第57話 8歳(春)…企画の提案
時間を持てあますあまり、余計なことばかりするアホメイドにうんざりさせられた冬という季節がようやく終わりを迎えた。
妹のセレスにとっては初めての春。
湿疹やお熱がでたりもしたが、風邪をひいて本格的に体調を崩すようなこともなく春を迎えられたことにほっとする。
あちらの世界の中世といったら新生児の半分くらいは一年もたずに死んでしまうので、登録は一、二歳になってからするなんて話を聞いたことがある。あと二ヶ月もすれば妹はめでたく一歳になるが、まだまだ油断はできない。
そんなおれの心配をよそに、妹はすくすくと成長している。立派にハイハイできるようになり、簡単な言葉を口にするようになった。それが「にー、にー」ではなく「しぁー、しぁー」なことにちょっと不満を覚えるが、家族のなかで一番妹にくっついていて世話をしていたのだから納得せざるをえない。
「むむむ……」
そんなシアは現在、庭に這いつくばって地面と睨めっこしていた。
やがて――あと三、四ヶ月して、妹がお外にでてよちよちと歩き始めたとき、石があっては危ないと丁寧に拾い集めているのだ。妹に名前を呼ばれるようになってから、シアはますますはりきっていた。
そんな春の終わりのある日、ひさしぶりにダリスがレイヴァース家を訪れた。
お髭もすっかり元通りだった。
「おめでとう。可愛らしい女の子だ。君に似たようだね」
ダリスが母さんに抱っこされている妹を覗きこむと、妹はむっとして母さんにひしっとしがみついた。
妹、初めての人見知り。
「おやおや、恐がらせてしまったか」
にこにことするダリスはそれからシアを見る。
「この可愛らしいお嬢さんがシアちゃんだね」
「はいー、どうぞよろしく」
にっこりとシアはかえす。
それから「聞きましたか? 聞きましたか?」と肘でおれをつついてくる。うっとうしい。
ひとまずダイニングルームに移動し、シアがお茶とお菓子の用意をする。
シアがまともにメイドらしい仕事をしているのを見るのはこれが初めてのような気がする。
「そうそう、これを渡さないと」
そう言ってダリスは手紙をおれに差しだした。
「ミネヴィア嬢からだよ」
……?
ああ、ミーネか。
そういえばあいつ、そんな立派な名前だったな。
ご大層に蝋封された手紙を開いてみる。
そそそっ、とバカメイドがおれの背後に回り込み、手紙を覗きこもうとする。
「……おまえな」
「いいじゃないですかー」
ミーネにかぎって内密なことなど書かれていないとは思うが、それでも一応、礼儀としておれはメイドを追っ払う。
手紙はとくべつ内容のあるものではなかった。
お喋りの延長というか、思いついたことを書き殴ったというか。
とにかく要望ばかりである。
またこっちに来たいとか、産まれた妹を見たいとか、こっちへ遊びに来いとか、リカラの雫くれとか、あと手紙よこせとか、そんな感じだ。
「わがまま放題ですねー」
問題ない内容であったため、シアにも見せてやる。
読んだシアの感想については同意見だ。
ただまあ、その要望のうちかなえてやれることがある。
「ほう、来年に王都へくると?」
発明品は特にないと聞いたダリスは心なしか、くるんとしたお髭が垂れ下がるような感じでがっかりしたようだったが、おれが王都へ行く必要ができたと聞くと、興味深そうに身をのりだしてきた。
「はい。王都でお披露目したいものがあります」
「なぜわざわざ王都まで来て、なのかね?」
「それを見てもらいたい人に、王都からわざわざここに来てもらうわけにはいきませんし、かといって僕なしでそれを理解してもらうのは難しいんです」
「ふむ。見てもらいたい人というのは?」
「王都の冒険者ギルド支店長、そして冒険者訓練校の校長です」
「ほほう」
その人物は予想できなかったか、ダリスは少し目を見開いて、ますます興味が湧いたとばかりににやりとする。
「大がかりなことのようだね」
「もしかしたら、冒険者全体にちょっとした変革をもたらすかもしれません。うまくいけば冒険者だけでなく、一般の人たちにも影響が広がるかも」
「また大きくでたね」
「まず、ギルド支店長と訓練校の校長にそれを理解してもらわないといけません。この二人にはあとあと手紙を送りますが、まずはダリスさんからそれとなく伝えておいてもらいたいです。おそらく興味を持って、話くらいは聞きに行ってもいいと考えてくれるはずです」
「校長は暇だから大丈夫としても、支店長は多忙だからな……」
「シャーロット直系の弟子のレイヴァース家、シャーロットゆかりの豪商チャップマン家、そして発表する場はクェルアーク家です。冒険者ギルドとして無視できない三家が、冒険者に関わる何かを発表するというなら、ギルド支店長として出向かないわけにはいかないでしょう」
「まあ確かに」
くっくっ、とダリスが喉を鳴らすように笑う。
「二人とはそれなりに付き合いがある。きっと驚くだろうね、辺境にこもっていたレイヴァース家が何かを始めようとしていると聞いたら。そう、ギルドにとってシャーロットの名は絶対に無視できないものだ。必ず来るだろうし、無理矢理にでも来させる。それについては安心してくれ」
ダリスは頼もしいことを言うと、お髭をなでる。
「それで……その発表するものがなんなのか、教えてはもらえないのかな?」
「そうですね、まだ未完成ですが、ダリスさんには少し試してもらったほうがいいかもしれません。なんとなくでも、それがどんなものであるか、理解してもらえればいいんですが」
「難解なものなのかね?」
「難しくはありませんが、これまでなかった代物なので、そこを理解してもらうのに少し時間が必要になると思います。なので、夕食のあとでゆっくりと」
「ふむ、今回はショーギをしている暇はなさそうだね」
「え!?」
父さんが無駄にショックをうけているようだったが、それは放置することにした。
「では夜を楽しみにしておくとして……」
ダリスは言いながら、ふとシアを見る。
「シアちゃんが着ている服なんだが、あれは?」
「メイド服ですね」
「メイド服……?」
「メイド専用の仕事着と考えてもらえれば」
「ふむ、そのメイドというのは?」
「侍女のようなものと考えてもらえれば」
「侍女ではないのかね?」
「侍女は働きにきている女性ですが、メイドはその上位にあるものです。主に忠誠を誓いあらゆることをこなします。主人の世話から、警護まで」
「魔道執事や魔道侍女のようなものかね?」
はて、それは初めて聞いた。
「その魔道執事や侍女というものは知らないです」
「そうか。魔道執事や魔道侍女というのはね、魔法の才能のある特別な使用人だ。ただ使用人としての仕事よりも、護衛としての役割を求められるね」
「メイドに近いですが、メイドはそれも含みます。メイドとは、主に仕える者すべての役割を包括する使用人の頂点としての概念でありますが、現実的には主への敬意と忠誠をもちメイド服に身を包んだ乙女ということになるでしょう」
「ふむ」
とうなずき、ダリスはその場にいる皆の顔をうかがう。
両親とシアは目を伏せて首を振る。
「ふ、ふむ……、ちょっとその、メイド服を売りに出せないかと思ったのだが……」
「難しいですね。メイド服はそこらの服ではありません。メイド服はメイドのための服。それは黒地の服と白いエプロンの組みあわせでありますが、高貴な生まれにしか身につけることを許されぬ色合いがあるように、その取り合わせはメイドにしか許されないものなのです。下手にこのメイド服を広めようとしては、メイドのなんたるかも知らず、知ろうともしない無粋な不届き者によって模倣され、偽メイドが世にあふれることになってしまいます。これはメイドを愛する者として看過できない事態です。しかしダリスさんがどうしてもと言うのであればなにか方法を考えなければなりませんね」
「ど、どうしてもというわけでは……」
「まずはメイドという概念を世間に認知させるところから始めましょう。メイドという存在はただの使用人とは一線を画すものであるということを世間に知らしめるのです」
まあ、ようするにブランド化だ。
「そしてメイド服はメイドとして認められた者でなければ着ることが許されない服であると認知させるのです。メイドでない者がメイド服を着ることに忌避を覚えるよう人々を教育するのです。ではメイドをメイドとして認定するのは?」
そんなの、決まってる。
「メイドの学校です。メイドの学校を創設するのです」
「あ、あの……」
「メイド学校では使用人としての技術、そしてメイドがメイドたる精神を学んでもらいます。ああ、そうだ。メイドを求めるのは素晴らしい主人だけとは限らない。ですから、そのための枠組みも必要ですね。邪悪な主人にメイドが手籠めにされることがないよう、メイドには主人を選ぶ権利と、いざとなったら主人を害する権利も必要です。そんな下衆からメイドを守るために、メイド学校自体に権威、そして抑止となる戦力が必要です。それこそ、メイドを虐げる者は神すら殺す、といった気概が本気であると理解させるように」
それから、おれは夕食の時間になるまでダリスと共に、メイド学校創立のための計画をつめていった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/19
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22




