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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
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第530話 14歳(夏)…地の星を憂う者

「ご主人さま! あの人、広域化スキル持ちっぽいですよ! やりましたね! これで狩りが捗ります!」

「いやおまえモンスターすぎるモンスター狩るのに来た助っ人がモンスターってもうわけわかんねえぞこれ!」


 メディカル・オークの『祝福(ブレス)』とやらは、奴が服用した薬の効果を周囲の者たちにも共有させるものらしい。

 奴は支援に長けているのだろうか?

 だが考えようによっては支援――バッファーではなく、むしろその逆、デバッファーとしても力を発揮しそうである。

 もし奴の服用した薬がシアを苦しませた下剤のような代物であれば……、もうこの広場は地獄の一丁目どころか四丁目くらいにまでなっていたことだろう。

 ともかく、メディカル・オークの支援によって状況は一変した。

 メディカル・オークが巨大な岩の上にある建物のさらに上で暗黒阿波踊りを披露し続けるなか、そのブレスとやらの効果によって強化された闘士たちが猛攻を開始したのである。

 もはや闘士たちは空を駆ける筋肉状態。

 さらに魔剣兵たち――、いや、勇者や委員たちすらも服を脱ぎ捨て、果敢にも触手に挑みかかるのだが、こちらはさすがに空まで跳躍することはできず引き続き地上戦で頑張っていた。

 そしておれたち。

 ブレスの効果はもちろん影響しており、うっかり影響されて服を脱ぎ捨てようとするメイドたち数名を慌てて止めることになった。

 興奮しての思考力低下なのだろうか?

 ついでにリフィも止めたが、ネイ、レト、ゼーレの三名はそのままにしておいたので半裸になって混戦に突撃していった。

 メディカル・オークの登場によってこの広場はさらにおぞましい地獄と化したものの、状況にだけ注目すれば事態は好転している。

 いつまで皆の強化状態が続くかわからないし、ここは勢いのあるうちに移動することに決め、おれは号令をかけると集団ごと大工房本部を目指した。

 広場でだいぶ駆除された金属触手だが、都市全体に及ぶ侵食範囲は伊達ではなく、その道中も激しい攻撃を受ける。

 迎撃する半裸野郎どもが脱水症状で次々と脱落するなか、それでもぎりぎり、おれたちは大工房本部へと到着することができた。

 しかし、もはや戦える状態なのはうちの面々くらいだ。

 筋肉・魔剣兵・勇者・委員――。

 死力を尽くしてくれた皆は脱水症状で干涸らびた。

 ネイたちも少し前に干涸らび、リフィは看護のために残ることに。

 多大な犠牲を払い辿り着いた大工房本部であったが、ここでも金属触手の攻撃は収まることはなかった。

 もう汗だく野郎のストックは尽きている――。

 そんな状況で声を上げたのがリィだった。


「ここは私がなんとかする! お前はとっととあの子を攫ってこい!」


 そう叫ぶとリィは飛翔。

 上空のリィに四方八方から金属触手が伸びるが、リィはそれらを火の魔術で赤熱化し、直後に魔法で凍りつかせる。

 金属の性質として熱せられてからの冷却によって組織は変化する。

 これがメタルスライムにとっては『麻痺』にあたるのか、死んではいないがしばし動かなくなった。

 だがそこはスライム、麻痺の及ぶ部分を分離させ、動く箇所でさらに攻撃を仕掛けてくる。

 リィはそれらも片っ端から熱し、凍らせ始めた。


「のん気に見てんじゃねーぞコラーッ!」


 これが埒のあかないジリ貧であることはリィにもわかっているらしく、とっととティアウルを助けに行けと叱咤。

 しかし……、いくらなんでも一人で防衛は無理だろう。

 そうおれが考えたところ、大工房本部の周囲にぶわっと小さな光――精霊たちが姿を現した。

 精霊たちは集まって幾つもの大きな光となり、リィが対処しきれない金属触手の攻撃を逸らしてくれる。


「おら! 心配ねーよ! とっとと行け!」

「頼みます!」


 そう言い、おれたちは大工房本部の内部へと走る。

 ようやく到着した本部だが、ティアウルが何処にいるのか?

 その時――。


「貴方がたの目指すべき場所は地下の特殊魔鋼保管庫です! 付いて来てください!」


 前に受付をしていたドワーフが案内してくれる。

 この人も反スライム組織の者なのか?

 アレサが無反応なので罠というわけではないようだ。


「急ぐのでしょう! 早く!」

「わかった」


 こうしておれたちは案内されるまま本部の地下へと案内され、その途中でミーネがふと思いついたように言う。


「都市があんなことになってるのに、なんでこの建物はおかしなことにならないのかしら?」

「いや、ここに来るまでも建物自体には変化なかったぞ。あいつは何も都市を滅ぼしたいわけじゃないからな。それにおそらく、この建物に限ってはそんなことする必要もないんだろうさ」


 なんせ本拠地だからな、居るのだろう、外のうにょうにょどもの本体が。

 やがて到着したのは『特殊魔鋼保管庫』と看板のある木造の巨大な扉――搬入口のような場所だった。

 そこで案内役が長細い板を取り出して操作すると、扉はごりごりとひとりでにスライドして道を空けた。

 入口から見えた保管庫の内部は実に広々としており、その中央には広い円形の柵、内側は平らな鏡面となっている。

 そしてそのすぐ側には二人の人物――


「ティアウル!」


 ティアウル、そして大親方レザンドがいた。

 おれたちが保管庫内部へと進んだところ、レザンドが先ほど見たような長細い板――リモコンを取りだして操作。

 これにより扉が閉まり、それを見計らったように柵で囲まれた内側の鏡面がこんもりと盛り上がると、その天辺からにゅるっと人の形が姿を現した。

 ルファスだ。


「誘き寄せられたとも知らず、のこのことここまで来おったか。貴様らはここで終わりだ。何しろ外の分身ではなく、私が直々に相手をするのだからな」


 ルファスは余裕そうに言い、それからおれを指さした。


「貴様、貴様だったのだレイヴァース、スナークを屠れる者、奴が恐れる者、貴様を取り込みさえすればすべてが片付く話だったのだ」


 おっと、発想の転換、ここにきておれを標的にしやがったのか。

 するとシアが嬉々として言う。


「なるほど、完璧な作戦ですね! 不可能だという点に目を瞑ればですが!」

「そうだな」

「……」


 相槌を打ったらシアがしょぼんとした。

 あ、なんかのネタだったの?


「レザンド、もういい、ティアウルを連れて行け」

「わかった」


 応え、レザンドはティアウルの腕を掴む。


「待てよオッサン! この期に及んでまだそいつに従うのか!」


 そうレザンドに呼びかけたところ、ルファスが鼻で笑った。


「はは、従うしかないのだよ。エリーデ――こやつの姉は我らと共にある。最愛の姉という犠牲を無駄に出来るものか」

「――ッ」


 ちっ、そういうことか、ならあのオッサンはダメだな。

 レザンドはティアウルを連れて奥の扉へ向かおうとするが、ティアウルはそれに抵抗しながら叫んだ。


「あんちゃんごめん! あたいが協力すれば剣の製作を手伝ってもらえるはずだったのに、こんなことになって!」

「それはいい! だが……、ティアウルは自分が生贄にされることを知っていたのか!」

「あたい……、知ってた!」

「何故だ!? どうしてそれで協力をしようなんて思える! ティアウルをそこまでさせたのはなんだ? まさか本当に剣の製作協力のためってことはないんだろう!」

「……ッ」


 叫んだところ、これにティアウルは口を噤んだ。

 おいおい、まさかの当たりなのか……!?


「ど、どうしてそんなことのために生贄になることを承諾した! それがもしおれを喜ばせるためだなんて言うなら、それはありがた迷惑でしかない! ふざけんな!」


 ややキレぎみに叫ぶ。

 すると、ティアウルはおれを睨むようにして叫び返した。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「――ッ!?」


 ああ、そうか。

 ()()か。


「あたいにはあんちゃんが見えなくなる! そこにあればあたいにはなんでも見えるのに、あんちゃんだけが見えない! 黒く塗りつぶしたみたいに、そこに人の形をした穴があるみたいに! エミルスのときはシャフリーン助けてからしばらくそうだった。まだその頃は陰っているだけですんだ。でもエルトリアから帰ってきたあんちゃんはそれがすごく悪化してた。しばらくすれば治るけど、それはきっと神さまの祝福で無理矢理抑えている。なら――、なら、あんちゃんには祝福が必要だ!」

「だから犠牲になろうとしたのか……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 一国の王がずっとずっと願って取り組んできたにも関わらず得られなかった機会。

 どれほど願っても、どれだけ努力しても、そうそう叶わぬ僥倖を呼び寄せられるならば――それは破格。

 だからティアウルは大工房へ来た。


「あんちゃんは必要だ! 絶対に必要だ! あたいの命であんちゃんが助かる機会を作れるならこんないいことは――」

「そんなわけがあるかッ!」


 一喝し、ティアウルを黙らせる。

 いつもは思ったことをぺろっと喋るくせに、どうしてこれに限っては黙りだったのか。

 ああいや、わかる。

 不吉な予感を口に出すことの恐ろしさ、優しい嘘に騙されていたいという気持ちはおれにもわかる。

 言えなかったことを責めることはおれには出来ない。

 そもそもそれは、おれ自身も体重計と睨めっこして誤魔化していたことだ。


「ティアウル、実はだがな、おれはとっくに何度か死んでる」

「……ふわ?」


 おれの告白にティアウルは一瞬間の抜けた表情に。

 厳密には『死』を免れているのだが……、詳しく説明する余裕は無いし、すべてを話すわけにもいかないのでこれでいく。


「これまで黙っていたが、死んでも無理矢理どうにかなる特別な能力が神さまから与えられているんだよ。まあその副作用で寝たきりになったりもするが、なんとかはなるんだ。だから、ティアウルが自分を犠牲にする必要はないんだよ」

「でも悪化してるじゃないか!」

「あー……、そこはまあこれからおいおいなんとかするよ。これまでもおれは色々となんとかしてきただろ? それにほら、自分のことだし、そりゃやるさ」

「…………」


 ティアウルの目は懐疑的であるが、ちゃんと本心である。

 なんとかなるかどうかは別として、だが。


「さて、話はそれくらいにしてもらおうか」


 おれとティアウルの怒鳴り合いが一旦やんだところでレザンドが割って入ってきた。

 そして手にしていたリモコンを操作。

 すると――。

 ズゴォン……、と振動と共に地の底から音が響いた。

 何が起きたのかわからず困惑するなか――。

 変化は唐突に起きた。


「な、なにぃぃ――――ッ!?」


 そう声を上げたのは沈み込みそうになったルファス。

 水銀の泉のようになっていた体を鈎状にして縁に引っ掛けるのだが、なにしろ金属の塊、重量が重量だ、ちょっと引っ掛ける程度ではニュートンには抗えず、ゴリゴリ音を立てながら沈み込んでいく。

 この突然の状況にうちの面々はぽかーんとなった。

 ただおれはこの状況を、なんだか用を足しにトイレに行ったら便器からオバケがにょきっと顔を出したのでおもわず水と一緒に流そうとした結果、オバケが抵抗しているような感じと思っていた。


「レ、レザンド……! 貴様、裏切るか……!」


 苦しげにルファスが言うが、レザンドは涼しい表情だ。


「裏切る? 裏切るもなにも、儂は元より貴様の敵だ」

「な――!? 正気か、私の中には貴様の姉もいるのだぞ!」


 瞬間――、カッとレザンドが目を剥き叫ぶ。


「だからだ! だから儂が止めるのだ! 姉を喰われた儂だからこそ誰にも文句を言わせず貴様を討てるのだ! これまでの犠牲者を、姉の覚悟を、優しさを、すべて踏みにじって貴様を討つのだ!」


 レザンドはこれまで溜めに溜めていたであろう本心を吐き出す。


「さあ落ちよ愚か者! すべてを瘴気獣に呑み込まれ、正気を失った愚かなドワーフよ! その狂気とともに落ちよ! 底には同志たちがこの日、この時のため集めに集めた汗の池がある!」


 同志……、汗……?

 それはもしかして倶楽部にいた大勢のドワーフが服やタオルを絞って流していたあれか?

 あの汗は下水ではなく……、ここに集められていた?

 なら倶楽部のドワーフによる本部の破壊と改修も、それに関わるもの――真の目的たる汗のプールを地下に作るためのカモフラージュだったのだろう。


「ぐぬぬ……、思い通りになると――」

「さっさと落ちんか」


 そこでレザンドはさらにポチッと。

 メタルスライム池の上部天井がボンッと吹っ飛び、続いてシャワーが降りそそいだ。


「うぐぁぁぁ――ッ!」


 ルファスが苦しむ――、ってことはあれ集めた汗かよ!

 えげつねえ……、とおれが引いている間に、ルファスがなんとか踏みとどまろうと外周に引っ掛けていた鈎状の触手が崩壊。

 そして――


「ああぁぁぁぁ――――ッ!」


 ルファスは地底にある汗の池へとボッシュートされた。


「ふん」


 やがて汗のシャワーが出なくなったところで、レザンドは鼻を鳴らしてリモコンをルファスが落ちていった穴に放り投げると、ティアウルを連れてこちらへとやって来た。


「色々とすまなかったな英雄殿。貴方に事情を話していてはルファスに勘づかれる危険があった。それで貴方にはルファスの目を引きつける囮となってもらったのだ。また貴方にもこちらへ注意を向けてもらおうと、聖都の警告などの手を打った」

「そういうことでしたか……。ティアウルにはこうするつもりだったとは話してなかったので?」

「ああ、真実を話さずに生贄となってもらうことが二つの難題のうちの一つだったのだが……、即答されてむしろこちらが戸惑ったな」

「クォルズには……?」

「あれにはすべて話した。友の娘を生贄になどさせぬが、それでも危険が伴うとな。反対しておったが、結局はこの子の了承で黙ることになった。儂はあれを長い間騙しておった。あれはあれでルファスをどうにかしようとしていたようだが、儂は奴の信用を得るため、姉の犠牲を無駄にせぬため従う愚か者を演じる必要があったのだ」

「なるほど……、まあ詳しくはこのあとでゆっくり聞かせてもらうことにしましょう。ひとまずティアウル救出の手助けをしてくれた人たちに報告をしなければなりません」

「ん……? ああ、英雄殿、すまんがまだだ。この計画におけるもう一つの問題は――」


 そうレザンドが言いかけたとき、地の底へ続く穴から何かが砲弾のように飛びだし、天井にぶち当たって落下する。

 それはほんのりと緑みのある金色。

 巨大な王金の塊だ。


「やってくれたな……、やってくれたな!」


 その塊から現れる人の上半身――ルファス。

 皆が唖然とするなか、レザンドはわかっていたように続ける。


「ふむ、やはり王金には汗の効力が無いのか? まあ溜めたぶんも尽きたしな……。で、もう一つの問題だが、アレを倒せる人材がこのヴァイロには居ないということだったのだ。ということで英雄殿、すまんが頼む」


 ぬけぬけとこのヒゲ……!


※少し加筆しました。

 2018/11/13

※誤字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/10

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/22

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/07/02



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― 新着の感想 ―
[一言] イールがかわいい
[良い点] とっても熱い展開ですね。 暑苦しい展開ですね。
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