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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
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第529話 閑話…我が名はメディカル

 大陸規模の深刻なポーション不足。

 それは三番目の魔王――ガーリィ・スラックの時代に起きた。

 厳密には魔王誕生直前が最も深刻な状態であり、これは魔王誕生への不安が最大にまで高まった結果、国や富裕層によるポーションの大量確保・買い占めが行われたことが原因であった。

 その影響によってポーションの価格は何十倍にも跳ね上がり、さらには投機の対象として扱う者も現れたことで事態はより混迷へ。

 この事態に最も影響を受けたのは庶民であり、本来であれば助かる者を助けられなかったという悲劇を多く生むことになった。

 また、事態はただポーションが不足しているという状況だけに留まらず、何の効果も無い液体をポーションと偽り高値で売りつける詐欺も横行し、一説ではこの偽ポーションこそが多くの犠牲者を生んだ原因であるとも言われている。

 すさんだ時代であった。

 しかし、そんな時代にも尊い志を抱く者はおり、そのなかの一人は『もうこのようなポーションを巡る不幸が無いように』と精力的な活動を行うことになる。

 その者は志半ばで倒れることになったが、その一族は三百年という年月をかけ、守銭奴の巣窟と揶揄され評判が地に落ちていた錬金術ギルドを生まれ変わらせた。

 錬金術ギルドはポーションを安定供給するための組織であり、金や権力になびくことなく、必要な場所に必要なだけ供給するという理念を掲げる組織となったのである。

 そんな改革の一方で、その一族はまた別の取り組みも行っていた。

 それは『薬の力で魔王に対抗する』という試みである。

 その結果、完成しつつあった薬が『勇者薬』と呼ばれるもの。

 実用段階の一歩手前までこぎ着けた勇者薬の効能は身体能力の向上なのだが、その副作用で知能が著しく低下するという問題もあった。

 しかしこの副作用さえ抑えることが出来れば、この薬を提供することによって魔王を倒すことが出来る。

 勇者薬を服用した戦士の軍団であれば、いくら相手が魔王であっても討滅することが可能であろう。

 そう信じられ、続けられてきた研究に暗雲が立ちこめたのは二年前。

 ベルガミア王国におけるポーションの売上げが激減した影響により勇者薬研究の凍結が決定してしまったのだ。

 この決定を推し進めたのは、もともと勇者薬に懐疑的であった勢力である。


「冷静になってください! 莫大な資金をつぎ込み、出来上がったのは怪力のアホを量産する薬ではないですか! それにもし副作用を抑えられ、勇者薬が完成したとしてもですよ、その勇者薬が戦争に利用されるようなことになれば三百年かけて築いてきた信用など吹き飛びます! 錬金術ギルドはポーションを売るために戦争を生みだす存在と見られるようになってしまうんです! 聞いてますか、父上!」


 錬金術ギルドはこれ以上、勇者薬に関わるべきではない――。

 研究の中止を求める勢力の中心人物が息子であるという皮肉に、錬金術ギルドのギルド長ファリバーンは悲しいやら腹立たしいやら、どうしようもなくなってとりあえず事の発端となったレイヴァースを憎んだ。

 もともと火種はあったとは言え、とどめとなったのはベルガミア王国でのポーション売上げ減少――つまりはレイヴァースのせいだ。

 錬金の神は何故あのような者に祝福を与えたのか。

 世の為を思い、尽くしてきた我が一族にこそ恩恵を与えるべきではないのか。


「レイヴァース……、レイヴァースめ……!」


 錬金の神の祝福を得たレイヴァースが次に起こす行動は?

 錬金術ギルドの乗っ取りか、それともまた別の錬金術ギルドを立ち上げるのか。

 一族の苦労を蔑ろにされ、さらにはすべてを奪おうとするレイヴァースこそが魔王ではないか……?


「討たねばならない……、それが世の為となるならば、このファリバーン、喜んで病を治す薬となろう!」


 ファリバーンは正体を隠し、レイヴァースの側にて彼を懲らしめる機会をうかがうことにした。

 まずはギルド長という立場を利用し、精霊門利用許可を正体を隠した自身――バファリンという流れの薬売りに発行する。

 そして迷宮都市エミルスにて、勇者たちがレイヴァースに不満を抱いていることを知ったファリバーンは「機会があればこれを使いレイヴァースを倒すように」と勇者たちに勇者薬を提供する。

 この目論見はうまくいった。

 だが、結果は失敗。

 原因は勇者たちが想定以上にアホになってしまったことと、レイヴァースを教祖と崇める筋肉バカの集団が運悪くそこにいたためだ。

 計画の失敗を悟ったファリバーンは迷宮都市を離れようとしたが――


「……は?」


 気づいたら牢獄に居た。

 本当に気づいたら居たのだ。

 ふと足元が急にぬかるんだような感覚を覚え、そこで意識が暗転、うたた寝からハッと目を覚ますように気づいたら牢獄だったのである。

 暗躍に気づかれ、捕まったのだろうか?

 ならばあとは――、ここで口を閉ざし死ぬまでだ。

 自らの身分を明かしては一族の誇りに泥を塗る。

 あとのこと――まだ少し心配だが――ギルドのことは息子に任せ、自分はバファリンという怪しい流れの薬売りとしてここで死ぬのだ。

 しかし身元を探られるのはどうしようもない。

 顔は隠していたが、仮面など奪われたらそれまで。

 そこで顔を焼くためのポーションも用意していたが――、それがいくら体をまさぐっても見つからず、勇者薬を入れていた鞄も無い。

 没収されたのだろうか。

 仕方なく、ファリバーンは側に転がっていた猪の面を被って顔を隠した。

 そのとき――


『…………』


 声が。

 ほとんど聞き取れないような囁きが。


「な、なん……?」


 驚いて仮面を取ると、その声は聞こえなくなる。

 不思議に思いながらファリバーンはまた仮面を被った。

 するとやはり囁きは聞こえてくるのだ。

 不快な囁きではない。

 何故ならそれは、ファリバーンへと向けられる惜しみない感謝を込めたものであったから――。

 それを聞いているうちに、ファリバーンの目からは涙がこぼれ、それは止めどなく流れ続けた。

 そんな時――


『それはかつて幼子であった者らの声、その残響である』


 はっきりとした声が耳に届く。

 ファリバーンが驚いて声のした方を見やると、そこには自身が被る仮面と似た様な仮面が宙に浮いていた。


「な、な……!?」

『我はオーク仮面……、我こそがオーク仮面……』

「お……、お? な、なんだっ、私に何か用でもあるのかっ」

『堕ちてゆく汝を救う義理などは我には無い。――が、かつて汝の一族の取り組みにより救われた子ら、その訴えにより汝を諭しに来た』

「私の一族の取り組み……?」

『安定したポーションの供給、そして、災禍の地には無償で提供したであろう、その取り組みだ。汝の耳に届く声は、それにより助かった者たちの感謝である。汝らは遠く、そして己の生活は悲惨、故にその施しにただただ心からの感謝を送ったのだ』

「こ、この声が……?」

『そうだ。汝はその声だけで満足できぬのか? 栄誉を受けねば一族の取り組みは無駄なのか? 否、断じて否、栄誉など無くとも汝が一族の輝きはくすまぬ。――しかし、堕ち穢れるとすればそれは薬を己が企みに利用した時であろう。何故ならそれは、汝が一族を奮い立たせた邪悪と同じ行いが故――』

「……!?」


 ここにきてようやくファリバーンは正気に返り、自分の行いの罪深さ、そして尊き志を貫き続けた一族の誇りを汚すという取り返しのつかぬ愚行に走ってしまったことに気づいた。


『汝が一族の志は世を救い、今もなお救い続けている。にもかかわらず、どこへ忘れてきたのだ、その一族の者であるという自負を!』

「あぁ……」


 激しい叱責をファリバーンは受け入れるよりほかなかった。


「愚かにも堕ちたのは私だけ……、息子は賢く、引き返すことができた。いや、この愚かな父の手をとろうとしていたというのに、私はそれに気づけないほどに冷静さを失っていたのか。もはや私など居ても害にしかならないだろう。ここで朽ち果てるが相応しい。仮面よ、息子に伝えてくれないか、この愚かな男の懺悔を、そして私のようになるなと、悪に堕ちるなど、それでは何も……、救えぬと」


 何もかも諦め告げるファリバーンであったが、そこで仮面は厳かに言った。


『悪では何も救えぬ、か。――本当にそうだろうか? 我はそうは思わぬ。善でなければ救えぬものもあろう。しかし、悪でなければ救えぬものもあるのだ』

「悪に堕ちようと救うことはできると……?」

『できる。汝がそれを乞い願い望むなら。道を外れ、迷い込んだ暗がりの森にて汝はいま出会ったのだ、暗がりの獣に。我は吼える。おぞましき声にて追い立てる。暗がりの奥より、迷い込んだ愚か者に。戻れと。ここはあまりにも(くら)いと』


 夢、希望、理念、信念――歩み続けるための光を無くした者にとって、生きていることは暗がりの森である。


『だがそれでも――、それでもまだ暗がりに留まることしか出来ぬなら、我が汝に示せるものは獣道のみ。これより汝は仮面を被り、魔獣となりて暗がりの道を駆けるのだ。一族の誇りを胸に、心のままに人々を救うのだ。残響が汝の心を癒すならば、汝はその声を求め人々を救うのだ。これからは、その手でもって救うのだ』

「救う……? 私が……?」


 ファリバーンが茫然とするなか、仮面はふと何者かに呼びかける。


『さて、そろそろ出てきてはどうだ?』

「おっと、気づかれていましたか」


 仮面の呼びかけに応えるように、ファリバーンの側の床からにゅるっと巨大なスライムが出てきた。


「……ッ、……!?」

「なんかこの方、改心されたようなのでもう私はどうのこうの言う必要も何かする必要もなさそうですね。あ、とりあえず預かっていた物を返しますね。勇者薬でしたっけ? ちょっといじって副作用を抑えてみたんですけど、べつによかったですよね?」

「副作用を消した……? スライムが……?」

「すべてを消せてはいませんよ? 興奮のあまり判断力がやや低下するのはどうしようもないです。身体を強化する効果も控え目になりましたが、人にはこれくらいがちょうどいいですよ。こう見えて私、人体には誰よりも詳しいので」


 にゅっと伸ばしたスライムの一部にはファリバーンが持ちこんだ薬品鞄が乗っていた。

 訳がわからないままファリバーンが受けとろうとしたとき――


「てりゃー!」

「――!?」


 出現した巨大スライムへの驚きが収まらぬなか、今度は見知らぬ女性が虚空から飛びだしてきて薬品鞄を強奪した。


「これ私の!」

「え……? いや、そんな、私のって……」


 もはやファリバーンは感覚が麻痺しており、突然のことにもただぽかんとするだけになっている。


「じゃあ奉納して! あ、申し遅れたけど私は錬金の神やってるディーメルンよ。こんにちは」

「はあ、錬金の――……、のっ!?」


 とは言え、何があろうと驚かなくなったわけではなく、限度を超えれば普通に驚く。

 そんなファリバーンを余所に、ディーメルンは仮面に挨拶をする。


「こんにちは、オークさん、お会いできて光栄よ」

『我に会えて光栄とは、また物好きなことだ』

「あら、だって神は敬うものじゃない」


 それからディーメルンはスライムを見る。


「こんにちは、スライムさん。そしてこれは私が貰うわね。スライムさんはもうこれを作り出せるんでしょ?」

「まあ一応」

「ならそれをこの人にあげてくれる?」

「はあ、それはかまいませんが……」

「ありがとう。――うーん、あなたったら有能ね、うちに欲しいわ。ねえねえ、あなたってだいぶ思考が人に近いけど、夢とか見る? ちょっと加護を与えてみたいんだけど」

「夢はみませんねー、たぶん」

「ならやめた方がいいかな? もしかしたら爆砕とかするかもしれないけど……、加護を受けてみる?」

「いりませんよ!?」

「そっか、残念。ならかわりに貴方にあげておきましょうか。基本は期待している人や、特別な薬を完成させた人に与えるようにしてるんだけど……、完成手前まではこぎ着けたんだしね」

「へ……、へえぇ!? あ、あ、ああありがとうございます……」


 すべてを失ったこの今になって、堕ちた身にあまる栄誉を授かることになったファリバーンの思考はほとんど停止しており、ただ反応を返すだけの状態になっている。

 そんな状態のファリバーンに仮面はとどめをさす。

 名を授けた。


『神の加護を授かり、今、汝は生まれかわった。これより汝は薬によって子らを救い、邪悪を葬る魔獣となる。魔獣の名はメディカル・オーク! ――魂に刻め!』


    △◆▽


 メディカル・オークとなったファリバーンを縛るものはもはや何もなかった。

 己が心の望むまま、救うべき者を救うため、謎のスライムより提供される薬物を迷うことなく使用する。

 仮面が言うには、今、レイヴァースが危機に陥っているらしい。

 かつては憎んでいた相手であったが、今となっては彼のおかげでこうしてメディカル・オークになることができた。

 その恩は返さねばならず、メディカル・オークはレイヴァースを助けるべく、首都オーレイの大岩広場に姿を現した。

 状況は危機的。

 しかし、この状況を打破する力がメディカル・オークにはある。


「私の名はメディカル・オーク! 薬物の力で救われるべき者たちを救い、滅ぶべき愚か者どもを葬るポーションの化身!」


 そう叫び、レイヴァースが切なげに見つめてくることなど気にもせず、メディカル・オークは完成した勇者薬を服用した。

 とは言え、メディカル・オークはそろそろジジイと呼ばれるくらいの普通の男性でしかなく、身体能力に優れているわけでも、魔術・魔法が使えるわけでもない。

 完成した勇者薬を服用したとて、状況を好転させるような戦力にはならない。

 しかし――


「くっ……、体を駆け巡る薬効成分……! 来たぞ、来た来た! 来たーッ! ファイトォォ――、いっぱぁぁ――つ!」


 ポーションを安定供給し続けることを使命とする一族の者という自負、錬金の神より授かった加護、そして猪の仮面から与えられた名、それらは彼を一つ上の段階へ押し上げるきっかけとなった。


「オーク! メディカル・ブレス!」


 それはメディカル・オークが服用した薬物の効果を広い範囲の人々にもしばらく共有させるという特殊な魔術――、いや、奇跡であった。

 メディカル・オークの起こした奇跡によって真・勇者薬の効能は共有され、もともと屈強であった闘士たちは超戦士と化し、地を蹴り空へと跳び、猛然と金属触手へと抱きついてゆく。

 そして抱きついた触手が潰れると、今度は崩壊前にそれを足場とし、さらなる獲物を求めて宙を駆けた。

 こうして広場の上空は汗だくの筋肉たちが飛び回るという、悪夢に等しい戦闘が繰り広げられることになったが、結果だけ見れば劣勢であった戦いが優勢へと転じている。

 今ならばこの広場を脱することも充分可能だった。


「さあレイヴァース! 行きなさい! 救うべき者がいるのでしょう!」


 レイヴァースは頭を抱えてしゃがみ込み周囲の少女たちに励まされていたが、このメディカル・オークの発言によって立ち上がり、皆を率いてヴァイロ大工房本部へと突撃していくことになった。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/28

※誤字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/10

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/15

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/04/21

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/04/19


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[気になる点] オーク仮面が実は神様! どんな神なのか気になりますよね。
[良い点] レイヴァース卿は魔王より何より、あの仮面の破壊に人生かけるべきだと思うんですよ……
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