第545話 14歳(秋)…強制休日の小旅行(3)
宿の四階は特別室『珊瑚の部屋』と『真珠の部屋』の二部屋で占められており、その二部屋がおれたちのために用意されたと知った時はまた支払いバトルをしようかとも考えたが、なんだかんだで押し切られるのがわかっていたので諦めて御厚意(?)に甘えることにした。
宿としてはおれが宿泊したという事実を積極的に利用していくつもりらしいが……、ここまでする価値はあるのだろうか?
まあタダで泊まってくれと向こうが全力でお願いしてくるのだ、ここは開き直って楽しんだ方がいいだろう。
この珊瑚と真珠の部屋、珊瑚の方にはおれ、アレサ、クロア、デヴァスが、真珠の方にはシア、セレス、コルフィー、ミーネ、リィが泊まることになった。
一名、珊瑚の方に「部屋を間違えているのでは?」という人が居るが、物言わぬ笑顔で押し切られたんだからどうしようもない。
まあ部屋分けをしたとは言え、絶対そっちに居ないといけない、というわけではないので気が向いたら好きに移動すればいい。
実際、みんな珊瑚の方に集まっているし。
ひとまず部屋でひと休みしてから町に繰り出すつもりでいたところ、デヴァスがおどおどと言ってきた。
「あの、私までこんな良い部屋に泊まってしまっていいのですか?」
「もちろん。こうしてこられたのはデヴァスのおかげだからな。あ、一緒だと気が安まらないか? なら別の部屋を――」
「ああいえいえ、そういうわけではありませんので……!」
「うん……? まあほとんど寝るためだけの部屋だからな。でもおれたちと一緒に行動することはないよ。今日と明日はデヴァスも休日だ。あとでお金を渡すから、好きなように観光を楽しんでくれ」
「いやそんなわ――」
「これは命令だ」
デヴァスが断る前におれは言う。
これくらいしないと、デヴァスはのんびり休まないからな。
今は空飛ぶ庭師として屋敷に居るが、そろそろこれからどうするかをちゃんと聞いておいた方がいいとも思っている。
記憶が戻っているか、戻っていないかは定かではないが、だいぶ落ち着いてきたし、このまま好きに乗り回しているのもなんか悪い気がするので一度そういう機会を作ってちゃんと聞いておくべきだろう。
「よっし、それじゃあまずどうしようか」
「え? まずは昼食よ? もう頼んだから。部屋に持ってきてくれるんだって」
「おいぃ!?」
ルームサービスは高い――、いや、今回は関係ないか。
「どんな量を頼んだの?」
「量は特に指定していないわよ? ほら、町に出て色々と食べないといけないでしょ? ここでお腹いっぱいにしたらもったいないわ」
そう言ってミーネはにこっと笑う。
それは本当に屈託のない、見た者も思わずつられて微笑んでしまうような笑顔であったが、その根底にあるのはただの食い意地である。
まあミーネが要求した量でないなら、みんな食べ過ぎで死屍累々、今日はもうこのままおねむ、という事態は避けられそうだ。
△◆▽
昼食後、まったりしながらこれからどうするかを相談する。
「ごしゅぢんさま、セレスね、うみにいきたいです」
「ぼくもー」
クロアとセレスはまず浜辺に行きたがった。
まあそうだろうな。
一方、ミーネはまず海産物の仕入れをして、それから観光をするつもりでいる。
「じゃあ私だけ仕入れに行って、あとで合流しようかしら?」
ミーネは何の気無しに言うのだが……、ちょっと恐いな。
育ちの良さそうなお嬢さんが一人のこのこ出歩いているのは、普通ならばカモである。
ここは観光地でもあるため、裕福なカモを狙うゴロツキもそれなりにいると思われ……、こいつらがミーネにつっかかっていくと市場で大爆発が起きてしまうかもしれない。
なら、ここはおれが同行するしかないかなぁ……。
そう思っていたところ――
「じゃあわたしはミーネさんに同行しますね」
おれよりも先にシアがそう言った。
するとセレスが残念がる。
「えー、シアねえさま、こないですか?」
「ちゃんと浜辺にも行きますよ。その前にお魚を買いにいくだけです。わたしが居ない間はご主人さまと遊んでいてくださいね」
「わかりました」
シアはそうセレスを納得させ、それからおれに言う。
「セレスちゃんをお願いしますね」
と、シアはバチーンとウィンク。
ウィンクなんてする奴初めて見たが、シアがやると絵になるな。
どうやらシア、この小旅行はおれの休暇だからとミーネの監督を引き受けてくれたようだ。
こうして午後からは一旦二つのグループにわかれることになった。
市場へ行くのがミーネ、おまけのネビア、それから保護者役のシア。
浜辺へ行くのはクロアとセレス、保護者役にはおれ、アレサ、リィの三名で……、コルフィーってどっち枠だろう? あとおまけのピヨとメタマルだ。
そして残るデヴァスはもうしばし宿に留まるつもりだった。
「私は一眠りしてから町を散策することにします」
「あー、ずっと飛んでもらったからな。うん、ゆっくり休んでくれ」
それからおれたち浜辺組は宿の前で仕入れ組と別れ、そのままのんびり海へと向かった。
△◆▽
浜辺に到着すると、クロア、セレス、コルフィーの三名は「わー!」と声を上げながら飽きることなく行ったり来たりしている波めがけて突撃していった。
「おっと、こいつはいけねえナ!」
と、そこでクロアの腰に巻き付いていたメタマルが離脱。
こちらに来てむくむくっと膨らみ、バランスボールモードとなる。
「あ、おまえって水はダメなのか?」
「ダメってほどじゃねえゼ! ただあんま気分のいいもんじゃねえナ!」
ふむ、そうなのか。
今度こいつに塩水をかけてみることにして、おれは波と戯れる三人へと視線を移す。
「みなさん楽しそうですね」
「ええ、そうですね」
微笑みを浮かべながら三人を眺めていたアレサが言う。
浜辺で何をするかは特に考えてはいなかったが、ひとまず三人はただ来る波から逃げ、引く波を追っかけているだけでも楽しいらしくきゃっきゃしていた。
そして予想よりも大きな波から逃げ遅れ、足を取られて三人仲良く転んだ。
『あぁーッ!?』
そこに容赦なく打ち寄せる波。
『うぅわぁぁぁ――ッ!?』
三人はあっという間にずぶ濡れになってジタバタ。
そんな三人を置き去りに、波を被る直前、ちゃっかり離脱したピヨがふよふよこっちに飛んできておれの頭に乗っかった。
「ぴよ!」
「いやおまえセレス見捨てんなよ……」
「ぴーよー……」
すまんこってす、みたいに鳴かれた。
「うみ、しょっぱい! しょっぱいです! しょっぱい!」
「うあー……、兄さーん、濡れちゃったー」
「うぅ、やってしまいました……」
ずぶ濡れ、砂だらけで戻って来る三人に対しおれとアレサは苦笑ですませたが、リィは豪快に笑った。
「ぶははは! ――あ、悪い悪い。つかもうさ、そこまで濡れちまったんならそのまま遊べばいいんじゃないか? あとで水出して洗ってやるし、着替えは兄ちゃんが持ってるんだからよ」
すると三人は顔を見合わせ「どうする? いっちゃう?」と囁き始めたのだが……、実はもうその気になっているのがなんとなくわかる。
まあ注意だけはしとこうか。
「膝より深いところには行かないようにな、危ないから。クロアは泳げるけど、波のあるところでは泳いだ経験ないだろ? あ、それとも本格的に泳いでみるか?」
「本格的に……?」
と、クロアは海を見やり、それから言う。
「や、やめとく。だって海ってものすごーく深いんでしょ? それってなんか恐い……」
「そっか」
泳ぐなら何か補助的な物――浮き輪だのスイムボードなんて便利な物は無いので水に浮く木材でも出してやろうと思ったが、その必要はないようだ。
それから三人は濡れたり砂まみれになったりすることなどおかまいなしで本格的に遊び始めた。
波と戯れたり、追いかけっこしたり、水をかけあったり。
そのうち砂遊びが始まり、それが高じてセレスがお姫様という設定の砂の城が浜辺に誕生した。
おれも協力した力作であったが、ちょっと作った位置が悪かった。
完成してすぐに大波の無慈悲な大破壊を喰らって大破してしまったのだ。
セレスは海に向かってぷりぷり怒り始めたが、まあそれもまた微笑ましい。
かれこれ三時間ほど遊んだだろうか。
三人はようやく気持ちが落ち着いてきたか周りを見る余裕が生まれ、ふと沖を行く船に注目した。
その帆の無い大きな船で、商船や漁船とは違うようだ。
「兄さん、あの船って何かな?」
「なんだろう?」
おれも想像がつかないでいると、暇して町に引き返し、自分だけイカ焼きを買ってきてもきゅもきゅ食べていたリィが答える。
「観光船じゃねえか? ぶらぶらーっと船に乗って海の散歩を楽しむってだけのやつ」
「あ、この町はそういうのもあるんですね」
なるほど、と納得したおれはそこでふと気づく。
クロア、セレス、コルフィーがおれをじっと見ていた。
もうそれ以上聞かなくてもわかった。
「そうだな。じゃあ宿に戻ったら今日の申し込みでも明日乗れるもんなのか確認してみよう」
三人は「やったー」と声を上げるが、喜ぶのはまだ早いって。
「さて、そろそろシアとミーネがこっちに来てもいい頃だし、ひとまず砂を洗い流してお着替えをしようか」
『はーい』
初めての浜辺をはしゃぎまわって堪能した三人は素直な返事。
大人しくリィが魔法で生みだした滝のようなシャワーを浴び、砂の即席更衣室で服を着替えた。
△◆▽
砂まみれ三弟妹がさっぱりしたあと、おれたちはシアとミーネが合流するのを待っていたが、ふと、離れた場所でなにやら人だかりが出来ていることに気づいた。
「兄さん、あれ何で集まってるのかな?」
「んー……」
目を凝らしてみても半裸の連中が集まっていることしかわからなかったが、ふと沖に目をやると二隻の船が並んで浜辺へと近づいていることに気づいた。
地引き網かな?
「たぶん漁だな。船で網を下ろして、それを陸地に集まってるあの集団が引っぱって魚をごっそり捕まえるんだ」
しゃがみ込み、砂浜に図を描いて地引き網漁の説明する。
「おもしろそう。近くで見てもいいのかな?」
「おさかな、いっぱい?」
「よし、シアとミーネもまだ来ないし、ちょっと行ってみようか」
と、気まぐれにその気になったのがまずかった。
何がまずかったのかと言うと、網を引くために待機していたのが迷宮都市エミルスから出張してきていた闘士たちだったのである。
「これは大闘士殿! まさかこのようなところでお会いするとは!」
「まったくだよ!」
筋肉代表でおれたちを歓迎したのはヴァイロ共和国における闘士倶楽部の責任者サーヴァスだ。
しばらく前に迷宮都市エミルスで支部を立ち上げ、会員獲得のため活動しているらしいが、なんで港町に居やがるのか。
「おかげさまでエミルスでの活動も落ち着き、そこで今度はここミズーリで活動を始めることにしました。大闘士殿はこちらにも訪れたことがあると聞いておりましたが、まさかお会いできるとは。これも闘神のお導きでしょう」
「そんな導きあってたまるか」
話を聞いてみると、闘士連中はこの港町で会員募集しながら力仕事を請け負っていたようだ。
べつに何か悪いことをしているわけではないし、むしろよく頑張っていると褒めるところだなのだが……、忌々しい!
この集団に半分くらい近づいたとき「あ、これマズい……」と気づきはしたが、楽しみにしているクロアとセレスの手前、今更引き返すわけにもいかなかったのだ。
いや、闘士連中が居るのはいい。
まだいい。
問題は――、だ。
「時は来たのである!」
「来てない来てない!」
エミルスを避けた原因――ダルダンがここに居てしまったことだ!
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/09
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/03




