第563話 14歳(秋)…霊廟に巣くう者たち
広場の上部に出現したミイラ野郎(?)は胸像のように胸から上が浮かび上がっているため、紫の刺繍に飾られたフード付きのローブを身に纏っているのが見て取れた。さらにもやもやと墨が気化したような黒いオーラを漂わせており、それはまるで冬場に熱々の風呂につかってきた者が体から湯気を立ち上らせているようであった。
そんな『ひとっ風呂浴びてきた』みたいなミイラの出現に死人たちは恐れおののき、いそいそとその場に跪く。
「ああ、貴方は……!」
それはベリサクスとて例外ではなく、直ちに騎馬は解体され、他の死人たちに遅れながらもミイラ顔を崇めるように跪いた。
「貴方は……、あー、誰でしたっけ?」
『ガフロフト! 万魔信奉会の盟主、大魔導師ガフロフトだ! 貴様、主たる我が名を忘れるとはどういう了見か!』
「い、いえ、忘れたわけではないのです! ただ、あなた方――リッチは六人いますし、誰も彼も干涸らびているので顔を拝見しただけでは誰が誰だかわからないのです!」
『そこは声で判断せんか馬鹿者が!』
「いえ声もそんなしわがれた声ですし、誰が誰だか……」
『ええいもういい! そんなことは重要ではないわ!』
ミイラ顔――ガフロフトはお冠だ。
『今一度問う! 何をやっておるか貴様らは! またいつものように下らぬ予行演習を始めたのかと思えば、居るではないか、侵入者が! 貴様ら、襲いかかりもせず何を一緒になって遊んでおる!』
まあ確かに何やってんだって話だ。
密かにその点にだけ同意していると、騎馬戦やっていた面々がこっちに戻って来た。
「んもー、せっかく盛りあがってたのにー」
「うむ、妾もいささかイラッとしたぞ」
「あと五分くらい後に出てきてほしかったですねー」
向こうが揉め始めてしまったので騎馬戦は中断。
ベリサクスとの決着を邪魔されて不満そうなのはミーネ、ヴィルジオ、シアの三名で、そこに混じるアレサはしょんぼりと項垂れていた。
「……ま、またしても活躍が……」
せっかくシアとヴィルジオの馬鹿力をその身に受けつつ頑張っていたのに……、ちょっと慰めよう。
そんな、おれがアレサを励ますうちにもベリサクスとガフロフトの話は進んでいた。
「ガフロフト殿、違うのです! 遊んでいるわけではなく、これは勝負なのです! 侵入者たちが勝てば通し、負ければ帰ってもらうという勝負なのです!」
『帰してどうする!?』
「無事に返せばもっとたくさんの人が来てくれます!」
『来・さ・せ・て・ど・う・す・る!?』
うん、見事なまでに話が噛みあってねえな。
もうガフロフトは激怒しすぎて顔芸が始まってる。
『き、き、貴様ら! え、なに、使命忘れちゃった!?』
「我々の使命は侵入者の撃退です!」
『わかっておるではないか! そうだ、神聖なる霊廟を荒らす無法者どもを始末するのが貴様らに与えられた務めだ!』
「ハッ、承知しております。ですので、こうして今まさに侵入者たちと競技で競い合っているのです!」
『ど・う・し・て・そ・う・な・る!』
頭を抱え、苛立たしげに身悶えするガフロフト。
と、その動きによって映っていた体が見切れた。
映り込める範囲――フレームが存在する?
ならばあの宙に浮かぶガフロフトの姿は、テレビカメラによる中継のようなものなのだろう。
「ティアウル、ちょっと頼みたい」
「お、なんだ?」
「広間のどこかにあのミイラを映す道具、それからこっちを観察するための道具があると思うんだが……、ちょっと探してみてほしい」
「わかったぞ!」
快く引き受け、ティアウルは目を瞑って集中する。
そうティアウルに指示をする間にも、ベリサクスとガフロフトの噛みあわない会話は続いていた。
が――
『ええい、もういい! 貴様らなどあてにせぬ! こちらで始末をつけるわ!』
「お、お待ちください! どうか、どうか信じていただきたい! 我々はここから、ここからが凄いのです! 見事勝利を収め、侵入者たちにお帰り願う様子をご覧に入れましょう!」
『だから帰すなつってんだよこっちは! ああもういい! もぉーいい! そこの侵入者もろと――、も?』
と、そこでガフロフトが言葉を止め、細かい文字を見ようとするお年寄りのように目をしかめる。
そして――
『ロ、ロールシャッハ!』
「ああん!? 様をつけんか乾物野郎が!」
ロシャを見つけて驚愕するガフロフト。
すると「え、マジで!?」みたいな感じで、ガフロフトの背後からひょこひょこっと覗きこんでくる新たなるミイラ顔、その数五体。
なんだかテレビ中継するレポーターの後ろにしゃしゃり出てくる通行人のようである。
どいつもこいつもミイラ顔、そして同じローブを着ているせいで確かに区別がつきにくいが、幸い飾りの刺繍がそれぞれ色違いなので、そこで判別ができそうだ。
『ロールシャッハ、き、貴様、何故ここに……?』
「お前らに説明してやる義理はない! と言うかお前ら、誰の許可を得てシャロの墓に我が物顔でのさばっている! リッチだと? お前らのような下心丸出しですり寄ってくるしか能のない奴らが? 信じられんな、ただ死人が干涸らびただけではないのか!」
『侮るなよ、シャーロット様のおまけめ! 我らは間違いなくリッチであるぞ! それも、特別な、な! そして許可は得ている! そのお方こそが我らを特別な存在にしてくださったのだ!』
「なん……? どこのどいつだ!」
『それは貴様もよく知る人物――アルフレッド様だ!』
「アルフィーだと!?」
アルフレッド。
それはちょろっとだけリィに聞いた、シャロ様の弟さんの名前だ。
『アルフレッド様は神聖なる霊廟を汚す愚か者どもと戦い続けていた我らの元に現れると、秘術によって我らをリッチに変えてくださったのだ! そして命ぜられた! 霊廟を守れと! 相応しくない者どもが姉上の墓を汚さぬよう守護せよと!』
シャロ様の弟さん……。
リィ自身も詳しいわけではなく、シャロ様とは疎遠になったくらいのことしか知らないらしい。
そのアルフレッドが――、あれ?
どうしてまだ生きていられたんだ?
長生き……?
いや、答えはもう出ているか。
アルフレッド自身がリッチに転じていたからこそ、こいつらもリッチにしてやるなんてことが出来たのだろう。
……。
ん?
なら父さんが会ったリッチは……、アルフレッドだったっていう可能性もあるのか?
だとしたら奇縁だな。
『故に、例えシャーロット様のおまけとは言え容赦はせぬ!』
「誰がおまけだ! ええい、いちいち突っかかってくるのは相変わらずか! この愛らしい姿をした私の何が気に入らんのか理解できんわ! 魂が腐っておるのではないか!」
『そんなもの、貴様さえ居なくなればシャーロット様は我々こそを使い魔として可愛がってくれていたに違いないからに決まっているであろう!』
「ば、馬鹿かお前ら!?」
明かされる事実。
それはロシャも愕然とさせる実にあきれたやっかみであった。
『馬鹿とは失敬な! 馬鹿は貴様だぞロールシャッハ! 主の墓が荒らされているにも関わらずのうのうと過ごしていた貴様こそが馬鹿でなくてなんなのだ! 否、まずはそれ以前、主を亡くしてなお生き続けているその不義理を叱責すべきであるな! 判決は死刑! シャーロット様が眠るこの霊廟で葬ってやろうというこの慈悲、感謝してもらおうか!』
「……」
そこでロシャは一度黙る。
そして――
「シャロは……私に頼むと言った。後を――頼むと! お前らごときが踏みこんでいい話ではないわ!」
ロシャの翅は赤く、赤く、赤光を放ち、震え、ヒィィィンという甲高い音を奏でる。
もうリィに聞かなくてもわかった。
激怒しているのだ。
『ふん、そんなもの知らぬわ。では、そろそろ本来の守護者に働いてもらうとしようか!』
そうガフロフトが言うと、それまでただのオブジェであった鉄巨人がゴゴゴ……、っと動き出す。
「あー、やっぱり動いたかー」
「やっぱり動きましたねー」
予想できていたことだが、こう目の当たりにするとげんなりだ。
「お、おやめください! まだ、まだ我々は侵入者たちに披露したいことがあるのです! せっかく練習を重ねてきたのです!」
『知るかボケが!』
ガフロフトはベリサクスの言葉を一蹴。
動き出した鉄巨人は、すぐ近くにいた死人たちを巨大な剣で薙ぎ払った。
切っ先が床を削るガガガッという喧しい音。
そこに混じるのは巨大な質量の攻撃に為す術もなくその体を破壊され、宙を舞う死人たちの悲鳴。
六体の鉄巨人による蹂躙はこうして開始された。
「おやめください! 彼らにはまだ出番がー!」
ベリサクスの悲壮な叫び。
死人たちもまたここで破壊されるのは無念と、それぞれ悲痛な叫びをあげていた。
「そんな、まだ、まだ披露したい一発芸がー!」
「長年かけて編み出した爆笑必至のネタがー!」
……。
ま、まあ、あれだ。
取り組んだことが台無しになる気持ちはよくわかる。
頑張って作った冒険の書の原稿がうっかり燃えたとかなったらおれは倒れて寝込むだろう。
だが……、だからといって、この状況でおれはどうしたらいいのだろう?
そう迷っていたとき――
「フライッ!」
ティアウルが叫んだ。
と同時に響く激しい金属音。
それは斧槍化したミーティアが床をしたたかに打ち付けたがためのものであり、その衝撃でもってティアウルは鉄巨人の一体めがけ凄い勢いですっ飛んでいった。
「ティアウル!?」
いきなりどうした、とおれが驚く頃には、ティアウルは剣を振りおろさんと構える鉄巨人の前。
そして――
「ああぁぁッ!」
そのまま突撃。
剣を振りかぶった鉄巨人の腕を金属粉へと分解しての両断。
さらにはついでにと、放られた剣を鞭のように変化したミーティアでもって分解、消滅させた。
「おー、ティアウルったらやるじゃない!」
これにはミーネも感心する。
だが……、突然どうしたんだ?
突然の出撃に戸惑っていると、床に下り立ったティアウルは珍しく怒声混じりに叫んだ。
「あたいは不器用だから失敗ばかりだ! でも、頑張ってたらちゃんと成長できた! だからあたいは、頑張ることはすごく大事なことだと思う! ここにいたみんなは、ずっと頑張っていた! ずっとずっと頑張って、あんな凄い歓迎ができるようになって、あたいはそれをすごく立派だと思った! なのにそれを台無しにするなんて……、そんなのあたいには許せない!」
お、おお、ティアウルが奮起している……!
でもティアウル、問題は不器用じゃなく、おっちょこちょいなことなんだと思うぞ……!
「はは、ティアの奴なかなか言うではないか。――で、主殿、ティアは珍しく猛っておるが……、止めるか?」
楽しそうに笑うヴィルジオ。
おれは深呼吸のようなため息をつき、それから言う。
「やるか」
何にしてもあのデカブツは始末しなきゃいけないもの。
おれの一言に、皆は臨戦態勢に移行した。
その間にもティアウルは『フライ』とミーティアのサポートを駆使して次々と鉄巨人の剣を破壊している。
ティアウルにとって金属で作られた存在は弱点丸出しと大差ない。
まず剣を潰しているのは死人たちへの攻撃を少しでもやりにくくするためか?
ティアウルは六体の鉄巨人が持っていた巨大な剣を破壊すると、今度は向こう側にあった迷宮の奥へと続く大きな扉の上枠に乗り、そこで何かを手にとる。
そしたら突然、広間の上空に浮いていたガフロフトの顔が床に半分めりこんだ。
『あ、貴様!? それは大事な物だから弄ってはいかん!』
そうか、あれが投影機、あそこにあったのか。
「あは!」
ティアウルが笑いながら投影機を動かすと、ガフロフトの顔は天井に突っ込んだり壁にめりこんだりと大変なことになった。
「あはははは! 面白いぞこれ!」
『ききき、貴様ぁーッ!』
これでかろうじて残っていたガフロフトの威厳はティアウルの行動で完全に消滅した。
格好つけの天敵だからな、天然は。
『も、もう許さんぞーッ!』
と、そこでティアウルの足元――大きな扉がバーンと開き、中から大量の骨がガラガラ雪崩れ込んできた。
骨は独りでに組み合わさり、やがて竜の形となる。
人骨で作られた竜――人骨竜だ。
続いて大量の剣が扉から吐き出され、それは浮き上がって集まり、ウニやイガグリ的な剣の玉――千刃球となる。
と、そこで、これからどうすべきか迷ったのだろう、ティアウルはこちらに飛んで戻って来た。
「あんちゃん、はいこれ」
ティアウルが渡してきたのは、ガフロフトの顔を投影していた投影機。
それからもう一つは……、撮影機だろうな、この場の様子を見るための。
おれはその二つを魔導袋に放り込む。
これでリッチたちはこちらの様子がわからなくなったはずだ。
「ティアウル、お手柄だ」
「んお? おお!」
おれはティアウルの頭を撫で、それから茫然とするベリサクスに呼びかける。
「おい! 協力してあれを潰すぞ!」
「……え?」
ぽかんとするベリサクス。
おれは構わず叫ぶ。
「とっととあれを片付けて、騎馬戦の決着をつけようって言ってんだよ!」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/12
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/14




