第54話 8歳(秋)…ミーネからの手紙
夏の終わり、我が家に二通の手紙が届いた。
両方とも娘が産まれた報告をうけてのお祝いの手紙である。
一通はダリスから。
今年は忙しく訪問できなかったが、来年あらためてお祝いをしにくるそうな。
もう一通はバートランから。
お祝いの言葉と、あと女の子が産まれたと知ったミーネがいよいよこちらに来たがり、毎日三回はこちらへ行く用事はないのかと聞いてくるようになって辟易しているから、なんとかならないかとの相談だった。
知らんがな。
しかしである、両親はその相談事をおれに放り投げてきた。
とりあえずミーネに手紙を書いてあげなさいと言うのである。
「うごごご……」
夕食後、部屋にこもって机にかじりつき、頭をかかえてまっさらな紙と対峙していると、シアがにょろんと侵入してきた。ひょいっと白紙の手紙をのぞきこみ、あらら、と声をあげる。
「なんじゃい」
「まま、どうぞどうぞ」
手にした器のクッキーを囓りながらシアは言う。
断る理由もないので、おれは差しだされたクッキーをつまんで口に放りこむ。
おれが作ったよりも美味しいのがちょっと癪にさわるが、シアが作るお菓子は弟を喜ばせるのでケチをつけるわけにもいかない。
シアが来て、我が家に一番変化があったのは料理だろう。長い時間をすごしてきた死神だけあって、色々な料理の作り方を知っていた。代用品を用意できる料理ならある程度の再現が可能ではあったが、逆に香辛料などを多く使うものは不可能だった。代表的なものはカレーだろう。この世界でカレーを構成する多種類の香辛料、その代用品を見つけだすのは容易な話ではない。でもいつか弟妹に食べさせてやりたい。そしておれも食べたい。
「ご主人さまも苦手なことがあるんですねー」
「手紙なんぞ、あっちにいた頃は書いたことなかったしな」
「まあそういう人は多いでしょうねー。でもメールとかはしてたんでしょう?」
「メールも一言二言の返答や、簡潔な内容ですませていた」
もっと色々なことを教えてほしいです、と言われたりもしたが、結局改善しないままだった。
いや、あっちのおれは改善してるかもしれないか。
「とにかく、なんとしても奴がここにくるのを思いとどまるような手紙にせねば……」
「そんなに来てほしくないんですか?」
「来てほしくないというか……、来たらまずい。おまえがいる」
「ぶー、なんでわたしがいちゃダメなんですかー」
「いやダメとかそう言う話じゃないんだよ。おそらくなんだが、おまえとミーネが出会えばそこそこの確率で……」
「確率で?」
「殺し合うだろう」
「なんでですか!?」
「おれにもわからんがそう思うんだ。あ、こいつら出会ったら殺し合うんだろうなって」
シアとミーネが出会ったときを想像すると、なぜかおれの頭の中で「混ぜるな危険」という言葉がぐるぐると回り始める。
「どちらが生き残るか、それとも相討つか……」
恐ろしい話だ。
もしミーネを抑えきれず、バートランがのこのこやって来たら、いきなり殺し合いが始まってしまうかもしれない。ここはなんとかミーネの気をそらすお手紙を書かねば。
「これはもう会いたくないから来るなと書くしかないか?」
「いくらなんでもそれはあんまりでは……」
「いやダメだな。むしろ文句を言いに突撃してくるに違いない」
「えらくタフなご令嬢ですね……」
タフなんだよな……、なんせ熊と一戦交えようとしたくらいだ。
「それで実際のところ、ご主人さまとミーネさんはどんなご関係になるので?」
「あ? どんなご関係って、せいぜい友人くらいだが?」
「ん~? 本当にそうなんですか? なかなか見目麗しいご令嬢だって言ってたじゃないですか。ご主人さまがわざわざ言うってことは相当なんでしょう?」
「妙な勘ぐりをするなバカめ。嫌なこと思い出しちまったじゃねえか」
「嫌なこと?」
悪ノリしてきたシアのせいでおれのトラウマの扉が開いたが……、どうしたものか。ここである程度の説明をしておかないと、こいつ繰り返してきそうだ。
「ちょっと話しておこう。もうつまらんことを言ってこさせないようにするためにも」
話は元の世界の出来事だ。
ある日、おれはジジイに馬子も立派に見えるような衣装を用意され、豪華なホテルで催されるどこかの金持ちパーティに連行された。上流階級な奴らであれば人脈を築くための大切な場であろうが、地を這いつくばる虫のようなおれにはただの退屈なパーティだった。
「あの、ご主人さまのお爺さまっていったいなんなんです?」
「知らん」
きっと社会にとりつく妖怪かなにかだろう。
手持ち無沙汰でいたおれは、そこで同じように暇していた同い年の少女と知り合うことになり、なんだかんだで気があって以後もちょいちょい連絡をとりあうようになった。
「それで仲良くなって……、お付き合いをと?」
「仲良くなったが付き合ってはない。仲良くはなった。付き合い始めていいんじゃないかと思うようになるくらいには仲良くなった」
まあおれの勘違いだったわけだが。
哀れにも浮かれていたおれは、そのうち恋人になってほしいと告白するつもりでいたわけだ。
が――、ある日。
少女はおれに土下座した。
「……ッ!?」
「そいつの両親はうちのジジイに弱みをにぎられていてな。それで娘をおれに差しだせとかなんとか脅されていたらしい。おれはそのあとジジイの息の根をとめようと殴りかかった」
「えー……」
結局、仕留めることはできなかったが。
そんなわけで面白半分で惚れた腫れた的な話をされると、おれは当時の苦々しい心境を思い出してしまうのである。
「えっと、知らぬとはいえ傷をえぐるようなことになってしまいまことに申し訳ありませんでした。以後、気をつけますです」
「そうしてくれ」
ひさしぶりにヘコんだ。
「ところで……、その娘さんとは?」
「友人としてのつきあいは続いてたぞ」
大騒動になったのをめっちゃ謝っていたが、まあそのかいあってジジイはそいつの親から手を引いた。気兼ねなく普通に友人としてつきあえるようになったわけだ。
「せっかく仲良くなったわけだしな」
打ち明けられた内容はトラウマ級にショックだったが、それを告白する覚悟が決まるくらいには打ち解けていたと考えたい。おれを嘲りたいだけなら土下座しなくてもいいわけだし。
「そうですか……」
ふとシアは呟き考えこんだ。
なにを考えているのか知らないが、大人しくしてくれているならそれでいい。
おれはミーネ宛の手紙の内容を考えなければならないのだ。
が、結局、おれは内容を思いつくことができず、最終的には面倒くさくなって意味もなく一メートル級のリラックスしたクマさんをクェルアーク家に発進させた。
やがて冬にさしかかる頃、バートランからおれ宛に感謝の手紙が届いた。
ミーネはあのだらしないクマのぬいぐるみを大いに気に入ったようだが、それを目にしたミーネの実の姉もそれを欲しがって困っているからなんとかならんかとも書かれていた。
知らんがな。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/06




