第547話 14歳(秋)…強制休日の小旅行(5)
小旅行二日目の朝。
目が覚めたおれは、まず先に起きていたアレサと一緒に日課のお祈りをする。
やがて真珠の間の面々がこちらへやってきて、今日はどうしようかと話し合っているうちに朝食が運ばれてきた。
皆で朝食を食べつつ、今日は何して遊ぼうか、そんなことをのんびり考えられる時間のなんと贅沢なことか。
「昼からは遊覧船に乗るから、午前中をどうするかだな」
昨日、クロア、セレス、コルフィーが乗りたがった遊覧船のことを宿で尋ねてみたところ、前日予約でもちゃんと乗れることがわかった。
さらにこの申し込みは宿の方でやっておいてくれ、おまけに料金も持ってくれるらしい。
「さすがに貸し切りまでは難しいため……、そこはご了承ください。前もって予約を入れたお客さまもいますからね、ここにレイヴァース卿の名で無理に貸し切りとするのはよろしくありません」
「そ、そこまでは望んでませんから……、いやむしろ目立ちたくはないので、普通、普通で、お忍びということでお願いします」
そう頼んだ結果、おれたちの予約は宿の名で申し込みされることになった。
さて、遊覧船の時間まで何をするか。
何か案は無いか尋ねてみたところシアが言う。
「町を散策したらどうですかねー。昨日は浜辺で遊んでいるだけで終わってしまいましたから」
「んだなー。ひとまず午前中はぶらぶらするかー」
裕福な迷宮都市に近い関係上、観光地としての面もある港町だ。
案外それだけでも楽しいかもしれない。
デヴァスは昨日に続きゆっくりしてもらい、朝食を終えたおれたちはぞろぞろ町の観光へとくりだした。
まずは町をぶらぶら散策。
それから観光通りに足を運び、興味をそそられた物をしげしげと眺めたり、気に入ったお土産品を買いこむことになった。
セレスは貝殻や珊瑚、魚の骨を加工した工芸品に興味を惹かれていたが、観光通りにある店の品では昨日メタマルが拵えた品よりも凄い商品は無いようだ。
他にも海の魔物の牙とか骨格模型などがあり、これにはクロアが興味を持った。
しかしクロアよ、その熱心に見ているやたら巨大なオウムのクチバシのような代物をどうしようと?
つかこれ何だろう?
ちょっとお店の人に聞いてみたところ、これはクラーケン――でかいイカの口の一部、顎板だとのこと。
滅多に獲ることのできない獲物らしく、この口は縁起物として扱われているらしい。
この『獲ることのできない』とは遭遇しても倒せない、という意味合いである。
見つけるだけならば簡単、海上で大騒ぎしていれば向こうからひょっこりやってくる。
大漁に喜んでいると急に現れ、網ごとごっそり魚を持って行ってしまうという漁師さん泣かせのイカなのだ。
「クロア、これ欲しいのか? でもちょっと置き場所に困るぞ?」
「あ、違うよ。欲しいんじゃなくて、こんな大きい魔物が海にはいるんだなーって思ってたの」
「ああ、そういうことか」
この世界って海が過酷すぎて航海が流行らないんだよな……。
△◆▽
皆がそれぞれお土産品に関心を寄せるなか、おれもまた気になる土産物があった。
それは干物。
昨日はミーネが新鮮な魚介類を大漁に仕入れたが、干物のように加工された海産物はまだ購入していないらしい。
どちらかと言うと、おれは刺身よりもこちらの方が好みだったりする。
ほうほう、一夜干しですか。
よいですね、こちら、いただきましょう。
ええ、ここをずらっと。
ふむふむ、スルメですか。
醤油とマヨネーズ……、これだ!
「何か美味しいもののことを考えているのね?」
「おまえの勘はどうなってんの!?」
いきなりミーネに囁かれてちょっとびっくりした。
こうしてお土産を眺めているだけでもわりと楽しく、時間はあっという間に過ぎてゆく。
正午近くなったところで、前に訪れた料理店――ダークエルフのシオンお勧めの店で昼食をとることにしたのだが、そこで店主に『レイヴァース卿ご贔屓のお店』と銘打っていいか尋ねられることになった。
これってこれからついて回るのかな?
これは予想してなかったなぁ……。
ひとまず真っ当な商売を続けるという約束で許可。
用意されたシーフード料理を堪能したのち、ちょっと早いが遊覧船の乗船場へと向かう。
申し込みは宿でやってくれたので、その確認のために受付へ向かったところ料金表を見てびっくりした。
凄くお高いのだ。
ホントびっくりするくらいの金額だったが……、まあそれも当然か、リーズナブルから超リッチまでピンキリな元の世界とは違い、こちらは完全に金持ち相手の商売だからな。
受付を済ませたのち、待合室に移動して運航時間になるのを待つ。
富裕層向けとあって待合室もなかなか立派。
おれたち以外にも乗船する人々がおり、わりと混雑している。
若いカップル、家族連れ、老夫婦、誰も身なりが良く、従者を連れていることから観光に来た富裕層というのがよくわかる。
なんかおれたち、ちょっと浮いてるな……。
少し気になるところではあったが、クロアとセレスはそんなこと気にもせず船に乗れるのを今か今かと待ちわびながら待合室をきょろきょろ見回している。
そのなかで二人は壁にある看板に興味を惹かれ、ふらふらと近づいていった。
乗客の退屈を紛らわせるためか、待合室にはちょっとした情報が記された看板が幾つもある。
遊覧船が魔導装置で動いているとか、海にはどんな魔物がいるとか、そういった蘊蓄だ。
そしてクロアとセレスが興味を惹かれた看板には『ビックリショー』なる文字が躍り、バッファローの角を生やしたアザラシみたいな生き物のイラストが描かれていた。
一応、小さな文字でその生物についての説明があったのだが、この謎生物、名称はまさかの『イルカ』だった。
「……」
これって統一名称だからシャロ様が名付けたんだよな?
もう名付けるの面倒くさくなったのかな?
いや、もしかしたら深い考えがあったのかもしれん。
おれが沈黙してその深いお考えを理解しようとしていると、シアがそそっと寄ってきて耳元で囁いた。
「……〝てめーのようなイルカがいるか〟……!」
「……」
「……〝て、てめーのようなイルカがいるか〟……!」
「……」
「……〝てんめぇぇのよぉうなぁ、イィィルカがぁぁ――〟……」
「わかった、もういい、もういいんだ……!」
慌ててシアを抱擁する。
こういうのは無反応だと引っ込みが付かなくなるからな。
悪いことをした。
「何やってんだお前ら……?」
リィにはちょっと呆れられてしまった。
一方、シアのダジャレなど知ったことではないクロアとセレスは角イルカに興味を持っており、コルフィーが看板の隅に書かれていた解説を二人に聞かせていた。
「温厚で人に慣れやすい魔物みたいですね。昔は海犬とか呼ばれていたらしいですよ。でも怒らせると頭突きしてくるらしいです」
その容姿に反し、けっこうえげつない魔物だった。
△◆▽
やがて乗船時間となり、おれたちは案内に従って待合室にいた人々と共にぞろぞろ乗り場へと向かい、遊覧船に乗りこんだ。
『えー、皆様、本日はミズーリ観光船にご乗船頂き、誠にありがとうございます』
乗船して少しするとガイドアナウンスが流れる。
動力に魔導装置を使っているくらいだから、これくらい当たり前なのか。
きっとこれから港町の歴史とか、海についての蘊蓄とか教えてくれるのだろう。
やがて出港のアナウンスが流れ、船はゆるゆると港を離れて沖へ沖へと進んでいく。
船酔いの心配もしたが、けっこう大きな船で、そして今日は波が穏やかなのでこのぶんなら大丈夫そうである。
「そのうちあのビックリショーがあるんですかね?」
「そうなんじゃないか? けっこうなお値段だったからな、たぶんそのショーも含めての金額なんだろ。船の周りでおれの知っているようなイルカショーをやるんじゃないかな?」
そんなことをシアと話していたが、それからしばらくはガイドの案内があるだけの、のんびりとした船旅だった。
やがて出発から一時間ほど経過した頃、六隻の小舟がこの遊覧船に接近してきた。
魔道具の推進装置がついているのだろう、エンジン付きのボートみたいな勢いである。
そしたら、ドーン、ドーンと、遊覧船の上空で爆発が起きた。
花火大会が始まる前にぶっ放される号砲花火みたいだ。
小舟に乗る魔道士が放っているらしい。
「あ、始まったみたいですね」
「だな」
きっとこの空砲もびっくり要素なのだろう。
ただ、ちょっと残念なのは、うちの面々は日常的に奇声とか怒号とか、打ち合いによる激しい金属音、あと爆発とか火柱を見てしまっているせいで驚きようが無いことである。
リィも似た様なことを考えていたのか、ぼんやりと言う。
「この程度だと、ミーネが訓練中にしくじったときの方が派手だな」
「まあ確かにその通りですが……、あれと比べるのは酷でしょう」
「じゃあ私も何かした方がいいかしら?」
「「やめろ」」
リィと心が一つになった瞬間だった。
やがてこちらに辿り着いた小舟は、それぞれ三隻ずつ、時計回りと反時計回りでこの船の周りをぐるぐるしながら空砲を続ける。
他の乗客はちょっと動揺していたが、うちの面々は相変わらずのほほんとしていた。
「セレスもどーんてできます。どーんて」
「セレスちゃんは魔法の才能がありますからねー。きっとお母さまみたいな凄い魔法使いになれますねー」
「でもセレス、おひめさまになりたいです」
「そうですかー。……ご主人さま、ほら、ちょっとどっかの国乗っ取って王様に――、いえ、無し。今の無し!」
「何を言っているんだおまえは……?」
他の乗客とは違い、おれたちは引き続きのんびり催しを楽しんでいたのだが、そこで切羽詰まった声のアナウンスが流れた。
『た、ただいま海賊の攻撃を受けておりますが、どうか取り乱さず落ち着いた行動をとっていただくよう、お願い申し上げます。海賊は当観光船の屈強な船員が対処致しますのでどうぞご安心を』
海賊……、なるほど、これはそういう設定だったのか。
気づかなかったが、待合室には角イルカの他にも『海賊襲撃!?』とか宣伝があったのかもしれない。
うんうん、海ならではの趣向だ。
この港町ミズーリはなかなか凄いな。
「兄さん兄さん、海賊ってー?」
「かいじょくってなんですか?」
クロアとセレスには馴染みのない話だからな、よくわからないのも無理はないか。
おれもこの世界の海賊がどういうものか詳しくは知らないが、向こうの海賊とそう大差はないだろうと二人に説明をする。
海賊――要は海の強盗だ。
物語では宝を求めて大冒険とかしたりするが、実際は商船を襲って商品を奪い、それを売って丸儲けというだけの話。
他にも、現代の海賊はより効率化され誘拐ビジネスと化している。
出資者が金を出し、取り纏め役が人を募集、チームを結成して船を襲い、人を攫って身代金の交渉――という流れで、もはや裏世界の投機と化しているのだ。
そしてこの状況だが、商品など無い遊覧船、乗っているのは裕福な方々なので誘拐ビジネスの方が設定に近いだろう。
「へー、そうなんだー」
クロアに感心されておれは少し誇らしい気持ちになる。
セレスには……、ちょっと難しかったか。
と、そこで――
「あ、あの……、猊下……」
アレサがひどく申し訳なさそうな顔をしてそっと囁く。
「も、もしかしてなのですが……、これは本当に海賊に襲撃されているのではないでしょうか……?」
「え?」
おれは目をぱちくり。
シアとリィもぱちくりしている。
「本当の襲撃……? このしょぼさで? いや、こんなのミーネがえいってやったらみんな消し飛んでしまいますよ?」
「猊下、冷静に考えてみてください。ミーネさんがえいっとやればだいたいの人は消し飛びます」
なるほど、それもそうだ。
「でもほら、向こうには魔道士がいるじゃないですか。魔道士って高給取りですし、わざわざ海賊なんてやります?」
「日々の土木作業にうんざりして冒険者になる方がいることはそれなりに知られているのですが、中には道まで踏み外す人もいるのです」
「で、でも……、えっと、船員たち。妙に逞しいじゃないですか。これから海賊をやっつける役っていう、いかにもな感じの人たちです。武器もあんな立派な槍とか両手斧とか、船上なのにおかしくありません?」
「猊下、海は魔の領域です。運悪く恐ろしい魔物に遭遇することもあるため、陸地に近い場所しか運航しない船であってもそれなりの備えをしているのです」
『…………』
ようやくおれたちが勘違いに気づいてくれたと察したか、アレサは今度はフォローに回る。
「ま、まあちっとも脅威を感じない状況ですので、みなさんが勘違いしてしまうのも致し方のないことだと思います。私も最初は催しかなと思っていたわけですから……」
そう、脅威なんか感じなかったんだ。
今だって感じてない。
荒事に慣れすぎていたのか……。
おれとシアとリィが沈痛な面持ちとなるなか――
「私そんな乱暴じゃないんだけどー」
ミーネがなんか言っていた。
※誤字脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/12
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/04




