第557話 14歳(秋)…第一死人発見
うっかりで連日更新となりましたが、ここからは通常通りの更新でまいります。
迷宮探索二日目の朝。
時刻的には確かに朝なのだが、光源はおれたちが灯す明かりのみであり、当然ながら通路の前後は闇に飲まれたまま、そのせいで真夜中に目が覚めてしまったような錯覚を覚える。
それでも寝床をきっちり用意した甲斐があったか体調は良い。
これが地べたにごろ寝だったら、感覚はおかしいわ、体は冷えているわ、さぞ不愉快な目覚めになっていたことだろう。
探索者って本当に大変なんだな、と改めて思う。
「む、起きたか。では他の者を起こすとしよう」
一晩中見張りをしていてくれたロシャが言い、目覚めたおれとアレサ以外の面々を起こしにかかる。
「ほれ、そろそろ起きろ。起きんか。ほれ」
寝ている皆の上をぴょんぴょん跳び回るロシャの姿は、腹を空かしたペットが餌をよこせと飼い主を起こそうとしているように見えてしかたなかったが……、もちろんそれを口にする勇気などおれには無い。
「猊下、おはようございます。それでは失礼して」
「あの……、こんな時くらい健康診断は無しにしてもいいのでは?」
「そういうわけにはまいりません」
きっぱりと言ったあと、アレサはおれをぺたぺた触診、最後に撫で撫でしてギュッと抱きついてくる。
「今日も問題はありませんでした。それではお祈りをしましょうか」
「そうですね、そうしましょう」
おれとアレサは頷き合い、一緒にシャロ様に祈りを捧げる。
「おぬしら……、本当にブレんな……」
目を覚ましたヴィルジオにちょっと呆れ顔で言われた。
「そうか、おぬしらは迷宮での寝起きに少し慣れておるのだな。妾はもうすでに感覚がおかしくなっておる。よく寝た感じはするのだが、つい先ほど寝たばかりのような気もする。なんとも気持ちの悪い……、妾は迷宮探索には向いておらぬようだ」
うんざりしたように、ヴィルジオは目覚めて早々にため息をつく。
「この状態が帰りも含めてもう何日か続くのか……、気が滅入るな」
弱気なことを言うヴィルジオは珍しく、どうやら本当にまいっているようだ。
ヴィルジオの言う通り、おれたちは前に迷宮籠もりを体験しているので、そういうもの、という意識があるだけ少し楽である。
「ひとまず軽く体操でもして、体を起きた状態にしてみたらどうかな?」
そうヴィルジオにアドバイスをしていた、その時――
「うぎゅぅぅ!」
皆を起こしていたロシャが断末魔的な声を上げた。
「どうしました!?」
何事かと見やると、そこには眠るミーネにムギュッと抱きしめられてジタバタしているロシャの姿があった。
ひとまずロシャがキレないうちに、皆で協力してミーネから救出した。
△◆▽
朝食のあと休憩をとり、調子を整えてから探索を再開する。
やることは初日と変わらず、ロシャ頼みの強行突破で罠をやり過ごしながらひたすら進む。
おれたちが行くルートはおそらく正解――最深部へと通じる道だと思われるが、だからこそ罠が多いというわけでもない。
これまで無視してきた幾つもの、数えるのもバカらしくなるような分岐のその先にも普通に罠はある。
正解のルートを判断する材料がない迷路。
はっきり言って、このどこからともなくもたらされた地図、そしてロシャが居なければおれは二、三層目で諦めていたことだろう。
とてもではないが、おれたちのような初心者探索者がどうにかできるレベルの迷宮ではないのだ。
かつてはさらにアンデッドが跋扈していたというのだから、もう攻略が可能なのかどうか、まずそれを考えるほどの難易度である。
しかしそれでも攻略しなければならない状況がある。
魔王を倒せなければ墓を暴け、とはそういうことなのだろうか?
もうその段階となれば各国が協力し合っての挑戦となるだろう。
犠牲はでるだろうが、これならば踏破も夢ではないように思える。
もしかしてシャロ様は、この、一つの目的のために国々が団結することを求めたのだろうか? それとも本当に魔王を倒す『何か』を残しており、それを奪われないためにこの難易度としたのだろうか?
おれはシャロ様がこの霊廟を作りあげた意図を推測しようと考えを巡らせたが、どれもいまいちしっくりこなかった。
まずそもそも、この霊廟ダンジョン自体がシャロ様らしくないような気がしており、ここを正しく理解しなくては何を考えようと的外れになってしまうような予感を覚えていたのだ。
こんな犠牲が出すぎる方法をとらなくても、シャロ様ならもっと冴えたやり方を思いつけたのではないか、と。
こういう方法をとったのは、何か必要に迫られていたのではないかと思わずにはいられない。
道中、おれはリィやロシャに考えを話してみたのだが――
「いや、シャロはけっこう適当だぞ。行き当たりばったりだ」
「だよなー。お前は師匠を凄い聖人かなんかと勘違いしているようだけど、実際はほど遠いぞ」
まったく賛同を得られなかった……!
そんなことは無いでしょう、と反論したいところだが、シャロ様と行動を共にしていたこの二人(?)におれが言えることなど無い。
おれに賛同してくれそうなアレサも、何とも言えない困り顔で黙るばかりだった。
△◆▽
なるべく休憩をとりつつ探索を続け、二日目も早めに就寝。
そして探索三日目。
ようやくなのか、それともとうとうなのか、おれたちは調査団が調べきれなかった領域に突入した。
ここからはおれたち自身による手探りの侵攻である。
おれは〈星幽界の天文図〉を使ってみるが――
「幽霊いねえじゃねえか!」
通路は実に綺麗なもの。
どうやら過去にここまで到達した者は居なかったようだ。
いや、ここまで到達できた者ならばそれはかなりの手練れ、こんなところで死んだりしないということも考えられる。
まあ何にしてもおれは役立たずだ。
「先生! ティアウル先生! よろしくお願いします!」
「やっとあたいの出番だな!」
ここから先はティアウル頼みだ。
初日はシアの背中で居眠りをやらかしたティアウルだが、現在はミーティアがフレーム化してその体に張りついて動かしている。
要はフレーム型のパワーアシストなのだが、ミーティアの方が判断して行動するためティアウルは罠発見に集中できるという優れもの。
そしてこの試みであるが、これはミーティアが自発的に始めたことだったりする。
最初はティアウルをシアではなくヴィルジオに背負ってもらおうという話になっていたのだ。
そしたら――
「あ、あたい頑張る……! 頑張るから……!」
ティアウルは震え上がった。
「うむ、期待しておるぞ。しかし居眠りしようものなら……」
「な、なら……?」
「そこからは妾がおぬしの頭を掴んだまま、吊して進む!」
「――ッ!?」
実際そんなことになったらシュール――、ではなく、とても集中できず罠発見なんてできないだろうからただの脅しである。
しかしこの主の危機に、棒人間モードだったミーティアはティアウルの体ににゅるんと巻き付き、アシストフレームになったのである。
賢い武器である。
たぶん主よりも賢い。
そんな賢いミーティアのサポートを受けたティアウルを頼りに、おれたちは慎重に通路を進んでいく。
初日はアレなティアウルだったが、今はらしくない真面目さで的確に罠を発見して報告してきていた。
さすがにどんなことをしてくる罠かまではわからないが、落穴以外はロシャがなんとかしてくれるのでそのまま進んで突破。
落穴があった場合はリィの用意してくれたベストが役に立った。
突入前の練習を活かし、一人ずつぴょーんと落穴――正確には落とし通路――を飛びこえて対処する。
進行速度はだいぶ落ちたが、それでも時刻が夕方頃にさしかかったところで地図に示されていたルートの最終地点手前まで無事に辿り着くことができた。
そろそろ探索を終える時間であったが、もうひと息ということもあり探索を続行。
と、そこでティアウルが言う。
「……あれ、なんかこの先に誰かいるぞ」
『……?』
一瞬、みんなでぽかんとしたが、すぐに驚きの顔になる。
「人? 探索している人が他にもいたのか? ティアウル、人数は?」
「一人だぞ」
「一人……? 一人でここまで? あ、もしかしたら調査団の一員がまた潜ったとかか?」
「有り得ない話ではないが……、個人で到達できるような場所ではないぞ? どこかから支援を受けたにしても、一人というのが妙だ」
ロシャはそう言うと、ほわんと翅を光らせる。
すると光球が出現し、それは暗闇を掻き消しながら通路の先へ先へと飛んでいった。
そして――
「あ、いるわ! 誰かいる!」
明るくなった先。
そこには逃げるように奥へと走る何者かの後ろ姿が。
「む、逃げるか! 流石に遠い、捉えられない!」
ロシャがそう言ったとき、何者かの移動によって罠が発動したのだろう、行く手の天井がじわじわと下り始めた。
「ええい、可動壁か!」
正確には壁ではなく、一区間の天井がまるごと下がってくるのでコンテナみたいなものだったが、ともかくあれに下りきられると何者かを追えなくなるどころか、記された道を進めなくなってしまう。
迂回はリスクがでかい。
ならば可動壁が元の位置に戻るのを待つか?
だが地図帳の解説によると、この迷宮の可動壁は何時間か経過しないと元通りの位置に引っ込まないものが多かった。
まあ待つのはいいのだが……、そうなるとその人影を見失う。
と、そのときシアが叫んだ。
「ティアさん! あそこまでに他の罠はありますか!」
「え――、あ、な、無いぞ!」
それを聞くやいなやシアが凄い勢いで突っ込んでいき、可動壁の下にもぐり込むと突っ張り棒となった。
「おまっ!? 無茶だろ!?」
「ぐぬぬっ……、あ、これ押す力強い……!」
シアは可動壁を受けとめて見せたが、さすがに無謀、つらそうだ。
「早く! み、みなさん早く! かなり重いので!」
「シア、もう少し堪えろ! 妾も協力――」
と、ヴィルジオが言いかけたところ、シアが遮るように叫ぶ。
「いえ! かなり重いですが一人でなんとかなりますので! むしろ手伝わないでください! こういうのって二人で止めようとすると石になっちゃうってのが伝統なので!」
「何の話だ!?」
ヴィルジオが困惑する。
一方、おれの方はネタに心当たりがあったものの、それについて考えている時間は無い。
わりと余裕のありそうなシアだが、楽というわけではないのだ。
おれたちはすぐに走り出し、大急ぎでシアが支えている可動壁の下をくぐっていく。
「皆さんくぐりましたか! もういいですか! もういいですね! じゃあ――世界を喰らうもの!」
シアが奥の手を発動。
そして――
「どっせい!」
可動壁を一気に押し上げ、天井近くまで押し戻したところで素早くこちらに合流する。
その瞬間、ズゴーンッと重くでかい音を響かせて可動壁が落ちた。
「ふう、なんとかなりました……」
やれやれ、といった感じで、シアはかいてもいない額の汗を拭う。
確かにシアのおかげでなんとかなったが、その行動にびっくりで人影を追っかけるどころではなくなっていた。
まあ下手に追いかけて罠にひっかかったら目も当てられない事態になるので、可動壁を越えられただけでも良しとすべきか。
そこから再び慎重に進むことになったが、それほど進まないうちにこれまでとは違った変化があった。
向かう先に両開きの扉が出現したのだ。
それは地図に記されていたルートの到達地点である。
そして――
「誰かいるわね。さっきの人かしら?」
「だろうな」
おれたちが近づいていっても、その男はもう逃げ出すことなく扉の前に留まっていた。
男は血の気の無い青白い顔をしており、手ぶら、荷物など何一つ持っていない。身につけている服はずいぶんとくたびれてボロく、そして酷く汚れていた。
「……死人か」
そう言ったのはロシャ。
死人とはゾンビのような動く死体とは違い、はっきりとした自我を保ったままのアンデッドで、幽霊が自分の体に取り憑いて動かしているような存在だ。
普通の人のように活動できるが、食事や睡眠の必要は無い。
こう聞くとなんだかお得な感じだが、魔素の濃い場所でしか活動できず、自然治癒力なんて無いので怪我をしたらそのままである。あまり肉体が損傷しすぎると活動出来なくなって機能停止する。
そんな存在がたった一体、扉の前でおれたちの前に立ちふさがる。
いったいどういうつもりかと訝しんだところ、死人はすうっと息を吸い、そしてはっきりとした声で言った。
「侵入者の皆様! ようこそおいでくださいました!」
……は?
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/31
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/06
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/04




