとっては僥倖であったようだ。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/12




