第539話 14歳(夏)…伸びた鼻を打つトンカチ
八月を迎え、夏真っ盛り。
暑い日が続くが、我が家はリィの作ってくれた携帯できる冷房魔道具のおかげでみんな快適にすごせている。
ただ、おれの場合はシャンセルという冷房係がいるため少し状況は異なるのだが、一国の王女を冷房器具扱いしているという心苦しさに目を瞑れば皆と同じように快適でいられる。
そんなシャンセル、毎日毎日魔法を使っていればさすがに慣れてくるのか、冷房係ついでに冒険の書の製作作業を手伝ってくれるようになり、それが伝わったのか他のメイドたちも時間が空けば進んで協力してくれるようになっていた。
多くは語らないが、おそらくおれの負担を少しでも減らそうとしてくれているのだろう。
こうして皆に協力してもらいつつ仕上げを急ぐ冒険の書三作目だが、当初は去年の秋ごろに完成させようと考えていたものだ。
これが一年延期されたのはサリスの進言によってである。
言われて気づいたが、一作目も二作目も、製作には三年の期間をかけていた。
にもかかわらず、慣れてきたとは言え、探索者組織の運営やらデリバラーのレースやら、これまでになかった要素を加えて一年で完成させるなど無茶な話だったのだ。
まあ一番納得してしまったのは、どれほど作業が順調で捗っていようとも、妙な事件に巻き込まれては中断せざるを得なくなるという指摘で、思い返してみればあれから色々あり、それはまさにサリスの進言通り、その先見にはただただ驚くばかりである。
完成を急ぐ三作目はもう一踏ん張りというところだが、まだ全身全霊で取り組むことをメイドたちから許可されていないのでもうしばし時間がかかりそうだ。
べつに許可のいることではないのだが、これを無視すると一部のメイドたちが悲しそうな顔をするし、さらに一部のメイドは呆れたように諭してくるし、さらにさらに一部のメイドは激怒するのでみんなが安心するまでは大人しく従うことにしている。
このように生活の中でおれへの付き合い方が少し変化してきたメイドたちであるが、他にも変化したことがある。
それは戦闘力の番付だ。
△◆▽
最初に出会った頃よりもメイドのみんなは強くなっている。
それは切磋琢磨してきた結果だが、ここにきて序列を覆す異変が起きた。
これまで下の方をうろうろしていたティアウルが、ヴァイロでの騒動後、一気に上位まで駆け上がったのである。
だがこれはティアウル本人が強くなったわけではなく、武器にしている流星の斧槍によるところが大きい。
いや……、大きいどころかすべてかな?
金属に対しての特効だけでも無茶苦茶なのに、手にしていれば各種恩恵があり、さらにティアウルが何もしなくても斧槍は勝手に戦ってくれる。
そう、斧槍は意志を持つインテリジェンス・ウェポンなのだ。
武器が勝手に戦おうとするためどう動くか読めず、模擬戦ではメイドたちだけでなくシアとミーネですら苦戦することになっていた。
いや、皆が苦戦する一番の理由はうっかり武器破壊されてはたまらないと愛用の得物を使えないからか……。
これが一番影響しているのはミーネ。
シアはまだ素手でも戦えるのだが、木剣で戦うしかないミーネはろくに魔術を使えない。かといって剣技だけでは変幻自在な斧槍に対処しきれず、敗北を喫することになっていた。
ミーネの強さは魔術込みだからなぁ……。
「おー! ミーネに勝ったぞ! あたい凄いぞ!」
「くっ……、ニルニル使えないんだから仕方ないじゃない! あなたがその物騒な斧槍をポイしたら負けないわ!」
「お? じゃあミーネも武器をポイするか?」
「いいわよ、やってやろうじゃない!」
「じゃああたいも素手でいくぞ!」
そして始まるミーネとティアウルのパンクラチオン。
本人たちは必死らしいが、おれからすれば楽しそうにじゃれあっているようにしか見えなかった。
このようにやりにくい相手となったティアウルだが、中には斧槍に対処できる者もおり、シャンセルもその一人だった。
ヴァイロでのメタルスライム戦の経験を活かし、凍らせて斧槍の動きを止めるのだ。
ならばシャンセルが皆の上に立つかと思えば、シャンセルはシアやミーネなど他に勝てない面子がいたりして、なんだかジャンケンみたいなことになっている。
ともかく、ティアウルが手に入れた流星の斧槍はメイドたちの番付を混沌とさせるきっかけになった。
さらにこの斧槍、ただのインテリジェンス・ウェポンでは終わらない。
訓練で使用される以外のときは、自在に形を変えられる特性を活かして棒人間となって屋敷を徘徊しているのだ。
正確には徘徊ではなくティアウルのメイド仕事を手伝っているのだが、棒人間が屋敷をうろうろしている様子は正直恐い。
見ているとなんか不安になる。
夜になるとなんか発光してるし……。
もう我が家が妖怪屋敷なことは諦めたが、それでも限度というものはある。
どうしたものか……。
と、考えているうちに事件は起きた。
まあ夜中に出くわしたパイシェが気絶しただけなのだが。
そこでおれは一考し、コルフィーに子供くらいの大きさの巨大ぬいぐるみを作ってもらい、斧槍にはそこに入ってもらうことにした。
要は斧槍のための着ぐるみだ。
ではどんな着ぐるみにするか話し合いがあったのだが――
「あたいは星がいいと思うぞ! 星!」
「星か……」
たぶん巨大ヒトデにしか見えないよね、それ……。
話し合いに参加した皆も星の着ぐるみには渋い顔。
シアはなんか「エイと仲がよさそうですね」とか言っていたが、海産物繋がりのネタだろうか?
それから検討が重ねられ、最終的に着ぐるみはピエロに決まった。
もちろん可愛らしいファンシーな感じのピエロである。
決して子供を害すようなピエロでも、悪質なクレーマーを事務所に引きずり込んで「てめえをハッピーセットにしてやろうか」とか脅していそうなファストフード店のピエロでもない。
そんなピエロにしようものなら、夜中に遭遇したパイシェがショック死すること請け合いである。
もしそんな事態になったら、おれはパイシェのご両親にどう謝ったらいいのかわからない。
まあショック死はほとんど冗談のようなものだが、お漏らしくらいは有り得るのでやはり恐いピエロはダメだ。
そしてそんなピエロが頭に被る先折れとんがり帽子の先に、ティアウルご希望の星が申し訳程度にくっついていていたりする。
ついでに名前も考え、斧槍の名称はミーティアとなった。
「おー、あたいと同じティアだな。ミーってなんだ? ミーネか?」
「どんな発想だよ。ミーなティアじゃなくてミーティアな? 魔導言語で流星って意味だ」
こういった経緯があり、現在屋敷にはミーティアという名のでっかい着ぐるみピエロが活動をしている。
中に人などいない。
本当にいない。
まあティアウルについてはこれくらいか。
それからちょっと特殊ではあるが、ウサ子を抱っこしたサリスも番付の真ん中くらいに置かれることになった。
戦闘に参加することはそうないだろうが、いざ戦わなければならなくなったとき、サリスに抱っこされているウサ子はどのような惨状を築き上げるのだろうか、という予想からの順位である。
ウサ子はヴァイロで金属の触手を輪切りにしていたからな……、人なんてひとたまりもないだろう。
サリスは他のメイドたちによって『首狩りウサギ』なんて異名を与えられていたようだが、ウサ子はまさにそれを体現するのである。
このようにメイドたちの番付に変化があるなか、一位に君臨するのは相変わらずヴィルジオだった。
むしろザッファーナの姫であると宣言したことで実力を明かすことが出来るようになり、一位をより不動のものとした。
ヴィルジオはアロヴやデヴァスのように竜に変身できないが、体の一部を竜っぽく変化させて自己強化ができるのだ。
変化させた部分はより強靱になるため、例えば腕であれば下手に武器を使うよりも力まかせに殴った方が強いとのこと。
故に、ヴィルジオは武器・防具破壊が脅威となっているティアウルの天敵となった。
いや、そもそも天敵だったか。
「ほれ、さっきまでの威勢はどうしたのだ?」
「ぬあぁぁ――――ッ! これまでよりずっと痛いぞーッ!?」
ミーティアを手に入れ、にょきっと伸びたティアウルの鼻っ柱は伸びた早々、ヴィルジオによって釘のように打たれた。
顔面を鷲掴みにされてジタバタするティアウルはただ哀れ、ちょっと気の毒な感じがしないでもない。
そんな訓練場でティアウルをいたぶったヴィルジオにちょっとお願いして一部竜化がどんなことになるか少し腕を見せてもらった。
「こんな感じだな」
夏用メイド服なので腕が肘あたりから鱗に覆われ、ごつくなっているのがよくわかる。
鱗は光沢があり、ちょっと金属質に思え、色は黒だが光の加減でそれはとても深い紫であることがわかった。
「触ってみてもいいですか?」
「ん? はは、かまわんぞ」
「それでは失礼して」
触れてみると鱗は思いのほか温かく、その金属質な感じからして冷たいのではと予想していたおれを少し驚かせた。
完全な竜化とは違うこの変化はなんとなく厨二心を刺激し、おれはヴィルジオの腕を心ゆくまで撫で撫でしていたのだが――
「あ、主殿、そろそろよかろう。いつまで撫でているつもりだ」
「おっと、すみません」
つい撫ですぎていた。
「いかんぞ、こんなところを誰かに――……」
と、何か言いかけたヴィルジオがおれの後方を見て固まる。
誰かいたのかと見やると、そこには玄関からひょこっと顔を覗かせるセレスがいた。
「セ、セレス……、どうした?」
呼びかけたところ――
「もういいですか? セレス、もうがまんしなくていいですか?」
なんのことだろうとおれは首を傾げたが、ヴィルジオは思い当たったようで「あ」と声をあげた。
「うむ、もうよいぞ。よく我慢したな」
「――ッ!?」
そうヴィルジオが言った瞬間、セレスはばっと飛びだしてこちらに駆けより、そのままヴィルジオに抱きついた。
「おひめさまー! ヴィーねえさま、おひめさまー!」
「うむ、姫だな。竜の国の姫だぞ」
セレスとヴィルジオがきゃっきゃし始め、そこでおれはヴィルジオがセレスに姫であることを秘密にするようにと約束させていたことを思い出した。
なるほど、セレスはずっと我慢していたのか。
セレスなりに一生懸命秘密にした反動だろうか、その日のセレスはヴィルジオにべったりとなり、それを見たシアがエプロンドレスの裾を噛んで悔しがっていた。
△◆▽
戦闘訓練に活気が出てきたこの頃、触発されたというわけではないがおれも少し運動に取り組むようにしていた。
体に異常を抱えているとはいえ、ただ日常生活を送るぶんには問題のない健康体。ならば運動をまったくしない方が逆によろしくないだろうと考え、余裕があれば体を動かすことを心がけ、たまに冒険者訓練校にあるアスレチックを利用したりもしている。
あと他に『オーク・ダイナミック』が再現できないかと取り組んだこともあったが……、こちらはただの徒労、あれからまったく使えていなかった。
そのことは「見たい見たい」と勝手に寄って来たミーネにも不思議がられた。
「せっかく素敵な技なのにー」
「素敵じゃねえだろ」
全否定するつもりはないが、少なくとも素敵ではないと思う。
「どうして使えないのかしら? やっぱり仮面をつけてないから?」
「いや、仮面をつけても……、どうだろう? たぶん危機感――必死さが足りないんだと思う。使えるかどうかなんて考えている時点で雑念があるってことなのかな」
「そんなに必死だったの?」
「あの瞬間おまえが死ぬと思ったからな、そりゃ焦るだろ」
「……」
ミーネは――、何だ? 何やらまんざらでもないような、ちょっとふてぶてしい顔になり、それからおれをつんつん突っついてきた。
おれも負けじと突っつき返した。
不毛な突っつき合いは無駄に続き、気づけば休憩中の猫娘と犬娘がアイスキャンディーをぺろんぺろーんと舐めながら真顔で眺めていた。
たぶん「何やってんだあいつら」とか思われていたのだろう。
一方、ミーネの方はルファスとの決戦時に披露した新技をちゃんと扱えるようになるためリィの指導を受けながら訓練を続けている。
リィ曰く、ミーネは火の魔術もこれまで通り派手なものにする予定だったらしい。
が、それでは破壊効果範囲が広く使いどころが難しいものになるとリィは考え、逆にどんな状況でも使えるものにすべきと提案したようだ。
結果、汎用性のある高威力の『炎名冠者』が生まれることになったようだが、その性能の代償は使用難易度として現れた。
思いついた技をほいほい使えるミーネが、なかなか使えない技。
集中に時間をかけても三回に一回は失敗という成功率。
訓練場でキャンプファイヤーのような火柱があがったり、どかーんと爆発音がしたりすれば、それはミーネが技に失敗した合図である。
その日もミーネは訓練場にて一人、真面目に訓練を続けており、そのひたむきな姿に感銘を受けたおれはまず醤油と味醂を使って照り焼きチキンを作成。それからマヨネーズ、カラシ、レタスっぽい野菜とパンを組み合わせて照り焼きチキンバーガーを拵えた。
おれは完成した四つの照り焼きチキンバーガーを大皿に乗せ、目を瞑って集中しているミーネにそっと忍び寄ると、バーガーの一つをその鼻先にそっと近づけてみた。
「……、――ッ!?」
クワッ、と目を見開くミーネ。
次の瞬間には目の前にあった照り焼きチキンバーガーにがぶっと食らいつく。
丸くなって寝ているネビアの鼻先におやつをちらつかせた時とまったく同じ反応である。
さすが飼い主。
照り焼きチキンバーガーに食いついたミーネは、そのままもごごっと一気に食べ終えた。
「い、今なにか……、美味しいものを食べたわ! 今までになかった味――……、じゃなくて、なに邪魔してるのよー」
「いやほら、根詰めすぎてもいけないかなと。ひと休みしたらどうかと用意したんだが……、いらないか? この通りあと三個ある」
「食べるー」
一瞬むっとしたミーネはほわんとゴキゲンに。
「やっぱり新しい味……、これはタレが特別なのね。あとで作り方、教えてね?」
ミーネは照り焼きチキンバーガーを気に入ったようだ。
おそらく魔導袋のストックに加わることだろう。
※誤字を修正しました。
報告ありがとうございます。
2018/11/29
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/11
※間違いの修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/02




