第556話 14歳(秋)…死体はどこへ消えた?
※何を思っていたのか、最終的な修正をしていた556話で555話を上書き……。
もう556話も更新することにしました。
打放しコンクリートみたいな質感の通路が延々と続く霊廟ダンジョンは端的に言って退屈だった。
しかし天井や壁、床には穴や隙間があり、そこから槍やら刃が飛びだして来るため油断はできない。さらには意味のない穴や隙間――ブラフという場合がかなり多く、それが油断を誘ってくる。
だがそれらの罠はちょっとした威嚇程度のもの。
そっちに集中しすぎると、今度は天井が落ちてきたり床が開いて落穴が出現したり、左右の壁が勢いよく迫ってきたりして死ぬ。
この罠だらけの迷宮。
本来であればひとまず安全と判断できた場所から、ロープを結んだそれなりの重量の荷物――囮を投げてみるといった、罠の有無を判断する作業を繰り返しながら少しずつ進むことになる。
しかし――
「ここは刃が飛びだして来るぞ。発動条件は罠の範囲内から誰かが出ようとしたとき、あと時間経過だな」
おれの頭の上でロシャが進む先に罠があること、そしてどんなものかを事前に教えてくれる。
おれは歩きながら調査団が用意してくれた地図帳で確認。
「はい、書かれています。ティアウルは確認できてる?」
「できてるぞ。丸いお皿みたいな刃だな」
そう答えるティアウルは目を瞑って集中しやすいようにとシアに背負われている。
最初はミーティアに手を引かれていたが、段差や隙間、穴ボコが多い通路につっかかってよく体勢を崩していた。
すべてを見通すことはできても、その焦点が別の場所に絞られている状態では足元はおろそかになるのだ。
そのため、もういっそのこと完全に集中してもらえるようにとシアが背負うことになった。
「あと、ここはけっこうな数の幽霊がいます。ごちゃごちゃしているので実験はやめておこうかと。一斉に実体化されても鬱陶しいことこの上ないので……」
「わかった。ここは通過だな」
ここもこれまでと変わらず、ロシャ任せで罠を強引に突破。
先頭を行くおれがその領域から出ようとしたところで罠は発動したようだが、それをロシャが念力で押し留めたので何の変化も無い。
いや、少し何かが動いた音はしたか。
やがて最後尾のリィが通過した後、ロシャが念力を解除。
瞬間、ガシャン、という稼働音をさせ、その罠の領域内にある天井、壁、床から回転する丸い刃が出現し、半円を描くように空を撫でてそして引っ込む。
引っかかっていたらバラバラになっていたことだろう。
ロシャのおかげで楽に突破できたが、もし居なければここは地図帳に記載されているとおり、一人ずつ命がけのダッシュで駆け抜ける必要があった。
ロシャと地図帳、この二つのおかげでおれたちは罠に対処した場合の探索と比べ何倍――、いや、何十倍も早く進んでいると思われる。
何しろ普通に歩いて進むだけでいいからな。
このぶんなら最下層まで今日を含め三日程度で到達できるのではないだろうか?
「次は床の穴から槍が飛びだすな。ただすべてではなく、そのうちの一部だけのようだ」
「この辺りは平気と見せかけて、というやつですか。もしくは危ないと思わせて足を止めさせる」
魔導袋なんて便利な道具を持っていれば別だが、そうでない場合は持ちこんだ食料でやりくりしなければならない。
そのためこういった足止めが積もり積もって探索の継続を困難にさせる。
ダンジョン探索法として確立している『大侵攻』のように先頭の探索隊へ物資を供給する方法を採用していた場合はその大人数を喰わせていくための資金に響いてくる。
途中で事故が起きる場合もあるだろうし……、普通に攻略するのはとにかく困難だ。
「実験はどうする?」
「ここは幽霊が……、あ、居ますね。ちょっと試してみます」
幽霊による罠発見の実験を行うべく〈精霊流しの羅針盤〉で呼び、〈真夏の夜のお食事会〉で活力を与える。
ぽわんと朧気な光が灯り、それは人の形をとった。
『俺は盗掘専門の盗賊だ! 一匹狼だから仲間なんかいねえぜ! 寂しくなんかないやい! それにシャーロットの宝を手に入れたら俺は大人気だ! よし、今日も頑張るぞ! ……う、でも何だかすごくお腹が痛くなってきた……。カビたパンが悪かったか。あー、もれる、ウンコもれる! しゃーない、ここでなんとか――、あ、ちょうどいい穴がいっぱいあーいてーんじゃ――』
「えい」
と、そこでシアが幽霊をリヴァで刈り取った。
背負っていたティアウルをポイ捨てし、ベルトごとミーティアに預けていたケースから鎌を抜きはなっての早業であった。
「おいぃ! 話してる途中だったじゃねえか!」
「んなの結果なんてわかりきってるじゃないですか! そんなもの見たくありません!」
まあシアの言う通りでもある。
それからもおれはちょいちょい実験を繰り返した。
だいたいは罠で命を落とした奴ばかりだが、中には心が折れてしまって進むことも戻ることも諦め、座り込みそのまま力尽きた奴もいた。
そして不可解な死を迎えた者も。
『まさか、こんなことになるとは思わなかったんだ。忌まわしきハ――不治の病を治そうと訪れたこの場所で、こんなパン焼き窯みたいなところに閉じ込められて終わるだなんて……』
ハゲ散らかした幽霊が頭を撫でながら言っていた。
つかこいつ、この無機質な通路にいきなり、でん、とあるでっかい窯みたいなものによく入ろうと思ったな。
もう明らかに罠だろうに。
「あのー、ご主人さまー、幽霊にいちいち自分語りさせるのやめてもらえません?」
「いやおれがさせてるんじゃねえし!」
ずっと昔の幽霊を無理に活性化させているせいか、幽霊たちはほぼ確実に自分語りを始める。
長い年月によって摩耗した意識。
そんな状態にあっても、自分は誰で、何の為にここに来たかという意識だけが残っている。
結果、自分語りしたくなるのではないだろうか?
「効果はあることもわかったことですし、もうこの実験やめません? いいかげんうっとうしいので」
「これおまえの発案なんだけどな!」
何だかおれが悪いみたいに言いやがって……、ひどい奴だ。
まあ一応使えることはわかったし、あとは調査団が調べきれなかった未解明領域で試してみることにしよう。
こうしてシアの苦情によって実験は終了し、そこからはひたすらロシャに守られて迷宮侵攻を続けた。
それは地味、とても地味。
ひたすら通路を歩き続けているだけなので当然だ。
だがしばらくすると、シアが唐突に声をあげる。
「ご主人さま、大変です」
「どうした? 何か異変か?」
立ち止まってふり返ったところ、シアは愕然とした表情で言った。
「ティアさん寝ちゃってます」
「おいぃぃ――!?」
ティアウル、おまえ!
いやまあ退屈だったろうけど、シアに背負われて心地よくなってきちゃったんだろうけど、でも寝るな、それはいくらなんでも油断のしすぎだ。
「さすがね」
ミーネが感心するように言った。
いったい何が、どこが『さすが』なんだ。
「おるぁ!」
スパーンッとおれはティアウルの頭をハリセンでひっぱたいた。
「ふわあっ!?」
「あたっ」
そしたら角度が悪かったか、ついでにシアにも当たってしまった。
「な、なんでわたしまで叩くんですかー!」
シアがティアウルをぺいっと捨て、おれに迫る。
「わ、悪気はなかった。すまん」
「それでは許せませんね」
「うん?」
「ほら、さすってください。ほらほら」
「え……、あ、はい」
仕方なく言われるがままにシアの頭をさする。
「まだですよ。まだです。まだわたしの怒りはおさまりません」
「……」
これ撫でてるだけじゃねえ?
あとティアウルはヴィルジオにシメられていた。
顔面鷲掴みのぷらんぷらんである。
「ティアよ、さすがに、さすがにな、それはまずいと思うのだ」
「あたたたー! ごめんごめん! でもあたいずっと集中して、疲れてきてたからー! あぁー!」
ぷらーん、ぷらーんと左右に振られながらティアウルは叫ぶ。
そんな主の危機にミーティアはあたふた、平謝りでティアウルを許してもらおうとしていた。
棒人間でもその仕草でなんとなく意図がわかるのは、クマ兄弟とかで鍛えられたからだろうか?
「やれやれ、今日はここらで休んだ方がいいかもしれんな」
「だなー。こういう状況だ、ロシャがなんとかしてても、何気に神経使うからなー」
ロシャの提案にリィが賛同する。
確かに周囲は明かりに照らされているが、前後は何も見通せぬ闇という状況、精神的な負担は大きいだろう。
時刻は午後四時ちょっと過ぎくらいだが、今日はここまで、拠点を構築して早めに休むことにした。
△◆▽
念入りに確認を行い、安全地帯と判断できた場所に拠点構築する。
普通の冒険者なら毛布を用意する程度だろうが、魔導袋持ちなおれは簡素なイスと机を用意して即席の休憩場所を作った。
ちょっとやりすぎかな気もするが、慣れない環境でストレスがかかる状態だ、少しでもリラックスできる方がいい。
――と、思っていたおれはまだ甘かった。
「シアー、浴槽だしてー。水ためてお湯にするからー」
「はーい、お願いしまーす。ではこっちの方に、と」
ミーネとシアはバスタブやら衝立やら用意し、いそいそと風呂の準備を始めたのである。
どんだけフリーダムなんだよ……。
いやいいけど、いいけども。
うーむ、なんだか発想で負けたような気がする。
ひとまず拠点を構築したところで夕食となり、その後、順番にお風呂に入る。
女性ってのは長風呂になる傾向があるのか、ロシャを除く全員が風呂をすませた頃にはもう夜の八時になっていた。
「見張りは必要ないだろうが、警戒しておくに越したことはないので私が請け負おう。皆はゆっくり休むといい」
自分は眠らなくても平気だから、とロシャが見張りを買って出る。
ここは大人しく甘えておくことにした。
寝床は床に板を敷き、その上に敷き布団を二枚、そして毛布と掛け布団というあったか仕様。
なにしろ地の底、当然ながら気温は低く、これくらいやらないと寝ているうちに体調を崩しかねない。
あと寝床はなるべく密集、まとまって眠る。
「猊下、どうぞ私の側に。くっつくと温かいですよ」
「いやそこまでしなくても」
「私はこれくらいしかお役に立てませんので……」
アンデッドが居ないせいで活躍の場が無くなってしまったアレサとしては何か役に立ちたいらしい。
「さあ、どうぞどうぞ」
「あ、ちょっ……、むむっ、これはなかなかの包容力……!」
戸惑っていたらアレサの方がくっついてきて抱きかかえられた。
温かい。
確かにくっつくと温かい。
あと柔らかいしいい匂いがするし、もうこのままでいいような気がしてきた。
「おー、じゃああたいはミーネでいいや」
「いいってどういうことよー」
おれとアレサの様子を見て、ティアウルはミーネにくっつく。
「むむむむ……」
シアは何やら唸っていたが――
「では妾はシアと眠るかの」
「ふえ!? いや、あの――」
「まあ遠慮するな。普段妾は自室で眠っているから、こんな機会でもなければ一緒に眠ることなどないのだ」
「それはそうですけど……」
珍しいお誘いにシアはちょっと困惑しつつもヴィルジオの所へもそもそもぐり込む。
「これは……、なんという包容力……! 吸い取られる、わたしの自尊心が……、くっ、返してください……! このっ、このっ……!」
「こ、これシアよ、誘っておいてなんだが、人の胸で遊ぶでない。まったく、妾にこんなことをするのはおぬしで二人目だぞ」
普段あまり見ない組み合わせのシアとヴィルジオだが、何気に仲良くやれそうだった。
そして一人はぐれたのはリィである。
「…………」
特に何も言うことなく、リィはもそもそ布団にもぐり込んだ。
するとその上にぽすっとロシャが乗っかる。
「重いぞ」
「そんなわけあるか」
ささやかなロシャのフォローであった。
それから眠るまでの間、起きている者たちで少し話をする。
「通路が綺麗すぎる……、ですか?」
今日、おれが迷宮で気になったのはそこ。
「なるほど……、それは失念していた。言われてみれば確かにそうだ」
「だな。ここは天然の洞窟でも、魔素溜まりのダンジョンってわけでもない。死体が跡形もなく消えているのはおかしいよな」
死体が存在しない――。
これはおれが〈星幽界の天文図〉で幽霊たちの存在を確認していたから気づけたことだ。
幽霊がそこら中にべたべたっとこびり付いているのに、その器はどこへいってしまったのか?
雨風に曝されるわけでもなく、動物が侵入してくるわけでも、ダンジョンが取り込むわけでもない。
にもかかわらず、死体が跡形も無く消えているというのはおかしいのだ。
「自然と浄化するのでしょうか?」
アレサの仮説。
シャロ様が作った迷宮だから、状態を保つためそうなっていてもおかしくない。
「そうかもしれませんね。これは本当に、ただ不思議に思っただけのことなので特別意味はないんです」
皆がそれぞれ考察を始めたことで場には沈黙がおり、結果として「すぴゃー」「くかー」というミーネとティアウルの寝息がよく聞こえるようになった。
「……ま、まあだからなんだという話だから。明日も探索は続くわけだし、今日のところは休もうか」
これに皆は納得し、お休み、と声をかけあって目を瞑る。
思ったよりも疲れていたらしく、おれは死体がない理由について考えようとしたところで意識がとぎれ、すこんと眠りについた。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/30
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/30
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/12
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/23




