第544話 14歳(秋)…強制休日の小旅行(2)
「あらあら、みんなで海へ行くの? なら日帰りなんて言わず向こうで一泊するくらいにしたら? その方が楽しめるでしょ?」
「それはそうだけど……」
「コルフィーちゃんはなんだかんだで生地探しにカナルへ連れて行ってあげてるけど、二人はこんなふうに遊びに連れて行ってあげたことがないでしょう? いい機会なんじゃない?」
「あー……、そうだね」
お出かけのことを母さんに報告したらそんなことを言われ、これまでクロアとセレスをどこかに連れて行ってあげられなかったことを反省していたおれは急遽計画を一泊二日の小旅行に修正した。
そのことを保護者枠の三名――シア、アレサ、リィに報告したところ、ちょっと困惑しながらリィが言う。
「なあ……、あのさ、そういうのって普通は親――リセリーの方が気にするもんなんじゃねえの?」
「よそはよそ、うちはうちですから」
「いやいいよ、いいんだけど……、なんかお前、あとシア、お前らって兄と姉よりも親父と母親みたいだよな。そのせいでリセリーとロークが祖父母みたいに思えるよ」
おや、傍から見るとそんな感じなのかな?
クロアとセレスの父親か……、なんか照れくさいな。
ふとシアを見ると、首を傾げ傾げ、頭をこしこし掻いていた。
どうやらシアもおれと同じ感覚らしい。
「なんか照れるよな」
シアに同意を求めてみる。
何故かぺしぺし叩かれた。
「なんで叩くの……!?」
ちょっとびっくりして言う。
そしたら今度は撫で撫でされた。
なんかシアが混乱してる……!
「落ち着け、正気に戻れ」
「猊下、私にお任せ頂ければ……」
「いやアレサさんそのメイスはなに!?」
「マイトレーヤです」
「うんそれは知ってるってか名付けたのおれだけど!」
いくらシアが頑丈とは言え、それはちょっと酷である。
仕方ないのでひとまずマタタビに酔っぱらった猫みたいになってしまったシアは放置、おれたちは三人で小旅行の計画を話し合った。
△◆▽
息抜きのための休日は、気づけば家族サービスならぬ弟妹サービスとなっていた。
港町ミズーリへの観光&仕入れ。
参加者は金銀赤黒、ここにクロア、セレス、コルフィー、そしてリィが加わり、乗り物枠にデヴァス、ペット枠はピヨ、ネビア、メタマルである。
さて、まずは赤ちゃんのお守りをするためエミルスへ行かないといけないシャフリーンをベルラットさんちに送り届けることになるのだが……、おれはうっかりしていた。
シャフリーンがエミルスへ行っている間、うちに居候するミリー姉さんの存在を失念していたのである。
それは翌日早朝、シャフリーンと共にやって来たミリー姉さんを見て発覚したことで、もうどうしようもなかった。
「ええぇ! セレスちゃんもお出かけしてしまうんですか!? そんなー……」
にこにこ顔でやってきたミリー姉さんは早々に落胆。
「えっと、明日の夜には戻りますから……」
納得してもらうべく話しかけるが、そこにシャフリーンが割って入る。
「ミリメリア様、どうせ私が帰還するまでレイヴァース家でご厄介になるのですから、二日くらいよいではないですか」
「うぅ……、シャフが冷たい……」
ミリー姉さんはめそめそしながら、ちら、ちら、とおれに視線を飛ばしてくる。
一緒に行きたいなー、というアピールのようだが、ミリー姉さんを連れて行くのは問題がある。
一国の姫だとか面倒くさそうとかそういう話ではなく、単純にデヴァスに乗ることのできる人数的に厳しいというそれだけの理由だ。
現状、子供ばかりなのでなんとかなっているが、ここにミリー姉さんが加わるとちょっと厳しい。
短距離なら問題ないが、今回は長距離なのでそこはデヴァスに無理がないようにしないとまずいのだ。
どうしたものかと考えていたところ、めそめそ演技しているミリー姉さんにセレスが言う。
「セレス、ミリーねえさまになにかおみやげ見つけてきます!」
「あぅ……」
セレスがお土産を用意したいというのなら、もうミリー姉さんは期待して屋敷で待つしかない。
無邪気な同行阻止であった。
△◆▽
悲しみつつもメイドの皆と一緒に見送ってくれたミリー姉さんを残し、まずおれたちは迷宮都市エミルスのベルラットさんちへ向かった。
このおれたちの訪問にベルラットとエルセナは当然ながら驚いた。
「おお!? 今日はなんか大人数だな!」
「すいません、ぼくらはミズーリに向かう予定で、すぐにお暇しますので。よければ弟と妹に息子さんを会わせてもらえませんか?」
「そりゃかまわねーけど、今寝てるんだわ。眺めるだけになっちまうけどいいか?」
「あ、それはもちろん」
おれたちは中へと案内され、揺り籠ですやすや眠るアストラくんとご対面する。
「……あかちゃん……、シアねえさま、あかちゃん……!」
「……はい、赤ちゃんですねー……」
シアに抱えられて揺り籠を覗きこむセレスは赤子を見るのが初めてなため、興奮しつつも「大声を出さないように」と注意されたことを心がけてのひそひそ声。
「……ぴーよー……」
「……ぴーちゃん、あかちゃん……!」
「……ぴよ……!」
傾けられたセレスの頭の上、接着でもされているように乗っかっているピヨも気を使って小さく鳴いていた。
「クロアはセレスが赤ちゃんの頃を覚えてるか?」
「うーん……、覚えてない……」
まあクロアもまだ幼かったからな。
あとシアが独り占めしていたというのもあるかも。
で、コルフィーはなんで赤ちゃんを凝視してんの?
「ちょっと服を仕立てて贈ろうかと。練習にもなりますからね」
「お、おう」
このお嬢さん、うちに来てからどんな状況でもブレなくなったな……。
△◆▽
残るシャフリーンと別れを告げ、ベルラットさんちを後にしたおれたちはデヴァスの背に乗って一路港町ミズーリへと向かう。
徒歩で向かったときは三日ほどかかったが、さすが飛んで行くとなると早く、二時間ほど――正午になる前にミズーリへと到着した。
「ここがミズーリですね! うわー、町の向こうは全部海! 凄いですね! 地平線――、あ、この場合は水平線なんですね、うわー!」
海を初めて見るコルフィーは上空からの景色に感動しているようだった。
そして同じく初めてなクロアとセレスなのだが、ここに来るまでに眠ってしまったのでせっかくの景色を見ていない。
昨夜のセレスは期待からなかなか寝つけずにいたが、クロアもそうだったのだろうか。
クロアはおれが、セレスはシアが後ろから抱えるようにして前に座らせているので起こそうとすればすぐに起こせるが、おれはふと思いつき、二人を起こす前にデヴァスにちょっとお願いをする。
「デヴァス、悪いんだけど、少し海の上を飛んでくれるか?」
「ええ、では軽く」
港町を通り過ぎ、海上の上空に到達したところでおれは前に座らせていたクロアを、シアはセレスを起こす。
「クロアー、クロアー、着いたぞー」
「セレスちゃん、ほらほら、海ですよー」
最初、二人はちょっと状況がわからないような感じでぽやんとしていたが、目にする景色が空の青と海の青、ひたすら青く青くなっている状況にびくっと体を震わせ、それから声を上げた。
「うわっ! うわー! うわー!」
「シアねえさま、みずいっぱいです! シアねえさま! ねえさま! ねーさまー!」
クロアは感動しているようだけど、セレスは軽くパニックを起こしてしまったのかひたすらシアを呼んでいる。
「ぴよー! ぴよよー! ぴぃーよぉー!」
「にゃうなゃう! にゃぁーおぉー! にゃーん!」
必死なセレスに何故か呼応して、頭に乗っかっているピヨも鳴く。
それに習ってミーネが抱っこしているネビアも鳴く。
クロアとセレスを寝起きにびっくりさせようとしたら、なんだか滅茶苦茶になってしまった。
しかしそんなセレスもシアに抱っこされた状態なのがよかったのかすぐに落ち着き、湧き上がった感動を拙い言葉で説明しようと一生懸命に喋り始めた。
それからもクロアとセレスの興奮は収まらず、きゃっきゃと騒ぎ、ちょっと騒ぎすぎたのかようやく町の入口に下り立った時には疲れて放心気味になってしまっていた。
そこで二人を少し休ませるためにも、観光前に今夜泊まる宿を探すことにする。
「え、宿屋っているの? ほら、私が浜辺に泊まれる場所を作れば」
「それは今回のところはやめておこうか。今回は普通にな? たまにはちゃんとお金を使って宿を取る。なるべく立派な宿を。そういうのも楽しいからな?」
「じゃあそうするー」
浜辺に即席別荘作る気でいたミーネを説得し、まずは冒険者ギルドへ行ってお金を下ろす。
ギルドでは噂のレイヴァースがひょっこり現れたことでちょっと騒ぎになったが、まあその程度、大した問題にはならなかった。
ギルドでお勧めの宿を教えてもらい、さっそく向かったところそこは宿屋と言うよりもホテルといった感じの立派な四階建ての建物だった。
漁業を生業とする港町にこんな立派な宿があるのは、このミズーリが裕福な迷宮都市にわりと近いことが関係している。
要はこのミズーリ、富裕層向けの観光地としての側面も持っているのだ。
普段ならもっとこぢんまりとした宿を選ぶところだが、今回はクロアとセレスが居るので、おれは迷わず宿泊の申し込みを行う。
でもそこでちょっと揉めた。
べつに「貴方がたは当宿には相応しくありません」とか言われて追いだされそうになったとか、そういうわけではない。
むしろ逆、歓迎されすぎておかしなことになったのだ。
「いや、お金は払いますって!」
「いえいえいえいえ、そんな、レイヴァース卿からお代を頂くわけにはまいりません!」
「ぼくこの宿に何も貢献とかしてないですよね!?」
「ではレイヴァース卿ご贔屓の宿と銘打つことをお許しください!」
「面倒なのでお金払いますって!」
「いやいやいやいや、そんな、レイヴァース卿からお代を頂くわけにはまいりません!」
堂々めぐり、何回目だこれ。
もう受付に残っているのはおれとアレサだけで、みんなはさっさと用意された豪華特別室とやらにご案内されていった。
くっ、こんなことなら宿泊を断られてミーネの即席別荘にお世話になる流れの方がよかったか……。
「何かご要望がありましたらどうぞなんなりと!」
「金を払わせろ!」
「そのご要望には添いかねます!」
「さっそくダメじゃねえか!」
結局、三十分ほどの口論の末、おれが疲れて折れることになった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/18
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/14
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/07/25




