第555話 14歳(秋)…いざ墓参り
いよいよ霊廟の探索を始める日の朝。
目が覚めたおれはまずアレサの健康診断を受け、それから土の建物を抜けだして霊廟の前へ。
そして爽やかな秋晴れの空のもと、アレサと一緒に地の底で眠るシャロ様に向けてお祈りをする。
「うーむ、シャロ様を身近に感じる……。アレサさんはどうですか?」
「ふふ、そうですね。私も感じます」
シャロ様が眠るのはまさにこの地。
おれとアレサが霊験あらたかな波動を全身に感じていたところ――
「おぬしらの気のせいでは……」
起きてきたヴィルジオに無粋な突っ込みを受けてしまった。
お祈りをすませたあと、おれは身支度をして朝の準備を始める。
朝食の用意は魔導袋から料理を出すだけなので楽なものだが、ミーネとティアウルを叩き起こすのにはちょっと手こずった。
皆で朝食をとりながら、昨晩話し合ったことの再確認をしたのち少し休憩、そしていよいよ霊廟へ突入する時が訪れる。
「この建物には罠とかは無いのね」
「んだな」
こぢんまりとした霊廟内部。
注目すべきものは特に無く、中央部に地下へと通じる広い階段があること、それが唯一の特徴だった。
階段は石作りには違いないが、石を組み合わせたようなものではなく打放しコンクリートのようなのっぺりとした質感である。
霊廟は入口以外に光の進入口が無く、そのため階段はもうすぐそこから暗闇に飲まれて先を見通せなくなっていた。
「ここを下りるまでは安全――、と言いたいところだが、一応確認してもらおう。ティアウル、どうだ?」
小動物化しておれの頭に乗っかっているロールシャッハが言うと、ティアウルは目を瞑って周囲の状態を確認、それから告げる。
「とくに仕掛けはないぞ! 平気だぞ!」
「よし、では行くか」
このロシャの言葉によって本格的な霊廟ダンジョンの探索が開始。
各自「ライト」と唱え、リィ特製のベストで明かりを灯してから闇を払いつつ地下へ地下へと階段を下っていく。
階段は旋回したり折れ曲がったりすることなく真っ直ぐ地下へと伸びていた。
空気はひんやりとしており、少し肌寒くもある。
緊張もあってこの間誰も口を開かず、結果として聞こえてくるのは七人の足音、それから棒人間モードのミーティアが歩くことで発生するカキン、カキンという音くらいだった。
そんな状況のなか、おれがぼんやりと思うのは、このシチュエーションが死んじゃった奥さんに会いに黄泉の国へと向かったイザナギ父さんのようだな、ということだった。
妻恋しと黄泉へ向かったイザナギ父さん。
妻であるイザナミ母さんに会えたはよかったが、その体には蛆がたかり、さらには八体の雷神――八雷、別名『八色雷公』を各部に宿すというトンデモ状態だったことにびっくり仰天。
対し、すっぴんを見られたイザナミ母さんは超激怒。
ブッ殺す、とイザナギ父さんに黄泉醜女やら、黄泉国の軍勢を率いた八雷やらをけしかける。
イザナギ父さんは逃げに逃げ、最後に黄泉の入口を大岩で塞いで事なきを得たという日本昔話。
臭い物には蓋ってのは昔からなんだなーと思った。
なにしろ古事記にも日本書紀にも書かれているのだから。
そんなことを考えながら、だいたい建物三階分ほど下ったところでこぢんまりとした広場へと到着した。
正面には迷宮への入口がぽっかり口を開けており、その上部には銘文が刻まれている。
『これより先は死の領域。
命が惜しくば立ち去ること』
ありがちな『汝いっさいの望みを~』とか仰々しいものとは違う、実にシンプルな警告文である。
しかしこれは他でもない、シャロ様が刻んだ警告であり、事実、この警告を無視した多くのおバカさんたちが迷宮に呑み込まれた。
さて、この銘文に注目したことにより、おれたちは足を止めることになったが、そこで臆した気持ちを打ち払うようにミーネが言う。
「さあ、行くわよ!」
「いくぞー!」
それに応えたのはティアウル。
二人は意気揚々と一歩足を踏み出し、おれとヴィルジオによって襟首を掴まれて「くぇっ」と唸った。
「な、なにす――って、あたたっ! 痛いんだけどー!」
「なんでだー、あたい何かしたかー!」
強引な止め方をされてムッとしたか、バッとふり返ったミーネとティアウルだったが、そこで待っていたのはおれとヴィルジオによる顔面アイアンクローだった。
「ワ・ナ・が・あ・る・の!」
「迂闊な行動は慎むべきだぞ」
ひとまずおバカ二人は軽くお仕置きして解放。
顔をさすりさすりしているミーネとティアウルに対し、ため息まじりにロシャが言う。
「お前たちのように、意気込んで飛び込む者たちをぺしゃんこにする罠がもうそこ、まずその入口が吊り天井になっているのだ」
吊り天井とは天井が落下して下にいる者を圧死させる罠だ。
この入口の吊り天井は複数人で侵入することによって発動する代物で、回避策は一人ずつ進んでいく、もしくは落ちてくる天井を受けとめることである。
「隊列のことは出発前に再確認したばかりだろうが。ティアウルはおれの後ろ。ミーネはティアウルの横。厳守だ厳守」
そう注意して、おれはミーティアを見る。
「二人が暴走しないように見張っていてくれる?」
「……」
物言わぬ棒人間だが、ミーティアは知恵の輪みたいな頭で頷いた。
ふざけた姿のミーティアだが、実直な仕事についてはアホの子二人よりも信用できる。
おれがミーティアにお願いしていたところ、頭の上にいるロシャはティアウルに話しかけていた。
「それでティアウル、そこに罠があるのは確認できるか?」
「んー……、お、できるぞ! 仕掛けがあるのはちゃんとわかる!」
「よし、ティアウルならば罠を見つけ出せるか。これなら未調査領域の探索も不可能ではないな……。ひとまずティアウルは罠の発見を続けてくれ。最初のうちは罠の報告をしてもらうが、慣れてからは私たちが気づいていない罠があった場合だけ報告してくれたらいい。ほぼ無いと思うが、もしあった場合は洒落にならないからな」
「わかったぞ!」
「うむ、頼むぞ。では気を取り直して――」
「あ、すみません、ちょっとやってみたいことが」
「うん? やってみたいこと?」
ロシャがちょっと身を乗り出しておれの顔を覗く。
「はい。シアに提案された罠の発見法です。うまくいけばぼくも未調査領域にある罠を発見することが出来るかもしれません」
「ほう……、わかった。試してみてくれ」
許可をもらい、まずは〈星幽界の天文図〉でこの場を確認。
居るね。
居る居る。
幽霊がわらわら居る。
何でもない綺麗なお部屋でルミノール化学発光試験を試してみたところ、そこら中が血痕だらけ、とんでもない惨劇のあった場所だったと判明するような感じだ。
うちのおバカ二人みたいに意気揚々と侵入して、ぺしゃんこになったんだろうなぁ……。
幽霊が確認できたことで、まず実験の第一段階は成功。
次に第二段階へと移るべく、おれはひとまとまりになっていた幽霊グループを〈精霊流しの羅針盤〉で呼び寄せ、〈真夏の夜のお食事会〉にて活力を与える。
すると四体の幽霊は人の姿をとった。
見た目からして冒険者のようだが……。
冒険者という枠組みが広まり始めた時代だ、もしかしたら傭兵かもしれないし、盗賊かもしれない。
だがまあ、そのあたりは大した問題ではない。
「あ、ご主人さま、成功したようですね」
「ひとまずな」
シアは成功を喜んだが、これについて何も聞いていない皆は何が始まったのかとぽかんとしている。
「おいおい、なんだよこれ」
代表するようにリィが尋ねてきたので、おれは簡潔に答えた。
「罠の有無を幽霊で判断するっていう試みですよ。どんな罠だったかについては、その幽霊に教えてもらえばいいですからね」
亡霊はある意味でダンジョン先行隊なのだ。
「シア、お前なかなかえげつねえこと考えるな……」
「いや、わたしが思いついたわけ――、あー、まあそうなんですけど正確には違うんですよ?」
元ネタはあっちの世界のゲーム――と言えないシアは曖昧なことを言う。
ひとまず姿を戻すことには成功したが――
「もしもーし、もしもーし」
『…………』
話しかけても幽霊たちは無反応。
「反応しないな……、屋敷で呼び寄せちゃった時はもっとモヤモヤした奴だったけど反応はあったのに」
「うーん、ご主人さまのブーストで姿はハッキリしましたが、肝心の思念は摩耗しているのかもしれませんね。要は鮮度が落ちているんですよ。これは失敗ですかねぇ……」
と、シアがそう言ったときだった。
『俺様は大鳥団のリーダー、深謀のアイザー!』
幽霊の一人が唐突に喋り始めた。
『へへ、今日はシャーロットの秘宝を見つけに霊廟へやって来たぜ! 皆には大鳥団のためと言っているが、本当は愛しのレウラちゃんとお近づきになるために必要な金が欲しいだけだ! 秘宝を見つけた暁には、他の連中はブッ殺して俺が独り占めって寸法よ!』
「ろくな奴じゃねえな!」
清々しいまでのクズっぷりにびっくりしていると、こんなのがリーダーを務める哀れなパーティーのメンバーたちも順番に喋り始める。
『俺は大鳥団一の剣士ブラッハ! 今日はシャーロットの秘宝を見つけに霊廟へやって来た! リーダーや仲間は大鳥団のためなんて言ってるが、ホントはそんなの知ったこっちゃねえ! 秘宝を見つけたらみんな斬り捨てて秘宝は俺の物にする! 秘宝を売って大金を手にしたら、麗しのレウラ嬢に結婚を申し込むんだ!』
『オレぁは大鳥団一の武闘家シャガル様よぉ! 見つけるぜぇ、シャーロットの秘宝! でもって仲間みんなブッ殺して独り占めよぉ! これでオレ様ぁ大金持ち! 強くて金持ってる、んなの女がほっとくわけがねえ! だがオレ様が欲しい女は皆殺し竜のレウラだけだ!』
リーダーと同じかよ!
仲いいなおい!
『私は大鳥団一の魔道士ディクス。今日はシャーロットの秘宝を手にするべく仲間たちと霊廟へと訪れた。皆は大鳥団のためと言っているが、私にはそうは思えない。何か……、邪な狙いがあるように感じるのだ。それも秘宝を手に入れたとき明らかになるのだろうが……、道を踏み外した外道にシャーロットの秘宝は渡せない』
あ、こいつはまともそうだな。
『こうなったら皆の息の根を止め、秘宝は権威ある聖都に渡すことにしよう。おそらく私は名誉と報酬を得ることになるだろうが……、そうだな、仲間を殺めた私はもはや冒険者稼業を続けるべきではないだろう。ならばここは秀麗なるレウラに交際を申し込んでみようか……』
まともじゃなかった。
同じだった。
「全員もれなくクズじゃねーか!」
べつに哀れでも何でもなかった。
いやある意味では全員哀れなのだが。
『よぉーし! じゃあ行くぞ野郎ども!』
『おぉーッ!』
そしてクズたちは入口に突撃、でもって勝手にぺしゃんと潰れた。
そしたらふわふわっとこちらに戻り――
『俺様は大鳥団のリーダー、深謀の――』
「えい」
また名乗りから始めようとしたところで、シアの無慈悲な一撃――リヴァに刈り取られて消滅した。
「うーん、かろうじて残った思念が再生されるだけのようですね。まあこれもどんな罠か判別する手がかりになるので無意味というわけではないのですが……、わざわざやる必要もそうないので、やらなくていいかもしれません」
想定通りとはいかなかったため、シアはこの試みをお蔵入りにしようと考えたようだが、そこでロシャが言った。
「一応、もう少し実験しておいてはどうだ? 何かの役に立つかも知れないからな」
「わかりました。ではちょくちょく実験してみます」
こうして話は終わったが、そこでリィが言う。
「にしてもレウラって何者だよ。どんなやり手だよ」
「やり手って言うよりも、あの四人が勝手に入れあげていただけじゃないですかね? もしかしたらここに残る他の幽霊のなかには、四人と同じ理由でやってきた者もいるかもしれませんね」
そう話していたところ――
「お? ねえちゃんどしたー? 頭痛いかー?」
ティアウルが額を押さえて俯くヴィルジオを下から覗きこんでいたのだが、その様子を見たロシャが「あ」と声を上げる。
「確か……、皇妃の名はレウラーナだったな」
レウラーナ……、レウラ?
「若い頃は冒険者をやっていて、たいそう他の冒険者たちに迫られたという話だ。まあ最終的にはドラの奴が百年――」
「ロ、ロールシャッハ殿……! それくらいにしてもらえぬか……!」
だいぶ弱った声でヴィルジオが言う。
この反応からして、そのレウラはヴィルジオの母親なのかな?
昔は母親がモテモテで、その結果としてバカが霊廟に突撃していたとか……、ヴィルジオにしてみれば知りたくもない話だろう。
と、そのときおれは気づいた。
ヘコむヴィルジオを眺めていたティアウルがニヤリと笑うのを。
「――ッ!?」
瞬間的におれはティアウルが何を考えたのか理解する。
確かにこのネタでヴィルジオをおちょくることは可能だろう。
が、まず間違いなくそれはティアウル自身の首を絞める。
いや、絞められるのは顔面か。
「……ご主人さま、まずいですよ。下手するとティアウルさんの顔面がトランスフォームしてしまいます、場合によってはくしゃっと体を折りたたまれて、地面にヘッドオンするかもしれません……」
シアのネタについては謎だが、言わんとしていることはなんとなくわかった。
そこでおれはできるだけ険しい表情で首を振り、ティアウルに『それはやめておけ!』と合図を送る。
すると「承知しています」とでも答えるように、ミーティアが頷いた。
うーむ、ティアウルは有能な助手を手に入れたものだ。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/29
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます
2019/02/05
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/12
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/07/08




