第532話 14歳(夏)…――被るは覚悟と猪の面
おれと仮面による叫び。
これにより、おれの身につけていた服がオーク仮面の衣装へと置き換わる。
「あれ、服どうなった!?」
『案ずるな、事が終わればまた置き換わる』
よくわからんが……、まあそれならいい。
あれはみんなからの贈り物、これでロストとかしたら鬼と化したコルフィーに平謝りしなければならなかった。
さて、懸念が無くなったとなればあとはルファスだ。
「な、な……、な?」
おれの変化にルファスもさすがに驚いたようだ。
まあこの状況でオークのお面を召喚、それを被って『チェンジ、オーク』なんて叫びだしたら驚くのも無理はないのだが。
「な、なんだ、なんなのだ貴様は!?」
このルファスの問いかけ。
答えるのは仮面――。
『我は獣……、魂を封じ込める忌まわしき王金の魔物を裁かんと冥き森より這いだした一体の魔獣……! そう、我はオーク仮面……! 我こそがオーク仮面……!』
「オーク仮面……、そうか、貴様がオーク仮面か!」
『いかにも! されど勘違いはするな、今宵、貴様を裁くは我ではない! 我を喚びしこの我が半身である!』
「いやおまえ裁くために来たって今自分で言ったばかりじゃねーか。つか今はまだ昼だぞ」
『細かいことは気にするな!』
指摘したら怒鳴られた。
「で、やれることはやんなきゃとおまえを喚んではみたが……、実際どうすんだこれ?」
『あのような黄金の鉄の塊など、オーク・ダイナミック一撃で充分であろう!』
「おまえが好んで使う技――……、いや、技? なんでもいいがおれにはそんなもん使えんぞ」
『叫び、そして放て。それがオーク・ダイナミックだ』
「いやそんな天才的な説明じゃなくてわかるように言ってくれよ!」
『ええいまどろっこしい、ともかく復唱! オーク・ダイナミック!』
「オーク・ダイナミック!」
『よし放て!』
「だから何をだよ!?」
望んでオーク仮面となってはみたが、今まではトランス状態だったり、体を乗っ取られたりしての戦いだったので、こうはっきりと意識がある状態ではどうしたらいいかわからない。
『ぬぅ、まだ共鳴率が足らぬか……』
「いや共鳴率が高くても出ないものは出ないよ!? ってかおまえから働きかけてなんとかできねーの?」
『人に頼ってばかりでは成長などせぬ!』
「おまえ人じゃねえし、力を貸す貸す言ってたのおまえだし」
『屁理屈を……』
「いやおまえがそれを言う!?」
噛みあわなくてちょっと口論していたところ――
「ちょっとそこ! 遊んでないの! ティアウルが危ないのよ!」
「『はい、すみません』」
すでにレディオークの仮面を被り、スタンバイしていたミーネに怒られた。
だが――、そうだな、まったくもってミーネの言う通りだ。
まずはティアウルの救出が最優先。
つかそのために仮面を呼んでみたのだが、現状は役に立たないどころか調子が合わなくてむしろ迷惑になっている。
とんでもない大誤算だ。
しかし、しっちゃかめっちゃかになったとは言え、こいつはエルトリアで邪神誕生を阻止してみせた。
もしかしたら、邪魔なのはおれの方だろうか?
「おい仮面、おれは引っ込んだ方がいいか?」
『引っ込む……? 何を馬鹿な』
「でも――」
『黙れ馬鹿者。貴様はそれでいいのか。汝を想い庇った少女を自らの手で助け出そうという気概は無いのか!』
「――ッ!?」
思わず言葉が詰まる。
腹立たしいがもっともだ。
おれがティアウルを助けようとこいつを呼んだ。
なのにどうしたらいいかわからないくらいで、こいつに丸投げして救ってもらったとして、それからおれはどんな顔をしてティアウルに会えばいいのだろう?
ティアウルに助けられた者がおれでなかったなら、それでもいいかもしれない。
だが助けられたのはおれだ、ならおれがそれではダメなのだ。
「おれにできると思うか?」
『それは汝次第であろう。まあ、我ならば容易いことだが』
こいついちいち煽って――
『だが、我にできて汝にできぬ道理はない! ――我ら共に欠片、ならばやるべきはまずそこから。そうであろう?』
「……ッ」
自分が出来るならおれにも出来る。
自分が救えるのだから、おれにだって救うことはできる。
そう偉そうに言うこいつはそもそも何なのか?
漠然とした予想だが、きっとこいつは意識――人格を得た黒雷だ。
ベルガミアでのスナーク戦、おれの意志などお構いなしに勝手に出てきてしまった力――、それが依代を得た存在ではないか。
そしておれが生き埋めにしたものを核とするが故に、こいつという存在は受け入れがたく、そして腹立たしいのだ。
だが今は、それすら受け入れ越えていく必要がある。
こいつはおれたちを欠片と言った。
そう、おれたちは共に死神の鎌。
死神。
魂の運び手。
なら、おれが出来ること、まずやるべきことは、未だそこに留まる魂――地の星たちに働きかけることだろう。
おれが不快さを感じるならば、地の星たちはまだ奴の中にいる。
『やるべきことが見えたか?』
「ああ」
『ならば――後はただ進め! 失った者を救うことは叶わぬが、まだあの娘は生きており、貴様のその手は伸ばせば届く!』
速やかに、おれは〈星幽界の天文図〉を使用。
だが――、見つからない。
それほどに摩耗し、もはや潰えようとしているのか。
『違う。そちらではない。見つけるのであろう?』
ああそうか――、そうだ。
見つけようとするならば名称が違う。
『さあ告げよ、古き妄執への決別を!』
仮面が誘い、おれは叫ぶ。
「さらば古きものよッ!」
簒奪のバックルを起動。
神々から与えられた七つの祝福を並列起動しての自己強化。
『ふははは! まったく不遜! あまりに不遜! もはや祈るべき神も無し! ならば我ら、己が眼にて救うべき子らを捜し出すよりほかあるまいて!』
「野良なオバケの隠れんぼッ!」
それはスキャンやロックオンを行える〈星幽界の天文図〉とは違う、ただ対象を見つけだすためだけの力。
居るのだろう、まだそこに。
夜の闇に、または地上の光に紛れ肉眼では見つけられぬ星のように。
おれは目を凝らし――、そして見つける六つの地の星。
もちろん見つけて終わりではない。
まだだ、まだ潰えるな。
「力を貸せ!」
『よかろう! ならば今こそ名を示せ! 相応しきは花であろう! 彼の者の記憶に刻まれし、千の異名を持ちし花!』
スナークに反応して現れてくる黒雷。
自らの意志で使うなら、名を以て明らかに。
さあ枯して散れ、そして咲け!
「黒蝕雷花ッ!」
攻撃はできまいと油断するルファスに叩き込む黒雷。
さらに、おれは続けざま別の力を使う。
『失われたる正しき死……。死神は救い主たりえず、故に子らは見捨てられ、彷徨い、やがては潰えよう。哀れ、哀れ、あまりにも哀れ。――ならば我らが施しを!』
「真夏の夜のお食事会ッ!」
黒雷にて精霊に転じた魂たちに活力を。
そして最後――。
『もはや子らは拠り所を必要とせぬ……。されど! かつては器を持ちし故、恋しがるのも無理はない! 鳥とて永遠には空に無い! せめて一時の止まり木を!』
「精霊の煮込み鍋ッ!」
精霊と化した地の星たちを宿らせるは霊銀の星。
ティアウルが誕生日に父親のクォルズから贈られ、おれが気まぐれに神鉄の針を埋めこんだ星の首飾りだ。
「ぬ、ぬおっ、ぐおぉ……!」
途端、ルファスが苦しみ始め、やがてスライム型となっている一部が膨れ上がり、そして爆ぜた。
飛びだしてきたのは王金の大きな玉であり、それはどういうわけか弾力があってぼよんぼよんと何回も跳ねておれたちの前までやってくると、最後のひと跳ねで弾けて中からティアウルが転がり出てきた。
「アレサ!」
「はい、ただいま!」
アレサはすぐにティアウルの胸の傷を治癒させ、それから状態を確かめる。
「異常はありません。ティアウルさん、ティアウルさん……!」
「……んお?」
抱き起こしたアレサが揺さぶると、ティアウルは唸り、うっすらと目を開けてそれから前に手を伸ばした。
すると床に水たまりのように留まっていたルファスの一部がにゅっと触手を伸ばし、ティアウルの手に指輪をはめる。
それはエミルスの宝飾店でティアウルが選んだ指輪で、星の首飾りに通していつも身につけていたものだった。
それから触手はティアウルの手に絡み、その体を引っぱり起こす。
そしてさらに形状を変化させ、星を思わせる斧部を持つ斧槍へと姿を一変させた。
いったい何だとおれは〈炯眼〉にて確認したところ――
〈流星の斧槍〉
【効果】自立行動
形状変化
《適合判定》
否…使用拒否
合…自立行動(行動支援)
金属特効
地の恩寵
剛力
強靱
活性
治癒
勇猛
それは地の星が宿るティアウル専用の武器であった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/28
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/07/09
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/07/02




