第546話 14歳(秋)…強制休日の小旅行(4)
「もう会っちまったもんは仕方ねえが……、もしクロアとセレスに変なことしたらおまえ、もう借りが有るとか無いとか関係ねえ、竜に水平線の向こうへ捨てにいってもらうからな……!」
おれは興奮するダルダンにできるだけ低い声で脅しをかけた。
しかし――
「ははは、こう見えて我が輩、泳ぎには自信がある故、その時が楽しみであるな!」
「そういうこっちゃなくてな!?」
なんでこいつはこんなに無敵なんだよ!
ダルダンはおれの脅しなどどこふく風とマイペース。
コルフィーを見つけてずいっと近寄る。
「これはコルフィー殿、元気そうでなによりである!」
「あ、その節はお世話に――……、なりましたっけ?」
「むしろ我が輩が世話になったのである!」
あ、そうか、こいつエイリシェの奴隷商のところに居たから、微妙にコルフィーと面識があるのか。
「さあコルフィー殿、幸せな日々の喜びを拳に乗せ、我が輩に叩き込むがいいのである!」
「どうして喜びを叩き込まなくちゃいけないんですか!?」
ふむ、面識のあるコルフィーだが、完全にはこいつの変態性に気づいていないようだ。
さあ殴ってくれ、とぐいぐい迫るダルダンにコルフィーは後ずさりすることになったが、そこでセレスがててっと近づき、何を思ったのかダルダンの尻をペチンと叩く。
「コルフィーをこわがらせてはいけません!」
「☆。.*。・。.☆。*。。・。.☆」
い、いかん!
妹を守るべく奮起したセレスの一撃でダルダンがヘブン状態になってしまった……!
「セ、セレス、気持ちはよくわかるけどいきなり叩いちゃダメだぞー、ほーら、こっちに来なさい」
おれは慌ててセレスを抱え、アレサの前に下ろす。
「……すいません、あいつヤバイ奴なのでセレスを、セレスを……」
「かしこまりました!」
それからセレスの頭に乗っているピヨにも指示をしておく。
「……いいかピヨ、あいつがセレスに妙なことしようとしたらでっかくなって咥えてどっかの火口に捨ててこい……!」
「ぴよー!」
よし、いい返事だ。
アレサにセレスを託したおれは、次にリィにクロアをお願いする。
「……あいつヤバイ奴なんでクロアをお願いします……!」
「お、おう」
二人の安全を確保したのち、おれは何やら深く感じ入っているダルダンの元へ。
「喜びを取り上げられることもまた喜び……。ここでセレス様を取り上げるとは……、少年は本当にわかっている者であるな。我が輩、感心するばかりである」
「おまえホントいい加減にしろよ!?」
脅しなんて何の意味も無いとわかってはいるが、それでも何か言わずには居られないおれだった。
△◆▽
変態を弟妹たちに近寄らせないように奮闘していたところ、漁はようやく地引き網を引く段階になってくれた。
変態を含めた筋肉たちが掛け声をあげながら網を引くと、やがて水面を激しくかき乱しながら大量の魚が姿を現す。
「うわ! すごい! 兄さん、すごいよ!」
「おさかないっぱい!」
その迫力が予想よりもずっと凄く、クロアとセレスはびっくりしているようだった。
やがて筋肉たちは仕事を終えたのだが、そこでサーヴァスがやって来て言う。
「少し魚をわけてもらいました。どうでしょう、ここで磯焼きなどしてみては。すぐに用意させますが」
「そうだな……」
ちょっとクロアとセレスに確認してみたところ興味津々。
たぶん特別魚が食べたいわけではなく、この浜辺で獲れたての魚を食べるという体験をしてみたいのだろう。
「それではすぐに用意を――」
「あ、待った。準備はこっちでするから、獲れたものの一部を売ってもらえるか聞いてくれ。せっかくだ、全員で楽しめるようにな」
「おお、ありがとうございます。ではさっそく聞いて参ります」
売るために獲った魚だからな、値段の都合が合えば売ってくれるだろう。
宿代が浮いたのでお金はあるのだ。
やがてサーヴァスから売ってもらえると返答を受け、すぐに磯焼き大会の準備に取りかかる。
アレサとリィによる、アースクリエイトで砂を固めての竈作り。
焼き網と薪は闘士たちに買ってきてもらう。
ちゃくちゃくと準備が進むなか、ふと見たら――
「――ッ!?」
セレスが四つん這いのダルダンに腰掛けていた。
「何がどうしたらそうなっちゃうの!?」
慌ててダッシュして向かい、セレスを抱えあげる。
「セレスー、ダメだぞー、こんなふうに人に座ったりしたらー」
「いやいや少年、時と場合によるのである。我が輩、セレス様が立ちっぱなしでは疲れると思い、こうして椅子――」
「おまえは黙れ」
こいつ、アレサが作業をしている隙を突いてきやがったか。
つかピヨ、火口に捨てに行くのはどうした。
なに?
ふむふむ。
ええい、ピヨピヨじゃわからん!
何にしても油断も隙もない変態だ。
セレスはお姫様が大好きだが、こいつの影響を受けたらそこを飛びこえて女王様になってしまうではないか。
それは兄として看過できない。
できないのだ。
△◆▽
それから盛大な闘士倶楽部磯焼き大会が始まり、そこでシアとミーネ、あとおまけの猫が合流した。
ミーネは特に疑問も抱かずそのまま磯焼きに参加したが、ネビアを抱えるシアはこの状態に戸惑っていた。
「あのー、ご主人さま、なんで闘士の方々が?」
「なんか出張してきてるんだって」
ひとまずおれは浜辺に来てからのことをシアに報告、それから市場ではどうだったかを聞く。
「市場は魚臭かったですよー、まあ当然ですけど。ネビアちゃんが興奮して大変でしたね」
「それで疲れておねむなのか?」
シアに抱っこされているネビアは磯焼き大会など気にも止めず丸まったままである。
いつもなら『よこせ、それをおれによこせ……!』とみゃーみゃー騒ぐだろうに。
「ああ、ネビアちゃんは市場の人からもらった切り身をたらふく食べてご満悦なんです」
「いいご身分だなおい……」
それから話は市場でのミーネの様子に移る。
普通なら鮮度の関係で適度な量を購入するところだが、魔導袋を持つミーネに制限など無かった。
「もう薦められるものを片っ端から大人買いでしたよ。わたしは何をどれだけ買ったか、買った魚がどんなふうに食べたらいい魚なのかをひたすら記録する係やってました。疲れました」
「お疲れ。買った魚はあとで宿に届くのか?」
「へ? その場で魔導袋に収めてましたけど?」
「いやおまえ……、不特定多数が集まる場所でひけらかすように魔導袋を使うのはちょっとあれだと思うぞ……?」
「あ、そうですね、すいません。そこは失念していました」
「んー、まあ次から気をつけよう。おれもけっこう雑に使うようになってるからな」
これは注意したおれ自身も、もうちょっと気をつけるようにしないといけないことだ。
「ともかくそんなわけで、色々とお魚を仕入れましたよ。港町なんで生魚も食べる習慣があるらしく、お刺身にするといいお魚も調べてあります。ご主人さまはお刺身とか好きですか?」
「特別好きってわけじゃないけど、食べられる機会があるなら食べたいかな。醤油もそれっぽいものが出来てることだし」
でも屋敷のみんなは食べられないかもしれないな。
まあミーネは挑戦するだろうが。
そんなことをぼんやりおれが考えているうちにも、皆は焼き上がった魚介類を堪能している。
「あ、追加するわねー」
と、ミーネは買ってきたばかりの貝やらエビやらタコやらを魔導袋から出して早速焼こうとしていた。
ってかタコは洗おう!
吸盤に砂とか詰まってて食べるとガリッとするからさ!
△◆▽
海の幸を充分堪能して磯焼き大会は終了。
解散となったところで、ダルダンは倶楽部で責任を持って連行してもらう。
ようやく警戒状態から解放されたおれは、これからどうするかを考えた。
そろそろ日が傾き、もうしばらくすると暗くなる。
宿に戻ってもいい頃合いだ。
そうおれが告げたところ、セレスが思いついたように言った。
「このしょっぱいお水、ミリーねえさまのおみやげにします!」
「そ、それはあんまり喜ばないと兄ちゃん思うなー。お水に塩をいれたらしょっぱいお水になるだろ? だから……、そうだな、綺麗な貝殻とか探したらいいんじゃないかなー」
ありきたりだが無難である。
「かいがらですか?」
「そうそう、ぎゅっと握った手みたいな貝は危ないかもしれないから、こうぱっと開いた手の平みたいな貝を探そうな」
「はい!」
こうして、突発的に貝殻探しが始まる。
最初はおれとセレスだけだったが、ここにシアとコルフィーが参加し、そのうちみんなでの貝殻探しとなった。
貝殻はわりとよく見つかったが、状態の良いもの、となるとなかなか見つからない。
それでも根気よく探していたところ――
「ごしゅぢんさま、これ! セレス、これミリーねえさまのおみやげにします!」
セレスが立派な貝殻を見つけてきた。
大きさは大人の手の平くらい。
ややピンクがかった白い色の綺麗な貝殻だ。
「うんうん、いいんじゃないかな」
綺麗とは言えただの貝殻、しかしセレスが自分で見つけて来たとなればミリー姉さんは喜ぶだろう。
と、そこにメタマルがやってくる。
「よっしゃ、ちょっとおいらが加工してやるヨ! セレス、ちょっとそれを貸してみナ! お姫様への贈り物に相応しい、立派な貝殻にしてやるからヨ!」
「おひめさまに? はい、おねがいします」
セレスから貝殻を受けとると、メタマルはそれを内側に取り込んで加工を始めた。
「あらヨ! おいしょっと、きたきた、こいつはいいゼ!」
なんだその掛け声は。
やがて加工が終わり、メタマルがセレスに貝殻を返す。
「……!? しゅごい!」
セレスが目を見開いて驚くそれは、この浜辺の景色が繊細に彫り込まれ芸術品と化した貝殻だった。
普通にすげえ。
売り物レベルってか、もうちょっと豪華に飾ったら宝飾店にインテリアとして並ぶレベルだ。
こいつ……、分身なのに無駄にスペック高いな。
「望むならどんどん加工してやるゼ! せっかくだ、みんなのお土産用にもっと探してみろヨ!」
「はい! そうします!」
セレスはすっかりメタマルの加工技術に心を奪われたようで、さらに貝殻を探そうとする。
と、そこにコルフィーがやってきたのだが……、何やら様子がおかしい。
「メタマルさん、貝をボタンに加工したりもできますよね? カメオとかカフスとかにも加工できますよね?」
いや、別におかしくなかった。
普通だった。
「あたぼうヨ!」
そうメタマルが答えた瞬間、コルフィーがダッシュ。
猛烈な勢いで浜辺を走り回り、貝殻を採取し始める。
妙に的確に探し当てていることからして、常時鑑定眼を使用しての貝探しをしているらしい。
それからコルフィーは拾った貝殻を持ちきれなくなったところでおれの前におろし、さらに貝殻を求めて海岸を走った。
おれの前には貝殻の小山が出来上がっていく……。
結局、この場で加工していると夜になってしまうため、ひとまず貝殻を集めるだけ集めて宿で選別、それから加工してもらうということになった。
小旅行初日。
変態と遭遇してしまうという悲劇も起きたが、浜辺ではしゃぎ、新鮮な海の幸を堪能、そして貝殻探しをしながら日が暮れるというなかなか贅沢な一日となった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/11




