第559話 14歳(秋)…シャロのお墓で運動会
「私の名はベリサクス。とある国がシャーロットの秘宝を入手しようと極秘裏に派遣した探索部隊の隊長――だった者だ」
死人たちの歓声がおさまったところで、宣誓をした代表とおぼしき死人が名乗った。
「現在はかつての私と同じく秘宝を求めて霊廟に潜り、そして死人に落とされた者たちの代表を務めている」
万魔信奉会の連中はこの人数を死人に変えたのか……。
探索を続けるならば対決は避けられない相手だ。
何かしらの対策を考えなければならないが……、今はまず目の前の問題が優先、ベリサクスの話を聞こう。
「これから我々は君たちを撃退すべく、戦いを挑まなければならないわけだが……、先ほども言った通り、本心としては君たちを傷つけたいとは思っていない。本当は撃退などせず、我々のもてなしを存分に楽しんでもらいたいとすら思っている。しかし! そうはいかないのが宮仕えの悲しいところ……! 生前は国に従い、その結果として死して後は万魔信奉会のリッチたちに従うしかないというこの切なさ、やるせなさ!」
ベリサクスは悔しそうであるが、こうしておれたちに愚痴をこぼせることがちょっと嬉しそうでもある。
「さて、この戦いだが、君たちが見事勝利した場合、我々はそれ以上の手出しをせず、大人しく君たちが先に進むのを見送ろう。ちなみにこの広場より先はもう罠は無いが、我々を使役する万魔信奉会の魔導師たちが待ち受けている。君たちにとってはそれが最後の戦いとなるだろうな」
本来であればここがラストだったのか。
おのれ信奉会の魔道士どもめ……。
「そして我々が勝利した場合だが、申し訳ないが君たちにはここで引き返してもらうことになる。ただ強制ではないので、勝敗など知ったことかと我々に挑んでもらってもかまわない。それはそれで我々は嬉しい。だが……、あまりお勧めしないな。自慢にもならないが、我々はこう見えてそこそこ強い。何しろ暇で暇で、修練を積む時間などいくらでもあったのでな」
歓迎の催しの練度から考えるに、死人たちが相当の強者であってもなんら不自然なことではないだろう。
さすがにうちの面子が敵わないほどとは思わないが……、だからといってわざわざ戦おうとは思わない。
それにこの連中は見事な催しを披露してくれた相手であり、こちらに危害を加えまいと紳士的な対応をしてくれる死人たちである。
これはもう礼儀的に、負けたら本当に一度地上へ引き返してもいいのではないかと思っている。
この死人たちが本気でおれたちを殺すつもりであったら、ここに到達するまでの道中で仕掛ける機会はいくらでもあった。
ちょっとイカれ気味な連中とは言え、その対応には敬意を表してもよいのではないだろうか?
おれたちなら三日ほどで引き返せるし、対策を立ててまた潜ることもできるので、そこまでデメリットというわけでもない。
むしろリッチの『死人落とし』に何かしら対策を立てねばならない現状、ここで引き返すのも有りなのだ。
でもまあ、ひとまず死人たちと何をすることになるかは知っておいた方が良く、となれば――
「それで、競い合うって何をするんですか?」
「お! それはだね、我々が長い年月をかけて考えだした様々な競技によってだ! 最終的にはその勝敗の数で決着をつけるというのはどうだろうか!」
「は、はあ……」
競技か、本当に運動会になってきたな。
「君たちは人数的に少なく、我々は多い! 競技に連続して出場していては疲弊してしまうだろう! その場合は休息をもうけ、必要ならば食事と睡眠をとってもらっても構わない! なんなら数日ほど休息日をとってもらってもまったくかまわないぞ! なに、待つことには慣れているからな! ひとまずどうするかは相談して決めるといいだろう! 何か知りたいことがあれば遠慮無く聞いてくれたまえ!」
ウッキウキなベリサクスのお言葉に甘え、ひとまず皆と相談することにする。
おれはリッチ対策のため撤退も考えており、その前に死人たちの競技がどんなものか確認だけしておきたいという考えを皆に伝えた。
するとロシャが言う。
「神の恩恵を授かっているなら、死人になどされんぞ?」
「あれ」
おれ、ミーネ、アレサ、リィはすでに対策ができていた。
シアは恩恵を持っていないが、それは神々がシアに対し恩恵を与えることができないという理由からだ。
神ですら手出し出来ない相手に、リッチ程度がどうこうできるとは思えない。
「となると……、ティアウルとヴィルジオが危ないわけですか」
「どうだろう。確証は無いが二人なら耐えられると思うぞ? ティアウルは斧槍による能力付与がある。特に『地の恩寵』だな。ヴィルジオは永きを生きる竜だろう? 抵抗力のようなものが強いのだ」
それを聞いてミーネが「あ」と顔を上げる。
「冒険の書にある星幽抵抗値が高いってこと?」
「ふむ、まあ……、そうだな。とは言え、成らないという確証はやはり無い。成ってしまってからでは遅いし、一度地上へ戻って二人には外れてもらうことも考えよう」
方針は概ねおれの提案通り。
勝っても負けても一旦帰還。
ただその前に死人たちとの運動会にチャレンジ、と相成った。
△◆▽
シャロ様の霊廟ダンジョンを潜りに潜った先で、おれたちを待ち受けていたのは死人たちとの運動会だった。
この予想などできるはずもない展開に戸惑いはしたが、やることは実にシンプル。
競技に勝てばいい。
挑戦することを告げると、ベリサクスは大いに喜び、またしても死人軍団からは歓声があがった。
こうしておれたちと死人軍団の運動会は幕を開けた。
『えー、えー、それでは進行はわたくしヴァズが務めさせていだたきます!』
運動会の進行役となったのはおれたちを出迎えたヴァズ。
最初は大声で懸命に叫んでいたのだが、その必死な様子が気の毒になってきてヴァイロでの宣言に使った留め具型の拡声魔道具を貸した。
めちゃめちゃ喜ばれた。
これは盛りあがると他の死人たちも大いに喜び、今度は感謝のパフォーマンスが始まってしまって運動会の開始が遅れた。
『どれほどこの瞬間を待ち望んだことか、いよいよ侵入者たちとの熾烈な戦いが幕を上げます! まず最初の競技は徒競走! 選出された三名の走者が継走を行うという、伝令士を元にした競技ですね! 走るのはこの広間の外周です!』
広間の壁際は10メートルほどの幅で床が少し窪んでおり、そこをレーンに見立てて走るようだ。
するとそこで死人たちから「知ってるよー」とか「どんだけ走ったと思ってんだー」といった笑い声混じりの野次が飛ぶ。
死人たちは運動会が嬉しくて仕方ないらしく和気藹々としていた。
『はいはい、皆さんは当然承知でしょうが侵入者の皆様は初めてですからね、ちゃんと説明しなければ公平を欠くというものでしょう! ご理解頂けましたか? 頂けたようですね! それでは説明を続けてまいります!』
最初の競技だが、要は単純なリレー走だ。
しかしうちと死人軍団、合計六名だけの競技では盛りあがらないとなり、死人軍団は四チームを編成した。
あっちが四チームもあればうちが不利となるところだが――
「この記念すべき最初の競技、勝者となるのはうちの組だ!」
「はぁぁぁっ!? ざっけんな、うちに決まってんだろうがボケ!」
「ザコどもがよく吠えるものだ! あとでその吠え面笑ってやる!」
なんか死人たちは各チームで威嚇を始めていた。
「なんか侵入者の撃退そっちのけですね……」
「んだな」
死人たちにとってはこの待ちに待った運動会本番で見事勝利を収めることが重要らしく、侵入者の撃退はなんだかおまけのような雰囲気である。
まあ死人たちのチームがそれぞれ勝手に優勝を目指すというのであれば、おれたちが特別不利というわけでもなくなるので都合が良いと言えば良いのだが……、おまえらそれでいいのかとつい突っ込みたくなってしまう。
さて、この記念すべき最初の競技、うちは誰が出場するかだが、相談の結果シア、ヴィルジオ、そしておれ、ということになった。
もちろんおれは〈魔女の滅多打ち〉でブーストをかけての出走である。
最初はミーネとアレサが志願した。
しかし二人とも駆けっこが特別早いというわけではないため、ここは〈魔女の滅多打ち〉によるドーピングを施した方がいいのではないかという話になり、さらにおれお手製の服を着ていては無効化されてしまうのでどうしようかという話になった。
そしてミーネが服を脱ぐと言いだしたのだが――
「あ、私、下着もあなたが作ったのつけてるから、それもとらないと駄目ね。それはちょっと照れるわ」
「まず下着姿の段階で照れてくれ」
「はい! 今日私はコルフィーさんの作った下着ですから大丈夫です! 平気です! 行けます!」
「アレサさん落ち着いて……! そしてさっそく脱ごうとしないで……!」
いそいそと法衣を脱ごうとするアレサを止める。
そこでシアが言った。
「あーもー、いっそのことご主人さまが走ったらいいんじゃないですかー? まずはご主人さまが走って、わたしとヴィルジオさんで挽回、それでいいじゃないですか」
「ああん?」
おれが足引っぱること前提なのかよ。
確かにシアやヴィルジオに比べれば、おれの身体能力なんてゴミのようなものだが、同年代のお子さんと比べれば少しばかり凄いはずだと思ってるんだぞ。
ちょっとイラッとしたので、シアの鼻を明かすためトップで帰ってくるべく、おれは出走することにした。




