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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』前編
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第560話 14歳(秋)…リレー走?

 リレー走はおれたちが入ってきた扉前がスタート地点。

 広間一周――だいたい400メートルほどを走りきり、次の走者にバトンを繋ぐ。

 このあたりはおれの知るリレー走に近いものだが、レーンが広間壁際にある10メートルほどの浅い窪みを利用したものであるため、走者五人はここをごちゃ混ぜで走ることになる。

 妨害有りだとこちらが圧倒的に不利――正確にはか弱いおれだけが不利――になるのだが、認められるのは競り合い程度で、走るのを妨害するほどの行為は禁止されているようだった。

 これならまあ安心である。

 うちの走者はまず最初がおれ、次がヴィルジオ、そしてアンカーがシアという順番。

 おれは扉前で横一列、やる気満々で鼻息の荒い死人たちの走者に混じってリレーの開始を待った。


「ご主人さまー、適度に頑張ってくださいねー」

「うむ、あまり気負わず、無事に完走して妾に繋いでくれ」


 くっ……、おれはあまり期待されていない!

 まあ二人からしたら期待するほどではないのはわかるけども!


「猊下ー! 頑張ってくださーい!」

「あんちゃん、がんばれー!」

「一番よ! 一番で帰ってくるのよ!」


 一方、待機となるアレサ、ティアウル、ミーネの応援は励みになった。

 あとロシャを頭に乗せたリィは……、まだこの状況を受け入れようとしている状態かな?


「さて……、頑張るか」


 シアとヴィルジオを見返すため、そして純粋に応援してくれるお嬢さん方の期待に応えるべく奮起していたところヴァズがやってきた。


「ではこれを持って走り、一周したら次の走者に渡してください」


 と、ヴァズが渡してきた物。

 バトン――、バトン?

 これ骨だよ?

 すらっと伸び、上下に関節部があるいかにも『骨』という骨だ。


「あ、あの……、これ、骨ですけど……」

「ええ、骨ですね。上腕骨――二の腕の骨です」

「いやそうじゃなくて、なんで骨を受け渡し!?」

「ちょうどよい物が無かったので」

「だからって骨……」


 この骨の持ち主(?)も、まさか自分の骨が死後リレー走のバトンに使われるとは想像もしなかっただろうな。

 おれが頑張って納得しようとしている間に、ヴァズは他の走者たちにも骨を配り、渡し終えたところでアナウンスをする。


『それではゾンビ役の人たちも用意してくださーい!』

「――ッ!?」


 今こいつなんてった!?


「ちょちょちょ、え、ゾ、ゾンビ役!? 徒競走なのにゾンビ役ってどういうこと!?」

「え? ああ、ゾンビ役ですか。ゾンビ役は走者の邪魔をする役ですよ。大丈夫、走者全員を狙うのでそこは平等です」

「いやそうでなくて! どうして徒競走にゾンビなんて妨害役がいるかってことなんですけど!」

「ああ、それはですね、この競技は伝令士を元にしたもので、受け渡す骨はとても重要な書簡という設定なのです。書簡を届けるべくひた走る。その途中にはさまざまな障害があることでしょう。この競技ではそれをゾンビで表現したのです」

「いやそれなら障害物を用意して、そこを走らせたらいいんじゃないの!? なんで全部ゾンビに任せちゃったの!? つかゾンビ役ちょっと多くね!? 走るのに凄く邪魔なんですけど!」

「すみません。できればそうしたかったのですが、ここは物資が乏しいもので……、ゾンビの数でどうにかするしかなく……」


 あー、墓の底ですもんねー……。

 おれは激しく抗議したかったが、切実な事情が絡むとなっては抗議したところでゾンビ役が居なくなるとは思えなかった。

 おれは改めて自分を説得にかかる。

 これが死人たちの課す試練なのだ。

 これに競り勝たねば先に進めないのだ――、と。


「ご主人さまー、えーっと、あれです、がんばってー」


 セルフ催眠していたところ、シアが気の抜けた声援を送ってきた。

 あいつやヴィルジオはゾンビなんて蹴散らせばいいだろうが、おれには無理だ。

 これは〈魔女の滅多打ち〉だけではなく、〈針仕事の向こう側〉も併用してゾンビに捕まらないようにしなければならない。

 そしていよいよスタートの時。

 合図はボロボロの盾を、同じくボロボロの剣で叩いて出すガーンッという音だった。

 これによりおれを含めた走者が一斉にスタート。

 とたんに観戦する死人たちから声が上がり、広間は一気に騒がしくなった。

 そんな歓声の中を走るおれはあえて最後尾。

 だってゾンビ役ってのが訳わからなすぎるんだもの。

 まずは死人選手を先に行かせ、様子を見るのである。

 先頭を行く死人選手に立ちはだかるゾンビたちは――


「ゾンビゾンビゾンビゾンビゾンビゾンビゾンビゾンビ……」


 口早に「ゾンビ」と繰り返し、バスケのディフェンスをするように腕と足を大きく開き、腰を落として待ちかまえる。

 そしていざ走者が近づくとゾンビ役は素早いタックル、避けようとすればキレのある反復横跳びで妨害する。


「(ぜんぜんゾンビじゃねえじゃねえか!)」


 走るゾンビはもうスタンダードだが、それだって凶暴性を表現するためのもので獣のような野性的な動きだ。

 なのにこいつらときたら研ぎ澄まされたようなキレッキレな動きで襲って来やがる。

 ちくしょう!

 こんな動きをするゾンビなんてマイケル・ジャクソンのPVでしか見たことねえぞ!

 そんなゾンビたちに飛び込むことになった死人走者は、もうなんだかアメフトかラグビーみたいなことになっていた。

 躱せるなら躱すが、無理なら組み付かれたまま引きずり、走りながら身をよじって振り落とすのである。

 くっ……、おれではあんな真似は無理だ。

 こうなれば、とおれはここで〈針仕事の向こう側〉を使用。

 引きのばされた時間のなか、キレキレの動きで迫ってくるゾンビたちの魔の手をひらりひらりと躱していく。

 これならもはや楽勝のように思えるが、実際はそうでもない。

 ゾンビたちと同じように、おれの動きもゆっくりになっているので油断はできないのだ。

 場合によっては「このままでは捕まる」とわかっていても、その回避が間に合わないという状況もありえるのである。

 おれは神経を研ぎ澄ませ、掠りすらもさせないようにあらゆる態勢でもってゾンビたちの隙間を抜けてゆく。

 その動きは、おれからすればゆったりとした舞踊のように思われるのだが――


『何ということでしょう! 侵入者、ゾンビをことごとく躱していきます! 瞬間的に目で追い切れない動き……、なんだこれは!』


 傍から見れば、超高速阿波踊りと言うか、盆踊りと言うか、普通の人間がする動きではないのだろう。

 それに死人たちがざわめいた。


「やべえ、やべえぜあいつ!」

「人間の動きじゃねえ!」

「ありゃ小さい子が見たら泣くぜ!」


 やめてくれ、実際にロボットダンス披露してクロアを泣かせたことがあるんだから。

 観戦する死人たちの心ない評価。

 挫けそうになる心。

 だがそれを奮い立たせるのは仲間からの――


「ご主人さまー、ちょっとキモイんですけどー!」

「あんちゃん恐いぞー!」

「変な動きでもなんでもいいわ! とにかく勝ちなさい!」


 ……。

 おれは泣きたくなった。

 だが――


「猊下ぁぁ――ッ! 頑張ってくださぁーい!」


 アレサだけは普通に応援してくれた。

 よし、アレサのために頑張ろう。

 折れかけた心を奮い立たせ、おれはゾンビどもを躱し、躱し、なんとかスタート地点まで戻って来る。

 なりふり構わぬ回避作戦が功を奏したか、なんと一位だ。

 死人選手がゾンビにしがみつかれ、大きく速度を落としたことも幸いした。


「ヴィルジオー! あとは頼むー!」

「まかせよ!」


 と走りだしたヴィルジオだったが――


「どうしろというのだこんなもの!」


 早々に文句が飛びだした。

 が、まあそれも仕方ない。

 ゾンビが追加され、おれが走ったときよりもぐっと数が増えていたのである。

 もうこうなると避けようとしても避けられるものではない。

 戸惑って速度を落としたヴィルジオに遅れていた死人選手たちが追いつき、そして追い越す。


「ヴィルジオー! 焦らなくても大丈夫だからー!」


 死人選手がこのゾンビ通せんぼをいかに攻略するのか、それを見てからでもいいのだ。


「ゾンビゾンビゾンビゾンビ――」

「邪魔だおらぁ!」

「ゾ――ぶふぁ!」


 死人選手はそのまま突撃、手にする上腕骨でゾンビ役を殴り倒し始めた。

 もう滅茶苦茶だ。

 このリレー走、レーンから出ずに走りきればそれでいいらしい。


「ええい、こうするしかないのか!」


 ヴィルジオも死人選手を見習い、邪魔なゾンビたちを蹴散らし始める。

 しかし、ヴィルジオは遅れた。

 死人選手たちは邪魔になるゾンビを的確に殴り倒して進むが、見境無く薙ぎ倒しているヴィルジオには無駄が多かったのだ。

 だが、遅れたからとヴィルジオを責めることはできない。

 何しろこんなリレー走は初めてなのだ。

 結局、ヴィルジオは巻き返しきれずドベで帰還。


「シア、すまぬ……! 頼む……!」

「まっかせてください!」


 そしてシアは飛びだした。

 おれはてっきり高速を維持し、力まかせにさらに増えたゾンビ――もう満員電車みたいなことになってる――を蹴散らしていくとばかり思っていたのだが――


『おおっと! これは!? 壁を走っている!?』


 そう、シアは超高速度を生かし、壁を走ってゾンビたちを無視してしまったのである。

 何という……、シアにしかできない荒技だ。

 でもこれ反則になるんじゃないの?

 おれはそんな不安を抱いたが、シアのこの荒技、観戦している死人たちにはやたら好評で「そんな手があったか!」と声を上げて盛りあがっている。

 つかシアの奴、もう一周して戻って来たぞ。

 ビリからぶっちぎりのトップである。

 このシアの走りっぷりに死人たちは大いに盛りあがり、大歓声となった。

 おまえらが喜んじゃダメだろうと思うけど大歓声だ。

 しかし――


『えー、えー、ただいまの侵入者側の走者の走法について少し協議を行います!』


 途端、今度は死人たちが一斉にブーイング。

 だからおまえたちが不満がってどうするんだと。

 もう訳わかんねえなコレ。

 それからベリサクスを含む死人数名が協議を行ったが――


『枠から飛びだしてはいないということで、壁を走ることも認められることになりました! と言うわけで、記念すべき最初の競技は侵入者たちの勝利です!』


 再び死人たちからは大歓声。

 自分のことのように喜んでいる。

 その様子を眺めていると……、認めてはいけないのだろうが、なんとなく死人たちに好感を抱いてしまう。

 困ったものだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/06

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