第531話 14歳(夏)…かなぐり捨てるは恥と過去――
血の池地獄ならぬ汗の池地獄に落とされ、そこから復活してきたルファスはずいぶんと目減りしていたが、それでも物置一杯ぶん――4立方メートルくらいはまだありそうだ。
200リットルのドラム缶20本ぶんである。
「ご主人さま、あれ本当に全部が王金なんですかね? だとしたらもんの凄い価値ですよ」
確かにあれ全部が王金だとしたら凄い価値なのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
自身を優秀な金属に置き換えるという単純な方法は、実現が難しいという点を除けばあながち間違った手段でもないだろう。
奴はヴァイロに寄生することによってそれを実現した。
もともと強靱だった奴が、さらに強靱な奴になったのだ。
普通、殻が剥けたら柔らかくなるものだろうに、まったくやっかいな話である。
こうなるともう物理的な攻撃ではダメージを期待できない。
ちょっとやそっとの魔法攻撃も受けつけないだろう。
液体金属な敵と言ったら、倒す方法の定番は溶鉱炉に放り込むことである。
だがそんなものここには無いし、もし放り込めたとしても熱による融解が核にまで及ぶ前に分離して脱出することだろう。
また別に、倒せこそしないが凍りつかせるのも手だ。
都合のいいことに、実際それをやってのけたお姫さまがここにいる。
しかしこちらも溶鉱炉と同じ。
瞬時に全体を凍りつかせることが出来なければ奴は逃げるし、反撃もしてくる。
ならば……、あと効果的な手段はなんだろうか。
そうおれが有効な手立てを考えていたところ、ルファスの方が先に動いた。
スライム部分が幾つもに分離――人型の分身を六体出現させたのである。
王金製の分身ルファスは即座におれたちへと襲いかかってきた。
「あなたは下がってて!」
ミーネが叫び、迎え撃つべく前に出る。
それに続いたのがシア、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、パイシェ、ヴィルジオ、シャフリーンの八名。
対し、見守ることになったのがおれ、ティアウル、サリス、コルフィー、レザンドの五名であり、その前に壁として立つのがアレサとジェミナだった。
六体の分身ルファスに応戦した九名だが、このうち一対一で戦えているのがミーネ、シア、ヴィルジオ、シャフリーンの四名であり、リビラとシャンセルは二人組で、リオとアエリスはパイシェの援護として三人組で戦っている。
しかし相手は普通の攻撃では倒すことのできない存在。
必然的に戦いはこちらが防戦一方になり、ルファス本体は分身たちの奮闘を眺めている。
ルファス本体は分身を作りだして目減りしたが、それでもまだけっこうな量を確保しているので迂闊に近寄ることはできない。
だがあの本体に縫牙を突き立てることが出来れば、パイシェの恐ろしい魔技でもってダメージを与えることができるのだ。
場合によってはそのまま倒すこともできるかもしれない。
だが、その方法は一度奴の分身に見せている。
人型は倒したが、あの場には触手型の分身が大量にいた。
ならば人型分身を倒したおれとパイシェを警戒していることだろう。
まあこれも、まずおれが接近できなければ始まらない話だ。
どうにかして近寄りたい――。
策を考えていたところ、ルファス本体がさらに動きを見せた。
このまま押し切れると判断したのか、分身をさらに六体追加したのである。
これは――まずい。
そうおれが焦った時、ルファスの動きに合わせるように行動を起こした者がいた。
シアだ。
「世界を喰らうもの!」
ひさびさの特殊自己強化を発動。
そしてシアは瞬く間――。
本当に瞬きした瞬間には違う場所に居るという、ショートテレポートを思わせる動きでこの場に送り出されたすべての分身を右手の鎌――アプラにて斬りつけ、そしてルファス本体にも一撃喰らわせる。
そんな攻撃では――、とおれを含め誰もが思った。
だが――
「ぐぉあぁぁぁぁ――――ッ!?」
斬りつけられた分身は悶えたのちただの金属のように動かなくなり、本体は苦しみながらシアに斬りつけられた部分――全体の三分の一ほどを分離させる。
するとそれも分身たちと同じように動かなくなった。
「いやー、もう少し粘りたかったんですけどねー。まあ贅肉はだいぶ落とせましたか」
これはシアの『吸魔』だろうか?
確かにそれなら効果的かもしれないが、こんなふうに扱えるまでになっていたのか?
いや、たぶんこれ『吸魔』じゃない。
「き、貴様、何をした!?」
「体が何で出来ていようと、生きているなら死にますよね?」
シアの双鎌――右手用のアプラはその効果が『命あるものへの呪詛』となっている。
体を構成するものの特性など無視、生きているなら死に傾けるという凶悪な効果。
どうやらシアは決戦に備え、手の内を見せまいとここまで素手で戦っていたらしい。
このシアの活躍によりルファスは質量を減らした。
半分――とまではいかないが、五分の三くらいにまで減少。
シアとしては本体がもっと減るまで待ちたかったのだろうが、下手すると誰かがやられかねない状況となっては動くしかなかったか。
問答無用で自分を殺せる者――。
その存在に驚いたかルファスは一瞬動きを止めたが、次の瞬間、スライム部分から触手を伸ばして天井を攻撃した。
いや、正確には照明だ。
失われる明かり。
閉ざされる視界。
窓など無い地下だ、倉庫内は一瞬にして真っ暗闇へと転じた。
シアは体に白い炎を灯しているが、それは自身の周囲を仄かに照らす程度であって照明にはならない。
すぐに明かりを――。
おれは魔導袋から照明を取り出そうとしたが、それより早くアレサとコルフィーが魔法によって光球を作りあげ倉庫内を照らした。
「……ッ!?」
そして明かりのなかでおれが見たもの――。
「あは、間に合ったぞ……」
それはおれの前で腕を広げて立ち、ルファスから伸びてた触手に胸を貫かれているティアウルの後ろ姿だった。
「ティ、ティアウル!」
おれが手を伸ばそうとした瞬間、ティアウルは戻る触手に引っぱられてルファスの元へ運ばれ、そしてそのスライム部に取り込まれる。
『――――ッ』
誰もが唖然とした。
驚き、ティアウルが取り込まれるのを防ぐことができなかった。
「庇いおったか。まあいい。これで下手なことはできまい」
シアという脅威に対処するため、ルファスは人質を取ることにしたのだろう。
標的はおれだった。
だが、おれたちの中でティアウルだけはその能力で暗闇を無視して動けたのだ。
「安心しろ、ティアウルはまだ生きているぞ。ちゃんと呼吸もできるように配慮しているからな、もうしばらくは大丈夫だろう。だが、私を殺せばそのままティアウルも死ぬことになる。助けに来たのだ、それは出来ないだろう? 私に何かあれば、私はティアウルにとって王金の棺となるのだ」
ルファスが死んだとき、内部に閉じ込められたティアウルを救出するまでにどれだけの時間がかかるのか――。
これでシアが手出し出来なくなる。
奴を殺せる手段があっても、まずはティアウルを救出しなければどうにもならない。
皆がどうすればいいかわからず動きを止めるなか、おれは自分の不甲斐なさに激しく腹を立てていた。
ティアウルはすべてを投げ打って主人――おれに尽くそうとしていた。
そしてまた今も、おれを庇い囚われた。
対しておれは?
ティアウルのためにすべてを投げ打っていたか?
覚悟を決め、魔王を倒すと世界に向けて宣言した。
ああ確かに立派なことだ、自画自賛してもいい。
面倒だし、恐いし、そんなの絶対嫌だと避けていたことに正面からぶつかっていったのだ、我ながらご立派なことだと思う。
けれど、それで出来ることすべてなのか?
もう何一つ手段が無くなるほどすべてをやったか?
いや――、いや、まだだ。
まだ投げ捨てていないものがある。
とうとうなのか、それともようやくなのか。
来てしまったのだ、それを投げ捨てる時が。
投げ捨てるべきもの。
それは……羞恥心!
「来やがれオークッ! おれに力を貸しやがれッ!」
叫んだ。
仕方なくでも、強制でもなく、心から望みおれは叫んだ。
そして応える声――。
『呼んだか、……呼んだか――我を!』
おれの頭上。
黒雷をまき散らし、虚空よりオークの仮面が出現する。
もはや言葉など必要ない。
おれは仮面を鷲掴みにすると、迷わずそれを自らの顔に。
そして――。
おれと仮面は共に叫ぶ。
「『チェンジ! オォォ――クッ!』」
※誤字を修正しました。
2018/11/07
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/10




