第551話 14歳(秋)…お墓参りの同行者
冒険の書三作目がひとまず仕上がった。
これもひとえに皆の協力あっての賜物、おれ一人では今年中に完成に漕ぎ着けられたかどうか怪しいところだ。
仕上がった原稿はさっそくダリスに渡し、人海戦術でのチェックをお願いする。
大きな問題が無ければ十一月の上旬あたりに発売となる予定なのだが……、果たして。
このチェックの結果が出るまで時間が空くため、おれはこの間にシャロ様のお墓参りに向かうことにした。
とは言え、これ一回で最深部まで到達しようというわけではない。
ティアウルが罠を発見できるようならば最深部を目指してみるが、ダメだった場合はひとまず現場の雰囲気を知っておく程度にして帰還し、調査団の調査が終わるのを待つつもりだ。
この決定を受け、ミーネはダンジョンアタックの準備――料理のストック作りに余念がない。
いや、美味しい料理に取り組むミーネに余念などあるわけがないのだ。
なにしろ――
「照り焼きチキーン! 照り焼きハンバーグ! そしてイカのてっりやっきもー!」
もう料理しながら熱意が口から漏れているくらいだ。
そして料理に熱中するミーネの近くではちびっこ団が掛け声をあげている。
『てーりやきっ! てーりやきっ!』
妖精たち、ティアウル、ジェミナ、クロアとセレス、それからまたよく来るようになったティグまで集まって照り焼きを称えている。
……。
なんだこの状況?
墓参りにはおれ、シア、ミーネ、アレサ、リィ、ロシャという六名が確定しており、ここに罠発見機としてティアウルが、さらにザッファーナ皇国に話を通す仲介者としてヴィルジオが加わる予定になっている。
今日はこれから他に誰か同行してもらうかの相談をしようと思ったのだが……、あの様子ではミーネとティアウルを参加させるのは無理そうだ。
ミーネが熱心に料理しているからとか、ティアウルが照り焼きを待ち望んでいるとかそういう理由ではなく、集まっているちびっこ軍団の反感を買うからである。
まあミーネは自分が同行できればメンバーに文句をつけてくることはないだろうし、ティアウルはヴィルジオが同行すると知った段階で悟りきった表情をしていたのでこの先誰が同行することになっても気にはしないだろう。
部屋に引き返すと、先に集まっていたシア、アレサ、リィ、ヴィルジオの四名は「あれ」と不思議そうな顔になる。
「ご主人さまー、ミーネさんとティアさんはどうしたんですか?」
「てりやき……」
「ああ、なるほど」
シアが何かを察した。
まさか察してくれるとは思わず驚いたが、べつに詳しく説明したところで得られるものなど無い話だ、そのまま流して会議を始めることにした。
まずは一人ずつメイドたちの名をあげ、同行してもらえるか、させて大丈夫かを話し合っていくのだが……
「んー、他のみんなは同行させない方がいいか」
「であろうな。ティアほどの必要性が無ければ、わざわざ危険な場所に同行させることもあるまい」
「ヴィルジオもその危険な場所まで付きあうことないんだけど……」
「妾は必要であろう。ティアの面倒を見ねばならんからな」
ティアウルの面倒か……。
微妙に説得力があって困る。
結局、他の皆を連れて行かないのはヴィルジオの言った『必要性』に帰結する。
「あとは霊廟まで乗せてもらうデヴァスかな?」
「主殿、わざわざデヴァスを連れて行く必要もあるまい。移動となったらそこらにいる竜を捕まえて乗せてもらえばよいからな」
そりゃお姫さまが「おいおまえ、ちょっと竜になって乗せろ」と命じてきたら従うしかないだろう。
あ、そう言えば二年ほど前にアロヴがこの屋敷に訪れたとき、様子がおかしかったのはヴィルジオが居たからか。
うん、そりゃ様子もおかしくなるわな。
△◆▽
冒険の書が仕上がったことにより、おれには少しゆとりができた。
やるべき仕事はまだ他にもあるが、それはお墓参りを済ませてから本格的に取りかかることにしておれはしばしの休息をとっている。
仕事部屋、リクライニングチェアにゆったり腰掛けて、ちょっとうとうとしたりできるこの贅沢、この幸せ。
しかしそれを破壊する者が現れた。
「ご主人さまー、ちょっと聞いてくださいよ! わたし凄いこと思いつきましたよ!」
「ん、明日な」
「それ聞く気ないですよね!?」
んもー、聞いてくださいよー、とシアがおれを揺さぶってくる。
「わかったよ。聞くよ」
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよー。お墓参りに関することなんですから真面目な話ですよー?」
「うん?」
そうか、それならちゃんと聞かないといけないな。
「あ、聞く態勢になってくれましたね。未調査領域のことなんですけどね、ご主人さまも罠を発見することができるかもしれません」
「おれも……? もしかして精霊関連か?」
「ブブー、ざんねーん、違いまーす」
すこぶる嬉しそうにシアは言う。
イラッとした。
「じゃあ明日聞くな」
「あ、ちょっ、待ってくださいよ! そんな速攻で機嫌悪くならないでください! 子供ですか!」
「子供だ!」
「精神は合計で三十越えてるじゃないですか! ああもう、煽ったのは謝りますから、聞いてくださいよー」
「わ、わかった、わかったから揺さぶるなっ」
ゆさゆさがガクガクになり、チェアがミシミシと軋み始めたところでおれは慌てて降参した。
「で、どういう方法だって?」
「それはですね――」
と、シアは思いついたことをおれに説明する。
それは前におれが起こしたうっかりを元にした発想で、確かに成功すれば罠を発見することが出来そうだった。
「でも実際に可能かどうかは、現地で実験してみるしかないな」
「そうですね。でもいい考えでしょう?」
「まあな」
頷くと、シアは「むふー」と自慢げな顔になり、それからしゃがんだ。
「え、なに?」
「クロアちゃんやセレスちゃんが何か良いことをしたら、してあげることがあるじゃないですか。ほら、わたしも妹ですよ。べつにギュッでもいいんですが、ご主人さま休んでますからね」
「それでいいのか……? 名案かどうかは別として、試してみる価値のあることだし、皆の安全にも関わってくることだ。もっと欲しい物とか要求してきても多少は応じるぞ?」
「わたしそれなりにお金ありますから。それにご主人さま、お金払ったら撫でてくれます?」
「そういうサービスはやってない」
「でしょう?」
「……」
何か煙に巻かれたような気がするものの、それでいいならと撫でやすい位置にあるシアの頭を撫で撫でする。
実際に活用できたらさらに褒める必要があるだろう。
元ネタがあるとは言え、それを思いつけたのは元死神ならではということだろうか。
「……?」
そこでふと疑問が生まれ、おれは手を止めてシアに尋ねる。
「なあなあ、死神って魂を回収するのが仕事なんだよな?」
「ふにゃん? ですけど?」
「じゃあなんで幽霊とかいるんだ?」
これまで特に気にしていなかったが、よく考えてみるとおかしい。
死神が魂回収をできない状況とかあるのだろうか?
「たぶん、ご主人さまは根本的なところを勘違いしていますね」
「根本的?」
「はい。死神は魂の回収がお仕事ですけど、すべての魂をきっちり回収するわけではないんです。ざっくりとした例えをしますけど、要は小麦の収穫をする農夫さんが一粒たりとも見過ごさずに収穫するかって話ですよ」
「取りこぼしもあるってことか」
「はいな。で、死神は分体……、まあかつての私のような分身がいっぱいいるんですが、人一人に対し一体ではぶっちゃけ無駄です。無限であっても無駄はよろしくありません。そこである程度の数に担当地区を割り振るんですが、大都市と砂漠、同じ数を割り振るのもまた無駄ですよね?」
「地域によって死神の数が変わるわけか」
「そうなんです。そこで死なれても、まあちょうどよく見つけられたら回収しますが、わざわざ捜し回ることはしませんね。結局、次に繋がる量を確保できればそれでいいので。なので歪んでしまった魂なども放置されます。例を挙げるならスナークとかですね。あれを修正するとか、そういう仕事は死神のやることではありません」
それでスナークは放置なのか……。
「でもそうなると、もしかしておれって余計なことしてる?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。死神にとってはどちらでもいい話になるんですが、例え行き着くところが同じでも、その過程は精霊であった方がいいのです」
「うん? 行き着くところは同じって?」
「回収されなかった魂は霊的な土壌になります。これを説明するのはちょっと面倒で……、ご主人さまにちゃんと理解してもらえるかわからないんですが、まあ霊的な力の元になると思ってもらえれば……」
「ふむ、じゃあスナークも精霊も、そこらをふらふらする幽霊とかも最終的にはその霊的な土壌になるってことか?」
「はい。多くはそうなります。その過程が幸せなものか、苦悩に満ちたものかという違いはありますが、最終的には同じです。なのでご主人さまのやっている精霊化は、スナークさんたちにとっては幸せなことなんですよ」
そう言ってシアはにっこり。
そしてしゃがんだままで留まり続けている。
あれ、もしかしてまだ撫でないといけないの……?




