第558話 14歳(秋)…死人たちの歓迎会
「いやー、よくぞ、よくぞここまで! 本当によくおいでくださいました! 皆様の目的は大魔導師シャーロットが残したとされる秘宝でしょうか? わたくしどもはその存在を確認することは叶いませんでしたが、皆様であれば手に入れることも可能かもしれませんね!」
どういうわけか死人がやたらと歓迎してくる。
おれたちのことを侵入者と言っていることだし、油断させるための演技ではと疑ってみたが……、この死人、本当に嬉しそうなのだ。
アレサは真偽を判断できるだろうか?
そう思いそっとアレサを見てみるが、アレサはおれの視線に気づくことなく、ぽかんとしてしまっている。
となると……、どうやらこの死人は本気でおれたちを歓迎しているようだ。
虚偽、もしくは判断できないのであれば、アレサはそれとなく仕草で教えてくれるはずだからである。
「あの……、あなたは?」
「おっと、すみません、感激のあまり失念しておりました。私は皆様の訪問をここで迎える役に選ばれましたヴァズと申します。かつてはとある国の騎士だったのですが……、この迷宮で息絶え、現在はこうして侵入者を撃退する死人たちの一員として活動しております」
「一員……、他にもあなたのような死人がいるのですか?」
「はい。大勢おりますよ。今はこの扉の向こうで、皆様を歓迎する催しの準備を大急ぎで進めております。準備が整い次第、私がご案内しますのでもうしばしこちらでお待ちください」
うん、ちょっと訳がわからないですね。
侵入者撃退役なのにおれたちを歓迎してどうするのか。
困惑していると、リィがふむふむと頷いた。
「撃退……、歓迎……、なるほど、そういうことか。ここは向こうが態勢を整えてしまう前に突撃すべきじゃねえか?」
「ふわっ!?」
このリィの発言に慌てたのは死人のヴァズだ。
「ああいえ、そうではないのです! わたくしどもは確かに主より侵入者を処罰するよう申し付けられておりますが、皆様に危害を加えるようなことはいたしません!」
「主……? シャーロットですか?」
「いえ、そうではありません。主とはこの迷宮を支配している万魔信奉会の魔導師たち――、いえ、魔導師であったリッチたちです。かつてはこの霊廟を勝手に聖地と定め、侵入する者たちへ見境なく危害を加えていた厄介者だったのですが、いつの間にかリッチと化して支配するようになったのです」
「あのアホどもが……?」
ロシャが唖然として呟く。
リッチといったら凄い魔導師が転じる強力なアンデッドという印象がある。
ロシャにしてみれば、その万魔信奉会の連中、とてもではないがリッチになれるような奴らではないという感覚なのだろう。
「正直に申しますと、最初は侵入者を殺すつもりでした。主がそれを望んでいるようでしたからね。わたくしどもはそのリッチたちによって死人に落とされた者であるため、主と従者のような関係に縛られており、これに抗うことができないのです」
ヴァズはそう言い、くっ、と顔をしかめる。
「しかし……、誰も来なかったのです! 待てども待てども、ここまで到達できる者はおらず、退屈したわたくしどもは、いざ侵入者が訪れたならば、どんな目に遭わせてやろうと話し合うことで退屈を紛らわせていたのですがそれでも来なかった……! いつまでたっても来なかった! やがてわたくしどもの中には、侵入者を恋い焦がれるあまり歓迎しようという気運が高まってきました。ではどう歓迎するのか? それをひたすら話し合い、そしてその歓迎の練習を重ねることで、わたくしどもは長い時間を耐え抜いてきたのです。いつか訪れる侵入者たちのために、素晴らしい歓迎の催しを、と!」
ああ、なるほど。
退屈すぎてみんな気が狂ったのか。
少なくとも二百年は経過してるわけだからなぁー。
「そして今、ようやくその瞬間が訪れました! 会議に会議、練習に練習を重ね、いったいどれほどの年月が流れたのか! いえ、もうそんなことはどうでもいいのです! 重要なのは成果を披露する時がやってきたということ! すべてはこの日のためでした! ですからどうか、どうか準備が整うまでお待ちください! どうか、どうかお願いです! どうか!」
ヴァズは必死に懇願してくる。
あまりに必死なので、待ってやってもいいかなーという気になってくる。
「あー……、じゃあ、まあ、待ちますね」
「お、おお! ありがとうございます! ありがとうございます! 歓迎の催しは、これまで皆様が見たこともないような素晴らしいものであると約束いたします! どうか期待してお待ちください!」
応対役がここまで必死になるくらい練習を重ねた催しとはいったいどんなものなのか。
興味が無いわけではない。
すでにミーネとティアウルは「楽しみねー」「だなー」とわくわくしてのお客さま状態だが、それ以外の面々は困惑している。
「なかなか来る気になれなかったとは言え、放置すべきではなかったか。まさかこんな妙なことになっているとは……」
そう呻くのは、おれの頭に乗っかっているロシャ。
続いてリィも呻く。
「お前が関わるとやっぱり妙なことになるよな」
「これぼくのせいじゃないですよ……!?」
せめて妙なことになっているところに、のこのこ出向いてしまう、くらいに認識を改めてもらいたい。
△◆▽
やがて準備が整ったとのことで、おれたちは扉の中へと案内される。
開かれた扉の向こうは広い空間であるらしく、おれたちが灯す光程度では照らしきれない巨大な闇が視界を阻んでいた。
「どうぞお進みください」
ヴァズは言うが、普通ならこんなの罠だ。
広い空間で大勢の死人が待ち受けるなんて、そんなのモンスターハウス以外の何物でもない。
しかし撤退しようにも可動壁で退路が封鎖されている現状、ここは狭い場所よりも広い場所に居た方がいい。
その方が戦いやすいからだ。
おれたちは警戒しながらそろりそろりと扉の向こうへと進む。
「……何か仕掛けてきたら一旦は私が防ぐ。その間に態勢を整えてくれ……」
皆にかろうじて聞こえる程度の声でロシャが囁く。
と、そこで突然の光。
薄暗さに慣れていたおれたちにとってその光は眩しすぎた。
目を瞑るのは堪え、細目になって最低限の警戒をする。
が、特に何も起こらない。
やがて目が慣れ、明かりによって闇が払われた室内をはっきりと見えるようになった。
「……広っ!?」
思わず口に出るほどこの場所は広々としていた。
直径百五十メートル前後と思われるドーム状。
そして――
「死人……、いっぱいいるわね」
「そうだな」
だだっ広い空間の中央に整然と並んでいる集団がいる。
件の死人たちだ。
概算で三百人くらい居そうな感じがする。
「あんちゃん、なんか向こうにでっかいのあるぞ!」
おれの服を高速で引っぱりながらティアウルが言う。
整列する死人軍団の向こう、こちらの反対側の壁には巨大な窪みがあり、そこには金属製の巨人が六体納まっている。
巨人たちは直立しており、切っ先を下に向けた剣の柄頭に両手を乗せていた。
それはエジプトの岩窟神殿に見られる、岩盤から削りだした石像のようであったが――
「ご主人さまー、あれって動くんですかねー」
「動くんだろうなぁ……、つかそのための空間だろ、ここ」
「ですよねー」
本来であれば死人たちはおらず、あの鉄巨人が守護者として侵入者に立ちはだかっていたのだろう。
あんなのと死人の軍団が一斉に襲いかかって来たら、さすがにやっかいである。
いざとなったら、あれはティアウルに任せていいだろうか?
死人たちの方は……、まあ手段を選ばなければやりようもある。
「ロールシャッハさん、いざとなったらぼくが死人全員の魂引っぺがして精霊化しますね」
「いや、それはよした方がいいだろう。それで誕生した精霊が君に好意を持つとは思えないからな。君の手で君に敵意を持つ精霊を生みだすことになるかもしれない」
「それは困りますね」
屋敷の精霊たちは無害だから放置しているが、もし敵意を持っていたらぬいぐるみに取り憑いて攻撃してくるなんてこともありえる。
それこそ人形が人を襲うホラー映画だ。
予想よりもずっと多かった死人たちに驚いていると、死人軍団の向こうから固く軽快な音がし始めた。
コッコッコッ、ポコポンポン――。
それは音がまったりしていない木魚の音色のようなもので、最初は一つだったがすぐに数を増やしての演奏となった。
と、そこで今度は金属製の何かを叩く音が重なり始める。
ガシャーン、ガシャーン、バーンバーン――。
雑な音だ。楽器ではないだろう。
だが音階が統一されているため、ただの騒音というわけでもない
それはバケツだのフライパンだの、楽器ではない物で演奏するパフォーマンス――パーカッションである。
するとそこで整列していた死人たちが声を上げ始めた。
先のパーカッションに合わせるように、死人たちは声による演奏――ボイスパーカッションを始めたのである。
誰もが楽器の口まねをしているわけではなく、少なくとも半数はそのパーカッションに合わせてルルルーとかラララーとか歌っている。
そもそも譜面がある曲かどうかわからないため、これが譜面通りに歌うヴォカリーズか、それともアドリブなスキャットなのかは謎だ。
演奏が盛りあがるなか、死人たちの集団は歌いながら動き出して中心から左右へと別れた。
そこで視線が通り、おれたちは向こう側で演奏(?)していた死人たちを見ることになったのだが……、奴ら、頭蓋骨を木魚みたいに叩いてやがった。
金属音は剣や盾、鎧を使っての演奏だ。
演奏が続くなか、左右に分かれた二グループの死人たちは、そこからさらに幾つものグループに分かれ、今度は行進を開始する。
あるグループは時計回り、また別のグループは反時計回り、それら集団をすり抜けるように幾つものグループが動き回る。
時にはシンメトリカルに、時にはばらばらに。
どの集団も一糸乱れぬ行進を続ける。
もはや芸術の域だ。
これが暇を持てあました死人たちが到達した領域か。
こんなことが出来るようになってしまうほどに暇だったのか。
おれたちが驚き、感心している間にも催しは続き、そして最初のように中央に整列したところで音楽と歌が止まる。
マジで完璧だった。
凄すぎてみんなで拍手してしまった。
ミーネとティアウルは感激してか懸命な拍手をしており、リィやヴィルジオもしっかりと拍手をしている。
たった七人の拍手であるが、それでも死人たちの表情には無事やりとげたという満足感と、ようやく披露でき、そして好評を得たことによる喜びの表情を浮かべていた。
やがて整列する死人たちの正面中央にいた死人がさっと万歳するように両手を挙げ、そして口を開く。
「ありがとう、ありがとう! 温かい拍手、本当にありがとう!」
凄いものを見せてもらえておれたちは満足。
訓練の成果を披露できてあちらも満足。
実に良好な状態なのだが、冷静に考えると訳がわからない。
「侵入者諸君! 我々はこの霊廟の守護者である! それはつまり侵入者である君たちを排除するために存在するということだ! そのためこれから我々は君たちと戦わなければならない! しかし、なにも集団で襲いかかるような真似をするつもりは無いので、そこはどうか安心してもらいたい! 務めは果たさなければならないが、我々は君たちに危害を加えたいわけではないのだ! そこで提案したいのだが、君たちは我々と競い合い、これに負けた場合は大人しく地上へと引き返してもらえないだろうか! そしてできれば、霊廟には侵入者が訪れるのを心待ちにしている我々が居るということを広めてもらいたいと思っている!」
もしかして正確な進行ルートが記された地図をもたらしたのってこいつらなんじゃねえの?
「宣誓! 我々は正々堂々、全力で、記念すべき最初の侵入者たちを排除することをここに誓います!」
そこで『うおおぉ――ッ!』と死人たちが歓声を上げる。
初めての侵入者、もう弥が上にも盛りあがってしまうのか。
「ま、まさか墓場の運動会をこの目にする日が来るとは……!」
シアが愕然として言う。
なるほど、確かに運動会っぽいと言われれば運動会っぽくもある。
時刻的にはもう夜だしな。
ゲゲゲのゲー。




