第552話 14歳(秋)…ザッファーナ皇国
十月中旬、早朝――。
シャロ様のお墓参りに向かうおれたちは屋敷の皆に見送られてザッファーナ皇国へと出発した。
メンバーはいつもの金銀赤黒、ここにリィ、ティアウル、ヴィルジオ、ロールシャッハが加わっての八名である。
いつもなら歩いてのこのこ精霊門に向かうところだが、今回は家出中であったヴィルジオ姫の帰還という建前があるため竜皇国の大使が手配した馬車二台で向かうことになった。
馬車の内訳はヴィルジオの方におれ、アレサ、ロールシャッハ。
もう一台はそれ以外――金銀と姉御エルフ、ドワーフッ子である。
「向こうに到着したらまずはドラの奴――ではなく、竜皇ドラスヴォートに挨拶をすることになる。一応」
そう言ったのはロールシャッハ。
ファンシー生物でいるとセレスに捕獲されるため、今はシャロ様のお姿でいる。
霊廟に到着するまではこのままでいくそうだ。
「ロールシャッハ殿、別に挨拶などしなくてもよいのではないか?」
そう言うヴィルジオが身につけているのは前におれが贈った服。
メイド姿で帰るつもりでいたことが判明したのは今朝のことで、さすがにそれはどうかと思いお願いして着替えてもらったのだ。
おれが関わった服なので色々と効果がついており、自浄作用もあるので霊廟に籠もるにしても便利だよー、とか言って説得した。
しかし真にヴィルジオを動かしたのは、ちゃんとお出かけ用の服――こっちもおれが贈った物――を着たティアウルの一言だったりした。
「ねえちゃんのはけっこうぴっちりした服だったからな、仕方ないな」
「まだちゃんと着られるわ!」
くわっ、とヴィルジオは答えたが、メイド服のままでは説得力も何もないと大人しく着替えることになった。
お手柄なティアウルは撫でておいた。
「父上に会ったところで時間を無駄にするだけだと思うのだが……」
「確かにそうだが、そうもいかない。ドラの奴も私と会いたくはないだろうが、これは一応公的な訪問になるからな。本当に一応は」
ヴィルジオとロールシャッハ。
言葉の端々に竜皇を軽んじていることが現れている。
やがて馬車は精霊門のある建物に到着し、いよいよ竜皇国へ、となったところで隊列の入れ替えをする。
まず最初に門をくぐるのは皇女ヴィルジオ。
竜皇国側――首都ファウェルへ出てみると、大使を通じ前もって連絡していたこともあってお出迎えの人々が門の前で左右にわかれて整列、道を作っていた。
その道のど真ん中、おれたちの正面で跪いて頭を垂れていたのは執事っぽいご老人である。
「ヴィルジオ様、お帰りなさいませ」
「久しいなランダーヴ。まだ生きておったか」
ヴィルジオひでえな。
しかし顔を上げたご老人――ランダーヴは楽しそうに笑う。
「ほっほっほ、このランダーヴ、ヴィルジオ様がご結婚するまで死ぬわけにはまいりません」
「ぬかせ」
「さらに言えばもうけられた皇子様をこの腕に抱き、かつてのヴィルジオ様のように『じいじ』と呼んでもら――」
「ええいもうよいわ!」
ヴィルジオが怒鳴るものの、ランダーヴは朗らかな笑顔のまま。
なんとなく二人の関係が察せられる会話だった。
つか速攻でヴィルジオが遣り込められるとか初めて見るぞ。
「ヴィルジオ――姫、こちらの方は?」
「あ? ああ、こやつは城にとぐろを巻いて居座っておる蛇だ」
「いやそんな紹介……」
渋い顔のヴィルジオは紹介すらまともにしようとしない。
そんなやり取りの間にランダーヴは立ち上がっており、改めて礼をすると口を開く。
「申し遅れました。わたくし、宮宰を務めておりますランダーヴと申します。本日はようこそおいでくださいました」
そのランダーヴの言葉に合わせて待機していた者たちが礼をする。
予想外にきっちりだ。
交流を持った竜皇国の者がヴィルジオとアロヴだったから、おれの中で勝手に竜皇国の人は大雑把という偏見が生まれていたようだ。
そしてそのアロヴなのだが、建物の外に出たら居た。
他にも勝手に伝達されて集まったらしい竜皇国の闘士たちもいた。
大闘士殿、万歳、万歳とやかましい。
「英雄殿、またド派手にやったな!」
おれたちを迎えたアロヴは「がははー」と上機嫌。
そんなアロヴを見てヴィルジオは言う。
「ふむ、まあアロヴで問題ないか。アロヴ、おぬし妾たちを乗せてシャーロットの霊廟まで飛べ。何か仕事があるなら他の者を捜すが」
一瞬、アロヴはこの唐突な命令に目をぱちりさせたが、すぐにまた笑顔に戻る。
「願ってもない。勇者殿を乗せて飛べるのは名誉だしな」
「ほう、親父殿も勇者を乗せて飛んだが……、名誉か?」
「そこは名誉ということにしといてあげませんと」
意地悪く言うヴィルジオと、苦笑いをするアロヴ。
よくわからない話だ。
あとでどういうことか聞かせてもらおうかな。
それからおれたちは用意されていた馬車に乗るのだが、竜皇国の精霊門は王宮正面にある広場の中心に置かれていたためほんの少しの間だけだ。
こちらも一台目はおれ、アレサ、ヴィルジオ、ロールシャッハの四名と、二台目のシア、ミーネ、リィ、ティアウルにわかれた。
王宮までの少しの時間、おれは先ほどのことを尋ねる。
一応、竜皇も勇者だ。
でも一般にはそんなイメージはない。
「わざと控えさせているのだ」
「なんでまた?」
「シャーロットに関わるすべては忘れたい過去らしい」
「忘れたい過去……?」
「シャーロットから受けた仕置きがそうとう心の傷になったのであろうな。尻尾を掴まれて振り回されたそうだぞ」
「尻尾を掴まれて……?」
え、シャロ様って怪力だったのか?
びっくりしたところ、ロールシャッハがこれを補足する。
「空間魔術の応用だな。実際に腕力で振り回したわけではない。シャロはドラを振り回し、止めに来た竜をそれで叩き落とした。そして城や王都の一部はでかい鈍器と化したドラによって破壊されることになったのだ」
「聞いた話では父上の悲鳴はいつまでも続き、その悲鳴が聞こえなくなったときには鱗が白くなっていたそうだ。それがあってこの国では聖女が恐怖の対象になっておる。言い伝えではないぞ、まだ当時を知る老人もおるのでな。実際に見聞きした話として聖女シャーロットの恐ろしさが伝わっておるのだ」
日記には激しくお仕置きされたとしかなかったが……、竜皇は大変な目に遭っていたようだ。
△◆▽
王宮に到着したおれたちはまず応接間に案内され、謁見の準備が整うまでひと休みすることになった。
ここでふらっとヴィルジオが居なくなったが、呼ばれていざ謁見の間へと移動したら玉座に座る竜皇の隣でげんなりした表情になっているところを発見。
せっかく綺麗なドレスにお着替えしたのに、そんな嫌そうな顔をしていたら台無しである。
セレスに見せてあげたかったな。
「ドラ、久しぶりだな」
進行も何もなく、いきなりそう言ったのはロールシャッハ。
すると威厳を湛えた竜皇は険しい相貌を歪め――
「――ッ、……、……」
一瞬何か言おうとしたものの、結局言わずにしょぼんとした。
弱いな!
「今日は何もお前を苛めに来たわけではない。これまで調査をしていたシャーロットの霊廟に本格的に潜ることになったので、その報告をしておこうと思ってな」
「う、うむ、魔王を倒すと宣言したレイヴァース卿のためだろう?」
ようやく喋り始めた竜皇だが、せっかく渋い声なのにちょっとうわずってしまっている。
「だ、だが、シャーロットは『魔王を倒せなかったら』と言い残したのだし、まだ魔王が誕生していない段階で潜ってはまずいのではないか?」
「魔王が出現するまで潜るな、とは言っていない。ならば潜ったところで問題無いさ。本当に駄目ならそう伝えるし、対処もしているだろう」
「そ、そうか。では深部に到達したとして、そこにあるであろうシャーロットの遺体はそのままにしておくのか?」
「うん? 貴様、何が言いたい」
「いやっ、他意はないぞ。ただ余は思うのだ。もう時代も変わった。そろそろ地上に墓を作ってもよいのではないかと」
なるほど、それもいいな。
「それで、その……、提案なのだがな、墓の場所はだな……、あれだ、レ、レイヴァース男爵領など良いのではないか?」
なん……、だと?
「ど、どうだ……? わ、悪い話では、なかろう?」
「素晴らしい!」
おれは思わず声を上げていた。
「その話、是非ともお受けしたいと思います!」
「お……、おお……、おおぅ!」
一瞬竜皇は目をぱちくりさせたが、当のレイヴァース男爵――おれの賛同が得られたことをすぐに理解し、身を乗り出して続ける。
「そ、そうか! 受けてくれるか! よし、ではかかる費用はすべて余が出そう! なんなら名誉ある仕事を引き受けた報奨としてもっと出すぞ! いっぱい出すぞ!」
「そんな、費用や報奨を頂くわけにはいきません。これはぼくが望んですることなので」
「むぅ……! なんと――、なんと立派な少年であるか! さすがは英雄、さすがは勇者。よろしい! 気に入ったぞ! 余がそちのために城を建ててやろうではないか!」
「大変有りがたいお話ですが、そのお気持ちだけで充分です」
ヴィルジオの父ちゃんすげえ良い奴だな!
盛りあがるおれと竜皇。
一方、他の面々はぼそぼそと話し合っていた。
「……え、えーっと、なんですこの状況……? なんかご主人さまが近年まれに見るはしゃぎっぷりなのですが……」
「……師匠の遺体がすっげえいらない竜皇と、すげえ欲しいあいつの思惑が変に合致しちまったんだな……」
「……これは聖都も協力しなければなりませんね……」
「……シャーロットのお墓がお城になるの……?」
「……あたいそこに住んでもいいかな……?」
しかし、そこでロールシャッハが言った。
「お前らな、気が早いぞ。もしかしたらまだ元気かもしれんのだ」
瞬間――
「??????????」
竜皇が「あれ、この人なに言ってるの? ぼくよくわかんない」といった顔になった。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/23




