第553話 14歳(秋)…悩める竜の救い主
竜皇ドラスヴォートが幼気な少年のようにきょとんとするなか、ロールシャッハはシャロ様がまだ何かしらの手段で現世に残り、活動を続けているかもしれないと説明した。
竜皇は微動だにせずそれを聞き終えたが、少ししたところで様子がおかしくなる。
なんだか振動マッサージ器でも押しつけられたかのようにガクガクブルブルと震え始めたのだ。
「……ヒィィィィィ……」
あとなんか高周波的な小さな悲鳴を上げており、この竜皇の異変に同席していた家臣たちがざわつき始める。
竜皇はしばし震え続けていたが、やがてハッと我に返ったように顔を上げ、玉座から勢いよく立ち上がった。
いや、立ち上がろうとしたものの足腰が立たなくなっていてその場に崩れ落ち、それはまるでバネがダメになった飛びだすオモチャのようであった。
這いつくばった状態で竜皇は叫ぶ。
「お、大人しく引きこもっているなら、無理に会いに行かなくていいんじゃないかなって俺は思うぞ! だって、ほら……、あれだ、行ったときちょうど寝起きとかだったら最悪だぞ! 不機嫌だぞ!」
「いや、あの、魔王をどうにかするって宣言しちゃったわけで、こうなると行かないわけには……」
「そこをなんとかお願いしたい!」
「なんとかって……!?」
なんとかって言われてもどうすりゃいいんだ。
豹変した竜皇におれは戸惑うことになったが、ヴィルジオはまるで想定内であったように這いつくばる父親を見下ろしながら言う。
「父上、諦めよ。もう父上の我が侭に付きあっていられる段階ではないのだ。なに、もしシャーロットが存命であっても、ちゃんと国王としての務めを果たしている姿を見てもらえばよいではないか」
そしてヴィルジオはにやにや。
対して親父さんはもう血の気が引いている。
「だ、駄目だ! 駄目だ駄目だ! 認めん、霊廟に向かうことは認めん! 誰がなんと言おうと俺は認めんぞぉーッ!」
竜皇は憤慨。
左手で胃の辺りを押さえながら、右手でもってこちらへ這いずってこようとしている。
「陛下、陛下、どうか落ち着いてください!」
「大丈夫、大丈夫ですから!」
家臣たちがあたふたと近寄り、ご乱心の竜皇を宥めようとしている。
そしてそのうちの一人が情けない顔をして言った。
「レイヴァース卿、どうか、どうか今日のところはこれくらいでかんべんして頂きたい! これ以上は陛下の胃に穴が空きます故!」
「ぼく何もしていませんけど!?」
なんでおれが悪いみたいなことになってんだ。
ついさっきまで和気藹々、意気投合して良い雰囲気だったのに、謁見の間は一転して緊急搬送されてきた患者に医師や看護師が群がっているような状態になってしまった。
「……ぐぉ、ぐおおお……、や、やめてくれ……! そんなに振り回されたら尻尾がもげちゃう! もげちゃうからぁ……!」
「いかん! 意識が過去に戻っている!」
「陛下! 気をしっかり! 現実はこちらです!」
「……まわるよー、世界がまわる、だれか止めてよぉー……!」
なんかフラッシュバックが始まったらしく、じたばた暴れる竜皇を家臣たちは押さえつけている。
が――
「……ぐふっ」
唐突に竜皇の体から力が抜け、ぐったりしてしまった。
「お、死におったか? これが憤死というやつか」
ヴィルジオがひでえ。
まあ精神が限界を迎えての気絶とわかっているから言っているのだろうが……。
竜皇がこうなってはどうにもならず、謁見はここで中止となった。
△◆▽
謁見の間を追いだされたあと、おれたちはそれぞれに用意されていた客間へと案内された。
とても立派なお部屋である。
客室が立派なのは見栄といった側面もあるが、このザッファーナは王金などを含む貴重な鉱石の産出国、たぶん見栄とか関係なく普通にお金をかけたのだろう。
しばし部屋を眺めていたところ、皆がこちらに集まってきた。
遅れてドレスから着替えたヴィルジオもやって来る。
「さて主殿、父上はあんなことになってしまったが、これからどうする? 妾としては、もうアレは放って置いて早めに霊廟へ向かった方がよいと思うのだが」
「それはまずいのでは? ちゃんと許可をとらないと……」
するとロールシャッハが「駄目だな」と首を振る。
「これ以上あれに付きあっていては時間を無駄にするだけだ。なに、一応は正式な手続きを踏んだのだ。体調を崩したのはドラの落ち度。気にせず向かえばいいだろう」
まあ早いに越したことはないし、あの様子の親父さんに付きあって許可をもらおうとしたら無駄に時間がかかりそうなのも確かだ。
と、そんな話し合いをしていたとき扉がノックされる。
訪れたのは宮宰ランダーヴだ。
「おや、皆様こちらにお揃いでしたか。ヴィルジオ様も……」
「居て悪いか? で、何の用だ?」
「はい。今晩より、ヴィルジオ様のご帰還、そして皆様の訪問を祝って歓迎の宴を催しますので、そのことをお知らせにまいりました」
「宴ですか……、あまり明日に響くようなのは……」
「ああいえ、明日の心配をなさらずとも平気でございますよ」
「そうなんですか?」
「はい。なにしろこの国の歓迎の宴は三年ばかり続きますので」
「三年!?」
「ほほ、やはり驚かれますか。一般的な感覚では長く思われるかもしれませんが、我々竜人ともなると三年でも短いくらいでして」
にしても長すぎだろ、と思っていたらヴィルジオが愕然とした表情で言う。
「お、おぬし……、妾がここにおるのによう平然とそんな嘘を……」
嘘かよ!
霊廟へ行かせないための妨害工作か!
「主殿、妾が間違っておった。早めではなく、もうこれから行くのが最善であろう。時間を置けば余計なことをしてくるに違いない」
「うーむ、やはりそうなりますか」
そこでランダーヴが指をパチンと鳴らす。
すると扉がバーンッと勢いよく開き、ドタバタと兵士が雪崩れ込んできた。
「ちょっ、どういうこと!?」
「ほほ、陛下はぜひとも皆様に参加してもらいたいと申しておりますので……」
「強制かよ! どうなってんのこの国!」
「す、すまぬ……」
ヴィルジオが申し訳なさそうに謝った。
謝らずにはいられない心境なのだろう。
ともかくここで三年も宴に参加しているわけにはいかない。
「突破するぞ!」
おれは指を鳴らしての〈雷花〉――雪崩れ込んできた兵たちを痺れさせる。
そこでヴィルジオとシアがすぐさま突撃、兵士たちを薙ぎ倒して道を切り開いた。
「おやおや、ヴィルジオ様の御転婆にも困ったものでございますな」
「うっさいわ!」
変わらず微笑むランダーヴに吐き捨て、ヴィルジオが先頭になって部屋を飛びだす。
そしてそのままおれたちは王宮から脱出すべく廊下を駆けた。
しかしそんなおれたちに立ちはだかるのは、宴へ強制参加させようと襲い来る兵士たちだ。
「おぬしらええかげんにせいよ!?」
兵士たちは主に荒ぶるヴィルジオによって蹴散らされる。
「これは私たちの出番はないわね」
「そだなー」
その奮闘ぶりを眺めていたミーネとティアウルが言う。
うーん、これまで他国へ行ってちょいちょい騒動を起こしてきたが、まさか到着したその日のうちにこんなことになるのは初めてだ。
「何でこんなことになってんのかなぁ……」
そう呟いたところ――
「すまぬ……!」
兵士を蹴散らすヴィルジオが謝ってきた。
いや、ヴィルジオが悪いわけではないから。
むしろ一番の被害者みたいだし。
△◆▽
ボウリングの玉がピンを跳ね飛ばすがごとく兵士たちを蹴散らすヴィルジオの活躍によりおれたちは城の玄関までやってこられた。
しかし、外で待ち受けていたのは険しい表情をした竜皇ドラスヴォート、そしてげんなりした表情の竜騎士アロヴであった。
「父上、そこをどいてもらおうか!」
「ヴィルジオよ、父がこれほど頼んでも行くと……、どうあっても宴に参加せぬと言うのか! ならば仕方ない、力尽くだ! 行くぞアロヴ!」
「あ、はい」
そして竜皇とアロヴが竜へと姿を変える。
竜皇は透明感のある白い竜。
つかこれが元は黒――ヴィルジオのような深い紫の黒だったのか。
事情を知らなければ素直に美しいと言えるのだが……。
精神的苦痛の影響ってのは凄いな。
『行かせん、行かせんぞー! 行かせてなるものかー!』
『すまん……、陛下の命令なのでな……』
いきり立つ竜皇。
隣にいるアロヴは凄く申し訳なさそうな声を出している。
そしてヴィルジオは――
「はぁぁぁ……」
ひどく切なげな表情でため息をついていた。
シャロ様恐しとここまで本気になる父親の姿、娘としては見たくなかったし、認めたくないのだろう。
だがヴィルジオがしょぼくれたのもわずかな間、次の瞬間には見たこともないような獰猛な相貌に変わる。
「もぉぉう面倒だ! とっとと叩きのめして霊廟へ向かうぞ!」
「ああ待った待った」
このまま放置すると血で血を洗う壮絶な親子喧嘩が始まってしまうと予感したおれは慌ててヴィルジオを宥める。
ただ、こちらが退くだけでは解決しないこの状況。
何らかの手段でもって竜皇をあしらう必要があり、そこでおれはバスカーとピスカを召喚した。
『犬……、雛……? それがなんだと言うのだ?』
雷と共に突如出現した犬とヒヨコを見た竜皇は困惑したようだったが、おれのやろうとしていることを察したヴィルジオは言う。
「父上も聞いていよう、この犬と雛こそがベルガミアとエクステラを襲撃したバンダースナッチ、バスカヴィルとナスカが転じた姿なのだ」
『なっ……、いや、ずいぶん可愛らしい姿になったものだな。そしてそれがなんなのだ?』
「すぐにわかる。――主殿、見せてやるがいい!」
「あ、はい」
おれはバスカーとピスカにお願いして巨大化してもらう。
『な、なにぃ! こんな巨大なもふもふだとぉ!?』
みるみる大きくなっていく犬とヒヨコに竜皇は驚いたようだ。
そこでおれはさらに指示を出す。
「バスカー、ピスカ、ちょっと遊んでもらえ」
『わおーん!』
『ぴーよー!』
おれの言葉に応え、竜皇にじゃれつく巨大な犬とヒヨコ。
『あ、ちょっ、ちょっ、なにこの新感覚!?』
無邪気な犬とヒヨコにもみくちゃにされて竜皇は戸惑う。
抵抗もしてみるが、見た目はアレでもうちの犬とヒヨコはけっこう強く、竜皇は押され気味になっていた。
「よし、父上が気を取られている内に移動だ! アロヴ、準備せい! 嫌とは言わせんぞ!」
『あ、はい』
ヴィルジオの剣幕に処置無しと判断したか、アロヴは大人しくこっちにやってきて地面に伏せる。
おれたちはすぐその背に乗りこみ始めたが、その様子を見た竜皇は巨大なもふもふに翻弄されながらも叫んだ。
『嫌だー! お願いだー! 行かないでくれー! 望むものはなんでも与えるから行くなー! おーねーがーいーだぁぁ――――ッ!』
恥も外聞もなく、本当に必死。
聞けば誰でも憐憫を抱いてしまうような魂からの懇願である。
「よし、とっとと行くぞ!」
しかし娘には通じない。
哀れ、ただただ哀れ。
「ヴィルジオ……、ちょい待った」
「む? どうしたのだ?」
「あー、ちょっと説得しようかなと……」
「説得? 時間の無駄であろう」
「いやこれだとあんまりにもあんまりなんで……」
さすがに可哀想になってきて、おれはアロヴの背から下りるとバスカーとピスカに指示を出して竜皇を解放させる。
『うぅ……、行かないでくれ……』
這いつくばった白い竜は涙ながらに懇願を続けていた。
「あ、あのですね、もしシャロ様が生きていたら、ぼくが責任をもって説得しますし、うちに来てもらうつもりなので、これくらいで収めてもらえませんか?」
『……ッ!?』
ひとまずそう話してみたところ、竜皇はピタッと嘆くのをやめ、それから竜化を解いて人の姿に戻った。
そしてよろよろとこちらにやって来ると、おれの手を取る。
そして泣く。
「お、おおぉ……、うおおぅ……、貴方こそが我を救いたまう勇者……、お、お待ちしておりました……」
それからしばし、竜皇はおれの手を握ったままむせび泣いた。
『普段は割とまともなんだが、シャーロットが絡むとなぁ……』
アロヴが疲れたような声で言った。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/25
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/23
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/04




